第4話 物語の悪役視点から見るとただの鬱展開
原作の水野碧唯の幼少期は物凄く悲惨なものとして描かれていた。
学校では先生までもが加担した集団によるいじめが行われており、さらに家庭ではクズの両親による家庭内暴力という悲劇が繰り返されていたのだ。
例を挙れば、学校で水の入ったバケツに顔を無理やり突っ込まれるなど身体的にも壮絶ないじめの連続。
さらには実の両親にさえ臓器売買のために内臓を狙われるといった絶望的な環境だった。
俺と碧唯が初めて出会った時から、放課後にも関わらずランドセルを背負っているのは、家に帰りたくないという気持ちの現れなのだろう。
そんな碧唯の人生を大きく狂わせてしまった元凶は術式の早期発現であるといえよう。術式の発現が中学生の時期と言われているこの世界において、小学生、それも低学年で発現させた碧唯は異才の何物でもなかった。
だが取り巻く環境は碧唯を異才ではなく唯の異端として差別し始めるというクソっぷり。
その周りの目を引くほどに可愛らしい容姿を持ち合わせている碧唯は男子たちの間でとても人気があり、頻繁にちょっかいを受けていた。
加えて周りの世代と比べて精神年齢も幾分か高かったため、くだらないちょっかいは飄々とかわしていたものの、チリも積もれば山となるように、日々、碧唯のストレスは積み重なっていった。
ストレスを軽減させられる場所がないのだ、溜まることはあっても減る事なんてない。
そしてある日碧唯のストレスがピークに達し、彼女の術式が突如として発現し暴走。
いきなり発現してしまった術式。そんなもの小学生のか弱い女子が制御できるわけもなく、クラスメイトに重傷を負わせるという大事態に…
すると現れるモンスターペアレンツと、日ごろから碧唯に嫉妬の念を抱いていた担任の女子教員。それに合わさって、屑な両親もプラスされ生まれるのは「隠蔽」の二文字。
このカスどもはこの碧唯のやらかした事件を世間から隠蔽した。だから、術式の扱い方なんてものをロクに教えてもらえなかった。
碧唯は適切な機関で適切な教育を受ければこんなにも不幸にならなかったというのに、術式の制御方法を知らない、教えてもらえない彼女は周囲を無差別に傷つける。
力の制御方法なんてものを知らず、教えられず唯々《ただただ》みんなから憎悪の感情を向けられ、恐怖され、無論ひどい孤独にさいなまれた。
それが原因で、周りからは、常に浮くような存在で、更には家族にも疎まれてしまう始末。
更には、碧唯のオッドアイが臓器としてとても高価であると知った両親から目をえぐり取られそうになる日々。
こんなん俺だったらストレスマッハで剥げるやろ…
誰にも触れられず、夜の闇が町を包み込む中、静かな路地裏に座り込みながら涙を流す日々。
自分を慰めるように強く抱きしめても、心の内に溜まった感情が溢れ、嗚咽と共に胸から湧き上がってくる。寂しさと絶望が蜷局を巻きながらむせあがり、音もなく地面に滴り落ちる涙。
そんな孤独と絶望の中、碧唯はそんな周りのカスでクズの人間と同じになりたくないという思いでまわりには優しさを振りまいていた。不器用ながらも困っている人は必ず助けていた。いや、周りに優しくしていたのは、自分も愛されたかったから…
そんな地獄が続くこと3年間。小学5年生の音楽会。
その年はクズな両親が珍しく学校行事に現れる。その両親が自分のことを見てくれるんだという期待、興奮、喜びがあふれる。
碧唯のメンタルが回復し―――し…
しなかった…
そんな淡い碧唯の思いは踏みにじられ、裏切られる。
俺は常日頃思うよ。ラノベとかゲームに出てくる悪役の視点からストーリを見ると絶対鬱ゲーになるって。
だって悪役の悲惨な過去を聞いたところで、「それでもお前のしたことは許せないンゴ!」って言うに決まっているが、ヒロインの不幸な過去であれば「あ~ぁ。かわいそうなヒロインたん。ブヒブヒ。話聞こうか?」ってなるだろ?
それはともかく、そんなわけでいろいろと限界に達した碧唯は音楽会の5年生の発表のステージで―
―観客、演奏者、指揮者を皆殺しにした。
軽症者、重傷者はともにゼロ。
死者215名を出した歴史に名を遺すほどの《《事故》》
「姫岸小学校大規模死亡事故」
それが水野碧唯という大量殺人鬼の初犯である。
§
「今日は珍しくボーとしているじゃないか」
「え?そうかな…?」
何日連続かも分からない夜の海。俺の方をチラチラと見て、心配そうにしていた。
此方の体調を慮っているらしい。
「考え事でボーとしてただけだよ」
それを聞いて安心したようにする碧唯。
最近、チラチラとこちらを見てくることが多くなったように感じるのだが…
何なら海よりも俺を見ている時間が長い気がする。
サブ―ンと海が静かに打ち寄せる。その音は夜の静けさの中で、より一層鮮明に響き渡る。
もう海が耳にこびりついたんじゃないかというくらい聞いた音。そろそろ脳みそが溶かされそうである。
平日も休みの日も例の公園に集まっては、毎回と言っていいほどこの海辺にやってきて時間を潰している。だというのに、一向に碧唯から悩みを相談されることがなかった。
………悩みを相談されないことが悩みとか…何か自意識過剰ぽくてキモイ。
「そんなに海を見ていて楽しいか?」
「さあ、どうだろうね…」
「………」
「でも、嫌なことが全部忘れられるから好きだね、海」
「そうか」
碧唯は闇に包まれた海辺をぼんやりと見つめている。いつもより一段と大きい満月が海面に銀色の道を作り上げている。
碧唯が砂を手に握りると指の隙間から砂粒が零れ落ちた。
「ここ最近の数週間、本当に…楽しかった」
「なんだ?いきなり…」
「アハハ、何でだろね…なんか言いたくなったのさ」
「…なんか不穏な言い方するなぁ」
碧唯は照れくさそうに頬を赤らめ、控えめな声で感謝の気持ちを伝えてくる。
そして翌日。碧唯は例の公園に姿を現さなかった。