第2話 ボクッ娘は可愛い、りぴーとっあふたみー
朝、授業開始前の校歌が学校中に響き渡る。
この体に憑依してから2日目、ここにきて新しい真実に気づいてしまった。
それが、どうやら俺は転校生らしいのだ。どうやら、親の仕事の関係でこの街に引っ越してきたようで、今の段階で俺には友達がひとりもいない。
ここにいるのはぺーぺーの小学生、いきなり転校と称して入ってきた異端者に手を余らせているようだ。ついでに中身も転生者だし…
そういう訳で、転校二日目の俺は大人しく自分の席に座り一人悲しく本を読んでいると、時間ギリギリに教室に入ってくる人が一人。
小学生から、遅刻ギリギリをせめて登校するとか…なかなかに粋なことをしている女児。
肩にちょうど掛かるか、かからないくらいのミディアムボブ。その漆黒の髪を一定間隔でゆらゆらと揺らしながら自分の席を目指して歩いてくる。
視線は下を向いているため、特徴的な金銀妖瞳は見えないが、その少女が水野碧唯であるとすぐに分かった。
瞬間、いや彼女が教室に入ってきた時から、クラスの雰囲気は変化していた。恐怖、敵意、悪意いろいろな負の感情が彼女、水野碧唯に降りそそぐ。
そんな悪意が土砂降りに降り注ぐ中、傘をさしだすように彼女に話しかける。
「やあ、おはよう、昨日ぶり」
まさか話しかけられると思われていなかったのだろう。俺に話し掛けられたことに目を見開いている。
驚いている碧唯ちゃんもかわいいいいいいい!!!!!!
俺の中の限界オタクが悲鳴を上げて裸踊りをしている。推しキャラのいろいろな表情を見れた俺は朝からテンションマックス。顔がにやけてしまいそうになるのを必死で抑える。
推しの可愛さは万病に効くようになるのだ。
「ああ……おはよう…」
しかし直ぐにツンとした表情に戻り、荷物をカバンの中に入れていく。
その様子をなんとなしに見ていると、視線を向けられていることに気付いた碧唯が眉をひそめる。
どうやら、朝はテンションが低いらしい。なんかツンツンしている。
「なに……?」
「うん?なんでもないよ。それに早く机に教科書入れなくてもいいの?授業始まるよ」
「わ、わかってるさ」
そんなことは知っていると言わんばかりに、むっとした表情を見せて机に教科書を詰め込む。昨日の、大人びた雰囲気は微塵も感じられない。
「ねえ、ねえ」
「こ、今度は何?」
「そんな身構えなくたっていいじゃん…」
此方に対して構えるように反応する碧唯。
なんか拒否されたんだけど
死のう…
推しに拒絶され、心に深刻なダメージを喰らってしまう。
「え? いや!? ご、ごめんって…」
結構なダメージが入り、瀕死状態になった俺を見て焦り始める碧唯。
慌てて、俺の機嫌を取ろうとあわあわする。
その慌て様が少し面白いから、もう少し遊んでみよ。
「イジイジイジイジ…」
「ほ、ほら!謝ってるから!!」
「イジイジイジイジ…」
「き、君!もしかしてボクをを揶揄っているのかい!!!」
ペロっと舌を出せば、揶揄われていたことに気付いた碧唯は顔をこれでもかというくらいに真っ赤にさせる。
そんな碧唯をニヤニヤしながら見ていると、笑われていることに気付いて、プイっと顔をそむけてしまった。残念。
あ~~~(クソでか感情)
こういうのでしか摂取できない栄養素ってあるよね。
というか、今更なのだが、碧唯ってボク娘だったのか!いいね!!!
原作が始まる高校生の時点では、黒髪ロングのThe 清楚系だったはずだ。もちろん一人称は、「ボク」ではなく「私」の敬語系女子。まあ、前世のビジュアルも十分好きだったが、俺のストライクゾーンは短髪のボクッ子。
そう、今の碧唯がまさに俺の好みのドストライクであるのだ!!!!!
まあ相手は年端もいかない幼女であるのが…残念。
「それで、何の用だったのさ」
「うん?あぁ…」
「…まさか、揶揄って忘れたなんて言うんんじゃないだろうね…?」
「あハハハ…。まっさか~」
碧唯を揶揄うことに夢中ですっかり忘れていた。
そうだった、教科書を貸してもらうために話しかけたのだった。
にしても、あれほど揶揄った後だというのに、へそを曲げないでいるとは…
優しすぎだろ。こんな子が将来黒幕になるんだぜ?信じられるか?
「教科書ないから見せてくれない?」
「あ、ああ、なるほどね確かに君は転校してばっかりだったね…分かった」
呆れた様子を見せながらも嫌な顔を微塵たりとも見せず、机をくっつけてくる。推と机をくっつけて、一緒に授業を受けるとか、最高過ぎか?
悦に浸っている間にも、彼女はせっせと教科書をカバンから出して机に閉まっている。
《《傷ついたカバン》》から、《《ボロボロに敗れた教科書》》を…
傷跡を見てみてみると、すべてが切り傷だ。まるで鋭利な刃物で切り裂かれたような…
前世の原作の情報と照らし合わせてみてみれば、俺はちょうど彼女、碧唯が闇落ちしてしまう時期に合わせて転校することが出来たらしい。
「はいこれ…1時間目の算数の教科書」
「ああ、ありがとう」
そう言って渡してきた教科書も切り刻まれてボロボロだ。
ボロボロに刻まれた教科書をあたかも平然と渡してくる碧唯。きっと彼女の中ではこれが日常ということなのだろう。
「また何かあるの?」
「いや、随分と、ボロボロだね?」
「え?あぁ…」
教科書を見ながら答えると、碧唯はバツが悪そうな表情を浮かべる。
彼女のボロボロのランドセルを見て、何も手を打たない教師に両親。そして、ボロボロの教科書を見ても何と思っていない当事者。周りから向けられている、恐怖の視線。
「事態は深刻か…」
「じたい…?シコシコ…?」
机をくっつけたことによって俺の呟きが聞こえていたのだろう。聞こえた言葉を意味も分からず復唱している。
でもその言葉は繰り返してはいけない。大変よろしくない。
「へ~君って大人っぽいことをいうんだね。そういう風な人のことを中二病っていうらしいじゃないか」
「いや違うよ?」
「じゃあイタい人?」
「それも違うから…」
成程、無知とはこうとも人を傷つけるのか…。もうすでに俺の心には切り傷がつけられた。
碧唯は純粋な瞳でこちらをのぞき込んでくる、それはまるで、水を流し込んだアリの巣をのぞき込むがごとき。
そうやって、碧唯と会話をしていると、やはり、気になってくるのが、まわりの目である。いや、最初から気づてはいたが、スルーしていたというのが正しいか…
本当に劣悪な環境だな。これで性格が歪まないなんて、ある意味歪んでるな。
俺の転生がもう少し早ければ、この状況を作り上げることもなかったのだが、過ぎてしまったことはしょうがない。
§
今日一日の授業が終わり、生徒が待ち望んだ放課後がやってきた。
という訳で、早速であるが推し活をしなければいけない。
隣で、ランドセルに荷物を入れている碧唯に話しかける。
「ねえねえ、碧唯」
「うん?」
「せっかくだから一緒に遊びに行かない??」
「遊びに?」
「そそ、ほら俺はこっちに来たばっかだから町を案内してほしいわけ」
誘う口実にしては、あまり不自然な理由ではないはず。
「それって、遊ぶとは言わなくないかい?」
「いちいち、面倒くさいな~。別にどうだっていいじゃん」
「で、何故他の人ではなくてなんでボクなんだい?」
「ほら、転校してきたばっかで話す人もいないし、それに・・・碧唯と仲良くなりたいし」
原作の彼女、水野碧唯は、根本的に寂しがり屋だ。
だから、こうしてみんなから拒絶されても、困っている人に、無条件に手を差し伸べていた。
どんなカタチであれ、人と関わることが出来る。たとえそれが、自分に悪意があるものであっても、寂しさを紛わすことが出来るから…
だから、俺のこの頼みも断ることが出来ないはずだ。なんて、腹黒いことを考えながら…
「そ、それはボクで、いいのかい……」
下を俯き、目をそらし、聞いてくる。
指先で髪をくしゃくしゃといじりながら、足元を見つめている。
昨日のような、大人びた様子はない。ここに居るのは、何かに怯えている子供だ。
不安そうな表情を浮かべて、そのきれいな金銀妖瞳に躊躇いと恐怖を溢れさせている。
「うん、碧唯がいい。じゃあ、放課後あの公園集合ね!」