第12話 戦闘センスって言葉便利だよね
空に浮かぶのは血液のように赤く染まったグロテスクな月。周囲は赤い世界で包まれていた。
空には母親の子宮の中のように、血管らしき管が空いっぱいに広がっている。
「ここは…裏次元ですか?」
「ハアハア…まあ確証はないけど、おそらくはそうだろうね」
いきなり、超現象に巻き決まれてしまった、碧唯たち3人。赤く染まった世界を見上げながら夏帆が疑問をこぼす。
一方で、瀬奈が碧唯に駆け寄り、疲れ果てている碧唯に寄り添いながら、心配そうに尋ねる。
「碧唯大丈夫?」
「ハアハア、怨霊体の人間を巻き込む力が強すぎる」
碧唯は一般人を怨霊体から一般人を逃がすために、力を使い疲弊していた。だが息を荒げながらも瀬奈を心配させまいと、ほほ笑む。
怨霊体が人間を引き寄せるとき、退魔師は一般人を巻き込まないように、表世界へと繋げるのだが、個体によっては、強引に引き寄せるモノがいるのだ。
「今回の怨霊体って本当に呪度2なのよね?碧唯をこんなにも疲弊させるなんて…」
感じるのは違和感。出てきた答えを連立方程式の式に代入しても計算が合わない違和感。解答を見ると自分の出した答えと違うという違和感
間違いを間違いと認めたくないそんな気持ちが瀬奈を支配する。
しかしそんな雑念は夏帆の言葉で吹き飛んだ。
「瀬奈ちゃん!!!交差点の中心を見てください!!」
「え!?…………ッ」
「あはは…これは厳しいかもな…」
視線を交差点中央に向ければ先程まで車は忙しく行き交っていた交差点には、1体の悍ましいナニカが………
明らかに、事前に知らされていた呪度と大きく異なる怨霊体に思わず笑いがこぼれてしまう碧唯。
しかし現実に打ちひしがれている暇はなく、すぐに各々が持ち運んでいる武器を素早く取り出し、戦闘態勢をとる。
碧唯は太刀を腰に構え抜刀の姿勢を、瀬奈は肩に担いでいた槍を取り出し、突撃の構えをとる。
また、夏帆も自前の錫杖を用意して、いつでも詠唱できるように構える。
そして構えながら最後の最後、ダメ元で現実世界へと帰ることが出来ないか尋ねてみる。
「碧唯ちゃん、出来れば表世界へと帰りたいんですが…戻れますか?」
「残念だが、無理だね。ここは完全にヤツの手の中だ。完全に結界が閉じられているから出れないかな」
「とすれば、アレを倒さなきゃいけないってことよね…」
瀬奈が再び視線を怨霊体に戻せば、どっからどうみても呪度2ではない存在感を放っている。
そんな互いが互いを観察する硬直時間が続いていると…
―おぎゃぁおぎゃぁ―
静寂な空に赤ん坊の甲高い鳴き声が3人の耳をつんざくように響く。
よく見ると、人型の母親のようなナニカが子供を抱きかかえているのが見える。
「これは、子供?…いや…」
「違うね。どうやら、あの子供も怨霊体のようだね…」
「赤ちゃんと、母親の怨霊体かぁ…あまり、相手にしたくないないわね…」
小熊を守る親熊が凶暴であるのと同じように、子供と親の怨霊体は歴史を見ても強力なものである事が多い。
それほどまでに、母の子供への愛というものは強いのだ。
『オギャヤアアアアアアアアアア!!!!』
「攻撃来ます!」
突如として開戦の幕が切られ、怨霊体が先制攻撃を仕掛けてくる。
赤ん坊が放った高音の攻撃が音の波として一挙に押し寄せた。
「【不動障壁陣】!!」
懐から素早く、柊の花を取り出す。
夏帆が3人の身を守るために障壁を展開した刹那、怨霊体の高音の攻撃が、障壁に激突する。
音の振動を強引に盾で打ち消すことで、ギリギリ一部の攻撃を受け止めることができていた。
しかし、受け止めきれなかった攻撃が力の衝撃となり、空間を揺らす。
それと同時に、夏帆の手に持っていた柊の花が枯れて、砂となる。
反射的に障壁を展開した夏帆が攻撃の威力の高さに冷や汗をかく。
「……何とか耐えましたか…」
「音による波状攻撃、避けようって言ったって逃げる場所がないわけね」
今度は夏帆が怨霊体の攻撃を完封した隙に、碧唯が飛び出し、攻撃を仕掛ける。
「【天響轟雷】――!」
一瞬にして詰め寄り抜刀、怨霊体相手に切り込む。
刀が振り抜かれる瞬間、電気が太刀に宿り、鋭利な切れ味に磨きがかかる。鞘から振り抜かれる雷光は、まるで天からの雷のような強烈なエネルギーを纏いながら、空気を震わせる。
斬撃の衝撃と共に、雷鳴が鳴り響き、周囲の地面が震えた。
だが・・・これほどの強烈な攻撃を与えても親子の怨霊体には傷一つ付いていない。
「かったいなぁ!!」
それどころか、太刀を振り抜いた碧唯の手がしびれる。
攻撃を当てる直前、母親の怨霊体が防御壁を展開していたのが視界の隅に映っていた。
「子供が攻撃で、母親が守りを司っているという訳か…だったら!」
碧唯は身体強化の出力を上げて、地面を思いっきり踏み込む。
縮地、それはたったの一歩で最高速度に達するという古武術の一つ。
その踏み込みによって地面が砕け、一直線に翔る。
両手突きで、太刀の先端を怨霊体に全体重を込めて突き刺す。
それは先ほどよりも威力がはるかに凝縮された攻撃は防御壁をたやすく破壊して、母親の怨霊体の肩に深々と刺さった。
そして、そのまま太刀を引こうとするが・・・なかなか引くことができない。
「チッ…」
何とかして引き抜き、一旦距離を置こうとしたとき、子供の怨霊体が口を大きく空けて、霊力を凝縮させていることに気付く。
太刀を抜くことに気を取られ、攻撃の予備動作を完全に見逃していたようだ。
「碧唯、下がって!!!!」
瀬奈がそれに気づき、後退するように促すも、もう時既に遅く、禍々しい凝縮された霊力が、高音の音の衝撃波となって碧唯へ襲い掛かる。
「【気響爆裂】―――!」
対する碧唯は共通術式を詠唱省略で施行し、同時に太刀を振りぬく。
その一瞬、宙に光の波紋が広がり、衝撃波が破裂音を伴って、空間を引き裂いた。
空間に真空が生まれたことによって、空気が断続的となった空間を音がこれ以上進むことが出来なくなり、消散する。
音という性質を利用した即興で作り上げた簡易的な防御。並外れた戦闘センスと瞬時の決断力を持つ碧唯のみがなせる技だ。
しかし、とはいっても所詮苦し紛れの防御である。音速で打ち出された、直撃するであろう音の衝撃波は勢いを減少させたが、音の回折によって回り込んできた衝撃を打ち消すことは流石に出来きない。
波状攻撃の余波が、無慈悲に碧唯を襲う。まるで大型トラックに激突されたように大きく吹き飛ばされる。
「…ぃったぁいなあ」
「碧唯ちゃん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか…」
思いっきり吹き飛び何度も地面でバウンドした碧唯の安否を確認する。
来ていた制服やタイツが破れたところから所々流血しているものの、致命傷に至る傷は見受けられない。
そこでふと碧唯の後ろに目を向けてみると、歩道橋が溶かされたチョコレートのようにグニャグニャに曲がっていた。
あの攻撃を直接碧唯が受けていたらと思うとゾットして鳥肌が立つ夏帆。
「碧唯の攻撃が通じないなんて…これは完全に呪度2どころではないわね…」
「そんなのは分かってます。このまま、防御だけだとジリ貧っですよ?助けが来るかどうか分からないですし…」
多分皆が気づいていたが、目を背けていた事実を提示する。
すると、目をつぶり決意したような表情を浮かべた碧唯が口を開く。
「そうだね…とりあえず、瀬奈は夏帆の守護をよろしく、ボクは怨霊体に攻撃を仕掛けながら、様子をうかがてみるよ。そっちも怨霊体の観察を頼めるかい?」
「碧唯ちゃんに負担をかけることになりますが、それが一番勝算がありそうですね…」
夏帆は苦渋に満ちた顔で頷く。友人一人に負担をかけてしまうどころか、足手まといになってしまうことに苛立ちを感じていた。
しかし、そんなことを微塵も表に出さずそれどころか頼られていることを嬉しそうにしながら、碧唯は立ちあがる。
「さて…第二ラウンドと行こうか」
服についた砂を叩き落としながら怨霊体に正対する。
面白かったら評価の方おなしゃす