第1話 願いを叶える桜
夜桜が舞っていた。夜の公園にランドセルを背負いながら、ぽつりとたたずむ少女は一本の桜を見上げている。
此方に背を向けて立っている少女は、夜に溶けそうなほどの黒髪を肩あたりまで伸ばしていて、夜風にひらひらとたなびかせていた。
少し大きな道路に面しているとはいえ、街灯がない小さな公園に咲いている桜。人間が手をこまねいているように深く枝が垂れさがり、手招きをしているようで不気味だ。
こんな夜遅くに何をやっているんだろう。お母さんに怒られないのかな?
自分も同じ小学生という身分であるという事実を遥か彼方に放り投げ、夜更けに誰もいない公園で突っ立っている光景は不思議で仕方なかった。
少女が気になる、でも早く家に帰らないとお母さんに怒られてしまうというジレンマに頭を悩ませながら、結局話しかけるという選択肢を取る。
「何をしているんだ?」
僕が近づいていることに気付いていない少女に後ろから話しかける。漂白剤で色を落としてしまったんじゃないかという位に真っ白な桜とは対照的な、漆黒の髪。
「そうだね…探し物をしているんだ」
「探し物?何か落としたの?」
「いいや、落し物を探しているのではないよ」
「じゃあ、なに?」
「桜だよ」
「は?さくら?」
後ろから唐突に話しかけられたというのに特に驚くこともせず、桜を見上げながら淡々と言葉を返される。しかし淡々と返している言葉には、何処か希望のようなものが咲いていた。
まるでブギーポ〇プのような少女らしくもない、独特の口調で話す少女は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。
「雪のように真っ白でなんでも願い事を叶えてくれる―サクラを」
「何それ、都市伝説かよ…」
何か凄いことを期待していた僕はその返答にがっかりした。
唯の変な奴だったなと思い、興味が一気に失せる。
だけど背を向けて帰ろうとした僕に、少女はくるりと体を回転させた。その漆黒の黒髪がふわりと傘型に広がる。
輝く金色と、透き通るような青色の金銀妖瞳が貫く。
そして興味がない俺とは裏腹に、その黒髪の少女は興味津々な様子で話し掛けてくる。
「せっかくの縁だ。君に少し聞きたいことがある」
「うん?」
「例えばの話。願い事が何でも叶うとしたら、君は何を願う?」
「なんでも・・・?」
「ああ、どんな突飛でも、夢物語でも構わない…心の底で熱望している願い事」
「何でもって…う~ん。いっぱい遊びたいとか?」
特に、思いつくこともなく適当に答えると、その少女はがっかりしたような、しょうもないB級映画を見たような表情を浮かべる。
「は~あ、君は夢が無いねぇ。もっと面白い夢を持とうじゃないか」
ヤレヤレといった風にバカにしてきたことに少しばかりムッとしたので、少し強い言葉で聞き返す。
「じゃあ、お前はどうなんだよ!」
「?お前って、ボクの事かい?」
しかし、不思議そうに頭をかしげる少女。お前が誰を指しているのかが分からないらしい。
いや、分かっていてわざと言っているのか…?
「そうだよ」
「それなら、ボクの名前を呼んでくれ、ボクの名前は水野碧唯」
胸に手をあてて自己紹介をしてくる。目を優しく閉じ、鈴の音のような透き通る声で、かみしめるように名前を紡いだ。
それは初対面であるはずなのに、初めて聞く言葉であるはずなのに…
――どこかで聞いたことがある
――いや違う、知っていたんだ、この少女を。
――でもどこで…こんな少女は僕の知り合いにいなかったはずだ。
――ならば俺は何処で知ったんだ?
自分が知らない記憶が存在していることに一瞬気を取られるが、頭を振りそれを霧散させる。
「そ、それで、碧唯の夢は何だよ」
「…ボクはね。人を絶望させたい。不幸にさせたい。そして――
―――殺したい」
「………」
少しの沈黙の後、無表情でぽつりと言葉を吐いた。それが得体のしれない恐怖心を煽る。
幼いその見た目から思いもよらぬ言葉が飛び出してきて、あっけに取られる。
コイツは今なんて言った?人?ヒトを殺す?
しかし、唖然としている俺をお構いなしに、碧唯は言葉を積み重ねる。桜に手のひらを掲げて、背伸びして何かをつかむように。
「パパもママも、みんなみんな殺すのさ!」
「でも、人を殺し―」
「―殺しちゃいけないんだろ?本当に《《君》》はつまらないな」
「……」
「安心したまえ。これは願い事。神様にする願い事と同じさ。叶うはずはないよ」
碧唯から吐き出される言葉は狂気に彩られており、異様な興奮さえも感じられる。
ぶっそうなことを平然と言ってのける碧唯。しかし、俺はそれを知っていた。
夜、公園に立ちずさむ少女が水野碧唯であることも。その少女が人類を屠り去りたい願いを持っていることも、全部全部知っていた。
なぜなら。
なぜなら、俺は―――
「そうか、俺も願い事ができたぜ」
「へぇ、どういう願いなんだい?」
「お前を…碧唯を絶対に、必ず、――――――――――――」
目をまん丸に見開いて、驚いたようにこちらを見つめてくる。その驚いた碧唯を見て、抑えることが難しくなるほどの喜びが湧き上がってくる。
だって俺は―
「それは随分なことだが…まあ願い事は人それぞれだからね」
若干引いたような声が聞こえるが関係ない。
何故なら俺は
―――――――転生者だから。
§
『七芒星の姫君』という近未来のSFチックなギャルゲーが存在した。
勿論存在していたのは前世であり今世ではないのだが…
近未来の世界を舞台とした学園バトルものであり、若干のSF要素も含まれている。
今から約数百年前に突如として姿を見せた裏次元変異現象体。通称、怨霊体。それが、人間世界を一変させた。
現存の化学兵器や物理的な攻撃方法では全く歯が立たず。人類は為す術もなく衰退させられていく。
特に被害がひどかったのが、日出る国、日本。霊脈が何本も走っている日本では怨霊体が他の国とは比じゃない程湧いた。
しかし、一得一失というように霊脈は人類に恩恵も与えた。それが霊脈に流れている霊力を扱うことが出来る超人類の誕生だ。
超人類の体には血管のように術式が刻まれており、そこに霊力を通すことで事象の改変を起こすことが出来き、各々の人間が怨霊体を攻撃することができるようになった。
それから生まれた超人類を育成するという目的で設立させられた七芒都市の七帝学園で少年少女たちは自分の力を高めるために日々切磋琢磨していた。
そんな世界の中で主人公は中学生のある出来事で、清楚系美少女に恋をする。それが物語の始まりだ。
そして、その初恋の相手を追いかけて七芒都市に存在する7つの学園の1つである桜蓮第五学園に主人公は入学する。
ジャンルが王道系であるが為にいろいろなヒロインが出てくるのは、まあ当然として…
そんな主人公は、ヒロインたちと共に身の回りで起こるいろいろな|事件に巻きこまれながら《ヒロインを増やしながら》、解決していく。
そして、最後は一目ぼれした清楚系ヒロインと付き合い、めでたしめでたし。
――で終わるのかと思いきや、なんとこの清楚系ヒロイン、今までの悲惨な事件を裏から操っていた黒幕であるという衝撃の事実が明らかになる。
そして、清楚系ヒロインかその他のヒロインズのどちらかを選ぶように選択肢を与えられる。初恋をとるのか、それとも今大事な人たちをとるのか。
まあ、最終的には、清楚系ヒロインではなく、その他のヒロインズの方を取り、力を合わせて物語の黒幕を倒し、ビターなエンドを迎えるのだ。
こんな風に、攻略するキャラクターごとに必ずといっていい程、黒幕が存在する。
そして色々な黒幕が登場する中、一番可愛くて、最も残虐なキャラが水野碧唯なのだ。
表の顔では優等生を地で行く美少女を演じているが、裏では大の人間嫌いで、信用なんてしていなく、人を傷つけることに快楽を覚える人格破綻者である。
そんな歪んだ性格が生まれた要因の一つに小学生時代の出来事が関わっているらしい。まあ、元から性格が腐っていたという性悪説も存在するが…
でもそんなところを含めて俺は水野碧唯が好きだった。
そんな、前世の記憶が溢れてきた。
じゃあ、憑依した先というのが、勿論主人公―――――という訳ではなく
成田肇、主人公の義兄だ。