同類
薫は、まず中村に電話を架け、判明した事実を報告し、
今から鈴森と面談するべきだと、指示。
中村は、驚きながらも、(是非にも、その人に会いたい)と。
鈴森は、豚小屋の方に一旦入り、従業員(60代の男)に声を掛け
聖の車に同乗。
「これは……昔のロッキーですやん。ええなあ。羨ましい」
鈴森は嬉しそう。
大きな身体を屈めて前のドアから(2ドアの為)後部座席に乗り込んだ。
「骨董品ですよ」
聖は愛車を褒められ、ちょっと嬉しい。
「男3人は若干窮屈やけど。短い距離やし辛抱して」
薫が言うと
「私が、大きいですからな」
鈴森は身体を縮めるリアクション。
……ホントにおっきな人だな。
聖はバックミラーをチラ見して、改めて思う。
推定:身長185センチ前後。
体重100キロは軽く超えてそう。
年齢は分かりにくい……30から45才の間か。
家の前で、中村は待っていた。
家族3人、立っている。
シモンがアリスを抱いている。
「セイ、意外やな。……立ち話で済ませる気やで」
薫が呟く。
「出迎えているだけじゃ無いの?」
中村は鈴森に、聞きたい事が沢山あるはず、
取りあえず路駐して、聖達は車を降りた。
……家の中には招かれなかった。
「私どもの被害妄想で、ご迷惑をお掛けしました。父は誰かに殺されたんじゃない。警察の言ったとおり、事故死に間違いは無かった」
と中村が深々と頭を下げた。
次にシモンが、抱いていたアリスを聖へ。
黙って……そうした。
アリスは、眠っていた。
「僅かですが、お礼です」
妻が、
封筒2つを(聖と鈴森に)渡そうとする。
「奥さん、こんなんはやめましょう、や」
「受け取れませんよ。何も仕事してないし(アリスはあり合わせで装飾したので材料費はゼロ)」
聖と鈴森は同時に、辞退。
でも、妻は引かない。
「受け取って頂かないと、私どもが義父に……顔向けできません」
死者への義理と言われれば、拒むのも失礼になってしまった。
受け取るしかない。
「では、……ご苦労をお掛けしました」
中村は一歩下がってまた頭を下げる。
話は終わった、帰れというう意味か?
「まあ、ほんなら一件落着ということでんな……では、これで」
薫は立ち去る挨拶。
鈴森は(これで終わり? なんでや?)
と言いたげな目を聖に向ける。
故人の友人に、聞きたい話はないのか?
聖は(仕方ない)
短いため息で返事する。
薫は車の方へ先に歩く。
聖も後に続こうとした時、
背中に中村の声。
「剥製屋さん、」
妻に呼び止められ振り返る。
「犬は山に埋めて下さい」
と、言う。
「……はい」
承諾するしかない。金銭を受け取った後なのだ。
その程度の仕事を断れない。
善良で感じの良い一家だと思っていた。
それが今は3人寄り添って立っている辺りに
なんでだか、
冷気すら感じる。
完全に背中を向け、車の方に急ぐ。
その時、妻の声が聞こえた。
「シモン、悪い人では無かったの。わかったでしょう? お祖父さんの良き友達だったの」
「ああ、そうだね。良き人、だったね」
シモンは良く通る高い声で、言っていた。
安堵には聞こえなかった。
むしろ残念がっているような……。
薫は運転席に
鈴森は後部座席。
聖はアリスを抱いて、助手席に。
「3万、入っとるわ」
鈴森が報告する。
「同じです、こっちも3万。お礼、って書いてますね」
白い封筒には慌てて書いたのが丸わかりの文字で
<御礼>と。
「なんかなあ、よおわからん」
薫が吐き捨てるように呟く。
何を話す時間も無く、
養豚所に到着。
鈴森が降りれるように、聖は先に一旦外に。
「お疲れさん、でしたな」
薫は運転席の窓から鈴森に。
「いや、そんな……あの、」
鈴森は、言葉の先を言い淀んで
降りた場所から立ち去らない。
出会ったばかりの2人と
これっきりが、
サヨナラするのが心惜しそう。
気さくな刑事と
(この暑いのに)黒いス-ツに片手だけ軍手をしている剥製屋。
なんだか気になる。
もっと、もっと、喋りたい。
それなのに、これっきり?
黒い丸い目が、それは嫌だと、三角になっている。
「鈴森さん、また来てもええですか?……ライン、しましょか」
薫が携帯電話を差し出すと、
熊のぬいぐるみのような顔が、ぱっと明るくなった。
「鈴森さん、どっかで飲みましょか。お酒、強そうですやん」
「飲むのも食べるのも大好きです。私どこへでも出向きます」
「ホンマに。それは楽しみや。ほんなら近々、誘います」
薫の誘いは社交辞令ではない。
本気で鈴森と飲みたいのだと、聖には分かった。
この男が気に入ったのか
他に目的があるのか、計り知れないが。
「剥製屋さんも、一緒に。なあ、そうですやろ?」
嬉しそうな目を向ける。
「ええ、もちろん」
聖は心から、鈴森とまた会いたいと思っていた。
この男はモコを預かって2週間、家に帰らずプレハブで泊まって世話をしたのだ。
動物に、芯から優しいにちがいない。
それが、食用豚で生計を立てている。
豚だって可愛くて堪らない、そんな奴にみえるが。
好感と興味、かなり心惹かれる。
「じゃあ、また、ゆっくり話しましょう」
聖は助手席に乗り込んだ。
鈴森は変わらぬ解けた笑顔で
(聖はアリスを抱いている手が塞がってるので)
助手席のドアを閉めてくれる。
そのとき、
こう言った。
「なるほど、これは『モコ』に似てる。遠目にはそっくりでんな。ほんまに、よお出来た剥製ですやん」
アリスを間近で見て、
剥製、と言ったのだ。
聖は、(あ)と
一声出すのが精一杯。
大きな秘密が、今暴かれたの?。
アリスが真は剥製だと、見破った?
まさか、そんな筈はない。
次の瞬間、薫が何と言うかと、身構えた。
(剥製ちゃいます、ねてるだけ)
と、言いそうだ。
それで鈴森が
(ほんまや、見間違いやった)
とでも言えば、何も問題は無い。
だが、薫は
「じゃあ、おおきに。お疲れさん」
と、エンジンをかけた。
そして黙って、車を走らせる。
聖は
無口な薫の横顔をチラ見しながら
何か言って呉れるのを待った。
何か、
たとえば、
(アイツ、アリスが剥製にみえたんやな。ははは)
とか。
そうすればこの居心地の悪さから解放される。
5分、薫は黙っていた。
平素を思えば長い沈黙と言える。
「はは。セイ、おもろい男やな、あの熊さんは」
高速に入ってすぐ、唐突に笑った。
やっと、薫が笑った。
「熊さん、だよね、まさに」
聖は緊張から解放された。
鈴森はただ勘違いしただけなんだ。
剥製屋が抱いているから、
じっとしてるんで、
剥製と思い込んだ。
第一、数秒見ただけじゃ無いか。
つぎに薫は、
ありきたりな言葉を並べた。
……考え迷い、やっと探しあてた文言を発するかのように、
一言一言力を込めて。
「熊さんは、只者やないな。……セイと気が合うで。同類、やったな」
「……うん」
聖は
アリスを抱く手に力が入ってしまう。
薄々察しては居たが
薫はアリスが、<化け犬>と分かっていたのだ。
その上で
鈴森もアリスの正体が見えていたと、判断した。
特別な力を持っている男なのだと。
そういうことなんだ……。
薫はあえて言わなかったけど。
これからも知らないふりしてくれるんだろう。
薫こそ、誰よりも只者ではないと、改めて知った。