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老人と老犬が死んだ背景

「……化け物、なんて、」

聖は、いいかけて、次の言葉を探せない。

シモンへの恐れが、憐憫にすり変わってしまったと、

思った。

美少年は成長しない病の青年だった。

意外すぎて一瞬頭が真っ白になった。


「お爺ちゃんは『跡取りが化け物では中村家は、おしまいだ』って嘆いてた。可哀想でした」

シモンは祖父に申し訳ない、と言う。


「化け物じゃありません。シモンは、普通の子じゃ無いですけどね。

元々、飛び抜けて綺麗で頭も良いんです。ピアノも上手だし。歌も上手。天使のような、美しい声です」

 母親は、何度も語った一説のように、一気に早口で言う。

 父親はシモンと目を合わせ、穏やかに微笑んでいる。

 

そして

 皆が口を閉ざしてしまった。


「19才か。大人の男やな。ほんなら君も話しに入って貰う」


暫しの気まずい沈黙を、

薫の太い声が破った。


「中村さん、昨夜の話では(電話での)防犯カメラは用意したはるんですね?」

 そうだ、

まずは老犬殺しと溺れた爺さんの件だ。

 シモンのカミングアウトは薫に習ってスルーしようと、

 聖は、湧き出てくる思考(永遠の美少年は誰を殺した?)を制御した。


「はい。道路を向けて設置済みです」

 中村は出窓の上を指差した。


「まずは1週間、囮を置いてみましょう。送迎は今晩から飼い主がやります」

「それは有り難い。ホントに偶然結月さんのお知り合いにモコそっくりな犬がいたなんて。奇跡です」

 中村は薫に頭を下げる。

 剥製屋は窓口で、事件解決は(噂に聞いた)友人の刑事をあてにしていた、らしい。


「亡くなったお父さんについて、聞かせてくれますか?」

 薫は手帳を取りだした。


「半年前から、同居です。和歌山で母と2人で暮らして居たんですが……」

 母親が脳出血で1年前に急死。

 父親は、妻を亡くしてから急速に認知症が進んだ。

 半年前に、一人暮らしは限界と判断。

 犬と一緒に連れてきたという。


「じゃあ『モコ』も半年前に来たんですか?」

 聖は確認した。


「お爺ちゃんは『モコ』と一緒なら、うちに来てもいいって言ったんですよ。お爺ちゃんはボケていたけど『モコ』も、同じ位年取ってボケていた。いつポックリしんでもおかしくない感じ」

 シモンが答える。


「通院していたんですか?」

 聖はシモンに聞く。

 犬の脳腫瘍を、知っていたのかと気になって。


「お義父を病院に連れて行くのは無理でした。自分は少々物忘れがあるだけと頑なでした」

 母親が、老人について答えた。


「モコも診て貰ってないです。お爺ちゃんはモコを誰にも触らせなかった。僕は、お爺ちゃんが見ていないときに、こっそり相手をしていました」

 聖の真意を察したかのように、シモンが補足。


「で? ご近所トラブルとは具体的に、どんなことでしたん?」

 薫はシモンを見ずに中村に聞いた。

 見てしまえば、そちらに心を持って行かれる、そんな感じで。


「親父はマンションの住人のゴミの出し方が、なってないと……見張って注意しましてね」

 老人は、マンションのゴミ置き場に、カラスや野良猫が来るのを非常に嫌った。

 犬が吠え続け、しまいにはノイローゼになり、おかしな動作をし出したと。


「元小学校の校長でね。生徒を叱るように高圧的に注意していたみたいで……」

 マンションの住人が、ボケ老人は施設に入れろ、聞こえよがしの大声で話していた。

 疎ましく思われていたのは間違い無い。


「なるほどなあ。ほんで、犬が居なくなったのは? 誰かが家の中に侵入して連れ去ったと?」

「それは……違うと思います。庭です、きっと」

 妻が、

 失踪当日の出来事を説明する。

 犬は居なくなる2週間ほど前から、散歩を嫌がるようになった。

 それで日に数回庭に出し、排泄させていた。

  

「庭で10分くらい、好きなようにさせていたんです。でね、気付いたら居なかった。自分で戻ってくるんですけど、玄関は開けておきますから。随分今夜は長いなと……黒いから夜はわかりにくくて……」

 庭に居るのかいないのか、いつから居ないのか判らない。


「首輪はしていなかったんですか?」

 聖は首輪が無ければ飼い犬と認識されない、もし自分で外に出て迷子になっても野良犬か捨て犬と思われるのでは無いか、と気付いた。

……シロもアリスも、首輪付けといた方がいいかも。


「首輪は初めから、無かったです。……門は閉めてました。犬は自分で出て行けません。低い塀なので大人なら簡単に乗り越えられます」

 何者かが闇に乗じて犬を盗んでいったと、それ以外に考えられないと言う。



「親父はマンションの誰かの仕業だと決めつけて、翌日、早朝から、1件ずつ回ると言って出て行きました」

 結果、老人は川で溺れ死んだ。


 昼食時にも夕食時が近づいても戻らず、案じていたら

 午後7時に警察から連絡があったのだ。

 H川下流の潜水橋に引っかかっていた。

 発見場所は7キロ先だが、入水地点はもっと家から近いと思われる。

 


「昨日話したとおり、親父が死んで、2週間後の一昨日、マンションのゴミ置き場に『モコ』の死骸が……牛乳配達の人が教えてくれました」

 

 ゴミ袋の山の一番上の袋に犬の死骸がある。

 中村さんとこの犬に似ている、と。

 

 一昨日はゴミの収集日だった。収集車は早朝に来る。

 それでマンションの住人は前夜のうちに、ゴミを出していた。

(中村家のゴミ出し場所は家の前、らしい)

 

 このゴミ置き場はフェンスで囲んだ簡単な作り。

 カラスが突いても猫が入り込んでも、仕方なさそう。


「だいたい分かりました」

 薫は時計を見た。


「では、辺りを見て回るとしましょう。アリスは……おとなしいな。早速任務遂行やで」

 腰を上げ、アリスの頭を撫でた。

 アリスは、シモンに抱かれて眼を閉じている。まるで<ぬいぐるみ>のよう。


「僕がずっと側に居ますから。暇なんで」

 シモンが微笑む。

 聖はアリスを撫でながらシモンの手を見た。

 

 成人の男の手と

 成人の女の手(透明なマニキュアが見えた)と

 5才くらいの子供の手だと、分かった。

 男と女の薬指に、同じデザインの細いプラチナの指輪。

 眩しい日差しの下では(吊り橋の上で見たときには)見落としたのが

 今は確認出来る。

 

 薫は先に玄関で靴を履いている。

 薫は、下駄箱の上に飾られた写真を見ていた。

 目つきが鋭い。


 何かと見に行けば

 オートバイの写真だ。


 黄色の……とても小さい。

 ……原付か。

 

「中村さん、まさか、これ、ひょっとして……70年代の『モンキー』、でっか?」

 希少価値のある車体らしい。


「あ、あ、それ。そうでしたっけ。よく知らないんです。親父が持って来たんで」

 中村は明らかに、動揺していた。


「では、私も、そろそろ出かける用意を致します」

 と、客の退出を急かせるように

 ドアを開けた。



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