僕は化け物です
「セイ、その顔は、俺のプランに反対なわけ?」
「無茶でしょ。だってさあ、」
①毛色が違う。アリスは茶色に黒と、若干の黄色が混じっている
②尻尾の長さが違う。アリスの方が長い。
③山で自由にしているアリスが、他所の家の窓辺で寝るか?
④絶対悠斗が、きょひる。アリスを、たとえ1日でも手放さないだろ?
「①と②はセイのテクニックで何とかなるやろ。
③と④は悠斗と話してみないと。不可能と決めつけるのは早いやろ」
薫は(テーブルの上に置きっ放しの)中村の名刺を
いつのまにか、握っている。
「携帯番号はあるが自宅住所がないな。N大の通勤可能範囲。家はここから、そう遠くないやろ」
独り言、言いながら……出て言った。
「へっ? カオル、おい、」
(どこ行くの?)
と口から出る前に、悠斗に交渉に行ったと、気付いた。
なし崩しに強引に、アリスを借りるつもりなんだ。
言い出したらきかない性分。
交渉の邪魔をしそうな聖を置いて行ったのだ。
30分後に薫は戻ってきた。
なんと、
アリスと一緒だった。
アリスは、隅で寝ているシロの元へ駆けていく。
「へっ? 連れてきちゃったの?」
「そうやで。セイ、細工して、死んだ犬そっくりに、してやって」
「え、ええーっ」
急展開に頭が付いていけない。
「さ、桜木さん、いいって言ったの?……ホントに?」
薫が圧をかけて無理矢理に近い感じで
アリスを奪ってきたのでは無いのか?
「俺は、まず中村に電話した」
中村の家が近いと判明。(此処から車で40分)
そして、老犬が窓辺に居たのは昼間のみ。
夜は室内に。カーテンも閉めていたと聞いた。
「悠斗は、通いでいいなら、大丈夫だろうと、言うてくれた。
知らんかったけど、アリスはな、山を離れると非常におとなしい習性らしい」
桜木はアリスを車に乗せ、街に買い物に出かけるコトもある。
そんな時、助手席で丸くなって、じっとしていると、教えてくれた。
「内弁慶、なんやろな」
「そう……かも」
本来は剥製の犬。
出何処の知れない霊力か魔力で、生きている<化け犬>。
山の外では活力が衰えるということは
アイツは、この山の……カミサマが生かしているのか?
「でさあ、なんで今(20時)連れてきたのさ?」
夜更けで無くても、明日連れてきてもいいでしょ?
……まさか、
「俺、明日は空いてるねん。ほんで都合良く、中村も午前中は在宅やねん」
薫は嬉しそうに言い、シロにもたれて寝ているアリスを抱き上げ、
聖の腕の中へ。
……初めてアリスを抱いた、と、心臓がコクンと鳴る。
「今すぐ作業に取りかかれって?」
「セイなら出来る。俺が助手するやん。ぱぱーっと、やってしまお」
有無を言わさず、さっさと作業室に入って行くでは無いか。
「……マジか」
アルコールが入っているせいか、
腕の中に在る<化け犬>に意識を取られてか
薫の無謀に反論する手段が思いつかない。
アリスが暴れて作業不能になればいい、と願ったが
何故か、<化け犬>は、おとなしくされるがまま。
触られるのが心地良いようで
眼を閉じて……眠ってしまった。
薫はまず、モコの遺体を丹念に観察。
「セイ、コレとコレは尻尾に。こっちは目のまわりやな」
継ぎ足し用の毛束のなかから、さっさと選別して
植毛工程も、初めてとは思えないくらい手際が良い。
「尻尾は……1センチの差、やんか。毛先をカットしたら?」
薫はこんなに手先が器用だったのか。
ちょっと驚いた。
でも、一緒にプラモデルを作った記憶が蘇り、
本来こういう作業が大好きなんだと思い当たる。
「カオル、楽しそうじゃん」
「うん。ここ、セイの親父さんに立ち入り禁止と言われてたやん。
憧れの秘密ラボやってん」
「そっか……あ、あとは俺1人で。すぐだから先に飲んでて」
「うん。ほぼ完成やな」
薫は満足したようで、作業室から出た。
「アリス……憶えてるか?」
お前は加奈の飼っていた柴犬の雌で
死体で俺の所へ来たんだ。
俺は、ここでお前を剥製にした。
まず腹を割いて、内蔵を取りだした。
肺も心臓も胃も腸も肝臓も……腐敗が進んで酷い臭いだった。
でも、お前、今、……ちゃんと呼吸してるよな。
触れば心臓の鼓動も感じる。
完璧に<生身の犬>になりきってると?
違うんだな……お前、なりきれてなかったよ。
「ウ?」
眠っているように見えたアリスが、短く唸り頭を上げた。
「アリス、お前は、軽いんだよ……見た目は普通の犬だけど、普通の重さが無い」
初めて抱き上げて、聖は、その軽さに衝撃を受けた。
アリスは、剥製のように……軽かったのだ。
「うまく化けてはいるが完璧では無い……正体を悟られぬよう注意しろよ」
アドバイスしてしまった。
<化け犬>であれ<魔犬>であれ、元々は自分が丹精込めて作った、<剥製犬>。
悠斗の側で、いつまでも幸せであって欲しいと願っていた。
翌朝、聖の車で中村家を訪ねた。
田んぼの中に、中村の家と、4階建マンション2棟だけが建っている。
家は100坪程度で庭が広い。スペイン風の煉瓦をあしらった外観。煉瓦の低い塀が有り、手入れの行き届いた花壇に紫の花が咲いていた。築20年ほどか。
「なあ、セイ。死んだ爺さんは、確か近所とトラブルがあったんやな」
「そう言ってたよ」
「近所イコール隣のマンション、やろな」
見渡す限り田んぼ。
一本道の遥か先に、県道に入る交差点の信号。その辺りに量販店の大きな建物が三つ。
反対側は、やっぱり遥か先に、工場のような建物がぽつんと見えるだけ。
「いらっしゃいませ」
話し声が聞こえたのか、インターフォンを押す前に
ドアが開き、中村が出てきた。
続いて妻が。
……最後にシモンが。
「クワン」
アリスは聖の、腕の中から飛び出して
シモンに駆け寄る。
「懐いてるやんか。アリスは美形が好きなんやな」
薫は愛想笑いを浮かべていたが、
その目は、ただシモンだけを追っている。
「うわ、これは驚きました。モコが生き返ったかと」
と中村。
「ほんとに。そっくりです。まあ、どうぞ中にお入り下さい」
妻はセイ達をリビングに案内する。
ピアノと大画面テレビがある広い部屋だった。
老犬の居場所だった出窓も、この部屋にあった。
「学校は? 今日は休みなんか?」
薫は軽い調子でシモンに話しかけた。
平日だし、小学生でも中学生でも学校に行っている時間帯だった。
シモンはしゃがんでアリスに(お手)をさせていた。
「あ…、」
コーヒーを運んできた妻が、薫の言葉に手を止めた。
「あの、……あのですね、息子は……」
中村は困った顔で妻と目を合わせる。
両親の反応に、セイの頭に(不登校)の文字が浮かぶ。
「これはスミマセン。自分としたことが、野暮な質問してしもて」
薫は、まず両親に詫び、シモンに
「しょーもないコト聞いてゴメンな」
と、きちんと頭を下げた。
「刑事さん、学校、ですね。答えますよ。……学校は辞めたんです。中退です。入学式だけ行って無理だと、分かって辞めました」
シモンは言葉を選びながら、語った。
「中退、したん?」
薫は、せいいっぱい優しい口調で聞いている。
シモンは小学6年か中学1年くらいに見える。
小学校や中学校を辞めるとは? 中退、は意味不明でしょ?
「高校の入学式で僕は目立ちすぎて……大騒ぎになりました」
高校!
聖も薫も
驚いて反芻しかけ、とっさに自分の口を押さえた。
「驚くでしょ。当然の反応です。僕は来月19才になります。見えないでしょ? どうみても、この身体は子供ですから。ホラーでしょ。……不気味な女の子が、実は30代のイカれた女だった、って映画ありましたよね。同じ病気です。僕は化け物なんです」
シモンは、今度は言い慣れた台詞のようにスラスラと喋った。
桃色の柔らかそうな唇からこぼれる歯は真珠のように美しい。
長めの細い首、綺麗な顎、形の良い高い鼻。
漆黒の瞳。
昭和の少女漫画から抜き出たような美少年は
自らを<化け物>と
澄んだ高い声で、言った。