いつまでも いつまでも
シモンは、身柄確保の後、拘留中に再び失神した。
昏睡状態から意識が戻らない。
元々脳に障害があり、発作が起きたらしいと、結月薫は言った。
一ヶ月が過ぎた。
夏の盛り。
異常に気温が高い。
山も、暑い。
滅多に使わないクーラーが必要だった。
シモンは眠ったまま。
いつ目覚めるか不明。
寿命が尽きるまで眠ったままの状態もありうる。
裁きの手が届かぬところへ行ってしまった。
聖は、引きこもっている。
元々、時々買い出しに出る以外、殆ど工房にいるのだが
この一ヶ月、一度大量に買い物しただけ。他に出かけていない。
悪霊付きのアリスを、焼却炉で燃やしている夢を見る。
同じ夢を毎晩見る。
願望だと分かっている。
時を戻せるなら……そうしたい。
遡れば元凶はアリスだと、考えてしまう。
人殺しの犬が憑いた……あの時点で化け犬、だった。
自分は化け犬の剥製を作ってしまった。
加奈が受け取らないと予想が付いたのに。
加奈は剥製にしたくて来たのでは無い。
元彼が人殺しかどうか知りたかっただけ。
<人殺しは見ればわかる>
あの時、そんな力は無いと、きっぱり言った。
何故、加奈が<霊感有り>と決めつけ、SNSで広めたのか、深く考えたことはなかった。
だが、記憶を辿り、気付いてしまった。
自分は(元彼はフェチ。アリスに夢中だった。犬が死んだから、もう君に会いに来ない)
と教えた(半分嘘で半分真実)
うまくごまかせたつもり。
しかし加奈は(あんたの霊感は本物よ)と嬉しそうに言っていた。
予言が当たった、霊感の力と思ったのだ。
自分は視えているままに、加奈を安心させる未来だから……ほぼ断言したような……。
マズイ対応ではなかったか?
もっと曖昧に言えば良かった。
霊感剥製士」と、巷で名が広まり、問題を抱えた人が尋ねてくるようになった。
自分の落ち度が原因で、禍々しいモノやら人を呼び寄せたんだ。
<霊感剥製士>だから、黒山羊人形も送られてきたのだ。
悔やんでも時は戻せない。
変えられるのは未来だけ。
これ以上、厄介を寄せ付けないように
自分を隔離すべきでは無いか。
「セイ、元気が無いね。……シロ、今日もいないのね」
セイといても居ても陰気でつまらない。
シロは霊園事務所に行ったきり。
「動物の動画、一緒にみようか?」
マユは優しい。
……ああ、でも
マユが死んだのも……霊感剥製士を訪ねてきたからだ。
ここに来なければ病を抱えながらも今も、生きていたんだ。
優しく美しく聡明。
惹かれる男はいくらだっているだろう。
今頃イケメンドクターの嫁になっていたかも。
「マユが見たい映画とかないの?……アニメでなくていいよ。俺平気になってきたんだ」
「そうなの。それは良かったじゃない。……じゃあタイタニック。長いけどいい?」
「うん。いいよ」
マユが少しでも楽しいなら、何でもしたい。
隣にマユが座っているだけで自分は安心。幸せ。
それも今は自責の材料になってしまう。
……マユは可愛そうに早世して、俺は幸せ。いいのか?
映画の主人公のように、マユを救うために死ねたら、どれだけいいかと
不意に涙がこぼれてくる。
「セイ、ロマンチックな映画でしょ。こういうの一緒に見たかったのよね」
満ち足りてるような笑顔に
土下座して詫びたい衝動に駆られる。
君は俺に優しくしないでいい。
俺は敵だよ
君が死んだのは俺のせい。なのに幽体を監禁して喜んでる下劣な男だ
「ねえマユ、」
言いかけたとき電話が鳴った。
結月薫からだった。
「セイ、明日夕方から悠斗とこで宴会やで」
大きな声。
「あ……俺ちょっと仕事が詰まってて」
嘘だった。
薫達に会いたくないほど鬱、なのだ。
「何言うてんねん。この前も、その前も、そんな事いうて来なかったやん。
アカンで。来なかったら、そっちに押しかけるで」
有無を言わさぬ口調。
言うだけ言って電話は切れた。
「セイ、明日は行こうよ。……この一ヶ月悠斗さんにも会ってないよね。そろそろ忘れようよ。……セイは出来るだけのコト、したんだから。もう終わったのよ」
シモンについて聖は何も語らない。
マユは、ただ事では無いと案じていたのだろう。
「いや。終わりじゃ無い。俺が元凶だと気付いたんだ。俺は……始めなきゃいけない。何をどう始めるか必死で考えてる。とにかく、今までと同じなんて許されないよ」
「まあ、そんなコト思っていたの? 馬鹿馬鹿しい。ふふ。許されない?……はは。はは、おかしい」
マユは立ち上がり、笑っている。
「え、ええっ?」
大声で笑うなんて、初めて見たので唖然。
「あれもこれも、自分のせいだと? 何様のつもり? そんな力、無いよ。『人間ごとき』が。自分を虐めて無駄に時を使うなんて。愚か者よ」
マユは仁王立ち。
白いドレスにあでやかな着物を羽織り
透けるように白い手が、聖の眉間を指差す。
「セイ、明日は必ず友人と交わりなさい」
ちょっと怖い、美しさ倍増のマユ。
威圧されて魅せられて
セイの心に居座っていたマイナス思考が、ぶっ飛んだ。
「はい、行きます。必ず……行くよ」
「そう。良かった」
マユは微笑んだ。
いつもの可愛らしい笑顔だった。
翌日
聖は少し離れた大型スーパーに買い出しに行った。
酒とつまみを大量に。
マユに一喝され、すっかり平常心。
宴会が楽しみ。
スーパの駐車場で、呼び止められた。
「剥製屋の三代目、丁度ええとこに」
隣村の幸森だった。
食材の入ったスーパーの袋をぶら下げている。
幸森の家はスーパーから近い。
(リサイクル業他、多数の事業を経営している一族の長。70代)
「酒屋まで乗せてくれへんか。タクシーで行くつもりが、時間かかる、いわれて」
「いいですよ。通り道ですから」
断る理由も無い。
幸森は、
酒屋の座敷で老人会の飲み会と、聞かぬのに話し、
「あんた、ええ年やし、ええ男やから、そろそろ嫁もらうんか?」
と聞いてくる。
「いいえ。全くそんな話は無いです」
「そうか。いやな、気になってるんや。誰もアンタには言わんと思うから、車に乗せてもうたことやし、教えといたろかなと」
「……?」
「あんたの、お母さん、若死にしたやろ。ほんでそのお母さんもやっぱり若死にや」
「はい……そうなんですか」
祖父も祖母も亡くなってから自分は産まれている。
父は義理の両親について、殆ど話さなかった。
「山神さまに連れて行かれたとな……そもそも、あの山は女人禁制の地、やからな」
「へっ?……女人禁制?……初めて聞きました」
「そうやろ。年寄りは皆知ってるが、アンタには言わんのや。まあ、聞きや」
昭和40年頃、上海帰りだという金持ちが山を買い、木こりの宿泊施設を改築し住まいとした。
ソレが聖の祖父。剥製作りは道楽であったという。
「山を買うのも住むのも有り難いが、嫁を連れてるのがな、山神様の祟りにあうんちゃうかとな……禁忌をおかせば災いがあるんちゃうかと。案の定、嫁さんは産後半年くらいで流感で亡くなった。……ほんでアンタのお母さんもお産で亡くなった」
「へっ?……山神様の、祟りだったんですか?」
そんな、馬鹿な。
けど二代続いて早死には、事実だ。
「アンタ、嫁貰うんやったら、山から出たほうが、ええんちゃうか」
幸森は遠慮がちに呟く。
悪意でした話では無いとも言う。
「山田社長には、言うてるで。事務所には、時々顔出す程度にしときなはれと。若い女人が山にずっとおったら、祟りに会うと」
「……そうなんですか」
鈴子も若い女人か、と、ちらっと違和感。
あの人が、祟りの犠牲者に?
……ないだろ。
あの人が山に来ると、獣たちが騒ぎ出す。
奇抜な出で立ちと、強烈なオーラで、森の生き物の脅威なのだ。
「まあな、あの女社長やったら山の神と、張り合えるやろうけどな。まあそれも難儀やんか。バトルは避けたいやろ」
幸森は、言って大笑い。
聖も笑ってしまう。
母もバーチャンも山神様が連れて行った……。
聖は不思議と、恐ろしいとか可哀想とか思わなかった。
のどかな山の、おとぎ話のように受け止めた。
2人は若いままの姿で、山のどこかに存在する<山神様のくに>にいたりして。
……そうか。山神さまか
山の神って……女?
聖は、長年の謎を解く答えを拾った気がした。
あれもこれも
腑に落ちた、気がした。
午後6時。まだ外は明るい。
霊園事務所の前で犬が吠えている。
聖に威嚇吠え。
シロがどこからか出てきて、吠えている犬を舐める。
丸っこい可愛い犬。
「あ、あの犬?」
薫が拾い、悠斗にやった秋田犬、だった。
「おお、来たか」
男3人、転がるように外に出てきた。
薫と悠斗と鈴森が
一斉に
自分を見る。
熱い視線にドギマギ。
「元気そうや」
「4人揃いましたね」
「会いたかったんです」
熱烈歓迎すぎて
恥ずかしい。
わん、うわん
また子イヌが吠える。
カッコイイ虎毛の秋田犬だ。
「こら、トラ、吠えたらアカン。このお方を何様やとおもてる」
薫が子犬を叱る。
「トラ? なんだ。色々考えたのに、結局見た目、まんまの、トラ? 平凡じゃん」
薫:七公
鈴森:獅子丸
聖:讙
悠斗:パトラッシュ
全部ボツで、トラ?
なんで?
「セイさん、パトラッシュですよ。自分の犬なんで。……社長がね、舌噛みそうな名前やって、省いてトラ、って呼ぶんです」
そのうちに犬が自分はトラだと、刷り込まれた、らしい。
「名前なんか、なんでもええ。かいらしいなあ」
薫は抱き上げ頬ずり
「おおきなったなあ。もっと、もっと大きくなるんやで」
自分が拾った犬。可愛くて仕方ない様子。
「いつまでもいつまでも、ここに、おるんやで」
聖は子犬が懐いてくれたら、工房に連れて行こうと思った。
こんなに大きくなったとマユに見せたい。
マユを思えば
その慈愛に満ちた眼差し、を感じる。
いつでも
どこにいても
ずっと、そうだった。
子犬を見せたら喜んでくれるに違いない。
桜貝のような歯が
形の良い唇からこぼれ
涼やかな声で笑うだろう。
女神のように、
微笑むにちがいない。
壱からの物語はこの26で完結です。最後まで読んで頂き有り難うございました。
シリーズは完全一話完結で、もう少し書きます。
また読んで頂ければ幸いです。




