犠牲の子豚
女装したシモンの姿は
たちまちネット上に溢れた。
黒山羊ガール、と誰かが名付けた。
カチューシャに付いた耳はカタチから山羊の耳で
金の角もあった。
シモンは黒山羊の姿だったのだ。
事件の翌日、重体であった被害者は死亡。
白昼堂々と
公衆の面前で繰り広げられた無差別殺人。
ショッキングな事件であるのに、黒山羊ガールのファンが湧いてきた。
ルックスに惑わされたのか?
被害者は、飛び降りを撮ろうとしたクズと非難された。
「セイ、捕まってないのね」
事件の続報をマユと探す。
「うん。絶対シモンだよ。けど分かっているの俺だけかも」
「警察が写真を照合すれば分かるでしょ? カオルさんとは話したの?」
「いいや。アリスに憑いていた悪霊が、なんて話しにくいよ」
「じゃあ『熊さん』に話してみれば?」
鈴森を信頼している口ぶり。
そういえば……鈴森は此処に来た夜、白いヨウム(マユが宿っている)に頭を下げていた。
やっぱりマユが視えたの?
「それはヒミツにしておきましょう」
悪戯っぽく笑った。
まあ、どっちだっていいけど。
今はそれどころじゃない。
「シモンと両親の関係も、聞いてみたら?」
「両親は溺愛してるみたいだけど」
「溺愛、ね。……確か何も持たずに出て言ったのよね。……コスプレみたいなドレスはどこで手に入れたのかしら?……お金が無いのに変でしょ」
「ほんとだ。誰かに貰ったとは考えにくい。やっぱ普通にショップで買ったんじゃ無いか? 本当は、親が金を渡したと?」
「本当はシモンの犯罪も知っていたかも。知っていたから、お爺さんと犬の死に過敏に反応した。誰かに殺されたのではないと、シモンに納得させたかった」
「そういえば、鈴森さんを『良き人』と母親が……悪党じゃ無い、殺さなくて良いと、シモンに?」
鈴森が会いに行ったのに、立ち話で終わらせた。
あれは、息子さえ納得すれば用済み、だったのか。
「お爺さんとの関係も聞いてみれば」
「化け物と言われたと、シモンは言ってたね」
「跡取りは化け物……成長しない外見を嘆いたのでは無かったかも」
「爺さんもシモンの犯行を知っていた?」
愛する孫が、人殺し。化け物になったと絶望したのか。
翌日、鈴森に電話した。
黒山羊ガールがシモンだと。
シモンは置き手紙をして、家出したと。
(鈴森は手紙の内容を聞いた)
シモンに関わる……突拍子も無い話を聞いて欲しいと。
鈴森はさして驚かない。
黒山羊ガールの正体には気付いていた様子。
「えらいコトになりましたなあ。セイさん。自分もあるんです。突拍子も無い話が。よかったら事務所に来てくれませんか?
そうやなあ……3日後、金曜の夜に。七夕に会いましょう」
セイは、必ず行くと答えた。
鈴森は20時に、
車は畜舎を行きすぎた先にある古墳のあたりに停めて欲しいと。
それも承諾した。
訳は聞かなかった。
木曜の夜、事件の続報をマユと見ようとした。
すると、黒山羊ガールが再び出没したと速報。
奈良県針山インターの駐車場で
午後10時
車中で2人が心肺停止状態で発見。
70代の男女で身元確認中。
首を鋭利な刃物で切られていた。
発見現場近くの防犯カメラに逃走中のS市殺傷事件の犯人と思われる女が映っていた。
同インターの飲食コーナーで『黒山羊ガール』の目撃情報多数有り。
「今度は老夫婦を殺したの?……どうしてかしら?」
「理由なんて無いのかも。無差別殺人、快楽殺人、サイコパス……悪魔と一体化しちゃったのかな」
「黒山羊ガールの姿で、堂々と飲食コーナーで食事してたの?……その時点で誰も通報しなかったのかしら?」
「まさか本物と思わないよ。今一番ネットで画像検索されてるんだ。コスプレと思うよ。ドレスを脱げば、少年の姿だろ。逃走は容易いだろうし」
「それにしても大勢に目撃される。大胆よ。捕まるリスクを恐れていないのかな。ゲームみたいにスリルを味わってるのかしら」
「さあ。シモンの望みはなんなのか、分からないからね。
悪魔は人間の欲望を満たしてやると、そそのかすんだろ?
家族の敵を殺してしまった後に、どんな欲があったのか
……やっぱアイツを知ってる人に聞かないとね」
鈴森はなにか知っている。
あっちも話があると言っていたではないか。
金曜。
今にも雨が降りそうな蒸し暑い夜。
七夕だけど
見上げれば星は見えない。
畜舎、事務所前を通り過ぎ
田んぼの中の道を500メートル程いくと、道路脇に小さな森(古墳)。
車を数台停められるスペースがあった。
車を停め、徒歩で来た道を戻る。
真っ暗な夜。
ドン、と近場に落ちた雷の音。
聖は走る。
稲光が一瞬辺りを明るくする。
何も無い暗い道を、白衣の男が走っている姿は、やや異様。
午後8時丁度に、鈴森商会事務所のインターフォンを鳴らした。
「お待ちしてました」
ドアを開けた鈴森は……子豚を抱いている。
「この子、足を骨折してますねん。ついでに抱いといたろうと」
なんの、ついで?
事務所の中に、もう1人作業服の男が居た。
70は過ぎている顔に身体は筋肉質で背が高い。
マッチョな老人だ。
「こっちは、藪田さんです。畜舎任せてます」
中村家隣接のマンションに住んでいるという。
畜舎にはカメラが取り付けられており
藪田は自宅で音声付きの動画を監視している。
異変があれば自転車でマンションから駆けつける。
鈴森は畜舎のシステムを説明する。
何の意味があるのか?
「ほんなら藪田はん、今晩は僕のマンションで寝て下さい。冷蔵庫にビールあるから」
鈴森は車のキーを、藪田に渡した。
そして、部屋の電気を消した。
豆球の灯りだけは残した。
目が慣れれば、互いの顔は見えた。
事務所には誰も居ない風にしてるの?
どうしてかって……
留守にみせかけ侵入者を待ち伏せ。
他に考えられない。
「ま。まさか、シモンが、此処に?」
聖は小声で聞いた。
「確定は出来ません。シモンが家出したという夜から、誰かが侵入し、その椅子で寝ている」
デスクの前の椅子を指差した。
背もたれが高く、肘掛け、足置きも付いている。
リクライニングで、真横に出来るタイプ。
「マジで?……灯台元暗し、ですか」
「びっくりでしょう。ほんで、ここにスタンナー(とさつ銃)が置いてある。ロッカーからだして、わざわざテーブルの上に」
侵入の形跡を、わざと残してるのか。
「侵入者は、夜僕がここを出てマンションに帰ったと、どこで見て確認しているのかわからない。念の為トラックはマンションまで走って貰いました」
マンションの駐車場に車があるのを確かめて、此処に来ていたかもしれない。
「で?……セイさんの突拍子も無い話は? …もちろんシモンのコトですやろ?」
「はい。あ、話の前に聞きたいんですけど、シモンと面識あったんですか?」
「爺さんとモコと一緒に2、3回此処に。スタンナーの保管場所も、予備の鍵の隠し場所も、知っていたと思います」
「そうなんだ……爺さんとは良好な関係に見えましたか?」
「……通り道やから、シモンは小さいときから姿は見てます。長い間見ない時期があって、高校生くらいかと、さぞかしイケメンになってるやろと想像してた。だからね、大きくなってない姿を見たときは正直驚きました」
シモンは祖父に優しかった。
同じ話に根気よく相手をしていた。
モコも懐いていた。
「モコの身代わりの、あの生々しい剥製を受け取りに行ったとき、なんで僕を知らないみたいな態度やったんか不思議でした」
「お爺さんは月無谷の事故が、シモンの仕業と知っていたと思いますか?」
「聞いては無いですね。……居候一家が出て言ったと聞いただけ。事故死したとは聞いてないんです。問題解決やのに悲壮な顔して言うのが謎やったけど。……爺さんは暇で孫の行動を一番把握していたとは思う」
老人はシモンが殺したと、感づいてはいたのだろう。
絶望が、自殺に繋がったのか。
「なるほど。よくわかりました。俺の話は、ですね、あの時の剥製犬、なんです」
「……禍々しい、話でしょうな」
聖は、アリスの経歴と(悠斗に取り憑いていた犬と一体化していた)
動物霊園の事務所番だった中川の話を聞いて貰う必要があった。
もちろん、黒山羊人形の話もした。
中川が変なカードを配り、犯罪を犯し、最期は自死
アリスを中川に譲り、
なぜかアリスは生きている犬になって悠斗と出会った経緯。
黒山羊人形に取り憑いていた悪霊が巡り巡ってシモンに取り憑いていると
自分は思う、と。
実際起こった出来事をつなぎ合わせて、
出来上がってしまった、非科学的な推理を、正直に語った。
語る間に、稲妻の頻度を増し、
ざあざあ激しい雨。
「大変でしたなあ。そういうことも、あるんですね」
鈴森は
腕の中の子豚を撫でながら言う。
ありふれた世間話であるかのように、さして驚きもしない。
「ほんで、セイさん。シモンが現れたら、どうします?」
なんでもないコトのように聞いてきた。
「えっ?……どうしよう。済みません、まさか今夜シモンに会うとか全然、考えてなかった」
会った後どうするかなんて頭が回らない。
「セイさん、黒山羊人形、元々は死んだ子供を蘇らせる黒魔術のたぐいなんですね。
呼び込んだ悪霊が、『望みを叶える』と誑かし、憑代をかえ、今はシモンに。
できるなら、やっつけたい、ですやろ?」
「そりゃあ、そうでしょ。……そんな力が俺にあるなら」
聖は、自分に悪霊退治など出来ないと、思っている。
「誰が退治できるのかわかりませんけど、言い伝えられてる、方法はあるやないですか」
「?」
「ホラー映画でもゲーム、アニメでも、依り代もろとも始末、やないですか。」
「……」
シモンを殺せと、いう意味か?
「セイさんには出来ないでしょうね。(悪霊付きの)犬の剥製を、生かせといた人やから」
「あ……」
今、指摘されるまで考えもしなかった。
アリスを焼き殺すのは難しくなかった。
人間より小さくて知恵も無い剥製犬に憑いていたんだ。
悪霊を消滅させるチャンスがあったのだ。
「ほんで、銀を混ぜたボルトを作って貰いましてん。それに3日かかりました。魔物退治は銀の銃弾、ですやろ。たとえ迷信でも、やってみるしかない」
「鈴森さん、」
呼びかけたが次の言葉が出ない。
聖はテーブルの上のスタンナーを食い入るように見つめた。
鈴森はこの銃でシモンを撃つ気か?
俺は、……俺はどうしたらいいの?
……あれ?
銃は侵入者が此処に置いて行った、と。
なんで?
わざわざなんで……まさかシモンは……。
(シモンは死にました。
悪しきモノを引き連れて
地獄へ昇っていくでしょう。
さようなら)
「セイさん。書き置き、そのままでしょう。魔物を取り込んで、もろとも死ぬ気やね。
銃がここにあったのは、モコのように一発で殺して欲しいという、僕へのメッセージみたいやね」
「矛盾してませんか? あいつは人3人殺した冷酷な人殺し。だから悪霊に選ばれたんだ。パワーアップして快楽殺人を重ねている。それが、なんで死にたいの? 」
「セイさん。それは本人に答えて貰いましょ」
鈴森は子豚を片手に立ち上がり、部屋の灯りを付けた。
「えっ?」
後ろに気配を感じる。
振り向けば、シモンがいた。
何時から居たのか?
雷と雨の音で、ドアが開いても分からなかったのか?
黒いTシャツとカーキ色のカーゴパンツ。
少年の姿。
左手に赤いスポーツバッグ。
ぶらりと下がった右手には……包丁を握っている。
少しも濡れていないのは雨が降り出す前から
軒下にでも潜んでいたのだ。
「僕は、カミサマに選ばれた処刑人だと……声が聞こえたんだ。クズ一家を始末した……完璧な仕事と、褒めてくれた。もっと、もっとやれる、カミサマは期待していると。犬が言ったんだ」
シモンの声は小さい。
息切れするのか(ハアハア)苦しそうな息づかい。
「だからさあ、悪しきモノを始末したんだよ……。何が何でも、殺らなくっちゃ、って。僕に与えられた仕事、なんだから。
一生懸命考えたよ。悪しきモノ……それは誰? 何処にいる? 殺せそう?……考えて考えて、閃いて……飛び降りの写真を撮りたいクズと、年寄りの泥棒を処刑したんだ。でもさあ、冷静に考えれば分かるじゃない。僕だって悪しきモノだって……なんか疲れたよ、もう終わりにしたい。『シモンは死んだ。選ばれし処刑人になった』
声が……言ってる。『悪しきモノを処刑し、魂を地獄に連れてこい』と、ずっと言ってる。でも……疲れたんだ」
シモンはゆっくりと、包丁を握った手を上げる。
それから聖を見た。
聖は向き合い、腰を落とし防御の姿勢。
「ねえシモン君……俺を刺すつもりなの?」
問いながら泣きそうになる。
そんな意図は無いと分かるから。
シモンは(鈴森さん、いくよ)と掠れる声で言い、刃物を振り上げる。
鈴森に、自分を撃てと、言っている。
鈴森は銃を手にした。
右手に銃を構え、左手に子豚を抱いて
シモンに近づいていく。
「いや、待って、やっぱ駄目!……待って!」
聖は叫ぶ
「待てませんな」
鈴森は子豚を床に置き、
シモンに銃口を向けた。
バシッと発砲音
ガランとシモンの握った包丁が床に落ちる音。
ドタッとシモンが倒れた。
それらが同時に起こった、ように見えた。
あっという間の出来事に
聖は声も出ない
シモン、死んだの?
恐る恐るシモンを見る。
だが出血してない。
「あーあ。しくじって、しもうた」
鈴森がため息をつく。
「……?」
「失神して倒れよった。当たらんかった」
鈴森は壁を指差す。
撃ったボルトが刺さっている。
「頭打ったかも。おい、大丈夫か」
聖は仰向けに倒れているシモンを抱き起こそうとした。
瞬間、強い力に、触れた手がはじかれる。
「へっ?」
うっすら開いたシモンの唇から
黒い煙のような……影が。
「う、うわー、出てきよった!」
鈴森の叫び声。
黒い影は空中で塊となって揺れている。
ゆらゆらと変形し続けている……二足歩行の山羊のカタチに見えなくも無い。
「やったるで」
鈴森は壁に刺さったボルトを外し、装着。影を狙おうとした。
影は逃げ、……床に落ちるように、すっと消えた。
「鈴森さん、消えたの?」
「いや、隠れよった」
鈴森は銃口を下に、向ける。
床にうずくまっている子豚に……。
バシッ、と発射音。
ボルトは子豚の眉間に命中。
瞬殺だ。
……普通は一瞬で死ぬ、はず。
なのに、子豚は奇っ怪な動きを始めた。
ボルトが軸となった駒のように回転しだしたではないか。
「おお、なんやこれは? 離れよ、セイさん近づいたらアカン」
鈴森は聖の腕を引っ張り子豚から距離を取る。
……暫く、子豚は回っていた。
5分だったのか30分だったのか、後になっては分からない。
恐ろしくて長い時間に感じた。
子豚は最期に、人間の大きなため息のような不気味な一声。
バタリと倒れ、二度と動くことはなかった。
鈴森が110番し、聖は薫に(今シモンが鈴森さんとこで失神)ラインを送った。
「鈴森さん、警察になんて言います?」
悪霊退治をしたというのか?
「……シモンはこの部屋に潜伏していた。僕らは知らないで病気の子豚を屠殺。それを隠れて見ていたシモンが失神した……これでどうです?」
「で、俺は? 屠殺になんで剥製屋が?」
「えーと。そうですなあ……僕がね、可哀想な子豚を剥製にしたい思い、来て貰った、とか」
「じゃあ俺は死んだ豚を引き取りに来た、そういうコトに」
「怪しくないでしょ?」
パトカーと救急車は、ほぼ同時に来た。
鈴森と聖はその場で事情聴取。
殺人犯の潜伏場所ではあるが事件現場では無いので
事務所に<立ち入り禁止テープ>を貼られる事も無く
想像していたより、早く解放された。
全てが終わり、2人だけになり、
お互い無言でタバコに火を付けた頃、結月薫が来た。
バイクにのって、食料と酒を持ってきた。
「お疲れさん。さっきシモンの意識が回復してな、自白したんやて。一挙に事件解決や」
酒(一升瓶)と、唐揚げと巻き寿司を、テーブルの上に並べる。
「これは嬉しい差し入れや。……まさか今夜宴会になるとは」
鈴森は、隣の部屋からグラスと皿を持って来た。
薫は、床に倒れた子豚をみつけ(うっわ!)と。
「あ、ソレ、もう動かしても良かったんや」
鈴森がオロオロ。
存在を忘れていたみたい。
「えーと新聞紙で包みますか」
聖は自分が持って帰るのだと気付く。
「担当した奴に、聞いたどなあ、コレを剥製にねえ……ふうん」
薫は子豚を触りだした。
聖と藤森は早々に豚の死体を薫から遠ざけたい。
「いや、まって。……めっちゃ美味そうやんか。剥製にするには惜しい」
薫は、
妙な事を言い出した。
「なあ、食べようや。3人で焼いて食べるのが一番やで」
「へっ? 食べてしまうんですか……」
鈴森は暫く考え
「いっそ、ええかも」
と。
「台所、あるんやろ」
薫は、ドアのある方を指差す。
「はい。出刃包丁もノコギリも。……よっしゃ、任しといて。解体は見たことあるしね。した事無いけど……なんしか肉を取ったら、ええんやね」
鈴森は子豚を抱き上げる。
「鈴森さん、俺がやります……俺の仕事、だと思います」
聖は申し出た。
シモンを、銀のボルトで撃とうと覚悟を決め実行しようとした男に
豚の解体まで押しつけられない。
働きの少ない自分が請け負うべきだ。
聖は手早く、子豚を解体。小さいので取れた肉は多くはない。
遅れて鈴森と薫も台所へ入って来た。
鈴森はショウガ、酒、醤油を
肉に絡ませ、ニンニクと一緒に焼いた。
薫は、残った頭部や骨、内臓を、スープにすると大鍋で茹でている。
「明日にでも重要参考人として指名手配、やったんや」
(日本酒の入った)コップ片手に薫が言う。
「針山インターで老夫婦が殺られた後、シモンの親に再聴取した。亡くなった爺さんが数10万渡してた可能性があると、言うてた。逃走費用やな」
月無谷の事故が孫の仕業と感づき、
家を出るように、遠くへ逃げるようにと、大金を渡したと推測。
「老夫婦は指名手配中の詐欺師やってんで。金を盗まれたとか落としたとか可哀想な上品な老夫婦を演じて、行きづりの善人から金をだまし取っていた」
シモンの父親も被害者の1人だった。
老夫婦は<針山道の駅>駐車場で車中生活していた。
シモンは、<悪人>を処刑したのか。
「見た目は子供、中身は青年やと勘違いしてたな、あの子は中身も子供のままやってんで。ずっと優しい親に守られて。行動範囲も爺さんに貰ったバイクで行ける範囲や。他の世界を知らないんや」
第一現場は、入学式だけで辞めた高校の近くだという。
家を出て、何処で身を隠しているのか分からなかったが
結局、近場に潜んでいた。
聖は、なるべく薫に喋らせて、聞き役に。
ヘタに喋って<悪霊払い>に気付かれたくない。
(なんで2人だけで会ってた? 俺は?)と聞かれたら、どうはぐらかそうかと
酒を飲んでも頭は冴えたまま。
鈴森も……酒が美味いとか唐揚げが最高とか
……ただの飲み会に導こうとしてる。
「これで、殺人事件の話はおわりや。何はともあれ、おかげで犯人生存確保、連続殺人はくい止められた。シモンは自分の罪を償える時間の猶予が出来た。処刑した悪人から、償いの時間を奪ったと、気付くチャンスができた。さあ、今から慰労会やで。飲んでや。ええ酒やろ」
薫はニッと歯を見せて笑った。
鈴森と聖も、やや強ばった笑顔を返す。
「それにしても、美味いな。なんともいえん、柔らかい肉や」
子豚の肉は事実、相当おいしい。
「一生忘れへんで、この味は。そんじょそこらの豚や無い。『犠牲の子豚』ちゃん、やもんな」
さらりと言われて
鈴森の目が潤む。
「犠牲の子豚、カミサマへの捧モノと一緒やろか。カミサマへの捧げ物は、残さず食べなアカンねんで。お下がりは残したらアカン。この国の古くからのしきたりや」
聖は、薫は全て察していると確信した。
鈴森は、シモンの身体から悪霊が逃げ出すケースも想定し、依り代を用意したのだ。
子豚は足を骨折し動けないと言って居たが、
それも、悪霊が取り憑いたあとの、逃走を危惧しての、細工だったのかも。
鈴森は(可愛い)子豚を犠牲に捧げた。
聖は、全く気付いていなかった。
悪霊付きのアリスを焼き殺せば悪霊も死ぬと
考えもしなかった自分にも腹が立っている。
何て情けない俺。
鈴森に申し訳なくて、自分がマヌケすぎて
泣き叫びそうになるのを、どうにか堪えた。




