当たり屋
「セイ、通行止表示設備一式、取り除かれていた件については調査中やで」
コーンと看板は道の脇、木の陰に隠されていた。
「ほんでな防犯カメラの画像を調べた。と言うても、県道の10キロ先のコンビニ、反対側20キロ先のガソリンスタンドしか、カメラないけどな」
犯人は県道を通らなければ、月無谷に来れない。
「そっか。難しそうだね。生活道路だし、先にゴルフ場もあるし……」
対象車輛が多すぎるだろう、と聖は言葉を続けるつもりが
意識は鈴森に、持って行かれている。
(なんで?
そんな、おしゃれしてるの、俺に至福の笑顔を向けてるの?
やや大男の薫と、すごい大男がバイクで2人乗りしてたよね。
ね、一体どこから、そうやって来たの?
……どこへ行くつもり?)
「しやねん。ところがや、事故前夜コンビニの画像に写っていた不審なオートバイがあった」
「どう不審なの?(カオル達も不審なんだけど)」
「そのバイクは、およそ1時間前にも映っていたんや。逆方向に走行してた。県道をこっち(月無谷)向いて走り、看板等を撤去し、あっち(コンビニ方向)へ戻った疑いがある」
「メッチャ怪しいじゃん。……聴取したんでしょ?」
「それが特定できないねん。ナンバープレートが映ってない。何かで隠しとった。コレも怪しい」
「怪しいっていうか……ほぼソイツでしょ」
聖は、おそらく黄色い小型オートバイだったのだろうと、気付いた。
もちろん乗っていたのはシモンだ。
「珍しい小型のオートバイや。……確認したが中村家に飾ってあった写真のと、同じ車種や」
防犯カメラでは服装から小柄な女性、と思われた。
女装したシモンであっても矛盾は無い。
「カオル、それだけではシモンがやった証拠にならないね」
「そうや。しかしな、この鈴森さんが、中村家の駐車場に事故車両が駐車していたのを目撃してはるンや」
すでに鈴森から中村家について聴取済みのようだ。
シモンが犯人、と聞いても驚いていない。
色々聞いて知っているのか。
薫は、随分この男を信頼しているんだ。
「中村家と被害者と接点があったのか。親戚?(同じ名字だし)」
「ちゃいます。親戚とは爺さん言うてなかった」
鈴森が答えた。
「それって、死んだ老人も被害者を知っていたってコトですか?」
「知ってるも何も、しばらく中村さんとこにな、一家で、おりましたんや」
鈴森は、憎々しげに言った。
歓迎する滞在では無かったのか。
「爺さんから、同じ話をね、何度も聞きました。結月さんにお話ししましたけどね。まさか居候一家が此処で死んでたとはね……」
鈴森は崩れた道の下を指差した。
「セイ、被害者一家と中村さんは、本年4月中旬、針山インター隣接、道の駅針山テラスで、出会った」
針山インターは、県道の東。
聖が30分前に高速道路を出たインターだ。
「中村さんは父と妻の3人で、温泉に出かけた帰り、針山インターで休憩を取った」
隣接する道の駅で、食料品等の買い物をし、
駐車場から車を発進直後に
被害者一家の幼い娘と、接触した、らしい。
らしい、というのは
車中の3人、誰も接触瞬間を見ていない。
車の前に、男が立ちはだかり
停車させられ
(今、うちの娘、当てたで、当て逃げか。ひき逃げか?)
と、怒鳴っている。
中村はすぐに車を降りた。
警察に電話して救急車を呼ぶと、当たり前の対応をした。
しかし、怒鳴る男に、妻らしき女が何やら耳打ち。
(まあ、かすり傷やったら、大げさやし、先を急ぐし、アンタの連絡先だけ聞いとく)
と急に穏やかな口ぶりになった。
中村は、女の子がどこにも出血していないのを確認した。
……泣いてもいなかった。
信用できない人物と判断し、勤務先の名刺は渡さなかった。
相手が差し出した、量販店の会員カードの裏に
言われるままに住所、電話番号、氏名を書いた。
(中村! 俺も中村や。何かの縁があったんやで)
嬉しそうに言った。
続く言葉は無く、その場(車の前)から動かない。
車中から見ていた中村の妻は、その時車を降り
現金1万、
(お嬢ちゃんに何か買ってあげて下さい。ほんの気持ちです)
と、差し出した。
中村克彦は
(気持ちでっか。ほんなら頂いときます)
1万、受け取り、娘を抱き、いずこかへ消えた。
「その1週間後に、アポも無く、一家で中村さんとこに来たらしいです」
鈴森が、続きを語る。
「『奈良の工場に就職し、寮に引っ越しする予定が、寮で小火があって入れず、今夜は泊まるとこもない。途方に暮れていた時に、思い出した。奈良には針山デラスであった中村さんが、あの人がいる』と……。
嘘やと、爺さんは言うてました。子供は片足を包帯で巻いていたらしい。痛そうなそぶりも無いのに。……そのままズルズル居座ったんです」
聞いたのはそこまでだ。
実際に見たのは滋賀ナンバーの黒いワゴン車、だけ。
最初は中村のワーゲンと並んで停めてあった。
いつからかワーゲンは見ていない。
朝夕見ていたのでワゴン車のナンバー(5963)は記憶していた。
黄色いオートバイは、
爺さんが持ち込んだ、という。
「鈴森さん、バイクは駐車場には無かったですよね?」
聖は見た記憶が無い。
「そういえば……しばらく見てないかな」
「だいたい見えてきたな。シモンが被害者を、此処に誘き出したんやで」
薫は、崩れた道の下を、身を乗り出して見ている。
「カオル、先は行き止まりで家が2軒。地図ではそうなってるけど」
「2軒とも長らく空屋や。外観は立派な家で、廃屋という感じでは無いんやて」
どんな用事があって空屋に向かう山道を下ったのか?
「週明けに中村に事情聴取やな。被害者家族と事故直近の接触が有ると、鈴森さんが証言してくれたからな」
現場の確認は済んだ。
では行こう、と薫は言う。
「カオル、どっか行くの?」
「あ、言うてなかった?」
「聞いてないけど」
「これからセイとこで、皆で酒盛りやで」
「へっ?」
皆で?
つまり鈴森さんも来るんだ。
いいけど……じゃあ、まず買い出し?
酒も、食べ物も、3人分は無いかも。
「ユウトから昼過ぎにラインがあってん。山田社長が、なんかのパーティが急遽中止になってな、仕出弁当12人分、食べて欲しいんやて。酒も一緒に今晩7時頃届くらしい」
「あ、そういうコトか」
「ほんでな、鈴森さんも誘った。明日休みやんか。夜通し飲むんやったら狭い霊園事務所より、寝室のあるセイのとこが、ええやんか」
薫が嬉しそうに言うから、
勝手に決めてと、文句も言えない。
「そうか。桜木さんと4人で宴会なんだ」
聖も気分が上がってきた。
「じゃあ鈴森さん、俺の車に乗って下さい」
なんでバイク乗って来たのか不思議だけど。
このペアで2人乗りはキツイだろうに……。
「セイ、鈴森さんな、奈良駅前のマンションやねん。メチャ近所やってん。ほんでな、ここでセイに会えるから、此処までやから、乗せてきた」
薫が、聖の疑問を察して説明した
成る程。
薫は現場を聖と見た後、いつものように工房で飲み明かす予定だった。
そこに桜木からの連絡。
12人分の弁当と聞き、(沢山食べそうな)鈴森も誘うことにしたのだ。
でも……なんで鈴森は会員制高級クラブにでもいくような服装なんだ?
「ゴージャスですね。カッコイイです。……どこかに出かけてたんですか」
助手席の鈴森に聞いてみた。
薫の事だ、着替える間も無い程、早急に強引に誘い、連れ出したのかと。
ところが、
違うという。
「神流さんのお宅に、お邪魔するから、ちゃんとしましてん」
「あ、そうなんだ」
なんて律儀なんだと、驚いた
「……なんか申し訳ないですよ。山小屋みたいな住処ですよ、ほんと、汚れてもいいような服で、それで良かったのに」
「いや……しやけど……」
鈴森は若干上ずった声で……何かを言い淀んでいる様子。
そして短い沈黙の後、
「野暮なルックスですやろ、せめて着る物で飾らんと、綺麗な奥さんに嫌われますやん」
と、真面目な顔で言う。
「え?……奥さんって俺の、ですか? はは。いや、一人暮らしですよ。残念ながら」
勝手に既婚と想定したのだろう、と思った。
だが、鈴森は(そうでしたか)と引き下がらなかった。
「あれっ……そうでっか……えげつない別嬪さん居たはれへん?……この世の人と思えん位の」
と。
ミラー越しに見れば丸っこい目は煌めいていた。




