最終話 言葉と真実
ふと眩しさに気が付いて、目を開いた。
目に飛び込むはいつもの天井。そして、窓から注ぎ込む柔らかな日差し。それが部屋を暖めるのかそれとも、私を包む布団が暖かいのか。どちらにせよ、この部屋はあまりに心地が良い。
…私は死んだのではないのだろうか。記憶によれば、病気で、てゐの隣で、死んだはずだ。
しかし、ここは私の部屋。閻魔に裁かれてもいないのに、現世にいることは、おかしいはずだ。それに、幽霊にもなっていないようで。生きたままの、私がいた。
「優曇華!!」
寝転がる私に被さるように、師匠は真横から顔を出した。それに習うように、その脇からは姫様も顔を出す。
並んだ二つの顔には、同じように涙が浮かんでいた。それでも表情は笑顔で、こちらが恥ずかしくなるくらいに、私を凝視してくる。
「良かった……。目を覚ましてくれた…」
「師匠?
…一体、何があったんですか?」
「…あなたは、倒れたのよ。それから数日間、寝たままで。もしかしたらこのままなんじゃないか、なんて。死んでしまうんじゃないかって……」
「……てゐは、…もう、死んでいるんですよね」
私の少しばかり突飛な質問に、静かに、師匠は頷いた。
頭が冴えるにつれて、段々と思考が繋がってくる。つまり私は、元々いた世界へと帰ってきた訳だ。てゐが死んで、私が倒れたらしい世界へと。
涙が頬を、つうと流れた。
私の記憶にあるこの世界でも、私はずっと泣いていた。てゐの死に直面して。悲観に暮れて。延々と泣いていた。
……でも、この涙は違う。
私は、もっと生きていたいと思った。死ぬことは予想より遙かに怖くて、辛くて、やり残したと思うことも、沢山あって。
……だから、嬉しいんだ。
生きていられることが。今からまた、時を刻めることが。
自分に正直に生きる。てゐとそう約束したから。だから、私はこの喜びを、素直に涙という形で表現しよう。
…同じ涙でも、今までの涙とは、意味はまるで裏返しのように、違う。
ふと、自分が何かを握っていることに気付いた。
それを握りしめた拳をそのまま、眼前まで手を動かす。そしてゆっくりと手を開いた。
そこには、透明に光り輝く石が二つ、あった。無色のその石は同じ形で、見ただけでは違いなんて、全くない。同じような石が二つ、私の指先に摘まれている。
私が死ぬときに、先を生きるてゐには笑っていて欲しいと思った。それと同じように、てゐも生きる私が笑っていることを望んでいると言った。そして、それを信じろ、とも。
だから、私は笑う。ぐちゃぐちゃの顔かもしれないけれど。涙でまみれているけれど。
手の中にある二つの石をしっかりと抱きしめて。出来る限りの満面の笑顔を、浮かべた。
…あぁ、私は生きている。生きていける。その幸せを、てゐから受け取った。
てゐはもう、いないけれど、彼女は、彼女の言葉は、私の中に生き続ける。すぐには対応することは難しいかもしれないけれど。それでも、なるべく笑顔で、残りの生を歩む。
私は嗚咽を隠す素振りもせず。それに縋るように泣く姫様や師匠もまた。幸せに浸っているに違いない。
この、みんながいる場所が。てゐと暮らしたこの場所が。誰が欠けても成り立たず。そして、死に、涙を捧げる人がいるこの場所こそが。
私にとっての生きる場所なのだと。それは幸せの場所なのだと。
てゐはそれを、教えてくれた。
……因幡てゐの能力。それは、人を幸せにする程度の、能力。