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第十六話 相違と意思

 今日も今日とて、里は変わりない様子だった。閑散、とまではいかないが、賑わっている訳でもなく。遊ぶ子供もいれば雑談に花を咲かせる集団もちらほらと見える。全く、いつもと変わりない。

 そんな中で私たちはといえば、前に来た時と変わらず、話したり目に付いた物を手に取ってみたりと、里を楽しんでいる。


 てゐはともかく、私はこの光景を見るのは二回目となる。前回とは体調の差こそあれど、それ以外は何も変わらない。店に並ぶ物、売り子、そしててゐとの会話ですらも、どこか既視感があって。初めて、という感覚ではなく、どうやら私は、その変わらない雰囲気を楽しんでいるようだ。例え、てゐと買い物に出るのが何度目になろうとも、楽しいものは楽しいのだから。


 でも、今回は里に来る途中に少しだけ、やりたいことを考えていた。

 計画も立てず、何も考えずにただ無鉄砲に歩くのも、楽しい。前の世界の私もそれを選んだし、今現在、行く先々に計画性が見られないことから、目の前で笑うてゐも、どうやらその方向らしい。


「ねぇ、てゐ?」


「どうしたの?」


「私、ちょっと寄りたい店があるんだけど」


 その言葉にてゐは乗り気になったようで、屈託のない笑顔で私を見つめている。


「でも、珍しいよね。鈴仙が自分から“行きたい”なんて言うの」


「失礼ねぇ。私だって、行きたい所くらいはあるよ」


「これは失敬。でも、いつの間にそんな場所見つけたのさ」


「この前里に来た時に見つけたんだ。その時も入ったんだけど、少し気になっているものがあって」


 てゐは唇を尖らせて、少しばかり間延びした相槌を打った。


「……なんか、鈴仙、ずるい」


「まさか、てゐにずるいなんて言われる日がくるなんて、思ってもなかったよ」


 その言葉にてゐは更に唇を尖らせるが、私が一声かけて歩き始めると、私の横まで小走りに追いついてきた。


「きっと、てゐも気に入ると思うよ」


「…ほんと?」


 僅かに疑ったような瞳を向けられて、私は思わず正面を向いてしまった。

 前の世界では、てゐの気に入る物があった。まるで魅せられたかのように、食い入るように長い間見入っていた。

 あの水晶は、私が前の世界で買った。だが、今は世界が違う。それならば、あの店のあの場所には何が売ってあるのだろうか。同じ石か別の石か、それとも何もないのか。そもそも、あの店があるのかすら、私にはわからない。

 もしも店があって、水晶があったなら。この世界は前の世界の繰り返し。てゐと私の立場が入れ替わっただけの、同じ世界。

 でも、水晶がなかったり別の石が置いてあったとしたら。この世界は似て非なる世界。時間軸がずれているのかもしれないし、そもそも違う世界なのかもしれないし。それは、状況によりいかようにも変化していくだろう。

 別にそれを知ったからといってどうなるという訳ではないけれど、気にならない訳でも、ない。ただ、どうにも理解が出来ない前の世界と今の世界の不思議な関係を、知る手掛かりになるかもしれないから。


「鈴仙が興味を持つなんて、一体何屋さんなのさ」


「それは着いてからのお楽しみ。もしかしたら、そもそもお店がないかもしれないし」


 その言葉に、てゐは首を傾げる。まぁ無理はないだろう。この言葉の意は、私にしかわからないのだから。

 この角を曲がって、一番奥の民家のような店。洗濯屋、骨董屋、指圧屋。そしてその次の、家屋。


「……この店?」


 てゐの質問に、私は黙ったまま頷いた。


「どうにも、暗い雰囲気が漂っているけど…」


「石を、売ってるんだって」


 てゐの返事を待たずして、私は店の中へと足を踏み入れた。

 外からの印象と違いなく、店内もやはり暗い。この店にしても、前の世界から変わっていないように思える。店主がいないことや、石が整然と並んでいる様子はまだ、記憶に新しい。

 そんな中で、前に水晶があった場所まで進み、棚を見下ろす。それを真似てか、てゐも横から背伸びをして覗きこんだ。

 私たちが見つめる棚には、美しく透き通る石が一つ程置いてあった。前に見た形と同じで、同じ大きさで。私が買った水晶がそこに置いてあるのかではと思ってしまう程、そっくりだ。


「綺麗でしょ」


「…うん」


「てゐなら、気に入るかなって思ってさ」


 その言葉に返事はない。やはり、てゐは水晶に見入ってしまった。前の世界といい、余程この水晶が好きなのだろうか。

 水晶は光を反射して輝いているといえども、そこまで煌びやかな訳でもない。あまり強くない輝きも、どこかてゐには似合っている気がする。



「いらっしゃい」


 予測出来ていたからか、不意に主人が現れることにも、さほど驚くこともなかった。

 奥から、にこやかな店主はゆったりと私たちの所まで歩いてくる。そして、てゐが食い入る水晶に目を落とした。


「……これ、水晶ですよね?」


「これかい?

最初は僕も水晶かと思ったんだが、先生に聞いたらどうやらこれは“金剛石”って言うらしいんだ」


「…金剛…石?」


「先生によれば中々見つかる石じゃないらしくてね。かなり珍しい物だって言っていたよ」


 その店主の言葉だけが、私を驚かせた。どうせ水晶だろうと端から決めつけていただけに、思わずうろたえてしまう。

 …ただ、この世界でも同じ石があれば買おうと考えていた為に、次の言葉は案外滑らかに発することが出来た。


「……これ、おいくらですか?」


「…うーん……

いや、売れるなんて、思ってなかったから」


 それからの流れは、前の世界と変わらなかった。水晶と同じ値段で売ってくれて、丁寧に見送りまでしてくれて。

 違ったのは、透明な石が水晶ではなく金剛石だったことだけ。店主の反応から、私たちが初めての客であることもわかり、すなわち時間軸がずれている訳ではないこともわかった。


 本当に、石の種類が違っただけ。売られる石が変わって、店からなくなる石が、変わっただけ。同じ場所から売られ、同じ客に買われる二つの石の運命は、鏡に映したように、まるで同じ。



「はい、これ」


「え?」


「てゐになら似合うだろうなって思って買ったんだよ」


「あ…ありがとう」


 はにかんだまま少しばかり俯き、もごもごと不鮮明に言われた感謝の言葉。その言葉にどこか満足して、私はてゐの頭を撫でた。彼女は金剛石の入った袋をその小さな胸にしっかりと抱きしめて。あまりにも嬉しいのか、少しだけ涙を見せて。

 照れ隠しも兼ねてか、てゐは頼まれていた醤油を買ってくると言って駆けて行った。


 待っていてと言われたが、疲れを感じ、座れる場所を探す。辺りを見渡して見つけた茶屋の軒先にある長椅子を借りて、私は腰を降ろした。



 前の世界と今の世界が重なる。今から自らに起こることが手に取るようにわかる。運命が、見える。

 もうすぐ、石を投げられる。発作が起こる。そして、死ぬ。受け入れても抗っても、何をしても、死んでしまう。

 ……私が死ぬ世界は、あれだけ望んでいた世界なのに。てゐと入れ替わって死ねるという、理想の世界のはずなのに。それが突きつけられた今、この沸き上がる気持ちは何?

 嫌悪? 恐怖? それとも、他の、何か? 全身を震わせて、胸を締め付けるこの感覚は、一体、何なの。


 ……お願い。早く、早く、帰ってきて。私を一人にしないで。ほんの少しだけのこの待つ時間が、私の死を手招きしているようで。この気持ちに、自分が押し潰されてしまいそうで。

 全てが嫌になって目も耳も塞ぐけれど、その黒闇に、静黙に、狂ってしまいそうなのは、自分自身だ。



「…鈴仙?」


 肩を揺さぶられてようやく、てゐが帰ってきたことに気付く。そのことに安堵して、全身からは忘れていたかのように冷や汗が流れ出した。ただ、それすらもてゐには気付かれぬように、他の言葉が口をつく。


「……ごめん。ちょっと考え事してた。

それよりも、もうそろそろ帰らないと」


「…そうだね。もうすぐ日も暮れるだろうし、帰らなきゃね」


 てゐと少しばかり話すと、先程まで沸き上がっていたはずの気持ちなんて、どこかに溶け去っていった。まるで、氷が暖かな日差しで溶かされるように。

 だが、これから帰路につくなら。日が山に沈もうとしているこの最中。過去に私は二回も石を投げられている。

 これから起こることを予期出来ているのかと言われればそうではない。

 だが、あまりにも類似したこの世界。起こらないとすることの方が、あり得ないと思えてしまう。そして、石の次は発作。発作の次は死。やはり、あり得ないとは考えられない。


 “死”という言葉が頭を掠めた瞬間に、心臓が一際強く跳ね上がった。



「鈴仙、あれ…」


 里の出口に立つ、数人分の人影。ざっと見たところ、五人か六人か。その陰たちは、私たちが近付くにつれて、どうやらこちらに向かってきているらしい。

 距離が詰まるにつれてわかることは、背が低い陰と高い陰があるということ。低い陰はどこか俯いているようで、高い陰はどこか色が薄い気もする。



「……この間は、石を投げてごめんなさい」


 陰がすぐ目の前に迫った時に、初めてそれが子供だったことに気付いた。その子らは一斉に頭を下げ、言葉は歳に見合わず元気がなく、どこか弱々しい。


「……別に、もう気にしてないから、頭を上げて。

それよりも、もう竹林…いや、里から出たら、駄目だからね」


 てゐは膝を曲げて、子供と同じ目線に立った。そして、柔らかな声で、暖かな笑顔で、そう言った。その言葉は嘘などではなく、正しく彼女の本意であろう。それを聞いた子供たちは、歳相応に威勢良く返事をして、去っていった。時間も時間であるし、家に帰るのだろう。



「ところで、霊夢と魔理沙は後ろに立って黙ったままで、一体何をしているの?」


 子供らの後ろにあった背の高い陰は、霊夢と魔理沙であることもわかった。一番初めに子供が謝ったが為に聞きそびれていたが、子供がいなくなり彼女らだけになった今、不敵に笑みを浮かべて立っている様は、見ていていささか気持ちが悪い。




「……もしも真実が決まった時点でそれが成就されているならば。何をしても偽行であり、何をせずともまた、偽行である。

だからこそ、己の向く方向こそが真実であり、背にあるものは虚空である。

……その虚空を埋めしものとは、一体なんぞや」


 二人の声が入り交じり、黄昏に染まり行く草原にそれは流れる。表情すらがわからないこの暗さの中で、二人はよもや一つの陰になっているようで。まるで別の生き物のような、そんな印象を受ける。

 一つの陰となったそれは私たちが何を言うまでもなく、地面から音もなく浮き上がったかと思えば、光の欠片すらなくなった東の空へと消えていった。



「…帰ろうか」


 ぽつりと、てゐは呟いた。それに私は返事をし、二人揃って人間の里から足を踏み出す。

 こんなに暗くなってから帰ったのでは、地際に僅かに顔を出す月も、永遠亭に着く頃には遙か高く昇っていることだろう。

 私たちを真横から照らす月明かり。半月より僅かに欠けたその月からもたらされる光は高が知れている。しかし、ぽつぽつと会話を交わす私たちには、それくらいが丁度良い気もする。


 風が、吹きだした。草木を吹き飛ばさんと、ただ立つことさえも妨げられる程の強風が、辺りを包む。

 それなのに、音がない。風を切る音も、草木がざわめく音も、傍にいるはずの、てゐの声さえも。

 音はなくなったが、他の感覚は残されている。頭痛、眩暈、吐き気…。起こり来る体調不良を上げれば、きりがない。

 …世界が、回る。私という存在が宙に投げ出され、気が付けば、満天の星と朧気な月が視界を埋めた。その隅で、不安そうな表情を浮かべたてゐが、私を覗き込んでいる。



「鈴仙!!」


「…ごめん、てゐ。

……鞄の中に…薬が入っているはずから」


 意外にも、声は出すことは出来た。その声はあまりにも小さくて、震えすら抑えることは出来なかったが。それでも、意だけは伝わったのか、てゐは私の視界から消えて、鞄を調べているようだった。

 少しして、てゐは薬を見つけたのか、横になる私を起こしながら薬を手渡してくれた。私はそれを躊躇することもなく口に流し込むと、差し出された水筒の水で薬を胃へと押しやる。


「…大丈夫?」


「……ありがとう。薬も飲んだし、直に治まると思う」


「…なら、良かった」


 本当は、口が裂けても大丈夫だなんて言える状態ではない。水を飲んで幾許か症状が軽くなった気がするが、それでももう、身体が限界なのだ。薬では、どうしようも出来ないのだ。だからこそ、無理をするしかない。

 前の世界の、てゐの“永遠亭に帰りたい”という気持ちは、今になって痛い程よくわかる。例え無理をしてでも、慣れ親しんだ自らの家へ。最期は、心許せる人の元で。今の私の心も、違うことなく、それを望んでいる。

 だが、それを実現させる為には、それ相応の障害を超えなければならない。その障害は一つだけだが、その一つだけが乗り越えられるか、わからない。

 …それは、永遠亭まで帰ること。私がてゐをおぶることが出来た前の世界とは違い、てゐは私をおぶることなんて出来ない。あの小さな身体で、私をおぶることなんて不可能だ。出来たとしても僅かな時間であり、永遠亭までは、残りの距離がありすぎる。

 …しかし、諦めれば全てが終わる。もし、私の命が永遠亭まで持たないにしても、匙を投げるより、最期まで悪足掻きを続けたかった。


「…永遠亭に」


「れ…鈴仙、永遠亭まで帰るなんて無茶だよ、里に引き返そうよ」


「お願い…だから」


 あまりの身体の重たさに思わず足を引きずるように歩いてしまうが、今の私にはこれが限界だ。

 それに見かねてか、てゐは私の片腕を取ると、自らの肩に回した。


「…鈴仙を背負うことは出来ないけど…これくらいなら……」


 体重の幾許かをてゐが肩代わりしてくれる分、歩は少しばかり速くなる。

 それでも、永遠亭までの距離はまだまだ遠い。私はてゐに励まされながらも、一歩、また一歩と竹林へ向けて歩き続けた。


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