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第十二話 悲愴と暗闇

 あんなに小さな体で、一体どれだけの我慢をしてきたのだろう。そもそもが大きくない体格なのにあれだけ痩せてしまって、体力なんてこれっぽっちも残ってなかっただろうに。

 我慢することなんて、容易いことではない。師匠に聞くところ、てゐの病気は死ぬよりも辛い症状が続くという。それならば死んだ方がましだと思うのは、自然の摂理ではないだろうか。

 …そもそも、何故てゐなのだろう。病気を患ったのが私だったら良かったのに。どれだけ辛くても、てゐが笑っていてくれるなら、それだけで良かったのに。それなのに、てゐはもう動かない。私の目の前で息を引き取り、静かに横たわっている。

 二人で話す内にてゐの病状が急変し、すぐさま私は師匠に助けを求めた。しかし、私たちが再びてゐの所に戻った時にはもう、遅かった。意識どころか脈すらもないてゐに、師匠は無言のまま首を横に振る。

 私は師匠に姫様を呼んでくるように指示され、部屋を後にする。そして、姫様を呼んでからというもの、時間はまるで土のように重くまとわりつき、あまりにも流れるのが遅い。静かな部屋に私の嗚咽が響くことだけが何故か印象に残っていて、暫くは涙が止まらなかった。

 ……今だって、涙が止まっている訳ではない。絶えず目頭を濡らす涙は静かに頬を流れ、いくら拭いたところで、何度でも新しく筋を作る。


 どれだけ泣いたところで何も変わりはしないことは、わかっている。この時の為に、少しでも多くの時間をてゐと過ごしてきたつもりだ。思い出だって、思い出しきれない程にある。

 それでも、いざ正面からてゐの死を突きつけられた今、未だにそれを受け止められない自分がいる。頭ではわかっていても。てゐが死んだと、もう戻っては来ないのだと理解していても。心の中の私は、未だにてゐが死んだと信じてはいない。


 …どうすれば良いのだろう。これから私は、てゐのいないこの世界で、どう生きていくのだろうか。嘘も冗談も、何もない世界で、私は、生きる。てゐがいないこの世には、嘘も冗談もあってないようなものだ。

 思い出してみても、てゐの悪戯に適う奴なんていなかった。てゐの悪戯なんて、その時には迷惑以外の何者でもなかったけれど。それでも、その回りには絶対に、笑顔があった。彼女の悪戯が、笑顔に変わっていた。

 皆が皆、笑顔の為に色々なことをするけれど。他の誰が何をやるにしても、どれもこれも中途半端で。決意が足りなかったり、段取りがなかったり。下手な悪戯は、周囲に陰を落とすだけにも関わらず。

 ……それはまるで、私のように。

 どれだけ相手のことを考えたって。相手のためにどれだけ尽くしたって。それは相手の本質を見抜いてなければただの自己満足で。偽善で。相手を振り回して得られる笑顔なんて、たかだか上辺だけのもの。それで満足する人に、本質なんかがわかるはずもない。

 ……まるで、私のように。


 つまり私は、知らず知らずの内にてゐを追っていた訳だ。彼女に憧れて、それでいて、彼女が自分の思い通りにならないことを恨んでいる。

 自分に出来ないからこそ、嘘を理解をしようと必死になり。

 自分に出来ないからこそ、嘘をつく彼女に躍起になってついて行き。

 いなくなったからこそ、失ったものの大きさがわかる。如何に自分が頼っていたのかが露わになる。



 “死にたい”と、思う。

 後を追いたい訳でも、何かの責任を感じて、という訳でもないけれど。私はこのまま生きていても、駄目だと思う。生きていては駄目だから、生を終える。そんな感じ。

 強いて理由をつけるならば、この気持ちを煽るのは、理不尽さなのかもしれない。

 あまりにも理不尽であるてゐの死。不治の病。治らない、辛く、苦しい、闘病。

 彼女の生き方自体、辛く苦しいことばかりなのに、その最期まで同じように死なずとも…。最期くらい、もっと幸せであるべきなのではないかと、思ってしまう。

 そんな彼女の命が果てた今、私がこうして暮らすことは許されるのだろうか。何も出来ない私が、今までと変わらない生活をしていても良いのだろうか。


 ……だが、この考え方も違う気がする。今の私にとって、生きて良いとか悪いとか、そんなことは大して重要な問題ではない気もする。

 やはり、死にたいのだろうか。それとも、生きていく気がないと言う方が正しいのだろうか。

 どちらにせよ。今を歩きたくない。認めたくない。全てを否定したい。…それらを叶える手っ取り早い方法は、死ぬことくらいしかない。



 …てゐ、なんで死んでしまったの。貴方が死んだら、私はどうやって生きていけばいいの。何を目標に歩いていけばいいの。


 ねぇ、教えてよ。今から私が歩かなきゃいけない道を。じゃないと、私は、死んでしまうよ。


 …………。

 私なんて、死んでしまえばいい。跡形もなく、消えてしまえばいい。みんなの記憶から、なくなってしまえばいい。…私なんて。どうせ私なんて……。


 頭から血が引いていくのがわかる。冬の雨のような冷たい水が、頭の先から満たされていく。それは段々と浸透し、私の顔を、喉を、胸を、そして心臓までも、凍り付かせる。

 視界が暗くなった。薄暗く、ぼんやりとした世界の中で、私は私を見つめている。


 死んだ目を浮かべ、虚空に目線を泳がせて。これではまるで、廃人だ。死んでいると言われても不思議ではない。

 瞼が重たくなってくる。だが、それにあらがう体力も気力もない。なされるがまま、視界は狭まっていく。目の前にいたはずの私が、渦を巻いてどこかに消えていった。


 完全に視界が闇に堕ちた時。ふと、このまま死ねればどれほど楽なのだろうと、思った。




 瞼が軽くなったことを感じ、目を開いてみた。

 それで得られた視界の端から見える窓からは、どこまでも暖かそうな陽が降り注いでいる。そして私を包む布団はどこまでも柔らかで、何故か懐かしさを感じてしまう。


 結局、私はどうなったのだろう。自分で自分を見るという不思議な体験をした後で、気が付いてみれば自分の部屋。意識が曖昧になっていることを考慮すれば、倒れて、自分の部屋にでも運ばれたか…。


 ……もしかしたら。本当に仮定の話だが、前の記憶は夢だったのかもしれない。てゐが死んで、私も死のうと考える夢。それどころか、てゐが病気だったことさえも、何もかも全てが夢だったのかもしれない。

 …もう一眠りしよう。もしも夢だったのなら、今度は良い夢が見られる気がする。あれだけの悪夢を見てきたのだ。次こそは、良い夢だろう。それに、全てが夢ではなく現実だったとしても、私にはどうすることも出来ない。せいぜい、自分の生を呪うくらいのものだ。…眠たいし、何も考えずに眠ろう。

 瞼を閉じて、頭を空にする。空にして、何も考えないようにして、少しでも早く眠れるように。この気持ちから僅かな時間だけでも解放されるように。

 ただ、早く寝ようと思えば思うほどに、頭が冴えてくる。時間が経つにつれて余分な考え事も増え、終いには、ただ目を瞑って横になっているだけになってしまった。

 こうなってしまうと、やはりてゐのことを思い出してしまう。そして、涙が出てしまう。

 いくら悲しいとはいえ、よくもまぁ涙も枯れないものだ。どれだけ泣いたかもわからない。今、何に対して泣いているのかすらわからない。それなのに、止まることを知らないかのように溢れ出してくる。

 暫くは何も考えずに泣いていたが、段々と瞼の中に涙が溜まり、少しばかり気持ちが悪く、幾度か瞬きをして涙を外へと送り出す。その度に差し込んで来る光があまりに眩しく、そして溜まった涙は視界を歪ませた。

「鈴仙!!」


 開かれる襖。思わず顔をしかめてしまう程の呼び声。全てのことが唐突で、思わず襖に目を向ける。だが、涙でぼやける視界から得られる情報なんて、どこまでも曖昧なものでしかなかった。


「朝だよ! 朝ご飯!

早く来ないと私が全部食べちゃうよ。まぁ早く来なくても、起こしに来た手間賃で半分は頂くけど」


 ぴしゃりと襖が閉じ、部屋には今までと同じ静けさが戻った。

 動かしたくもない頭を使い、今言われた言葉を振り返る。何やら、朝食がどうだのと言っていた。私の分がなくなるとかどうとか。

 右手を布団から出し、顔についた涙を袖で拭う。余計な涙がなくなり、完全とまではいかないものの物は見えるようになった。

 …正直なところ食欲すら湧かないが、呼ばれたからには行かねばならないだろう。断るにしても、行かなければどうすることも出来ないし。

 一度だけ深呼吸をして、気持ちを入れ替えた。そして腕に力を入れて、上体を起こそうとする。

 だが、上体は鉄のように固く、重たい。持ち上げようにも腕が限界だと言わんばかりに悲鳴を上げ、気を抜けば今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 それでも震える腕に寄りかかり、何とか座る体勢にまで起きあがったものの、その姿勢の維持ですら、辛い。それと同時に、起き上がった程度で息切れをしている自分がいることにも気付いた。

 ……駄目だ。これくらいで息が上がるなんて、本格的に体調が優れない以外に考えられない。今日は一日、寝ておく方が無難だろう。もしかしたら、こんな体調の時に無理をすれば死ねるのかもしれないが、それをする体力すら、捻り出すことは難しそうだ。

 …よし、呼吸も何とか落ち着いた。とりあえずは師匠の所に行って、今日は一日休むことを伝えておこう。何もしたくないというのが本音だけれども、何かしらの問題でこじれる方が、よっぽど面倒くさい。



 立つ前にもう一度深呼吸をしよう。そう思った矢先にふと、疑問が浮かぶ。

 ……さっき私を呼びに来た人は、一体誰なのだろうか。

 この永遠亭で私と馴れ馴れしく話す人なんて、てゐしかいない。呼び方も、優曇華でもイナバでもなく、鈴仙と呼ばれた。この呼び方も、てゐが使う。でも、てゐはもう、死んでいる。

 ……落ち着いて考えてみよう。てゐであるはずかない。てゐが私を呼びに来るなんて、二度とあるはずがないことである。

 私を呼びに来た誰か。背格好は、涙で霞んでよく見えなかったが、声は朧気に覚えている。しかし、私の中でその声に当てはまる人と言えば、てゐしかいない。あの少し鼻にかけるような声、最後にぼそりと一言付け加える癖。どれを取っても、てゐに結びついてしまう。呼称や口調まで含めると、最早疑いようがない。


 でも、それでも。


 てゐは、死んだ。認めたくなくても、それが事実。死人が生き返るなんて話、聞いたことかない。幻想郷なのだから幽霊になったことも考えられるが、霊が自らの身体的特徴を残してこの世に戻ってくるなど聞いたことがないし、何よりも私は襖を開ける人影を“見た”のだ。もしも霊ならば、経験上、あんなにはっきりとは見えないはずだ。


 不可解な現実に、私は頭を抱え込むことしか出来なかった。いくら考えようとて答えは出てこないし、どうにか出てきた答えも、自分で簡単に否定出来てしまう。

 少しの間考えていたが、どうにも答えは浮かんでこない。それどころか頭は次第に混乱し、的外れなことばかり浮かんでは消えていく。

 ただ、そんな中で唯一、正しいと思う答えが見つかった。

 ……見に行けば良いのだ。自分の足で、この目を使って。それならば如何なる世界が広がっていようとも、受け入れることが出来る。理解する前にそもそもの情報がなければ、何も成り立たないのだ。

 深呼吸も終わった。後は、てゐらしき人が言った朝食に顔を出して、真相を確かめるだけだ。


 投げ出していた両足を折りたたみ、力を込めて重心を乗せる。いつもならすぐに立てるのに、やはり身体が上手く動かせなず、仕方なく手をつきながら立ち上がった。

 しかし、すぐに私を襲うのは体験したことも無いような強い立ち眩み。頭にある血が全て抜けてしまったかのような感覚で、思わず屈み込んでしまう。

 少しすれば治まるかとも思ったが、起きあがった時とは違って今回はこれに治まらない。動悸と共に頭痛がし、僅かながらに吐き気まで催している。おまけに、目を開くと目眩までするなんて。…尋常じゃない。

 それでも、思考だけはしっかりとしていることは唯一の救いだろうか。理性で抑えれば、これくらいの不調なら我慢出来るかもしれない。

 息を吐きながら、姿勢を戻す。未だに立ち眩みは続いているものの、それも先程よりも幾許か軽くなった。頭痛も目眩も、大分落ち着いてきている。


 朝食といえば、いつも私の部屋からほど近い部屋で食べている。台所からは少しばかり離れているが、四人の食卓ならば、あの部屋が広すぎず狭すぎず、丁度良い。

 近いといえども、永遠亭は広く、それなりの距離がある。いつもならば何ともない長さの廊下にも関わらず、今日はひたすらに長い。そもそも、おぼつかない足取りで壁に手をつきながら歩いている為、かかる時間はいつもの比ではない。おまけに、歩く度に体が重たくなるようで、歩く度に膝が折れそうになる。

 それでも、目的の部屋まであと少し。もう、襖自体は見えており、大股で歩けば数歩とかからないだろう。

 しかし、ここまできてとうとう、膝が折れてしまった。手をつこうとしたが間に合わず、無様に倒れ込んでしまった。

 歩くのですら精一杯だったのに、一度倒れてしまえば、起き上がることすら出来ない。

 それでも、襖まであと僅かな距離。手を伸ばせば、もしかしたら届くかもしれない。そして襖さえ開けることが出来れば、きっと気付いてもらえるはず。

 その思いを込め、私は出来うる限り手を伸ばした。肩や腕が悲鳴を上げるが気が付かないようにし、襖に届くことを信じ、必死で。

 ふるふると手が震える中、何とか指先が襖に触れる。しかし、触れるとともに力が抜けて、腕は音を立てて廊下に落ちた。

 それに伴い、体全体が廊下に突っ伏す形となる。冷え切った廊下は私の体温を遠慮もなく奪ってき、体は寒さからか震えが止まらない。

 またしても、視界の上から黒い霧が降りてきて、視界を遮っていく。それに、あれだけ寒かったにも関わらず何故か体は暖かいし、まるで眠るように意識が離れていくのもわかった。


 …私を起こしに来たのは、一体誰だったのだろうか。

 そして、私はこのままどうなってしまうのだろうか。


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