だってアタシ、彼女じゃないもんね?
「へーぇ。ふーぅん。そーぉ。知っらなかったぁー。アタシって彼女じゃなかったんだ? そぉっかぁー。ゴメンねー? しつこくつきまとっちゃって?」
据わった半目が怖い。
妙に間延びした語尾が怖い。
絶対違うと確信しているくせ、疑問形で謝ってくるのが怖い。
怖い、怖い、怖い。
「ちっ、ちがいます。スミマセン。ミーナはオレの大事な彼女ですっ!」
後ろに退いていきそうな上半身に気合いを入れ、ぐっと体を前に乗り出す。
だが。
「あっ。そーゆーの、いいの、いいのぉー」
ミーナはそんな俺を軽〜く一蹴した。
「ねー? だってダイスケ、すぅーっごく迷惑してたんだもんね? 女に『くだらねェ時間盗まれる』より、カズとかケンとか。男だけでつるんでたかったんだもんね?」
半歩下がれば足元はすぐ崖下だとばかりに、危機的状況。
にも関わらず、俺の体は徐々に後ろに傾いでいこうとしている。
そこに救世主のカズが現れた!
「ミ、ミーナ、それは違うっていうか……」
恐る恐る、オレのフォローをしようと口を開くカズ。
吃っているものの、俺には後光が差して見える!
ありがとう、カズ!
おまえを信じてるぞ!
ミーナがニッコリと微笑む。それはそれはキレイな笑顔。
カズは真っ青な顔をブルブルと震わせて口を閉じた。
おいっ。そこはもうちょっと頑張ってくれよ!
友達甲斐のないやつだな!
「いいのよ? 無理やりアタシのご機嫌とらなくったって。だってアタシじゃ、ヴィクトリアズ・シークレットのエンジェルにはなれないもんね?」
ミーナの追い打ちがカズをますます萎縮させる。もちろん俺も。
カズと俺は、ヴィクトリアズ・シークレットのスポークスモデル、通称ヴィクシー・エンジェルズが大好きなのだ。
あうう……。
そりゃ、ヴィクトリアズ・シークレットはイイよ。好きだよ。
セクシーで強そうで、かっこいいじゃん?
なんで廃止なんだよって残念に思ってるヤツ、カズや俺以外にも沢山いるっしょ?
フェミニストとポリコレのバカヤロー!
……なんてことは、堂々と口に出せないから、ヒソヒソ隅っこで、男同士、愚痴っててもいいじゃん?
まぁ、生配信中、うっかり口を滑らせたのは、まずかったと思うけど。
いやマジ、本当にまずかった。
ミーナが見ないなんてこと、あるはずがないわけで。
ケン、カズ、俺。野郎三人でやってる動画配信チャンネルの、月イチ生配信の日。
酒を飲みながらダラダラと、視聴者さんからの質問に答えてた。
俺たちのファンを名乗る視聴者さんの一人が、「男同士の友情って感じが見ていて好きです」って言ってくれて。
そこから「皆さんの好きな女性のタイプはどんなですか。気になります」なんて質問から始まり。
「ダイスケさんの好みって、どんぴしゃミーナちゃんですか」とか「ダイスケさんは彼女さんと一緒にいるときと、男同士でつるんでるときと、どっちが楽しいですか」とか「あんなエロ可愛い彼女がいるダイスケ、シね」とか「リア充爆発しろ」とか。色々メッセもらって。
チョーシこいたのは、俺です。
うまいフォローの言葉が思い浮かばず、カズの隣りに座っていたケンに視線をやる。
「俺には関係ないし」みたいな、まるで他人事のように薄情な、ケンのすまし顔。
そりゃまあ、確かに他人事ではあるだろうけど。そうですけど。
ミーナと俺。カップル間の痴話喧嘩であって、まったくもって、ケンにはどうでもいい厄介ごとだろうけど。
ジトリと縋りつく。
ケンはヤレヤレ、というように肩をすくめ、目を回した。それから大儀そうに首の後ろに手を当てる。
自他ともに認めるモテ男のケンがやると、その気怠そうな仕草がまぁ、なんつーか決まってるというか。
友達じゃなかったら、俺は絶対にケンを嫌いになっていただろう。
実際、友達とはいえ、チリっと苛立ちが生じたりもする。
羨望故のみっともない嫉妬だとわかっているから、そんなことは顔に出さないようにしているけど。
ケンは「一つ貸しだぞ」とでも言うように、俺に一瞥をくれた。
「きっと借りは返すぜ! たぶんな! 生きてるうち、いつかは!」の気持ちを込めて、小さく頷き返すと、ケンは白い歯をミーナにキラリと見せつけた。
器用だな、と毎回感心する技だ。歯を光らせて見せつけながらしゃべるなんて芸当、俺にはできそうもない。
そもそも歯が光らない。白くもない。ちょっと黄ばんでる。
ちゃんと毎日三回、歯磨きしてるのに。ステインオフを謳う歯磨き粉を使ってるのに。
やっぱ、定期的に歯医者に検診行ってないのが原因かなぁなんて考えていると、聞こえてくるケンの声。
「いや。ミーナはさ、ヴィクトリアズ・シークレットなんて枠で終わらないって、俺はそう思うわけよ」
対女のコにのみ発声発動する、ケンのミルクチョコレートボイス。
ミルクチョコレートボイスというのは、ミーナが言っていた。なんでも故アラン・リックマンみたいな声のことを言うんだとか。
スネイプ先生の声が色っぽいだなんて、そんなことを考えてハリーポッターを観たことがなかったから、初めて聞いたときは、正直驚いた。ていうか、ちょっと退いた。
それはまぁいい。
ミーナお気に入りのケンの声。その声がミーナに媚びている。
よし!
そのままミーナを煽てていい気にさせてくれ!
この場をしのげればなんでもいい!
いつもだったら吐き気のするような、ケンのハンターモードも、今は心強い。
たとえそれが、マイハニー、ミーナに向けられているものだとしても。
「だってほら、ケイト・モス級の伝説のモデルになれるくらい、ミーナはスゲー美人だからさ」
ケンが吐息混じりの甘ったるい声で、褒めてるのかバカにしてるのかよくわからないようなことを言う。
ケイト・モスといえば、確かに今なお伝説的なイットモデルではあるけど、インパーフェクトビューティーなところを有難がられたモデルだ。
何よりミーナ、思いっきりラテン系だし。ケイト・モスと全然系統違うし。
女のコを煽てて気持ちよくさせて口説くときは、しゃべってる内容というより、雰囲気が大事だって、ケンが酔っ払ってカズや俺に指南してくれたことがある。女のコは雰囲気ってものが大好きだから、と。
なるほど。こういうことか。
ミーナがパチパチと瞬く。
上向きにくりんとカールした、濃く長いまつげがバサバサと上下した。
一呼吸分くらいの短い時間、ミーナがケンの目をじっと見つめる。そして笑顔。
「あら。ありがと。ケン。あなたの好みがヘロインシックでクールなモデルじゃなくって、ハシモト・カンナみたいに、ちっちゃくてキュートなコだって、アタシよく知ってるわ!」
満面の笑みのミーナに、ケンのニヤけた顔が引き攣る。
女のコは褒めれば、なんとかなる。そんなケンのいつものやり口は、ミーナを前に撃沈した。
カズ、ケン、俺、野郎三人。見事に撃沈です。完敗です、ミーナさん。
ぶっちゃけ。
確かに、男だけでくだらないバカ騒ぎをしている方が気が楽だ。それはミーナの言う通り。
ミーナのことは好きだけど、やっぱり疲れる。
留学生のミーナとは、育ってきた国、言語に文化。そういった環境が違うから、習慣だとか考え方が違うことがある。
それにミーナは、口も気も強いし。だいたい俺が負けるし。
でも。
「いやっ! ミーナ! ミーナはエンジェルより、ケイト・モスより、橋本環奈より、ずっとずっと魅力的だよ!」
ミーナの肉感的な丸い肩を掴んで、必死に語りかけると、ミーナは俺を睨んだ。
「ウソつき」
信じないぞ、という口ぶりながら、ミーナの口元がゆるんでいるのがわかる。
ケンの大ウソつきめ。
何が雰囲気だ。
もったいぶった言い回しより、本当に思っていることをストレートに言葉にする方が、ずっと効果的じゃないか。
いや違うか。
俺がミーナに愛されちゃってるだけか。
そうだよな。モテ男のケンより、ミーナは俺が好きなんだもんな。
はは。モテ男のケンの言葉より、この俺の言葉の方がミーナに響くよな。そうだよな。そうだよな。ははは。
もうひと押し、と俺はミーナの腰を撫でた。
「うそじゃないよ」
キュッと上向きでパッツンパッツンにはち切れそうなオシリにまで、手を伸ばす。ミーナの反応を窺いながら、ゆっくりゆっくり。
「ダイスケったら、アタシのオシリが本当に好きね」
満更でもない顔で、ミーナが妖艶に目を細める。
俺の手に擦り付けるように腰を動かしたミーナの期待に応え、俺はギュッとオシリを掴んだ。
「だってミーナのオシリは、最高だから! ミーナが出演してくれると、再生回数が爆上がりするんだよ!」
「……そう?」
ミーナの笑顔が気持ち、強張ったような気がして、慌てて言葉を重ねる。
「ミーナが『バンバン』を歌いながら、カミラ・カベロ風に踊って登場してくれた動画なんか、もう、ミーナのシーンになった瞬間、再生回数がピークになるんだ! コメント欄でも、『ミーナかわいい』『ラテンのケツは最高』『もっと出演して』って声が多いし!」
ミーナは目を細めると、腰を撫でていた俺の手を振り払った。
部屋中の気温が一気に下がったような気がする。少なくとも俺の体感温度は、確実に下がった。
「あの? ミーナさん?」
ミーナの口元には皮肉げな微笑。
「ショーン・メンデスはカミラ・カベロと、また一緒に曲を作ることもあるかもしれないって言ったらしいけど」
ショーン・メンデス? カミラ・カベロの元カレの?
突然の話題チェンジに戸惑う。
が、雲行きが怪しいときは、素直にミーナの言葉に耳を傾けるのに限る。余計な一言で燃料を投下するのは、マヌケのすることだ。
ミーナとの数々のケンカから学んだ俺は、過去の俺とは違う。
ミーナがこれ見よがしに、くちびるに指を押し当てる。
うーん。色っぽい。
たぶんカミラ・カベロを意識してるんだろう。
そんな感じのMVがあったもんな。エド・シーランとカーディ・Bとカミラ・カベロの三人で歌ってた、スパイ映画仕立てのMV。
あれはめちゃくちゃカッコよかった。
ミーナも俺も、好きなやつ。
カミラ・カベロがエージェントXを誘うみたいに、ミーナが上目遣いで俺を見る。
「アタシがカミラだったら」
ミーナのくちびるから離れた指が、今度は俺の顎をなぞる。
「別れたオトコのキャリア、その話題作りに利用されるなんて、ごめんだわ」
えっ。
ショーン・メンデスって、カミラ・カベロとのゴシップを利用しなくちゃならない程度の歌手じゃないと思うけど。
思わず「カミラ・カベロとショーン・メンデスは対等な関係だと思うよ」と反論してしまった。
口を挟まず、ミーナの言い分を最後まで聞くべきなのに!
ていうか、別れたオトコって?
ミーナ、俺と別れたいの?
不安をこらえておそるおそるミーナを見れば、ミーナは冷え冷えとした微笑みで俺に言った。
「そうね。彼等は対等。でもダイスケとアタシは違う。だってアタシ、彼女じゃないもんね?」
ああーっ!
そこに戻ってくるのか!
「ちがうって! ミーナは俺の最愛の――」
「チャンネル盛り上げ要員でしょ?」
俺の言葉を遮ると、ミーナは立ち上がった。
「ちがっ!」
俺も慌てて立ち上が――ったものの、カズの足に躓いてコケる。
見上げたミーナは、凍えるほど冷たい目をしていた。こわっ!
それでもミーナは、床に転がった俺を見下ろしながらも、俺の次の言葉を待っていてくれていた。
顔が完全に無表情で、すごくこわいけど。
「そうじゃなくて」
ずりずりと地を這って、ミーナの足に縋りつく。
「ミーナが好きなんだよ。ミーナっていう一人の人間が、俺は好きなの」
ミーナのカーヴィーな生足に手をそわせると、ミーナがバシっと俺の手を叩いた。
「いてっ」
「それで?」
ミーナの顔はまだ、厳格な裁判官みたいだ。
「そういう、ミーナの気の強さが好きだよ」
もう一度ミーナの腰に手を回して、立ち上がる。
「絶対に言いなりにならないミーナは、刺激的でセクシーだ。それに安心もする」
冷たい表情を崩さないミーナ。だけど腰に回した手は振り払われない。
「安心って?」
「ミーナはミーナで、俺の所有物になり下がったりしない」
「あたりまえでしょ」
ミーナがニヤリと笑って、腰に回していた俺の手の甲をつねる。イタズラ程度の力で軽く。
「この手はなに?」
「ミーナの大きいオシリも好き」
手に余るミーナのオシリを掴む。
「動画で映えるから?」
ミーナが円を描くように、ゆっくりとオシリを揺する。
「アタシのダンスで、再生回数が上がるんでしょ」
俺の後ろで、カズとケンが何かボヤいている。「ここでイチャつくな」とか、「どうせイチャついてんなら、チャンネル用のカップル動画撮るべ」とか。
ミーナがジロリと俺の肩越しに二人を睨みつける。
二人の声が聞こえなくなった。
「うん。さすがミーナって自慢に思うよ」
「あら。アタシ、ダイスケの自慢なのね。光栄だわ」
「自慢だよ。もちろん」
言葉の続きを促すようにミーナが顎をしゃくるから、俺も期待に応える。
「こんなに素敵な人が俺の恋人なんだ! って。世界中に自慢したくてたまらない」
「口がうまいわね」
満足げにミーナが笑う。
「ダイスケがアタシを自慢したいから、アタシをダイスケのチャンネルに出してるって。そう言いたいわけね?」
俺が「さすがミーナ」と頷いたところで、「『ダイスケのチャンネル』じゃないし。俺たち三人のチャンネルだし」というケンの小声が聞こえてきた。
ミーナは耳ざとく、ケンのクレームを拾い上げたらしい。俺を押しのけ、ケンの前に仁王立ちするミーナ。
「ダイスケがアタシを自慢だと言ってくれたから、『ダイスケのチャンネル』に出るわ。でも、もしあなた達が、アタシを自慢の友達だと言ってくれるなら、『あなた達三人のチャンネル』に出るわ」
ミーナは首の後ろで両手を重ね合わせた。
ミーナの手の甲から、腕から、たっぷりとした長い黒髪が流れ落ちていく。
「チャンネル登録数と再生回数、アタシが稼いであげてもいいのよ?」
腰をくねらせて誘うミーナ。
「うぃっす! 姐さんは俺らの自慢です! 誇りっす!」
勢いよく頭を下げるカズの隣りで、ケンが口笛を吹きながら手を叩く。
「ミーナは俺たちのディーヴァだ。これからもよろしく」
またもや気取った言い回しをするケンに、ミーナは思い切り眉をひそめた。
「ディーヴァってつまり、『オタサーの姫』って言いたいの?」
「はっ? いや違うって!」
ケンが焦って否定する。
「ってか、『オタサーの姫』って。どこでそんな日本語覚えたの……」
ケンが弱り切ったように両手で顔を覆う。
「どこで覚えたか? そんなの母国にいるときから知ってたわ」
ばっさりと切り捨てるミーナ。
ミーナはオタクだからな。
ていうか、日本に来る外国人のほとんどがオタクだって聞くし。
日本在住の外国人がオタクワードに詳しくても、全然おかしくない。
モテ男ケンが女のコ相手に下手を打つ姿。なかなか見られない。どこか小気味いい。
いや、友達だよ? ケンは親友だよ?
親友の窮地をあざ笑うなんて、悪趣味な俺じゃない。
ただ――ただ、そう。
ミーナが好きなのは、ケンじゃなくて俺なんだって実感できて嬉しいだけ。それだけ。
ケンに対して、ほんの少しだけくすぶっている嫉妬心が満たされてさ。
……うん。ごめん、ケン。
これは俺が悪い。
「ミーナ、ミーナ。そうじゃない。ケンが言いたいのは、そういうんじゃなくて――」
「わかってる」
ミーナは俺のくちびるに指を押し当て、言葉を遮った。
はいっ! 黙ります!
友達甲斐もなく、ケンのフォローをアッサリ諦めた俺に、ケンの恨みがましい視線が飛んでくる。
だけど悪い、ケン。ミーナがすごく色っぽく笑ってるんだ。
目と鼻の先でさ、悪そうに、何かたくらんでるみたいに。グロスでテカテカのくちびるを吊り上げて、楽しそうにしてるんだ。
そんな彼女の邪魔なんて、どうしてできるって言うんだ?
ミーナは俺の肩に手をかけ、ついでに顎も載せて、ケンに言った。
「だってアタシ、ケンの彼女じゃないもんね?」
ケンに視線をやっていたミーナが俺を見上げる。
「アタシがとびっきり甘くしてあげるのは、ハニーにだけ」
再びミーナがケン、カズに向き直った。
「甘い声も気取ったやり取りも、友達には必要ないの。友達とは、楽しくね」
カズ、ケン、俺、野郎三人。さもありなん、と頷いた。
(了)
ミーナ「この動画が気に入ったら、イイネとチャンネル登録、してね♡」
カズ「いや、これ、動画じゃない……いや、なんでもないっす」
ダイスケ「イイネ、ほしいです!」
ケン「それと、よかったら、☆☆☆☆☆の色塗り、してくれたら嬉しいな」
ミーナ「ブックマークもっ! し、て、ねーっ♡」
ダイスケ「ちなみにケンは今、甘い声です。ミーナも腰振って踊ってます!」
四人「よろしくおねがいしまーす!」