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襲撃

夕方の森。狩りを終えた俺たち亀の家族は、住処である池のほとりへと帰っていたその最中だった。


この世は食うか食われるかの世界。決して自分が食うだけの立場なわけではないのである。





「……足、おっそ!!」



俺は自分の足の遅さにうんざりして、思いっきり愚痴をこぼした。

今までは亀として長距離を移動したことはなかったから、不便さは感じていたものの致命的なものではなかった。が、どうだ今の状況。池のほとりはすぐそこのはずなのに、あとどれくらいかかるというのだ。


体が小さく、足の回転をあげなければ母亀にすら置いていかれてしまう。兄亀はいいなぁ?体デカいからある程度はちゃんと歩けるし。



「✲✲✲✲✲」



あまりにも遅い俺に見兼ねたのだろうか。よく分からないが母亀が体勢を低くして伏せの形になる。


伏せ?なにやってんだこんなときに。



「☼☼☼」



すると兄亀は母亀の甲羅の上に乗り始めた。俺たちとは何倍も体格差のある母亀だ。ある程度の重量があるはずの兄亀が背中にいても飄々としている。


……あ、これ俺も乗れってことだよな。母亀タクシーあざっす!


母亀の傍にまで近づいて、甲羅によじ登ろうとする。

よじ登ろうとして――



「――うわぁっ!?」



突然動いた母亀から振り落とされた。



「ちょっと!?それはあんまりじゃない!?」



俺はいきなり奮い立った母亀を、糾弾の眼差しで睨んだ。しかし、母亀はそれを意に介さない。


意に介さないどころか、俺がそんな目で見ていることなど気づかないくらいに、何かを感じていた。



「……?」



さすがにおかしい様子に、俺は一抹の不安を覚える。



「……✲✲✲✲✲✲✲」



母亀は低い唸り声を発し始める。それは周囲を威圧する牽制のための行為。彼女は何者かに威嚇しているのだ。


……なにか、良からぬものが近づいてきているのかもしれない。


俺は母できるだけ母亀の近くに寄って、甲羅に籠ってい外を覗き見た。


ほとばしる緊張感。静寂とともに恐ろしい物が忍び寄ってきている気がして震えが止まらない。


――そして、笛の音が聴こえた。



「✲✲✲✲✲✲」



母亀が魔法を詠唱し、岩を発生させる。それも先程までとは比べ物にならない量。岩の山が築けそうなくらいである。



「ンギィィィィィィィ!!」



しかし、その声たちはそれに怯むことはなかった。



「✲✲✲✲」



母亀が雨のような岩弾を、その声の方に撃ち飛ばす。


激しく轟く岩の碎ける音。モクモクとあがる土煙。やったか?

そう安心しかけたのも束の間だった。



「ンオギィィィィ!!」



その土煙の中から、何者かが走ってきていた。

それはボロきれをまとって、原始的な棍棒を振りかざしている。皮膚は緑がかっていて小さな老人のような見た目をしている。

その魔物を、俺は知っていた。



「ご、ゴブリン……」



ゴブリン。それはゲームによく出てくる有名なあの雑魚キャラ。そう、雑魚キャラだ。

肉草問わずなんでも食べられる適応力に、道具や衣服を作り、群れで生活している魔物で、社会性が他に類を見ないほど発達している。



「✲✲✲✲」



母亀は岩を生み出しては撃ち続けている。



「ギ――――」



その一匹は無惨に爆散する。血が飛び散ってあたりに生臭さを振りまいて――



「――っ!!」



その屍を超えるかのように、土煙の中から更にゴブリンが現れる。



「✲✲✲✲✲」



岩を撃つ。ゴブリンが死ぬ。またゴブリンが現れる。

まるで物量を押し付けられているかのようだ。長期戦になれば不利になるかもしれないが、おそらくゴブリンが淘汰される方が先だろう。

母亀はそういうふうに考えているのか攻撃の手を緩めることはない。


脳筋のように見えるが、実際はその通りに思える。

無尽蔵なんてありはしない。いつかは終わりがくる。


だからこのまま相手を近づけないように――



「☼☼――」



兄亀の声が聴こえたのは、それで最後だった。



「え?」


「✲✲✲✲✲」



甲羅の中で、1人恐怖する。

今の声、確実に兄亀のものだ。しかしその声色を、いい意味で捉えることはできなかった。



「ンケケケケケケ」



声が聴こえた。しわがれた老人のような声が。

――真後ろから。



「✲✲✲――」



それに気づいた母亀は、すぐさま魔法をそちらに向けるために声をあげようとする。


瞬間、ズトンと鈍い音がした。



「――✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲」



母亀は叫ぶ。それは威嚇でもなく、詠唱でもない。

母亀の絶叫だった。



「いったい……何が……」



甲羅の中から外を覗き続ける。

すると、母亀の叫びの原因が空を切っているのを見た。


そして、母亀の足には1本の大きな矢が刺さっていた。


「✲✲✲」


魔法は二方に分散するように撃たれ、前後ろへの攻撃になる。

矢は母亀の前方から、絶え間なく撃たれ続けており、後方に割く余裕はこれ以上あるわけもなかった。



「あ……」



そこで俺は、ようやくこの絶望的な状況に頭が追いつく。


前からは矢の雨。後ろからは奇襲。母亀は足を負傷し、兄亀は奇襲のゴブリンにどうにかされている。

人数差は圧倒的であり、このままだと全滅は免れない。


……俺が、どうにかしなきゃ。

俺が後ろのゴブリンをどうにかすれば、母亀は前に集中できる。


俺は今さっきまで狩りを学んできたんだ。魔法でもいい。噛み付くでもいい。今ここでどうにかしなければ、俺も母亀も兄亀も、死んでしまう。


行くしか、ない。



「……」



行くしかない。行くしかない。行くしかない。



「……」



行くしか……ない、のに、体が、動かない……



「……ぁ」



小さく、震えた声が漏れる。実際はどうなのだろうか。亀の鳴き声に震えもクソもあるのだろうか。



「✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲!!」



母亀が、森の木々をざわつかせるほどの咆哮をあげる。

それはまるで、癇癪を起こしたような、諦めたような、ふっきれたような声で。



「――」



――母亀は、甲羅に籠った。



唐突に起こった襲撃は、俺たちの大敗で幕を閉じたのだった。

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