マシ
頭を潰されたトンボ。俺たちはそれに群がっている。
母亀が仕留めたトンボの足に、兄亀が食らいつき、母亀はそれを見守っている。
俺はと言うと、やっぱり虫を食べる勇気は出ずに傍観していた。
「にしても、さっきのあれ……魔法だよな。」
以前からこの世界が地球とは別だということには気づいていた。
そりゃそうだ。ときどき空にはグリフォンみたいなやつが飛んでたし、虹色に光るゲーミング草もあったし、なんなら今まで母亀の持ってきていた虫も、見た目は似ているとはいえ地球にはいないやつらばかりなのだ。
しかしそれでも、魔法をこの目で初めて見た。それに対する衝撃と興奮は大きい。
俺も、魔法が使えたりするのかなぁ……
「ファイアっ!!」
試しに詠唱してみる。……しかし何も起きなかったようだ。
「ファイアっ!フレアっ!ファイアボールっ!」
……何も、起きなかったようだ。
「……まぁ、そう簡単に使えるわけないか。」
母亀がジっとこっちを見てきているのもあるし、やめにしとこう。なんか恥ずかしくなってきた。
「……✲✲」
「あ、うっす。」
俺に対する同情なのか、はたまた冷たい言葉なのか、言葉が通じないので分からないが、母亀はそう鳴いたあと、さらに茂みの奥へと進んで行った。
「あー、ちょっとー!」
食事を終えた兄と一緒に。チョコチョコとそれについていくのだった。
それからしばらく、狩りが続いた。気を抜いている虫にどんどん魔法を放っていく。
しかし、狩りは思ったよりも難航している。なかなか獲物を仕留めきることができないのだ。
でも、それもそのはず。魔法を使うとき、母亀は必ず鳴き声を発する。詠唱のようなものなのだろうか。しかしそれのせいで狩りが難航しているともなると邪魔に思える。
よくある無詠唱無双ができれば苦労しないが、そもそも俺は魔法すら使えないからなぁ……
そんなこんなで日も傾いてきた頃。母亀の成果はたったの二匹。最初のトンボも合わせて二匹である。
一日を費やして、たったこれだけ?
……いやまぁ、結局食べない俺からしたら関係ないんだけど。一日中付き合ってたんだからもう少し成果をあげて欲しかった。
たらふく食べた兄亀と、残り物を食べた母亀。その二匹の後ろを歩きながら、元人間として効率を考えている。
――きっと、憂鬱さから逃れるための現実逃避だ。
「……」
歩調をあげて二匹と甲羅を並べる。
母亀と兄亀。前世の俺の親と比べれば幾分もマシではあるが、それでも愛情なんかは感じない。というか、どうやって人外を家族だと認識するのだろう。親だぞ?兄だぞ?両方が亀なんだぞ?
……ただ、良い奴なんだよなぁ。兄亀は葉っぱしか食べない俺に「食え」みたいな感じで虫持ってくるし。母亀ら母亀で、できるかぎり兄と俺とで分け隔てなく接してくれてるように思う。じゃなければここにも連れてきてくれなかったろうし。
……なんだかんだ。前世と比べりゃ居心地いいかもな。
そんなふうにして俺たちは帰路に着いていたのだ。
今この瞬間もこちらを虎視眈々と狙ってきている敵がいるにも関わらず。