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食堂にて

 課題がひと段落したところで、一息入れようとリビングに出ると、部屋の扉が開いて華やかな同室者が帰ってきた。

「レント先輩、お帰りなさい。今日は早かったんですね」

「ただいま。俺だって、たまには勤勉に課題に取り組もうという日もあるよ」


 笑みを振りまくレントの言は、話半分に聞き流す。それ以上に、今朝は鳶色だったはずの彼の髪が、いつのまにか燃えるような赤になっていることのほうが気になる。

「また変えたんですか、髪色」

「そう。今日一緒にランチをした女の子のリップの色がきれいだったからさ。似合うだろう?」


 軽薄な発言は、日本人である多喜にはとても言えたものではないが、この先輩は一切の照れもなく言ってのける。

 聞けば、レントの生まれ故郷には、恥じらいという概念をさす言葉がないらしい。もしかしたら、彼の辞書にだけ載っていないのかもしれないが、いずれにせよ、引っ込み思案とは無縁の人物である。


 そんな彼の髪の色は、ほとんど毎日のように変わる。彼にとっては、洋服を着替えるようなものらしい。実際、髪の色を変える魔法は、かなり易しい部類のもので、それほどの手間ではない。彼ほどではないにしろ、髪色を頻繁に変える生徒はほかにもいる。多喜自身の髪色も、生まれもってのものではない。


「それで、ちなっちゃんはまたダウン?」

 レントが、ソファでブランケットにくるまっている千波に視線を向ける。

「寝てるだけですよ。そろそろ起こしますけど」

 晩飯食べに行かないと、と、多喜が壁にかけられた時計をさす。夕飯は原則として食堂で食べることになっている。


 夕飯時の食堂の利用は6時から8時までと決められており、間に合わなければ諦めるほかない。きまじめな多喜は、生活のペースも規則正しく、いつも6時すこし過ぎには食事を摂る。一方、彼とは正反対の生活態度のレントは、よく食いっぱぐれては、インスタント食品や菓子類を夕飯にしている。

「それじゃ、俺も行こう。それで、もう一匹は?」

「ガジャル先輩なら、まだ帰ってきてませんけど」

「それは重畳。ご飯は静かに食べたいからなあ」

「重畳なんて日本語、どこで覚えてくるんですか」

 なかば呆れながら、多喜が言う。そこへ、まるで会話を聞いていたかのようなタイミングで、扉が開いた。


 部屋へ入ってきたのは、もちろん、彼らのもう一人の同居人であるガジャルであった。多喜よりも二まわりも大きな体躯をもつ彼を見上げながら、レントが嫌そうな声をあげる。

「あーあ。帰ってきちゃった。噂はするもんじゃないね」

 そんな歓迎に喜ぶ人間はいない。当然、ガジャルも不快そうに強面の顔を顰める。

「部屋に帰るのに、お前の都合なんざいちいち気にしてやる義理はないな」

「えー、ちょっとは配慮しろよ。無駄に図体でかいんだからさ」


 二人の応酬はいつものことなので、多喜は意に介さずに千波をゆり起こす。かなり眠たそうな様子ではあるが、何とか目をさました千波を立たせると、多喜はまだ言い合いを続けている二人の先輩を振り返る。

「二人とも、行きますよ」

「なんでこいつと一緒に行かなきゃならないんだよ」

「俺だって、お前みたいなデカブツとじゃなく、可愛い女の子と一緒に食べたいよ」

「そうすりゃいいだろ。隣の女子寮にでも行ってこいよ」

「はいはい。勝手にしてください。でも、食料の在庫、切れてますからね。購買ももう閉まってますから、食いっぱぐれたら、明日まで断食ですよ」

 多喜の言葉に、二人は一瞬黙る。その隙に千波を連れて部屋を出ると、まずレントが、そのあとからガジャルもついてくる。二人ともたいそう不服そうではあるが、観念したらしい。

 そんな先輩二人とまだうつらうつらしている千波を連れて食堂へ向かいながら、多喜は、いつの間に自分は彼らの保護者になったのか、と多少苦々しい思いを抱く。かといって、捨て置くには遅すぎた。


 食堂は、ピーク時ほどではないにしろ、すでににぎわっていた。

「じゃあ、俺とレント先輩が食事とってきますから、ガジャル先輩は千波つれて席とっておいてください」

 千波をガジャルに預けながら、多喜が言うと、予想通りそれぞれに不服そうな反応が返ってくる。

「なんで俺がチビの世話しなきゃならねえんだよ」

「えー、席なら俺がとっておくのに」


 予想通りとはいえ、こうもあからさまに不平を言われてやさしく対応できるほど、多喜は温厚ではない。

「レント先輩が席とったら、確実に周りがうるさいじゃないですか。それにガジャル先輩、雑だからいっつも汁物こぼすでしょう」

 若干据わった目をした多喜に言われて顔を見合わせた二人は、とりあえず口をつぐんで彼の指示に従った。まったく自分は苦労性だ、と多喜は思うが、その自己評価は、少なくともレントとガジャルからは批判されるであろう。

 軽くため息を吐きながら、多喜はガジャルと千波の後ろ姿を目で追う。千波は相当眠たいらしく、ゆらゆら揺れながらガジャルに引きずられるようにして歩いている。人にぶつかりそうになるのを、意外にもガジャルがうまくかばっている。


「なんだかんだ、ガジャ丸、ちなっちゃんのこと好きだよな」

 同じように二人の後ろ姿を見ていたレントが言う。

「そうですか?」

「あれは大好きでしょ。なんだかんだ言いながら世話焼いてるし。あいつ、基本的に好きな人間しか、まともに相手しないしね」

「ああ。レント先輩と同類ですか」

「えー、俺? なんで。こんなに愛にあふれてるのに」

「先輩、博愛主義のふりして、他人に興味ないだけじゃないですか」

 こともなげに多喜に言われて、レントは長い睫毛を数度しばたたかせた。そんなレントの表情に、多喜は軽く眉を寄せる。

「隠してるつもりだったんですか?」

「うわー」 多喜の言葉に我に返ったように、レントは盛大に顔を顰める。「多喜くんったら、嫌な子だわぁ」

「それはどうも。さあ、さっさと行かないと、ガジャル先輩が空腹で機嫌悪くなりますよ」

「いいじゃん、あんなの。不機嫌がデフォルトなんだし」

「千波もいますし、何より俺が腹減りました」


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