食堂にて
多喜はきまじめな少年で、寮の部屋に戻るとまずはその日教師から出された課題に取り組むのが常だ。かといって堅苦しい性質でもないので、教師たちからも友人たちからも厚く信頼されていた。
そのせいもあってか、気がつけば人の世話を焼いてばかりいる。
今も、帰ってくるなりリビングのソファで寝入ってしまった同室者のために、彼愛用の枕とブランケットを持ってきてやったところである。
千波という名のその友人は、つい一カ月ほど前に学園に入学してきたばかりだった。留学生は珍しくないが、千波のような途中入学の学生は、これまでに例がない。
初めて彼に会ったのは、入学式の前日だった。
その数日前、多喜は、突然教師から寮の部屋の移動を言い渡され、理由もよくわからないまま、ガジャルとレントという、下級生の多喜でも名を知っていた先輩たちと同じ部屋に入れられた。そして、最後にその部屋にやって来たのが、千波だったのだ。
同年代の友人たちに比べ、自分が大柄であることは自覚があったが、それにしても、千波は小さかった。今も小さいが。寮で暮らすことにも、魔法にすら不慣れであったが、わざわざ高等部から編入してきたのだ。どれだけの資質をもっているのかと、彼の入学当初は騒がれていたものだ。
その大きな目で見つめられ、笑顔で「千波です。よろしく」と、学園の習慣に則って、ファーストネームだけを名乗られたときの感覚が忘れられない。言いようのない感覚をもてあましながら、どうにかいつもの穏やかと評される表情を貼り付けて、多喜は「よろしく」と返した。
ともあれ、途中入学の彼の一週間の時間割は、多喜からみてもかなり大変そうである。それでも間に合わないらしく、補講も相当の時間数受けている。
文句を言いながらも、まじめに授業に出ているようだが、疲れはたまる。週の後半ともなると、いつも帰ってくるなりその辺で寝てしまう。
そんな彼の世話を焼くのが、ここ最近の多喜の放課後の新たな習慣となっていた。最初に彼に対して抱いた感覚を忘れたわけではないが、一ヶ月もともに過ごせば、多少は慣れてくる。
それに、何といっても、この千波という少年は目が離せない。
知りあってわずか一カ月の間に、少なくとも三度は風邪を引き、五度は怪我をしている。本人によれば、「体調を崩しやすいのは環境が変化したのと授業が忙しすぎるせいだし、怪我が多いのはこの学園の授業が激しすぎるせいだ」ということらしい。
「それじゃ、この学園に入る前はどうだったんだ」
「それは……、病気や怪我くらい、誰でもするだろ」
悔しそうに顔を赤くするので、それ以上追及するのはやめた。
そういうわけで、元が世話焼き体質の多喜には、放っておけない存在になっている。おそらくは、このための突然の部屋替えだったのだろう。ガジャルとレントとまとめられたのは不可解で、不本意ではあったが。