食堂にて
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魔法関連の講義は、もちろん術式学だけではない。
魔法工学や魔法薬学、魔法生物学などのほか、現象についての理解を深めるため、物理化学は中等部の段階からかなり詳しく学ぶし、体育に至っては、ほとんど戦闘訓練と同義である。この体育が、千波にとってはやっかいだった。
もともとそれほど身体が丈夫でない千波は、中学時代までの体育の授業はいつも、クラスで一番参加率が悪かった。中学に入学した直後には、一度心臓が止まったこともある。元々過保護ぎみだった家族の心配はさらに増し、中学時代は少しでも熱が出ようものなら、部屋に閉じ込められる勢いで学校を休まされたものだ。
そんな事情もあって、反射神経や運動神経自体は悪くないものの、腕力もなければ持久力もない。
「何だってこの学園の体育の授業は、こんなに野蛮なのさ」
口を尖らせる千波に、多喜はいつものように真面目くさって答える。
「魔法を正しく行使するには、的確な状況判断が不可欠だ。そのためには、戦う術を身につけておかなくては話にならない。それに、できることなら魔法を使わずに相手を制することが望ましい。魔法には反動がつきものだからな」
「それはそうだけど、いったいどこの誰が襲ってくるっていうの。日本の治安ってそんなに悪かったっけ?」
「万が一に備えるのが常道だ。それに、一生日本から出ないとも限らないだろう」
「出ないよ。日本語しかしゃべれないもの」
文句を言ってみたところで、授業の内容が変わるわけでもない。
生徒たちは、それぞれに自分の特性に合った武器を選択し、その扱いを学ぶ。腕力のない千波は、杖術と合気道の相の子のような武術を学んでいる。
多喜は、その大柄な身体を活かして、素手で戦う格闘技全般を修めているらしい。
日本出身の学生たちは、銃刀法で取り締まられない戦い方を学ぶ者が多い。
実用面の理由もあるが、幼いころから染みついた感覚で、刃物や銃器にさわるだけで、非常な緊張を強いられるためでもある。
一方、留学生たちは、それぞれの母国で主流となっている武器を選ぶ者が多いようだ。同室者のレントは弓の名手で、フィオナは槍が得意だと聞いたことがある。
弓が主流の母国というのがどのようなところなのか、想像がつかなかった千波のなかでは、「レント先輩エルフ説」が有力となっている。
授業はかなり激しい。戦闘を前提としているのだから、当然と言えば当然である。さらに、多少の怪我をしたところで、擦り傷、切り傷、軽い骨折程度までならば、教師たちがたちどころに治してしまう。外界に通じていない学園には、それなりに整った医療設備もあった。
「軽い骨折って何? 重い骨折と何が違うの? いや、それ以前に、怪我する前提なの?」と、その説明を聞いた際、千波は不安をつのらせたが、多喜の答えはやはり千波の望んだものとは少しばかりずれていた。
「心配ない。これまでに体育の授業で重傷を負った生徒はいないらしいから」
三年も経てば、環境に順応するものらしい。
不安はあるものの、うるさい家族のいないあいだに、身体を鍛えることができるならそれも良いかと、千波は気持ちを切り替えることにした。
実を言えば、魔法を実際に使う魔法実践の授業は、体育など比ではないくらいに激しい内容である。「体育の授業で」重傷を負った生徒はいないが、魔法実践の実績については、多喜も怖くて調べたことがない。
しかし、千波の切り替わった気持ちを、また悪い方向へ切り替えてしまわないよう、多喜はしばらく黙っておくことにした。