授業の風景
この講義では、現象と、その現象を引き起こすための術式の因果関係を学ぶ。
要するに、魔法と呪文との関係である。
つまるところ、この学園は地球上で唯一の、魔法を使う術を学ぶことのできる学園なのである。
そして、それがこの学園が秘匿されている理由であった。
淡々と、理路整然と、教諭は講義を進めて行く。
曽我部という名の教諭の持論は、魔術は科学だ、である。この分野での世界的権威らしいが、そもそもその「世界」とやらがどれくらいの広さなのか、千波はいまだよく把握していない。
何しろ、数か月前、突然現れたこの学園の理事長に、「君には魔法を使う素質がある。私の学園に入学しなさい」と言われ、何のことかもわからないうちにこの学園に入学していたのである。ほかの友人たちと同じように家から歩いて十分のところにある高校へ行こうと目標を立て、受験の準備をして、受験もしたはずなのに、どういう状況の流れか、この特殊な環境にとりこまれていた。
一応、家族とは連絡がとれるので、神隠しというわけではなさそうだ。
千波が寮で生活すると聞いた家族はこぞって心配した。とくに五歳年上の兄は猛烈に反対し、一日一度はかならず連絡することを条件にどうにか折れてくれたが、千波としては思い出したくもない記憶である。
本日の課題は、曽我部が持っている百円ライターと同程度の火を起こす術式の構築であった。基本的な術式だが、基本的ということは、応用が効くということだ。
千波は、早々にいくつかのパターンで術式を構築した。しかし、魔法の発動はできない。この術式学基礎をある程度修めるまでは、魔法を使用した経験のある留学生以外は魔法の使用を許可されない。
千波も例に漏れず、まだ魔法を使ったことがないのである。千波が、自身の力とやらに半信半疑なのは、そのせいでもある。
その千波の隣では、フィオナがペンを握りしめたまま硬直している。
「わたし、この授業が一番苦手よ」口元を曲げながら言う。「だって、今まで意識せずにやっていたことを、きちんと明文化するなんて難しいわ」
留学生である彼女は、魔法を使った経験がある。しかし、彼女の属していた魔法使いのコミュニティのなかでは、魔法はもっと曖昧なものだったらしい。
「術式なしで魔法を使っていたの?」
千波が訊ねると、フィオナは首を傾ける。
「いいえ。たぶん、術式に近いものはあったわ。でも、こんな風にきちんと体系だてられたものではなくて、もっと、ぼんやりとしたイメージだったの。こういうことを起こしたいってイメージして発動させれば、そうなるのよ」
それは、千波が想像していた魔法使いのあり方に近い。
「俺も、魔法って、そういうものだと思ってたよ。俺が読んだ小説のなかでもそんな感じだったし」
「あら、日本では魔法は秘匿されているんじゃないの?」
「フィクションで書くのは自由だよ。おとぎ話として書けば、みんな実在するとは思わない。シンデレラがどの時代のどの国にいたお姫様なのか、誰も気にしていないようにね」
そんなものかしら、と言いながら、フィオナは再び術式に向き直った。千波も、自分の術式を教科書やこれまでの授業のノートと見比べながら、手を加える。
教室を巡回していた曽我部が、千波の手元を覗き込み、近くの壁に千波の構築した術式を書き写した。
「君は、この術式でいったい何をするつもりだ?」
「誕生日ケーキのろうそくに火でもつけましょうか」
「なるほど。君はケーキが嫌いらしい」
おもむろにうなずくと、教師は壁に書いた術式に手を添え、魔法を発動した。とたんに、大きな炎が立ち上り、千波を含めた周囲の生徒がのけぞる。
予想外に大きな炎に、千波はしばし唖然として、自分の書いた術式を見直す。たしかにあの炎では、ろうそくどころかケーキも燃やしつくしてしまうだろう。
火を発生させるという目的はクリアしている。問題があるとすれば、出力の設定だ。
「範囲の限定をつければ良いのかなあ」
千波のつぶやきに、曽我部は首を横に振る。
「それでは根本的な解決にならない。狭い空間にさきほどの炎が凝縮するだけだ。そのうえ、構築式が無駄に長くなって美しくない」
そう言いながら、彼は教壇へと戻っていく。