森で3 ディグドリア狩り
千波がくたくたになって寮に戻ってきたのは、夕刻になってからだった。
レントはリエリナに報告があるらしく、そのまま森の奥のほうへ向かって行った。
あの、何やら怪物めいた見た目の生き物のところへ行ったのだろう。
気の長い夏の日はまだ高いが、そろそろ夕食の時間帯である。
ぐったりしている千波だが、さすがに空腹を感じている。同時に、眠気も。
「千波、今寝ると飯抜きになるぞ」
リビングのソファで斜めになっている千波に、多喜が苦笑気味に声をかける。
「……睡眠欲と食欲のどっちをとるかで悩んでる」
「食欲をとれ。今日は魔力けっこう使ってるから、補給しとけ」
「んー。……多喜くんは元気だね?」
「まあ、後半はほとんど休憩してたみたいなもんだしな」
肩をすくめる。
シーラムをあらかた狩り終えたあと、結局、ディグドリアも狩ることになったのである。
討伐ランクS級という魔獣は、たしかにシーラムの比ではない強さだった。
巨大な鼠のような姿をしているが、四肢が異様に発達していて、とくに前脚は、人間でいえば拳から肘のあたりまでが、硬く大きな鱗で覆われている。ごつごつとした岩石をまとっているようなもので、硬いだけでなく、ところどころが鋭利にとがっている。その前脚で殴られたらひとたまりもないだろう。
さらに、長く、先のほうに不穏きわまりないトゲがついた複数の尾をもっていた。これらが自在に動くのだ。
動きは機敏で、耳も鼻も利く。唯一、視力だけはあまりよくないらしいが、何のなぐさめにもならない。
「あれは俺がやる」
三頭現れたディグドリアのうち、もっとも好戦的な一頭をさして、ガジャルが凶悪に笑う。
似たもの同士、魔獣と魔法使でも通じ合うのか、その一頭もあきらかにガジャルに狙いを定めていた。
「他はお前らでなんとかしろ」
短く言うと、「おらぁ!」という叫びとともに炎を放って駆けていく。
挨拶代わりの炎に獣がひるむことはなく、あの前脚が振り下ろされ掻き消された。
が、おそらくそれがガジャルの狙いだったのだろう。
振り下ろされた右の前脚めがけて、いつのまに取り出したのか、巨大な棍棒を叩きつける。いらだったような声をあげながら、ディグドリアの左前脚と尾がガジャルを襲う。
その攻撃をうまく棍で逃がし、ガジャルは魔獣から距離をとる。
「まあ、あれは放っておいて大丈夫だろう」
ガジャルの暴れっぷりに目の前の二頭の存在を忘れていた千波の意識を引き戻すように、玲が声をかけてくる。
「お前は、少し離れて――あのあたりで、待機していろ」
近くに隠れられそうな岩や灌木のあるあたりを示され、千波はうなずく。
「あ、せっかくだから、障壁はる練習もしときなね。ちょっと広めに障壁をはっておいて、みんなが逃げ込める安全地帯をつくっておくことー」
玲とレントに言われたとおり、千波が少し離れたあたりで障壁を展開するころには、玲と多喜、レントとフィオナ、花という二組に分かれて、それぞれにディグドリアに向かっていた。
フィオナは槍と炎を効果的に使いながら、確実にダメージを与えていく。
花は術式を組み合わせた体術を使い、千波には理解不能な動きでディグドリアをひきつけたり、攻撃をいなしたりして、フィオナの攻撃の補佐をしている。
見事な連携だが、それを可能にしているのが、少し離れたところから指示をとばすレントである。時にレント自身も魔法を放ち、弓を放ちながら、ディグドリアを手玉にとっている。
普段は忘れがちだが、彼とてドラゴンに嬉々として殴り込みをかけるくらいには、優秀な魔法使なのである。
その向こうでは、玲が優雅に刀を振るっている。手脚と尾の波状攻撃を軽くいなしながら、斬りつける。そのあいまに、背後から多喜が魔法を叩き込む。
ディグドリアはたまらず後ろを振り返るが、玲に背をむければ、当然傷ついた背をさらにえぐられる。
「……うわぁ、かわいそう」
思わず魔獣に同情して千波がつぶやくころには決着がつき、涼しい顔で玲が障壁のなかへ入ってきた。
「もう少し発動までの時間を短縮することと、一点に威力を集中させることを意識すると良い。弱点の見極めは得意だろう?」
「そうでもないですけど、意識してみます」
続いて入ってきた多喜も、とくに疲労した様子もなく、まじめな顔で先輩のアドバイスに頷いている。
それなりの強敵を相手にしてきたとは思えない二人に半ば呆れながら、「おかえりなさい」と千波が声をかける。
ああ、と軽く頷いた玲は、周囲を見回す。
「強度は充分だな。だが、やはり千波も無駄が多い」
「無駄、ですか?」
「単純に術式の解釈が甘いんだ。無駄なところに魔力が流れている。それから、この規模で障壁を張るなら、場所によって強度のめりはりをつけたほうが良い。形も、このキューブ型よりも椀を伏せたようなドーム型にしたほうが攻撃の力を逃がしやすい」
矢継ぎ早に指摘され、千波は目を白黒させる。自分ではそれなりにできていたつもりだったのだ。
「えっと、最初は……術式の解釈、ですか?」
「ああ。術式は覚えるだけでは意味がない。それぞれの式の意味を理解して……」
長くなりそうな講釈に思わず多喜を見やるが、勉強熱心な多喜は目顔で器用に、聞け、と告げてくる。
結果、ガジャルがタイマンで見事にディグドリアを倒すまで、千波は玲の指導のもと、障壁の術式の基礎からたたき直されたのであった。
「勉強にはなったけど、玲先輩ってけっこうスパルタだよね……」
「本人が優秀だからな。厳しいとは思ってないんだろ」
「……ああ、多喜くんが、俺の課題の量を軽いって言うみたいなやつだね」
「それは実際、軽い。俺は凡人だ」
座学首席のくせに、とは言わず、千波は苦笑を返しただけだった。
「それで、レント先輩に引きずりだされたわけだが、お前の悩みは解決したのか?」
多喜に問われ、今回の討伐の本来の目的を思い出す。
思い出さなければならない程度には、頭の隅に追いやられていたらしい。
「うーん。結局、急がば回れってことがわかった、かな?」
どうイメージしてみても、自分がガジャルや花のように戦うことは無理だろうし、フィオナや多喜のように器用に魔法を扱うことも難しければ、レントや玲のように冷静に相手の出方を見極めて的確な動きを判断することもできないだろう。
逆に、魔法の威力ならば十分に役に立てることがわかった。とっさの攻撃は難しくても、障壁を張ってみんなを護ることならできそうだ。ほかにも、貢献できる場面があるかもしれない。
さらに、実際に戦闘の場に立って使ってみなければ、どんな術式が必要なのか本当に理解はできないことも身にしみた。玲に教えられた術式の解釈の重要性のおかげで、ようやく曽我部が術式学の講義で言っていることが実感できた。
そんなことを、眠気のためによく回らない頭でつらつらと述べると、多喜が笑った。
「自信がついて、座学の重要性も理解してくれたならよかったが、今後もレント先輩とリエリナ先生にいいように使われそうだな」
「うあー。それはいやだけど……多喜くんもきっと付き合わされるよ」
「……否定できないな」
いやそうな顔をしながらも、多喜がうなずく。
なんとなく、多喜に避けられているように感じていた千波は、彼がうなずいてくれたことに内心ほっとした。
「おい、お前らとっとと食堂行くぞ」
シャワーを浴びてすっきりしたらしいガジャルが、声をかけてくる。
凶暴なディグドリアと戦って疲れているはずなのに、むしろいつもよりも元気が良いくらいだ。
「なんか、ガジャル先輩がつやつやしてるんだけど」
「思いっきり暴れてすっきりしたんだろ」
「あれで、すっきりするってレベルなの?」
ひそひそと言い交す千波と多喜に、「行くぞ」と声をかけてくる、その耳が、機嫌よさげに動いていた。
S級のはずなのに、さくさく狩られるディグドリア。
ちなみに、S級の上にSS級やらSSS級などがあるはず。
新種が出るたびに、レア度と強さがインフレするんです。




