森で2 シーラム狩り
シーラム。
それぞれの個体は、一ミリ以下の極小の生物である。
個々に自我はなく、多くの個体が集合して一つの生物のように動く。粘性があり、主に大木に寄生して増殖する。一定の個体数を超えたシーラムは寄生した大木を操ることができる。
大木全体を動かすほどにシーラムが深く入り込んだ木は、燃やすか、凍らせて砕くか、分解して土に還すかしなければ、シーラムの苗床となりまた別の木へ被害を及ぼす。
報告された事例では、山ひとつ丸ごとシーラムに取り込まれ、うごめく木から逃れるために動物や魔獣が付近の農村に降り、そこで縄張り争いを繰り広げ、さらにシーラムを殲滅するために山全体が焼かれ、村が廃棄されたという。
一方で、シーラムに寄生された大木は、非常に珍しい薬効をもつ葉をつけることでも知られている。
そのため、完全に隔離した状態でシーラムを寄生させた大木を栽培している次元もあるという。無数の枝が襲い来るなかでの葉の採集は、命がけである。
学園へは、シーラムの増殖力を抑制する方法を研究する目的でもちこまれた。
しかし、どんな実験でもそうだが、そう簡単には効果的な方法は見つからない。
そのなかでシーラムが増えすぎないよう、魔法実践の講義の教材として狩られるほか、リエリナが定期的に学生の有志を募り、討伐させている。
とはいえ、有志が集まることはごくまれで、その尻ぬぐいをレントがおしつけられるはめになる。
「全部狩ったらだめってことか?」
振り下ろされる枝を危なげなく避けながら、ガジャルがレントに訊ねる。
「いやー。ここのは全部狩って大丈夫。リエリナの研究室にも保管されてるからー」
のんびりと応えながら、レントは千波のほうへ移動しようとしていた大木の根に矢を射って足を止める。
もちろん普通の矢ではない。千波にはよくわからない術式が組み込まれているらしく、淡く赤く光る帯がぐるぐると根に巻き付いている。
動きを止めたシーラムに、すかさず玲が斬りかかる。
目にもとまらぬ速さで振り抜かれた得物は、ほとんど音もたてずにいくつかの枝を切り落とした。
「え、玲先輩。それって、刀?」
襲いかかってくる別の枝も切り落としながら、玲が軽く頷く。
「ああ。これが一番振り抜きやすい。切れ味も良い」
何と比べての結論なのかはあえて訊かず、千波は「……へえー」と間抜けな声を出して頷いた。
その玲の向こうでは、バサッとしなる枝を、花が見事なムーンサルトで蹴り折る。
「素敵よ、花!」
言いながら、フィオナが炎を穂先にまとわせた槍を突き出す。
正確な突きが太い枝をとらえ、落ちた枝が燃え上がる。よく制御された炎は、森に燃え広がることなく、枝だけを黒焦げにした。
「へえ、やるじゃねぇか」
にやり、と凶悪な笑みを浮かべたガジャルが、どこに持っていたのか、柄の長い斧のような得物を振り回す。
無造作に振り回しているように見えるが、枝がばさりばさりと落とされていく。邪魔な枝があらかた落とされたところで、柄の持ち手側を根に突き立てる。
痛覚があるはずもないが、シーラムが大きくしなった。
「……俺、見学でもいいですか?」
張り切る彼らを横目に、多喜が肩をすくめる。
「せっかくだから遊んで来れば? 多喜だって、身体動かすの好きでしょー」
からかうように笑うレントを睨む多喜の背後に、比較的小ぶりなシーラムが回り込む。
「あ」
危ないと、千波が声をあげるひまもなく振り下ろされた枝を、多喜は難なく交わしてガシっとつかむ。
「爆ぜろ」
小さな声とともに掌中で起きた小爆発に、枝が四散する。
「さっすがー」
やはりからかうような口調のレントにじろりと一瞥をくれてから、その小ぶりなシーラムに向き直る。
「さて、そろそろ千波の出番がくると思うけど……」
レントのつぶやきとほとんど同時に、「こっち来い!」とガジャルの声が呼ぶ。
「行くよー」
軽い調子で声をかけてくるレントに続いて、ガジャルのほうへと走る。
途中、シーラムが大暴れしていることでパニックになっているらしい魔物も飛び出してきたが、「邪魔!」の一言でレントが凍らせてしまった。
千波の頭二つ分はあろうかという大きさの、蜂のような昆虫で、立ち合いたくはないが、さすがに憐れを禁じ得ない。
ガジャルの足元には、ほとんど枝を落とされ、根も破壊されたシーラムがころがっている。ここまでくると、ほとんどただの丸太である。
「……これ、まだ生きてるの?」
「生きてるよー」
言いながら、レントがそばに落ちていた枝を拾い上げ放り投げる。
と、枝の折れた端から、何か黄色みがかったものがヒュッと飛びだし、レントの放った枝をぐるぐると巻き付ける。自分のもとへと枝を引き寄せたそれは、じゅわっと何か液のようなものを分泌し、見る間に枝を取り込んだ。
「うわあ……」
「このじゅわっとしたやつが作用して、葉に薬効がもたらされるんだってさ。でも、この液は、シーラム自体が生きて木に寄生してないと分泌されないし、液だけではあまり人体に有用な効果はないんだって」
リエリナの手伝いをすることが多いため、レントも魔獣や魔木に関してはそれなりに知識をもっている。
「まあ、そういうわけで、焼いちゃわないと死なないよー」
言われて、千波は自分の役割を思い出す。
シーラムはそれほど強い魔物ではない。
そのうえ、ガジャルにさんざんたたきのめされて、もはや反撃される心配もない。
ただ、炎を放てば良いだけだ。
「大丈夫。あんまり大きい火じゃなくて良い。そうだな-、両手で包めるくらいの大きさの火の玉つくるってイメージしてみて」
落ち着いた口調で言うレントの声に、千波も少し気持ちが凪いだ。
あたえられたヒントは、千波にとってわかりやすく、いつもよりもスムーズに術式が頭の中に構築される。
ソフトボールを持っているようなイメージで、両手を丸める。このソフトボールに火を点ければいい。
「燃えろ」
果たして小ぶりの火の玉が、千波の手の中に出現する。掌も魔力で守られているからか、不思議と熱くはない。
それを地面に転がる丸太めがけて放り投げる。
火の玉は丸太にふれるとぶわっと広がり、勢いよく燃え上がった。
「うわっ」
思った以上の火力に、千波は思わず後ずさる。
「あらまあ、簡単に」
呆れたような表情で、レントが笑う。ガジャルもどこか不満げだ。
「え、何が?」
先輩二人に交互に視線を向けるが、返答は千波の背後からだった。
「シーラムを燃やすには、それなりの魔力が籠もった炎でなければならないんだ。もう少し手こずると思ったが、さすがだな」
振り返ると、片手に刀、もう片手に丸太を引きずって、玲が立っていた。
「シーラムも魔物だ。中途半端な魔力だと養分として喰われる」
言って丸太を放ると、ピンポン球くらいの小さな火の球を指先で弾く。
火の玉が近づくと、丸太からはさきほどの粘液のようなものが飛び出し、ばくりと火の玉を食べるようにしてから引っ込んでいく。
「おおー」
「感心していないで、あれも燃やしてくれ」
「はい」
一度経験してしまえば、あとは気が楽だった。
多喜によって折り取られた枝で地面に串刺しにされた木や、フィオナによって半分くらいは炭にされた木を燃やしていく。
「炎は慣れてきたみたいだから、次は凍らせてみる?」
言いながら、レントが転がる丸太に足をのせる。
丸太は逃げようとしているのかもぞもぞと動き、ときに粘液をレントに向けて飛ばしているが、障壁でも張っているらしいレントからは、逃れることもできず、その足を汚すことすらできていない。
「凍らせるって、さっきの蜂みたいに、氷に閉じ込めるの? 氷が溶けたら復活しない?」
「それでもいけるけど、全部は死なないかなー。このねばねばそのものを凍らせる感じ。うーん、こいつが持っている温度を根こそぎ奪ってしまうイメージ? 仕上がりは、あれだよ、液体窒素で凍らせたバナナみたいな感じ」
「あー、なんとなくわかった。でも、それで死ぬの?」
「熱の変動に弱いんだ。だから、木の中にもぐる」
へえ、と頷いてから、千波はイメージを練る。
熱を生む運動すべてを止める。小さな小さな分子のエネルギーのすべてを奪って、凍りつかせる。
イメージと同時に、術式も頭のなかに自然と浮かぶ。
「レント先輩、足どけて」
千波の声に、レントは素早く反応し、距離をとる。
ここぞとばかりに暴れようとしたシーラムは、次の瞬間には千波の術式にとらわれた。
「凍れ」
声をきっかけに、魔力が術式に力を与える。うごめいていたシーラムは動きを止め、凍り付く。
シャリシャリという音が聞こえたように思えたのは、錯覚だろう。
飛び出そうとした瞬間の姿で凍り付いた粘液が、奇妙なオブジェとなる。
「おー、いい感じ」
レントが言いながら手をたたく。
「そんじゃ、その木はバラバラに砕いて。燃やしたやつと違って、何かの素材に使えるらしいから」
「あれ、それじゃ、これまでのも燃やさないほうがよかった?」
「いや、あんまり稀少な素材じゃないし、量は必要ないからこれで充分」
うなずき、手ごろな武器のない千波は、足で丸太を踏みつける。
ガリっと音がして一部分が砕けたが、その範囲を見るとすべて粉々にするまでには日が暮れるだろう。
「……うん、魔法使って砕いていいのに……」
千波の情けない顔に、笑いをこらえながらレントが言う。
「みんな、凍らせなくても、武器や拳でバキバキに砕いてるのに……」
「術式で補助したりもしてるしね。あと、思い切りの違い。ちなっちゃん、自分の足が痛いのいやで、加減したでしょ」
「そりゃ、怪我したらみんなに迷惑かけるし」
「思いっきり踏み抜いたほうが怪我する可能性は低い。どのくらいの力加減で殴ったら、自分の指が折れるのか、とか、そういう反動の感覚も身につけないと。魔法も反動に気をつけろって言われるでしょ。近接戦闘も同じ」
「その感覚を身につける過程が怖いんですけど」
サンドバッグを思い切り殴り、腕を痛める自分の姿が容易に想像できて、顔をしかめる。
「痛みがないと、学習しない」
実際、痛みを負いながら学んできたのだろうレントの簡潔な言葉に、千波はぐうの音もでなかった。
「とりあえずこいつを砕かないとだねー。さて千波くん。こういう場合に有効な術式は?」
芝居がかった口調のレントに、千波も真面目に挙手をする。
「はい。破裂の術式です。あ、浮かせて落とすのも有効かもしれません」
「うん。両方木片飛び散って危ないうえに、大きいカタマリが残る可能性があるから却下ね」
あっさりと不正解を言い渡されてしまう。
「ええー、じゃあ……氷でハンマー造って叩く? バラバラにするんだから、重力でぎゅーってやるのも大変だよね……」
「もっと簡単な方法だよ。〈障壁〉を使えばいい」
そう言うと、レントが軽く右手を伸ばす。彼の戦闘用のグローブは、弓を引くためか、一部が革で補強されている。優雅に指先がひらめいた。
「セルクザルク」
軽くつぶやくような声とともに、術式が起動する。
丸太を閉じ込めるように、障壁が展開する。
障壁は、二重の箱のようになっている。その内側の箱が、中心に向かって一瞬で収縮した。
その勢いでつぶされた丸太は、ほとんど粉状になって、外側の箱の中を舞う。
「……うわぁ」
予想外の威力に思わず千波は声を漏らす。
「〈障壁〉は防御でしか使わない奴が多いけど、結構応用がきくんだよ。基礎中の基礎で術式も単純だし、魔力消費も少ないから、優秀だよねー」
レントがこともなげに言う。
たしかに、〈障壁〉は、多くの次元の魔法使が、魔法を学び始めた初期段階で習得する。魔力を壁のようにしてバリアを張るだけの単純な術式なので、起動も速い。いや、速くなければ役に立たない。
玲が千波を炎の龍から護ったように、攻撃魔法から身を守る、最も一般的な手段なのだ。
それでも、レントが行ったように、二重に組み合わせ、その一部を、凍った木を粉々に砕くほどの威力で動かすとなると、話は別だ。
おそらく、砕かれた欠片の逃げ道も計算して形成しているのだろう。それらを明確にイメージし、組み立て、起動するとなると、とたんに難易度は跳ね上がる。
「俺、普通に〈障壁〉張るだけでも苦労するのに」
「まあ、慣れだねー。繰り返し練習あるのみ」
「レント先輩が練習とか言ってる。ってことは、本当に練習するしかないのかー」
千波の言いようにとくに反論するでもなく、レントは笑う。
「本当に使える魔法はね、たたきこむしかないんだよ。術式オタクたちみたいに新しい術式を組んだり、術式を改良したりするのと、実戦で魔法を使うのとは全然違う。あいつらだって、実戦では基本的に使い慣れた術式しか使わない。反射で発動できるくらいにならないと、身についたとは言わないよ」
「道のり長そう……」
「短縮したいなら、魔獣の巣に突っ込むことだねー。危機感は人間を成長させる」
「したくない! じっくり、地道に練習します!」
必死に反論した千波に、レントがにやりと嫌な笑みを浮かべる。
「じゃあ、リエリナに言っておくよ。千波の魔法の練習のために、魔獣や魔木の討伐させてほしいって」
「え!? 今回だけって話だったよね!?」
「いやー、俺も一人だと大変だったんだー。相性悪いやつもいるしねー。千波ほどの火力はないしねー」
上機嫌で笑いながら、次のシーラムを狩りに向かうレントを翻意させることは、千波にはできなかった。
玲が刀なのは、ただ刀をもたせたかっただけです。たぶん、斧のほうがよく刈れる。
多喜くんは、武器なしが基本ですが、花のように術式を使って体技を補助するというより、
小器用に攻撃魔法を混ぜながら戦う感じです。
レントはゲーム感覚でいかに効率的に相手を削るかを考えるのが好きなタイプ。




