術式研究会と
休日も、外に遊びに行けるわけではない学生たちは、自然、共通の趣味をもつ者同士で集まり、遊ぶことが多くなる。
いわゆるサークル活動のようなものである。
術式研究会もその一つではあるが、この集まりの場合は、術式学の権威である曽我部が、見所のある学生を選び声をかけている点で、他とは少し異なっている。
教師主催の会はほかにもあるらしく、柳のコンバット会のような体育会系のものもあれば、国語を教える教師が主催する文学会というものもあるらしい。
文学会では、地球だけでなく、他次元のさまざまな文学を堪能し、その共通点や相違点を話し合い、愛でるのだという。この会に所属するクラスメイトに話を聞いて多少心惹かれた千波だが、翻訳術式を起動できない彼では、声がかかるはずもなかった。
「多喜くんは、先生主催の会には所属してないの?」
自分が教師であれば、まず声をかける候補に思いつくだろう友人に訊ねてみる。
「副代に指名されたからな。基本的に断ってる。自分の時間が減る」
どうやら優秀すぎたらしい。
「じゃあ、玲先輩も同じかな」
「あの人は、松葉先生のところに所属してたと思うぞ」
「そうなの?」
「ああ。あの先生だからな。ほとんど強制だろう。何の会なのか、俺もよく知らないし」
「なにそれ。怖い」
「会員も何人いるのかすらわからない。ほとんど秘密結社みたいな会だよ」
「てか、松葉先生が怖い」
あの玲を強制的に加入させるなど、どんな会なのか。
松葉とはほとんど接点のない千波には、ゲート前でやる気なさげに、だが確実に場を掌握していた姿しか思い浮かばない。
「そういえば、花が、もし興味があれば、また術式研究会に見学に来ないかってさ」
「俺?」
「そう。曽我部先生も、お前なら見学に来てかまわないって言ってたらしい」
「んー、でも、俺、邪魔になるんじゃないかな」
「多分、大魔力を使う術式の、魔力補充要因としてだろう。ノイエ先輩がごり押ししてたらしいから」
「ノイエ先輩……あの、赤髪の人?」
ガジャルをもこき使っていた彼女の、好奇心の強そうな目を思い出す。
「ああ。まあ、あの研究会の人たちは、術式の制御にも長けてるからな。話を聞けば、魔力制御のコツも教えてもらえるかもしれないぞ。それに、術式への理解を深めることも、暴発を防ぐのに不可欠だ」
お前の暴発は、シャレにならん、と苦笑する多喜に、千波は笑い事じゃないと顔をしかめた。
そんないきさつで、放課後、千波は花と連れだって演習棟を歩いていた。
今日は屋内で別の術式を試すらしい。
「そんなにたくさん、術式の開発してるの」
隣を歩く花に訊ねると、彼女は指折り数えはじめる。
「今のところは、……四つ、かな。うち三つがノイエ先輩の発案」
「すご。花が開発した術式はないの?」
「ないない。普通、開発なんてしないから。私は過去の魔法の研究と、術式の見直しを中心にやってる。新しいものばっかり作ろうとするノイエ先輩がおかしいの」
「いや、花も充分すごいと思うよ。俺なんて、授業で習った術式の理解でもあやしいもん」
「まあ、ある程度の理解で十分だからね。でも、解釈の精度を上げると、その分、鮮明に魔法の効果をイメージできるから、制御しやすくもなるんだよ」
「なるほど」
「言っておくけど、これ、授業でも習ってるからね」
苦笑する花には、肩をすくめて答えておいた。
研究会で借りている演習室の扉を開けると、ほとんど同時に炸裂音が鳴り響き、「ひゃっ」と千波がとびあがる。
花も一瞬顔をしかめてから、首を振る。
「たしか今日は、花火を模した魔術具に組み込む術式研究だったはず……音だけなら成功ね」
「ふつうに花火すれば良くない?」
中に入ると、だだっぴろい演習室の中心に数人の学生が車座になって、術式をのぞきこみながらあれこれ話し合っている。
彼らの周囲には、いくつもの筒状のものが転がり、本が散乱していた。
ノイエの赤髪は見えるが、今日は曽我部は参加していないようだ。
花とともに彼らに近づくが、誰も視線を寄越すこともなく、議論を続けている。
「こんにちは。千波を連れてきました」
議論の切れ目など待つ気もないらしく、花が声をかける。
「いらっしゃい」
「あら、今日は大出力の魔法は使わないよー」
千波を完全に充電池扱いした発言は、ノイエのものである。今日の彼女は、ゆったりとしたサルエルパンツと、シンプルなTシャツの上に、背番号入りのバスケットボールのユニフォームを着ている。白地に濃紺のそれは、千波の良く知る、架空の高校の天才フォワードのものだ。
どうやって手に入れたのか気になったが、そのことにはあえてふれず、千波は彼女が手にしている筒状のものについて訊ねる。
「それが、花火もどきですか?」
「そう。友也が夏といえば花火だって言うから。どんなものか聞いて作ってみたの」
本物を持ち込むことはできないらしい。
花火というより、指揮棒のような形をしていて、先は細く、手に持つ部分に丸っこいグリップがある。棒状の部分は金属製らしく、先端に向かって細い溝が数本、らせんを描くようにほられている。グリップ部分は木製で、ここに術式が刻み込まれていた。
「グリップに魔力を通すと……」
言いながら、ノイエが軽く魔力を込める。グリップ部分から、金属部分に彫られた溝に沿って、赤味を帯びた淡い光がくるくると円を描きながら走り、先端にたどり着くと小さめの火花を散らした。
「おー、すごい」
「俺がイメージしてた手持ち花火とはちょっと違うけどね」
友也が苦笑するのに、千波も頷く。
たしかに、手持ち花火とは少し趣の異なる花火だった。どちらかというと、手元で連続的に火花を散らす、極小の打ち上げ花火といった雰囲気だ。しかも、ほとんど音がしない。
「あれ、さっきの炸裂音は? この花火が原因じゃなさそうですけど」
「それはこれ」
声をあげたのは、小柄な少年だった。紫とピンクの中間のような髪色におぼえがある。
「あ、筋トレ追加された人」
ゲート前で一度捕縛した侵入者に飛ばされた人物だと気づいて千波がつぶやくと、彼がぐわっと目を見開く。夏空のような明るい青色の大きな目が、こぼれおちそうだ。周囲の学生たちが、思わずといった様子で吹き出す。
「メルヴィ! 俺、メルヴィって名前だから!」
「あー、筋トレ追加されたメルヴィ先輩、それも花火なんですか」
「なんか余計なのついてる。やりなおし」
「はいはい、筋トレ追加されたメルヴィ、うるさい。それよこしなさい」
メルヴィをさえぎり、ノイエが小型の魔術具を奪い取る。
じとっとした目でノイエを睨むメルヴィに、千波は自分と同じく周囲にからかわれやすいらしいと、なんとなく親近感を抱く。
「これが、火薬が爆ぜる音を再現した疑似花火。あれ、花火じゃないんだっけ?」
「音が鳴るだけで火花が散らないなら、どっちかというと爆竹ですかね。ねずみ花火っていうのもありますけど、あれはいちおう火花散らして暴れるからなぁ」
小学校に入る前くらいの、だいぶ小さかった時分に、兄に足元にねずみ花火を投げられて、ほとんど半泣きで逃げ回って、翌日熱を出したことを思い出す。
そういえば、それ以来、ほとんど花火で遊んだ記憶がない。体調を崩していることが多く、涼しいクーラーの風が届く縁側で、おとなしく線香花火に見入っていた。
「でも、火薬だけでこんなの作るなんて、地球の人間って無駄に器用よね」
「ノイエ先輩の故郷にはないんですか、花火」
「ないわね。火薬は戦争に使うものだもの。あとは、山を切り崩すときかしら。でも、敵を倒すにしろ、大規模な工事にしろ、魔法を使ったほうが速いのよ」
こともなげにノイエが言う。それはなんだかもったいないと、千波は思う。火薬も魔法もあるなら、それこそ地球では見たことがないような、美しい花火が作れるだろう。
火薬も魔法も、人を傷つけるために使うのは、もったいない。
「で、これは魔力を通すと……」
言いながらノイエが手にしていた球状の魔術具に魔力を込める。表面に彫られた術式が光りを帯びると、ノイエはそれを放り投げる。
投げた先にはメルヴィがあぐらをかいていて、「は!?」と驚きながらも素早くその場から跳び退る。
次の瞬間には、さきほどの炸裂音がけたたましく鳴り響く。
炸裂音に合わせて、複数刻まれた術式が、順番に激しく明滅する。
十秒ほど、連続して破裂音を響かせた魔術具から、術式が帯びていた光が消えた。魔術具は、しん、と静かに転がっている。
「お前、ふざけんなよ」
当然、疑似爆竹を投げつけられたメルヴィが声を荒らげる。
「まあまあ、メルヴィ。使い方は合ってるんだよ」
友也が言う。正しくはないが、経験上、千波も否定できずにうなずく。
「……なんて危険な玩具だ」
床の上に転がる球体を見ながら、メルヴィがしみじみとつぶやく。
本物のねずみ花火と違って追いかけてこないので、むしろこの魔術具のほうが安全かもしれない。そんなことを思いながら、千波は球体を拾い上げる。
表面に刻まれた術式は、やはりほとんど理解できない。
「ええと、音を発生させるのは、風の要素になるんですか?」
「そう。爆発音じゃなくて破裂音だから、一気に空気が押し出されるようにしてみたの。思った以上に大きな音が出るようになっちゃった。こんな玩具じゃ、遊ぶ以外に役に立たないだろうと思っていたけど、相手をひるませるのに使えそうね」
うれしそうな顔をして、ノイエがぶっそうなことを言う。
「あー、そういう武器ありますね。特殊部隊が突入するときに部屋の中に投げ入れて、閃光と破裂音で相手をひるませるやつ。海外ドラマで観た気がします」
「そんなの、観たことないよ」
一人の生徒が首を横に振る。
「あ、もしかして検閲にひっかかるんですかね。武器の情報とか」
視線を向けると、友也が頷く。
「そうだね。まあ、この武器の場合は、相手の制圧が目的で、あまり威力がないから、大丈夫かな。でも、これ以上は、武器の話するのはやめておこう」
基本的に、地球の、学園の外の情報については、隠されている。
地球出身の学生には、契約の魔法が義務づけられていて、一定の重要度を越える情報を話してしまった場合、自傷魔法が発動するようになっている。はじめは警告程度で、手に切り傷ができる程度だ。それでも話を続けた場合には、その話を聞いた者ともども、物理的に消されると聞いている。
術式研究のためなら、多少の怪我など関係ない、とでも言いそうなノイエから、千波は距離をとる。
「友也先輩は、何の研究をしてるんですか」
話を変えようと、千波は友也に質問する。
「俺は、治癒魔法関連。対象の身体的特徴がまちまちだから、どうしても体系化は無理だけど、もう少し単純化できないかなーって。せめて止血くらいはさくっとやりたいよね」
「あ、俺はねー」
手を挙げてメルヴィも自分の研究領域をアピールする。
「魔力の増幅関連。術式の単純化だけじゃ限度があるから、魔力そのものを膨らませられないか考えてる」
「そんなのできてたら、とっくに術式に組み込まれてるわよ」
「わかんないだろー。研究するのは自由だ」
唇をとがらせるメルヴィに、ノイエが肩をすくめる。
「先輩たち、研究関連になると話が長くなるわ。とくにこの話題は、平行線」
少しうんざりしたような表情で、花が千波の肩を叩く。隣では、友也も困ったような笑顔を浮かべている。
「ノイエは学者肌で、オカルト系の知識も掘り下げようとするメルヴィとは、相性が悪いんだ」
「仲は悪くないけどね。術式に関しては、永遠にわかり合えない二人だと思う」
軽く額に手を添えて、花が首を振る。
「というわけで、俺らはあっちで、花火もどきでもつくっていよう」
友也の提案に、黙ってなりゆきを見ていた、ほかの学生たちも同意して二人から少し離れたところで輪をつくって座り込んだ。
さぼりすぎました。すみません。
花火の話を書いているうちに夏が終わってしまいました。。。




