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理事長室と委員作業部屋で


「それで、今日もだめだったのか」


理事長室。その執務机の前に立つ西の報告を、土岐はゆったりと腹の前で手を組んで聴いていた。


「ええ。追加の電球を至急取り寄せました」

上司相手に、嫌味にならないよう言葉を選びながらも、不満を訴える。その西の心情など知らぬ風に、土岐は首をかしげる。


「雷が合わないんじゃないか?」

「火で水を蒸発させないように湯を沸かす、土で片手で持てる大きさの煉瓦を作る、水でバケツを満たす、その水を凍らせる……ほかにも、各属性の初歩の初歩に行う基礎練習は一通り試しました」

「どれもこれも、やりすぎて失敗、というわけか」

どこか楽しそうに土岐が頷く。


実際、千波の成果は惨憺たるものだった。

火を使って湯を沸かそうとすれば、やかんがどろどろに溶けた。

煉瓦を作るための土をすくおうとして、演習場に三メートルはあろうかという大穴を開けた。

バケツに水を満たそうとして、千波も西もずぶぬれになり、果てはおぼれそうになるほどの水球を出現させた。

バケツに汲んだ水を凍らせたら、周囲の空気から液体窒素が生成された。


その一つ一つを報告する気にもなれず、西はただうなずくにとどめた。


コントロールの不安定さはともかく、すさまじい魔力ではある。

魔法使ではない土岐にはピンとこないのかもしれないが、「各属性」の魔法を、基礎練習のレベルとはいえ発動できる時点で、地球の魔法使としては異質である。


「先日の魔力測定の結果については、測定の不備の可能性を疑っていましたが、どうやらそうではないらしいですね。どの属性に適性があるのかも、まだわかりません」

「そうか。……こう、ゲームみたいにステータス表示とか、できないのか?」

「何の話でしょう」

冗談に応じない西に、土岐は肩をすくめてみせる。


「測定に不備がないなら、彼の魔力量は桁外れに多いということだろう。それなら、豆電球ではなくて、もう少し大きな電力を使うものから始めてみたらどうだ」

表情を改めて、有用な助言をした土岐に、西は頷く。


「蓄電池の使用許可をお願いします。ほか、各寮の大浴場で湯をわかしてみるのも良いかもしれません」

「煮えたぎった湯で学生がゆであがらないようにしてくれ」

「その場合は、水と氷の魔法の練習に切り替えます」


今度は、西のほうが、冗談ともつかないことを言う。

その西は、さらに思いつきを口にする。


「ゲートへの魔力供給は、いかがでしょう。近々、第二回の遠征もあります」

ゲートを動かすには、当然、大量の魔力が必要となる。


電力で補うことで、多少、動かしやすくなっているらしいが、それでも魔力消費はかなり大きい。

西の思いつきに、土岐はしかし、あっさりと首を横に振る。


「それはやめたほうが良いだろう。ゲートを動かすほどの魔力を使って、また彼が寝込むことにはならないか?」

問われ、ようやく西は、自分が監督する生徒が、あまり丈夫ではないことを思い出す。

他ならぬ、目の前の理事長から、重々注意を受けたことだ。


「ご助言、感謝いたします」

頭を下げると、報告は終了となる。

他の業務についての、二、三の確認をすると、西は理事長室を辞した。


理事長室は、本館と呼ばれる建物の1階、奥まった一室である。

ふだん学生が立ち入ることのない本館は、理事長室とその秘書の個室、事務室と会議室、警備室が入るばかりの、学園内ではこぢんまりとした棟であった。

自身の個室へは戻らず、西は図書館へと足を向けた。


さきほどの理事長との会話で、魔力の少ない地球の人間向けではなく、別の次元の基礎訓練に、何かヒントがないかと思いついたためだ。

専門外の職務に戸惑い、なかなか結果が出せないことに、苛立ちもしている。


それも、自分の努力だけで結果が出せることではないのだ。千波に当たりがきつくなっている自覚はあるが、抑えることも難しい。


西自身は、それほど魔力量は多くないものの、魔力制御は学年でも群を抜いていた。おそらくは、そのために自分が抜擢されたのだろう。


だが、前提となる魔力量が、千波と自分では違いすぎた。

それにしても、と、西は内心で首を傾ける。


魔法使ではない理事長は、魔法からは距離を置いているように見えた。

外との交渉が、学園と外との唯一のつながりである自分の仕事だと、本人も口にしていた。


魔法使である職員からは蔑視されることもあるが、彼の仕事ぶりは合理的でそつがなく、学園の守護者として申し分ないものだった。

その彼が、一生徒に心を砕いている。

いくら、異例の学生とは言え、どこか楽しそうに報告を聴く姿は、西がこれまで抱いてきた彼の印象とは離れていた。

そんな彼の意外な一面を引き出す少年。その存在が気にはなるが、目下、その少年のノーコンぶりを矯正することに注力することにした。




ガジャルやレントに自分の見ている世界について話をした後、多喜はどうにも千波との距離感を測りかねていた。

これまでは、気味が悪くとも、学園生活に不慣れな、それでなくとも体が弱く、いささか素直すぎる千波を放っておくことはできず、あれこれと世話を焼いていた。

でかい犬と残念な美形の面倒を見ているのは、そのおまけだ。


だが、一度その違和感を口にしてしまうと、その後ろめたさのせいか、なかなか以前のようにざっくばらんに接することが難しくなっていた。


そのぎこちなさを、千波も感じているのだろう。

ときどき、うかがうような目でこちらを見てくる。……ような気がする。


そのうえ、あの魔力測定の日から、多喜の目には、千波の様子が違って見えていた。

魔法を使うようになったことが、おそらくは原因なのだろう。


しかし、魔法の力と違って、いわゆる霊感のようなものについては、魔法界でも研究は進んでいない。


その理由は、一つには、そもそも魔法使であっても、多喜のような目を持つ者は多くないということ。


そして、もう一つには、魂や人の精神、死者の世界にかかわる魔法は、多くの次元で禁忌とされているということであった。


地球は、他の次元とは比べものにならないほど、高度に術式学が発展している。

しかし、死者をもよみがえらせるような魔法や、大勢の人間の精神に干渉するような魔法など、危険すぎる魔法ができる可能性が否定できないこれらの研究は、地球では禁止されていた。

もちろん、秘密裏にその領域に足を踏み入れている者もいるだろうが、表向きは魔法界における絶対的なタブーの一つである。


だから、多喜には千波の変化の原因を確かめる術もなかったし、相談できる相手もいなかった。


「多喜、手伝ってくれるのはありがたいが、大丈夫なのか」

訊ねてきたのは、見事なタイピングでもくもくと書類をまとめている玲である。書類がうずたかく積まれた四人掛けのテーブル、玲の対角の席に着いた多喜も、キーボードを叩いている。


「別に何か予定があるわけでもありませんし、授業にはちゃんと出ていますから、試験も問題ありません。俺たちはまだ演習もないですから、先輩よりは暇なんですよ」

「だが、少し前はよくぼやいていたじゃないか。同室者たちに手がかかる、と」

「考え直したんです。俺が面倒見るからいけないんじゃないかって。なので、しばらくはかまいすぎないようにしてます。あ、レント先輩とガジャル先輩については、そもそも俺に監督責任はないですからね」

「そうなのか。お前と同室になってから、あの二人もずいぶんましな生活を送るようになったと、教師たちも感心していたが」

「その話、全面的に否定しておいてください」

玲や教師たちにまで、あの二人の保護者認定されてはかなわない。

その心情を可能なかぎり顔面で表現してみせるが、玲はいつもの無表情でわかった、とだけ頷く。


再び室内は、キーボードを叩く音だけになる。


体育祭や文化祭といった行事とは無縁の学園ではあるが、だからといって学生側の運営組織が不要というわけではない。

学生からの陳情への対応やもめごとの仲裁、遠征の報告のとりまとめなどの雑務が、各学年の代表者と、有志の組織委員におしつけられる。

委員になれば、一応報酬も出るので、意外と立候補者は多いらしいが、選抜の時点でほとんどが落とされるらしい。

どんな選抜なのか、勝手に指名されてしまった多喜にはわからないが、一度興味本位で選抜を受けてみたというレントが、その内容を口にしたがらなかったあたり、かなり理不尽な内容であることは間違いないだろう。


校舎の一角、ほとんどの人間がその存在すら知らないだろう場所の一室が、彼ら組織の作業部屋だった。

中央のテーブルのほか、壁の一面は背の高い書棚で埋まっている。窓の下にはチェストが置かれ、そのガラス扉の中や天板の上には、歴代の委員たちの私物なのか、雑多な小物が乱雑に置かれていた。天板の隅にたたずむこけしが異彩を放っている。

もう一面の壁には黒板と、扉があり、その扉はこの部屋からでないと入れない隣室へ続いている。

作業部屋よりも若干広いその部屋は、資料室になっていて、大量の書類が詰め込まれていた。

そろそろ、外ならば冷房をつける季節だが、学園の建物内は、どういう工夫か、夏も冬も快適な温度が保たれていた。

できれば寮にも導入してほしいところだが、さすがにそれなりにコストがかかるのか、各自室は冷暖房でしのぐようになっている。


夕方、とはいえまだ外は明るい。

それでも、この区画には人の気配は他になく、静まりかえっていた。



それにしても速い、と、多喜は斜め向かいに座る玲の処理速度に半ば呆れる。


今も、多喜がようやく一枚書類を仕上げたところで、彼は書類の束から三件目の案件を取り上げた。

さすがに書類作成において、パソコン以上に便利な魔法はないため、学園でも活用している。

おそらく玲の育った次元には存在しなかっただろうそれを、難なく使いこなし、ややこしい書式に則って、ややこしい事案をさばいていく。

もしかしたら、執務経験があるのかもしれないが、そうだとしたら彼の次元の人間は、現在人材不足に困っているのではないかと少し心配になる。


事務処理能力だけでなく、学年の総代という立場である彼は、当然、魔法の資質にも優れている。


あの、侵入者たちを捕らえた魔法は、ぞっとするほど緻密なものだった。

千波の魔力測定の際には、炎の龍から千波を護るために瞬時に最適な魔法を展開した。


学園に在籍する人間の年齢はさまざまではあるが、自分とそう変わらないだろう。

それにもかかわらず、冷静で的確な判断力、即座に行動する実行力、いずれも彼の足元にも及ばないどころか、影すら踏めてはいないだろう。

いったい、どんな境遇だったのか、詮索してみたくなる。


「同室者といえば、千波はどうしている?」

画面から目を離さないまま、玲が訊ねてくる。

「玲先輩のおかげで、怪我はなかったですから、もう元気ですよ。今は、魔力制御の練習がうまくいかなくて不機嫌なのと、自主トレで疲れてるのとで静かですけど」

「魔力制御は苦労するだろうな」

「あの魔力量ですからね。俺には想像もできません」


地球の魔法使にしては魔力量が多いほうである多喜だが、学園内では平均程度である。

千波が平均値を大幅に引き上げた今では、平均よりもかなり下という位置づけになるだろう。

副代に選ばれたのは、あくまで座学の結果である。


「先輩は、制御がものすごくうまいですよね。複雑な術式を使うときでも、無駄が全然ない」

「慣れればだれでもできる」

玲はそっけなく言うが、慣れで片付けられるレベルではない。

「自主トレということは、一人で行動しているのか?」

「いえ。朝は俺のランニングにつきあってもらってます。……まあ、千波が走るのは俺の半分くらいの距離ですけど。放課後は、主に対人戦をやってますから、クラスメイトかガジャル先輩あたりが一緒ですよ」

「そうか」

「本人はあまり危機感がないみたいですけど、さすがにあの魔力ですから」

「ああ。目を離さないほうがいい。できれば、お前か、レントか、ガジャルが一緒に行動するようにしろ。ああ、魔力測定のときにいた、フィオナ……だったか。彼女でもいい」

画面から目を離し、こちらを見据えてくる玲の、思わぬ真剣なまなざしに、多喜はわずかに気圧されながら、うなずく。

「わかりました。……ずいぶん、気にかけるんですね」

多喜の言葉に、玲は少し嫌そうに目を細める。

「面倒事が起きれば、処理するのは俺たちだ」

「ああ、そうですね」

束から新たな書類を引き出しながら、多喜はため息を吐いた。


どうやら、柄にもなく悶々としている場合でもないらしい。玲の手伝いが一段落したら、千波の自主練につきあってやろうと考える。

と、ふと疑問に思って訊ねてみる。

「そういえば、先輩は、戦闘時の武器、何を使うんですか」

「決めていない」

そっけない、予想外の返答に、多喜は首を傾げる。

学園では、魔法を使わない戦闘訓練は必修科目だ。千波でさえ、棒術を選択している。

武器が決まっていないということは、多喜のように徒手空拳ということだろうか。

「空手、とか?」

「いや。俺は何でも使う。ガジャルだって、空手、警棒、槍、棍、大剣あたりを使うだろう。あとは、故郷の武器と言っていたか、よくわからない形のものも使っているのを見たことがあるな」

「ああ……って、あたりまえみたいに言いますけど、あの人が特殊なだけですからね」

「レントは弓と剣と槍だろう」

「常識が恋しいです」

多喜の心からのつぶやきは、理解してもらえなかった。


「でも、武器なんてそんなにたくさん持てないですよね」

「公開はされていないが、武器を持ち運ぶための術式や小さく仕舞える魔法を付与された武器などを持っている次元もある」

「ゲームみたいに、空間から剣取り出すんですか」

「ゲームがどういうものかは知らないが、俺の術式はそれに近い。だから、相手に合わせて武器を選択する」

「なんかもう、本来の意味で次元が違いますね」

千波が聞いたら、どうにかしてその魔法を覚えると言い出しそうだ。しばらくは聞かせないほうが良いだろう、と判断して多喜は一人うなずく。


「武器など必要ないというこの国のほうが、俺にはまったく次元が違うさ」

ふと、玲がそんな言葉をこぼした。

目を上げると、めずらしく口元にわずかに笑みをたたえた綺麗な男が、さびしげに目を伏せた。


「……武器はなくても、諍いはありますからね。こうして書類が溜まるんです」

いつもより高い自分の声が、わざとらしく響いた。

先輩は、いつもの無表情に戻ってうなずく。

「まったく、はた迷惑なものだ」


またまた間が空いてすみません


西さんは他人に仕事を任せるより

自分でやっちゃうタイプです

有能だけど後進を育てるのが苦手

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