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演習場と演習棟で


魔力測定で本人をはじめあらゆる人々の予想外の結果を残して以来、千波は魔法実践の授業への参加が許されなかった。千波自身と、周囲への被害を、誰も予測できなかったためだ。

その代わりに、魔法実践の授業時間には魔力制御の練習が課せられた。当然、指導員がつきっきりである。


その措置自体に、千波も異論はなかった。

玲にも脅されていたので、自分から教師に申し出ようと思っていたくらいだ。

それでも、彼がその時間を憂鬱に思うのは、ひとえに指導員のせいであった。


魔法実践の時間。

ほとんど円形の島の北側半分は、広大な屋外演習場となっている。その片隅で、千波は指導員の視線を背中に感じながら、課題に向き合っていた。

千波の両手には細いコードがそれぞれ握られていて、その先に小さな豆電球がつながっている。

その電球の固定された小さな台の下には、無数の豆電球の残骸が積み重なっていた。


目下の彼の課題は、豆電球に安定して一分間灯りをともすというものであった。

その成果のほどは、積み重なったガラス片が物語っている。


「何度も申し上げていますが、その豆電球の消費電力は1ワットです」


背後から聞こえた指導員の声音は、磨き上げられた鏡面以上に平坦であったが、どういうわけか、彼の感じている不満が手にとるように伝わってくるものであった。

千波には、彼の表情は見えていないが、見るまでもない。無表情で雄弁に不満をあらわにするという芸当は、さすがにこの数日で見飽きた。


「1ワットなのは、何度も聞きました」振り返ることなく、言い返す。素直な彼の声音は、わかりやすく拗ねている。「でも、それがわかったところで、どれくらいのエネルギー量なのかなんて、わかるわけがないじゃないですか」

「1秒間に1ジュールの仕事量が行われるときの仕事率が1ワットです」

「だから――」

「1ジュールは、約102グラムの物体を1メートル持ち上げるときの仕事に相当します」

思わず振り返って文句を言い募ろうとした千波に、仏頂面の指導員がたたみかける。

「あー、わけわかんねぇ」

彼には珍しく苛立ちをあらわにして、乱暴に頭をかきむしる。

「物理学の授業で習ったでしょう。魔法使なんですから、物理がどれだけ重要な科目か、わかっていますよね」

指導員はそう冷たく言い放つと、千波に再度課題に取り組むよう、うながした。


習って知っているというのと、実感としてわかっているのとでは、まったく違う。

数値を聞いたところで、機械ではない千波が、それを忠実に実行できるわけがなかった。

まして、魔法をおぼえたての身であるならば、なおさらである。


そんな不満を呑みこむ。

胃にずっしりと重さを感じ、大きく息を吐き出すと、千波はガラスの破片の山に向き直った。


「点灯」


小さく呟いた声がきっかけとなり、命令を得た魔力がコードを伝って電球へ集束する。

わずかな燐光がコードを駆けていくそのさまは、何度見ても美しい。

発動には問題ない。

問題は、出力の制御である。ただでさえうまくいっていないのだ。

そんな乱れきった精神状態で成功するはずもない。


弱く光を灯した電球は、明滅し、次の瞬間に電光のような鋭い光を放つ。

負荷に耐えきれなかったフラグメントが焼き切れ、ガラス球も割れた。

シャラ、と軽い音を立て、ガラスの山がまた数ミリ高くなる。


聞こえたため息は、千波のものだったか、指導員のものだったか。


千波は元来人懐っこい性格の少年で、人の好き嫌いもあまりない。

苦手意識をもつ相手はいるものの、たいていの人間に対しては、「世の中には、いろんな人がいる」と鷹揚に受け入れてしまう。それが長所か短所かは、人によって判断が異なるところである。

そんな彼は、人から悪意や敵意を向けられることにも慣れていない。

それもあってだろう。

この、明らかに自分に対して苛立ちや不満を感じている相手と、ずっと一緒にいなければならない環境に、かなりのストレスを感じていた。


一方で、指導員のほうにも言い分はある。

そもそも、彼の肩書は教師ではなく、理事長秘書である。

彼自身も地球出身の魔法使であるため、この程度の指導ならば可能だろうと、理事長直々に指名されたのだ。

西という名の彼は、これまでも秘書というには幅広すぎる業務に携わってきたが、今回の業務は、これまでの振れ幅とはまた違った方向のものである。理事長のためになるとも思えない。

その不満を平坦な表情、平坦な声の下におしやってやって来てみれば、まったくと言っていいほど制御のできていない、初めて翼を手にした鳥のような生徒を押し付けられたのである。

理事長は、なぜこんな生徒に目をかけるのか。ため息をこらえていることを褒めてほしいくらいのものである。


「お互い不幸になるだけなんだから、人選しなおしてくれればいいのに」

千波が、そう密かに思うのも無理のないことであった。


今日の演習は、森林地帯の探索を想定しているらしく、演習エリアの西側に広がる森で行われていた。

演習エリアには、ほかに草原や渓谷などもある。温暖な気候のこの島では、さすがに砂漠や荒地はなく、それらの地帯での演習は、地球上の砂漠地帯や荒野で行われるらしい。

衛星が常に地球上のすべてを見ている現代で、そのようなことができるのは、きっと魔法の力か、それより強大な権力によるものか。


ともあれ、学生達はさまざまな条件下での訓練を行う。

豆電球さえあれば良い千波は、わざわざ同じ演習場に来る必要もないが、見学もかねて毎回演習場所へ足を運ぶことになっていた。


千波と西は、森のなかの、比較的平坦な一帯に設けられた拠点にシートを敷いて座り込んでいる。

拠点には、他にもいくつかのテントが設営されていて、簡易な調理も可能になっていた。


付近には、後方支援に振り分けられた数人の生徒と、担当教諭の柳がいる。

そのほかの生徒達は四人一組になり、森林の各方面に散っていた。

飛行機能をもった小型の通信機が、彼らの様子を柳の手元の、ノートサイズの端末に送信している。


柳は、その端末に忙しく目を走らせ、時折、残っている生徒たちに指示を出す。

彼らの主な仕事は、探索班のナビゲートや怪我をした生徒の手当てなどである。


空は晴れわたっていて、気持ち良さそうに雲が流れていく。もうちらほらと蝉の声が聞こえてきているが、緑のおかげか、森林地帯は比較的過ごしやすかった。

これで、中学のグラウンドのような暑さであれば、早々に課題を投げ出していただろう。


島の内部であるにもかかわらず、演習場には、異次元産の人間を襲う害獣も多数生息しているらしい。多喜に説明を聞いたときには、そんな島でのんきに暮らしていたのかと瞠目した。

もちろん、魔法で結界が張ってあるらしいが、その強度のほども、千波にはわからない。

森林地帯に点在する洞窟のなかは、絶好の探索ポイントではあるが、同時に危険も多いらしく、柳がとくに地球出身の学生たちに、再三にわたって注意をしていた。


「楽しそうだなぁ」

ロールプレイングゲームが好きな千波は、危険を差し引いてみても、級友たちがうらやましいとしか思えない。

「そう思うなら、早くこの課題をクリアしてください。今のあなたが探索に出たら、ネズミに出くわしてもドラゴンを倒せそうな規模の炎で、あたり一面焼け野原にするだけです」

皮肉な物言いに、しかし、きっぱりとは言い返せない千波である。

大きく深呼吸をした彼は、割れた豆電球を取り換え、再度コードを握りしめた。目下、彼にできることは、この課題をどうにかクリアすることだけである。

森林の片隅で、千波は黙々と電灯に明かりを灯し続けた。



「で、今日もだめだったのか」


前を歩くガジャルが、わずかに振り返りながら言う。

「まだ、何も言ってないんだけど」

「顔見りゃわかる」


何しろ、千波はわかりやすい。初対面の人間であっても、何か嫌なことがあったのだろうと察しがつくほど、まとう雰囲気が沈んでいる。


「まあ、魔力の調整なんてもん、そうすぐに身につくもんでもねぇしな」

しょんぼりしている後輩に、さすがにガジャルも柄になく慰めるようなことを言う。

実際、嘘ではない。熟練の魔法使であっても、平常心を欠いた状態で魔力のコントロールを誤り、死に至る場合がある。


「ガジャ先輩は、どれくらいでマスターしたの」

「俺か?」

問われて、ガジャルは記憶をたどる。魔法の存在が秘匿されている地球と違い、彼の故郷では、魔法はごくありふれた技術である。

「そういや、練習した記憶ねぇな」

ことさらに練習をしたおぼえがない。大人の見よう見まねで、自然におぼえた気がする。


さらりとこぼれたガジャルの言葉に、千波はショックをうける。

ついさっき、すぐに身につくものじゃないと、言ったはずの先輩が、この言いようである。

「これだから、天才って嫌い」

「褒めんのか、けなすのか、どっちかにしろよ」

笑って、ガジャルは千波の頭をがしがしとかきまわす。


「俺らはもともと魔力量がそう多くないし、単純な魔法しか使わないからな。それに、器の頑丈さが違うだろ」

地球の人間に比べれば屈強なガジャルだが、故郷ではごく平均的な体躯である。

器である肉体が大きく頑丈であれば、その分、器のなかにおさめられたエネルギーは自由自在に操れる。

まだ成長途上の学生たちが学ぶ学園で、魔法を使うこと以上に身体を使うことが重視される理由の一つである。


「まずは、その薄っぺらい身体どうにかしろ」

「だから、こうやって頑張ってるんじゃん」


二人そろって、運動着姿である。

向かっているのは、実技演習用の教室である。

学園には、魔法実践などで使う体育館とは別に、普通教室の二倍くらいの広さの演習室が各階に十室設けられた五階建ての建物がある。

演習棟と呼ばれるこの棟は、授業に使われるほかに、生徒たちが空き時間に利用することができるようになっていた。

たまに、運動不足の職員たちが利用することもあるらしい。


そのうちの一室で、ここ最近、千波は友人らに付き合ってもらいながらトレーニングをしていた。

それもこれも、あのイヤミな指導員と、お互いのために一刻もはやく決別するためである。


目的の部屋に着いた二人は、それぞれ準備運動をすると、各部屋に用意されているロッカーを開けて武器を物色する。

「そういや、多喜はどうした」

千波に合わせて、一メートルほどの棒を手にしながらガジャルが訊ねる。彼が持つと、どうにも杖が短すぎるように見える。

「多喜くん、なんか、最近忙しいみたい」

「へえ。例の副代とか何とかいうやつか」

「どうかな。よくわかんない」

同じクラスで同室者とはいえ、四六時中一緒にいるわけでもない。

講義の移動の際には、できるだけ千波について、一人にしないようにしてくれているらしいが、彼は千波と違っていろいろな人脈をもっている。任されている仕事も多いらしい。


「本当は、こういうのは、同じくらいの体格のほうがいいんだけどな」

「多喜くんでもガジャ先輩でも、結局俺とは違いすぎるからいいよ。レント先輩は、動きが特殊すぎてよくわかんないし」

フィオナや花が相手をしてくれたこともあるが、彼女たちとの力量の差にいたたまれなくなったので、それ以降頼んだことはない。

他のクラスメイトがつきあってくれることもあるが、彼らにもそう何度も頼むことはできない。

先輩とはいえ、同室者のガジャルのほうが気安い。圧倒的な実力差にも諦めがつく。


「それじゃ、始めるか。覚悟しとけよ?」

「望むところ、では、ないかな。あんまり」

「甘いこと言ってんじゃねぇぞ」

いかにも楽しそうな表情のガジャルに、人選ミスかもしれないと、千波は後悔した。

「今日は、右手、使わせてみろよ」

ニヤリと笑うと、ガジャルは左手に棒を持ち、左足を前に出した半身になって構えをとる。

ハンデと称して、彼は利き手とは反対側の左手しか使わない。

「むかつくなあ」

言いながら、千波も腰を落として構えをとる。

入学したての頃に比べると、だいぶ様になっている。


そのはずで、負けず嫌いな千波は、毎日の稽古を欠かさない。身体に叩き込んだらしい型は、なめらかで美しい。


だが、それでは勝てない。


ガジャルが無造作に一歩踏み込み、棒を振り上げる。

棒術の型など知らないガジャルは、ほとんど剣を扱うようにそれを振り回す。

千波がガジャルと同じようにしようとしても、得物が長すぎてこうはいかない。


その無造作に見えて、確実に相手を追い詰める攻撃をかわし、いなしながら、千波は反撃の好機をうかがう。膂力でもスピードでも圧倒的に自分を上回る相手に対しては、カウンターが定石である。合気道も取り入れた千波が扱う棒術は、とくにその傾向が強い。


ガジャルに稽古をつけてもらった最初のときには、速すぎて目で追うことすらできなかった棒の軌道は、どうにか見えるようになってきた。

ガジャルの呼吸に慣れてきたということもあるのだろう。


ガジャルがふっと息を吐き下方から切り上げるようにしてきた、その軌道を棒を使ってそらし、無防備になった脇腹をねらって棒を突き出す。


とらえたと思ったのも束の間。

くるりと回転して突きをかわしたガジャルは、その遠心力をのせた横薙ぎをくりだす。

さきほどの切り上げは、誘いだったのだと悟った千波は、あわてて棒を縦にしてガジャルの薙ぎを受け止める。

咄嗟のことで逃がしきれなかった力が、腕を痺れさせた。これでも、ガジャルは充分に手加減しているのだろう。


「お、よく防いだな」

「でも、痛い」

「実戦じゃ、痛くても動き止めるなよ」


貴重なアドバイスだが、従うことは難しそうだと思いながら、ふたたびガジャルと距離をとり、向き直る。すでに千波の息はあがってきているが、ガジャルは涼しい顔をしている。


どうにかその余裕顔を崩すべく、一息するどく吐き出すと、千波はまた腰を落として相手をみすえた。


久々に魔法を使っている(?)回。

理事長秘書は西さんと東さんの二人です。

彼らも偽名。

…そろそろ人物まとめの更新が必要ですね。

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