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リビングルームで


「ガジャ先輩は、玲先輩と仲良いよね」

「あ? なんだ急に」


部屋に戻り、リビングでくつろいでいたガジャルに、なんとなく話を振ってみる。

「ちょっと、先輩と図書館で会ったから」

「ああ……次の遠征で派遣予定の次元についてでも、調べてんだろ」

「え、じゃあ、玲先輩はいろんな次元の言葉が読めるの?」

トットンガの図鑑がまったく読めなかったことを思い出しながら、千波が訊ねると、ガジャルが怪訝そうな顔をする。

「たいていの本は、翻訳の術式が仕込まれてるから、魔力通せば読めるだろ。じゃねぇと、俺らが日本語読めるわけねぇだろ」

「あ。だから、教科書英語じゃないんだ」

なんとも便利な術式だ。

「……お前な……。まあ、お前が魔力通したら、本がどうなるかわからんからな。無闇に開くなよ」

明日にでも早速図書館にもう一度行ってみようと思っていた千波を、ガジャルがしっかりと縫い止める。

さすがにガジャルの言い分が正しいことはわかるので、うなずいておく。多喜あたりを連れて行けば良いだけだ。


「で、ガジャ先輩は、玲先輩の故郷のこと、知ってるかなーって」

「いや、知らん。俺の故郷のことも話してない。が、玲なら、俺の種族から察してるだろう」

「ふーん。じゃあ、レント先輩の故郷は?」

「知らねぇよ」

「ふつう、そんなもん?」

「そりゃ、詮索はタブーだからな」


ガジャルが他人に興味がないせいかと疑って訊いてみれば、答えはあっさりとしたものだった。

「え、そうなの?」

「普通、学園内じゃ、故郷のことも家族のことも秘密にするもんだ」

「俺、家族のこと、いろんな人に話しちゃったんだけど」


とくに、千波の兄の過保護ぶりは、彼のクラスメイトで知らない者はいないだろう。何しろ、三日と空けずに電話がかかってくるのだ。

千波の知るかぎり、これほどの頻度で外と連絡をとっている学生はいない。

さらに、兄は知らないことだが、何らかの方法で検閲が入っているらしい外部との電話は、千波には気が重かった。

あたりさわりのない会話だが、あたりさわりがなさすぎて、検閲をしなければならない職員に申し訳ないくらいである。


「自分で話す分にはかまわねぇだろ。お前のところは、地球じゃごく一般的な家庭みたいだし」

ソファにごろりと横になっているガジャルの頭ほうの床に座り込みながら、千波は軽く異議をとなえる。

「うちの兄ちゃんは、たぶん、ごく一般的じゃないと思う」

「社会的立場の話だよ。まあ、俺も別に詮索されて困るわけじゃねぇけどな」

ガジャルも、故郷ではごく一般的な家庭で育った。才能が認められた人間が、地球へ留学することも、珍しくはない。


「ただ、中には、詮索されちゃ困る奴もいる」


留学ではなく、亡命して学園にやって来た者もいる。


異世界への出入りが厳しく管理されている地球は、魔法使にとって、最後の逃げ場でもあった。

また、ガジャルと同じ留学生であっても、身分を隠す必要のある人間もいれば、故郷が戦争をしている状態の人間同士が同じ部屋で生活している可能性もある。

家族のことも、故郷のことも、むやみに話題にするものではなかった。


「それで、ファミリーネームは使わないのか」

合点がいったように、千波が頷く。

入学時に、学園内では通例としてファミリーネームは使用しないと説明され、疑問には思っていたのである。とはいえ、とくに不都合があるわけでもなく、学園外の友人からもファーストネームで呼ばれることが多かったため、自然と受け入れていた千波であった。


「ああ。それも理由のひとつだな」

「ほかにも理由があるの?」

「俺の場合、単純にファミリーネームってものがない。何か功績を立てれば称号がつくけどな。あとは、名前を知ることで相手の魂を握ることのできる術者もいるってのが大きいな。基本的に魔法使ってのは、本名を名乗らないもんだ」

ガジャルの言葉に、千波の顔にあからさまに動揺の色が浮かぶ。


「俺の千波って、本名なんだけど……」

慌てた様子の後輩に、ガジャルは意外そうに眉を上げる。

「そうなのか」

「だって、入学するとき、誰も何も教えてくれなかったし。普通、書類に書くのは本名でしょ」

「地球じゃそうなのかもしれないがな。俺の故郷じゃ、本名は隠すもんだ。親兄弟しか知らないな」

「それじゃ、ガジャルっていうのは?」

「通称みたいなもんだ。普段の生活で使う名前」


ガジャルの見たところでは、留学生のほとんどは本名を名乗っていない。

名前は魂とつながっている。名前と魂が合っていなければ、なんとなくわかるものだ。


ガジャルの場合は、感覚的に本名かどうかわかる程度だが、魔法使のなかでも呪術的な方面に強い者であれば、名を聞いただけでその人物の本質を正確に見抜く。


「まあ、別にお前を呪おうなんて暇な奴はいないだろうから、大丈夫だろう。それに、ファミリーネームは知られていないんだ」

そう言ってやっても、千波は不安がぬぐえないようで、「絶対、苗字は名乗らない」と、うんうんとひどく真剣な顔をして頷いている。


「また、千波に変な知識吹き込んでるんですか」

口調は丁寧だが、かけらも敬意を感じさせない声音と表現で言ってきたのは、当然多喜である。

トレーニングウェア姿で、首にはタオルをかけている。勤勉な彼は、気が向いたときにだけトレーニングをするガジャルと違い、天気が許す限り毎日、朝夕に走り込みをしている。


「またってどういうことだよ。これまでも変な知識なんざ与えてねぇだろ」

半眼になって言い返すガジャルに応えたのは、また別の声であった。

「そうそう。ガジャ丸は与える知識がないもんねー」

寝室のほうから姿を現したレントは、今日は淡い緑色の髪をしている。彼が最近気に入っている日本のアニメキャラクターを意識しているのだと、千波にだけはわかった。

「無駄な知識に脳の容量の大半を当ててる阿呆と違うんだよ」

「なるほど、空きが多いほうが、つめこみやすいもんねぇ。でも、あんまり使わなすぎて、底に穴が開いてるんじゃない?」

「底なんかねぇんだよ」

「ああ、だから全部すり抜けてくのか」


不毛な言い争いを終わらせたのは、千波の泣きごとであった。

「いいじゃん、底なしなんてうらやましい。俺なんか、いっぱいいっぱいの脳みそに、無理やり先生たちや多喜くんがいろんなことねじ込んでくるんだよー。破裂しちゃうよ」

情けない声に毒気を抜かれて、レントが笑う。


「多喜、もうちょっと手加減してやったら? ちなっちゃん、頭こーんなにちっちゃいんだから」

「脳の容量とは関係ありませんよ。それに、つめこんでおかないと、試験で泣くことになるのは千波です。千波が嫌なら、俺は無理におぼえさせたりしません」

優等生な回答に、「つまらない奴」と唇を尖らせるレントを見上げて、千波が首をかしげる。


「レント先輩、それ、俺の?」

指差したのは、レントの手にある携帯端末である。

「あ、そうだった。これ、しつこく鳴ってたから」

差し出された携帯電話が表示する着信の数に、唖然とする。

しかも、そのすべてが同じ人物からの着信だった。

「兄ちゃん……むしろ怖いよ、これは」

「だよなー。俺もさすがにイライラして持ってきた」

「……兄が、ご迷惑をおかけしました」

千波が頭を下げると、それが見えていたかのように、携帯電話が振動し始める。

思わず声を上げて跳び上がった千波は、慌てて通話ボタンを押して寝室へ駆けこんでいった。


「それで」寝室の扉が閉じると、多喜がガジャルのほうへ目を向ける。「何を話してたんですか」

こと千波のことになると過保護のきらいのある後輩に、ガジャルは半ばあきれる。

その上、魔力測定の一件の後、レントにまで、その兆候が見られるようになったのだ。

「別に、たいしたことじゃねぇよ」

本当にたいしたことではなかったので、そう告げる。しかし、当然、過保護な後輩はそんな返答には納得しない。

半眼で見据えてくるその視線が鬱陶しく、無視を決め込もうとしたが、ふと思いついて訊いてみる。


「そういえば、あいつ、名前のことも何も知らなかったぞ。教えてないのか」

本名を知られることのリスクは、多喜であれば十分わかっているだろう。

まして、千波は今や、脅威となるかもしれない存在として、学園中に知られている。

千波にはああ言ったが、名前で縛ってでも、自分の次元に連れ帰ろうとする者がいないともかぎらない。

「ああ……」

意味のない声を漏らして、多喜がわずかに目を伏せた。二度、まばたきをして、あっけらかんとした声音で続ける。

「忘れてました。日本じゃ、本名を名乗るのは当たり前のことですから」

多喜が忘れるはずがないことくらい、ガジャルにもわかる。

「だが、地球のやつらも、偽名を使ってる奴が多いだろう。お前のそれも、偽名じゃねぇか」

指摘され、多喜は嫌そうに顔をゆがめる。

「ああ、ガジャル先輩、そういうのわかる人だったんですね」

頷く多喜に、「動物的勘だけは鋭いんだよ、脳みそ使わない分」と、茶々を入れるレントは無視して、ガジャルは問いを重ねる。


「それに、千波は本名だって言っていたが、本当なのか」

「え、本名なの?」

レントも意外そうな顔をしたかと思うと、表情を険しくする。その反応を視界の端でとらえながら、ガジャルは多喜を見据える。

「本人がそう言うなら、そうなんじゃないですか」

「お前も、わかる奴だろ。俺よりわかるはずだ」

「何を急に言い出すんですか」

「なんで隠してんだか知らねぇが、目をもってるんだろ。こっちじゃ何て呼ぶか知らないが、俺らが〈還れなかった者〉と呼ぶやつ。あれを見る目だ」


ガジャルの指摘に、多喜は一瞬目を見開いたあと、口を硬く引き結んだ。

あからさまに態度を硬化させた後輩に、ガジャルは軽くため息を吐いた。だんだん、面倒臭くなってきた。


千波の名前のことも、多喜の目のことも、正直に言えばどうでもいい。ただ、少し気になって訊いてみただけだ。

わざわざ突く必要はなかった。だが、ここまで来て、まあいい、と放り出すのも気持ちが悪い。

「千波は本名だと思って名乗っている。だが、お前は千波に名前について注意していない。千波のことだ。うっかりファミリーネームを名乗ることも充分考えられるのに、だ。お前はわかっていたんだ。たとえファミリーネームを名乗っても、支障はないと。本名じゃないんだからな」

「千波は本名だと思って名乗ってるのに、本名じゃない……」レントが低くつぶやいた。「名前は魂に刻まれる」


どの次元でも同じだ。名付けられた魂には、その名が刻まれ、だからこそ名前で縛ることができる。


「魂か名前か、どっちがどうなってんのかはわからんが、別ものだろう」

レントがいっそう表情を険しくする。

ドラゴンに対峙するときでも、不適に口端を上げているような男のめずらしい表情が気になったが、ガジャルの視線に気づいたのか、すぐにいつもの飄々とした表情に変わる。追及する気もないので、ガジャルは多喜に視線を戻す。


「お前には、何が見えている」


一度視線をそらした多喜は、「めんどくせぇ」と、ぞんざいな口調で小さくつぶやいてから、観念したように口を開く。

「先輩が言う〈還れなかった者〉っていうのは、身体が死んでなお、この世にとどまる魂、みたいなもの、で合ってますか」

「ああ」

「それじゃあ、たしかに俺は、先輩が言う目ってやつをもってます。人に言ってないのは、単純に面倒だから、ですね。それに、〈還れなかった者〉とかかわりあいになると、ろくなことにならないって、学園に入学する前に学習したんで、見えないふりをしてるんです」

多喜の言い分と似たようなことを、目をもつ人間から聞いたことがあったので、ガジャルはただ頷いて先を促した。


「で、俺から見たら……千波は、死んでるんです。いや、生きてるってのは、わかってますけど。何と言うか……」

違和感の元を探すように、多喜は眉根を寄せる。

「魂が重なって見えることがあるんです。とりつかれてる、というのとも違って……とにかく、死んだ人間がまざってる」

「なんだそれ」

「俺にもわかりませんよ。だから、俺は、初めて会ったときから、あいつが怖い。今まで見てきた何とも違う。でも、無視するわけにもいかない。とりあえず今は、表面だけを見て付き合うようにしてます。魂さえ見なけりゃ、ただのお人好しですから」

「それ、千波は」

「知ってるわけないでしょう。一度、死にかけたことがあるらしいから、それが関係しているのかもしれません。でも、先輩たちも、千波に余計なこと言わないでくださいよ。ただでさえ今は、周りから色々言われて参ってるみたいなんで」


それだけ言うと、シャワー浴びてきます、と多喜は踵を返す。その多喜の背中が消えると、いつもの表情を貼り付けたレントが笑う。

「怖いって言っておきながら、しっかり世話焼くんだもんねぇ」

「ご苦労なこった」

それだけ言うと、気になったことがわかってすっきりしたガジャルは、再びごろりと横になって目を閉じる。

「多喜の目って、魔眼の一種だよね。俺らの国だと、魔眼もちってだけで扱いが違った。使い方おぼえたら、魔法の補助にも役に立つと思うんだけど。秘密にしてるってことは、修練してないよね」

もったいない、と言うレントに、ガジャルは目を閉じたまま手を振った。

「別に、嘘や秘密のひとつやふたつ、だれでも抱えてるだろ」

すぐには返ってこない反応に、片目を開けてみると、彼には珍しい無表情で、綺麗な顔が見返してきた。

レント――その名もまた偽名だろう。しかし、ガジャルにとってはたいしたことではなかった。

本当の名であろうとなかろうと、目の前にいる彼との関係が変わるとも思えない。


「お前ほどの大嘘つきは、なかなかいねぇけどな」

「うーわー。お前って、本当にムカつくよね」

「お前の気分をよくしてやる義理はねぇな」

それだけ言うと、今度こそ眠ってやろうと、目を閉じた。


多喜くんは霊感少年でした。

学園では、学生が外の情報を得られないようにテレビは映りませんが、

外のお偉いさんがOKを出した番組なら視聴できます。

どフィクションなアニメはOKが出やすい。

電話の内容はすべて録音されています。

兄馬鹿発言がすべて録音され、検閲されていると思うと、千波は埋まりたくなる。

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