学生たちの反応
話題の的の人物はといえば、この状況に何とも居心地の悪い思いをしていた。
廊下を歩けば、知らない人間からの好奇の視線にさらされ、留学生と思しき生徒たちの一部からは、敵意にも似た感情を向けられる。
何より、その原因である魔力測定のときの出来事を、彼自身はほとんどおぼえていない。
「すごかったんだぞ。でっかい炎の龍が出てきて」
「それも凶暴なやつ。お前、意外に攻撃的な性質なんだな」
「そのあと出てきたのも狼だったわね。水の場合、あんまり攻撃的な発現のしかたはしないのに」
「いや、それ以前に、反対属性の魔法を、あの規模で同じくらいの出力で使えるのがおかしいと思う」
友人たちに口ぐちに言われても、曖昧に笑うしかない。
目が覚めたあと、多喜からもおおかたのことは聞いていた。それでも、自分がそんな派手な魔法を使えたという実感はわかない。
「魔法使の資質があるっていうのも、何かの間違いじゃないかと思ってたのに」
肩をすくめると、同室者は軽く笑って応える。
「それじゃあ、間違いじゃなかったことを、とりあえず喜ぶんだな」
そう多喜は言うが、とうてい喜ぶ気にはなれない。
思い出したのは、ゲート前でのあの光景と、目覚めたときにレントから聞かされた命を落とした魔法使のことだった。
ゲート前。
人を傷つけることのできる力が、互いにぶつけられていた。
命をもたない物でも、大切に扱うことがあたりまえの千波にとって、相手が壊れてもかまわないような、力のぶつけあいは、刺激が強すぎた。
その、人を殺すことすらできる力が、自分のなかにもある。
そう証明されてしまった。
もしかしたら、その力で、自分は自分を壊してしまうのかもしれない。
それならば、まだいい。
もしかしたら、その力で、自分は自分以外の誰かを壊さなければならなくなるのかもしれない。
人以外の何かか。あるいは、人か。
外にいたとき、ゲームの中で簡単に狩り、経験値という数値に換算された存在とは違う。
自分と同じ、血肉をもち、家族や友人がいて、ただ生きることに懸命なだけの存在。
そして、ふと、自分が何を怖がっていたのか、納得した。
自分がいる場所は、そういうところなのだ。
人を殺すことすらできる、大きな力をもつ者たちが、その大きな力を使う術を学ぶ場なのだ。
そして、千波は、自分がもう、外での日常には戻れないだろうことを悟ったのだ。
そんな、憂鬱な気分を引きずりながら、さまざまな思惑の籠もった視線を向けられることに、辟易していた。
視線だけならまだしも、最近では直接声をかけられることも増えてきたのだ。
大柄な留学生から、本当に地球出身なのか、卒業後は別の次元に行くのか、なぜそんなに魔力量が多いのか、など、質問攻めにされると、純粋に怖い。多喜やレント、ガジャルが近くに居るときならまだしも、千波一人では対応に困る。だが、そういう者たちは当然、千波が一人でいるときを狙ってくる。
「昨日も、魔法実践の補講からの帰り、めっちゃかわいい子に声かけられてね」
「自慢か」
「声かけられた内容が、俺の魔力がほしいから子どもをつくりたい、だよ? 産むのも育てるのも自分と家族でやるから、子どもだけつくってくれって。現実で初対面の子にいきなりそんなこと言われたら怖いって」
「それは……たしかに、かなり……刺激的だな」
形容しがたい表情で頷いた多喜は、軽く息を吐く。
「そもそも、魔力って遺伝しないんでしょ。魂がなんちゃらって」
「魂の資質な。それだけ、必死なんだろう。そういう奴は怖いからな……できるだけ、誰かと行動しろよ。先輩たちにも言っとく」
同じ学年でも、千波は多くの補講を取っているし、多喜は多喜で、学年の副代としての業務が入ることも多い。
「ん。最近は、多喜くんがいないときはレント先輩がご飯つきあってくれる」
「……朝も?」
「朝も」
怠惰な先輩の生活態度が改善したことに、多喜は首をひねる。
たしかにレントは、千波をかなり気に入っている。だれとでもすぐに打ち解ける彼は、しかし、ほとんどの人間に興味がない。彼が本当に、〈ただの顔見知り〉以上の扱いをするのは、多喜が知るかぎり、千波とガジャル、うぬぼれでなければ、多喜自身くらいのものだ。
それでも、自分のリズムを変えてまで、相手に構うような人間ではないと分析していたのだ。
「ガジャ先輩は相変わらず朝はだめだけど」
千波が肩をすくめるのとほとんど同時に、二人の名を呼ぶ声が聞こえた。
「二人とも、ずいぶん話が弾んでいるみたいだけど、こんなところで油を売っていて良いの? 千波は術式学の授業でしょう」
「ほら、千波、一緒に行きましょう」
声をかけてきたのは、こちらも相変わらずの二人の美少女だった。
その二人のうち、小柄なほうの少女が軽やかに千波の右腕に飛びつく。その動きに合わせて、豊かな金髪がなびいて輝いた。
「おはようフィオナ。今日も睫毛が綺麗だね」
「どうして千波は、そう挨拶に独創性を追求するのかしら」
「あ、やっぱり今日のもお気に召さなかった?」
「いいえ。今日は睫毛のメイクがうまくいったの。気づいてくれたのだったら、とても素敵だわ」
フィオナと挨拶をかわす千波に、もう一人の美少女が苦笑する。
その苦笑すらも美しい彼女は、すらりとした長身で、真白い髪はすっきりと短くしている。
魔法実践の授業で知り合って以来、よく二人一緒に行動している花とフィオナを見るたびに、千波は月と太陽のようだと思う。
「花も、おはよう」
「おはよう。言っておくけど、わたしは今日もいつもと同じだよ」
制するように言われて、千波は脳内に広げていた褒め言葉のボキャブラリーをしまいこんだ。
「じゃ、行ってくる~」
ひらりと手を振って、千波が踵を返す。
その右腕にはフィオナが片手を添え、もう一方の手では千波の姿勢を正すように、ぺちぺちとあちこち叩いている。なにやらエスコートの方法を教え込まれているらしい。
そんなやりとりをしながら術式学の教室へ向かう二人を、多喜と花が見送る。周囲の学生の大半が、彼らに視線を向けているのがわかった。二人は意に介していないのか、気づかないふりをしているのか。フィオナに関して言えば、間違いなく後者であろう。
「花は、変わらないんだな」
多喜のつぶやくような声が届いた。断片的な表現だったが、多喜の言いたいことは十分に判った。
「まあ、表面上はね」
さらりと応える花の隣に並びながら、多喜は首を傾ける。
「表面上?」
「あんなもの見せられたんだよ。……怖いに決まってるじゃない」
彼女らしくない、言い訳じみた口調である。
「でも、千波が変わったわけじゃない。だから、せめて表面上は。取り繕ってるだけよ」
そう、花は肩をすくめた。
「そういう多喜は、どうなの。同室なんだし」
問われて、多喜は軽く笑い声を洩らす。不自然な反応に、花は、おせっかいな友人をいぶかしげに見やる。その口元が、いびつに歪んで見えた。
「俺は……初めて会ったときから、あいつが怖くてたまらない」
「……どういうこと?」
花の問いに、多喜は言うべきかどうか、少し考えるようなそぶりをすると、周囲に視線をやる。
講義開始の時間が近くなっていて、廊下には人影は少なくなっていた。
「あいつ、どう見たって、死んでるんだよ」
なんか、すごいところで切れてしまいました。。。
続きは、できるだけ速く投稿します。
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