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目がさめて


千波が目を覚ましたのは、魔力の測定を行った日から丸二日が経った土曜日のことだった。


「あ、やっと起きた」


普段は寝坊な同室者の一人が、千波の顔を覗き込みながら顔をほころばせる。


非常識なほどに整ったその顔を、千波はぼうっとした頭でしばらく見つめて、ようやく自分が魔力の測定のあとに眠りこんでしまったことを思い出した。

窓からさす日の具合からして、だいぶ眠ってしまったらしいと思ったが、レントにあれから丸二日経っていることを告げられ、さすがに驚く。


「あー、どうりで、すごく長い夢見てたわけだ」

呟いた声は、ひどくかすれていた。


その声に、レントは軽く眉を上げて苦笑いすると、千波の枕元に置いてあったスポーツドリンクのペットボトルを手渡す。もちろん、ペットボトルを用意していたのは多喜である。

千波はもぞもぞと動いて、どうにか身体を起こすと、それを口に含む。

思った以上に渇いていたらしく、一気に半分ほどを飲み干した。常温のスポーツドリンクも冷たく感じられるのは、熱があるからだろう。頬に手をやると、火照った感覚がある。


「体調は?」

千波の手からペットボトルを取り上げながら、レントが訊ねる。

「熱っぽい。あと、だるい」

「頭痛とか、内臓が痛むとかは?」

「たぶん、大丈夫。てか、内臓が痛むって表現、こわい」


冗談めかして笑う千波に、レントは表情を変えずに応える。

「魔力の暴走で内臓やられて死んだ奴を何人か知ってる」

「え……」

「小さいころは、潜在的な魔力の量と体力の釣り合いがとれてないからな。魔法の制御を間違えると、身体のほうが耐えられなくて死ぬことがある」


いつもの軽薄な調子ではなく、淡々とした口調に、千波は背筋が冷えるのを感じた。

教師から、魔法の事故で死亡する魔法使が決して少なくないことは聞かされていた。

しかし、それはあくまで事例で、自分にはかかわりのないものだと、どこかで思っていた。


「まだ、顔色が悪いな」

「……あ、うん。さすがに、まだ、ちょっと、気分悪い」

「痛むところがとくにないなら、休んだら良くなるよ」

レントは、ペットボトルを枕元に戻すと、身体を起こしているのもつらそうな千波に、もう少し休むように促す。


素直に身体を横にした千波の髪をひとすくい持ち上げると、傷みのないさらさらとしたそれをもてあそびながら、訊ねる。

「千波は、学園に入学する前に、魔法を使ったことはないの?」

「ないよ。そもそも、自分がそんなことできるなんて知らなかったし」

「意識的に使ったんじゃなくても、何か不思議なことは身の回りで起きなかった?」

「不思議って?」

「周りのものが突然燃えたり、夏場に水が凍ったり、電気製品? だっけ、雷使うやつが異常な動きをしたり、世話した植物の生育がやたら良かったり」

「そんなサバイバルな日常やだよ。最後のやつだけはちょっと楽しそうだけど」

苦笑してから、千波は自分がそもそもほかの地球の学生たちとは違うことを思い出す。

「みんなは中学で入学してるんだし、俺、突然変異的な何かじゃないのかな」

「突然変異の心当たりは?」


やけに質問を重ねてくるレントに、千波は多少の違和感をおぼえながらも、身体のだるさと、髪をさわられる気持ちよさとで、ぼんやりしながら答える。

「たぶん……、中学のとき、死にかけたらしいから、そのとき、かな……」


その答えを聞いたレントが、驚いたように千波の顔を見る。

眠気にぼんやりしている千波は、ただ、その透き通るようなグレーの瞳を見ながら、やっと目が合ったと思う。

「死にかけたって?」

「……さあ。俺は、よく、知らないけど……。もともと体丈夫じゃなくて。中学のときが一番、体調悪かったんだけど、一回、心臓、ちょっと止まったって」


そこまで答えると、千波はまた寝入ってしまった。


軽く額にふれると、たしかに少し熱があるが、それほどの高熱というわけでもない。もともと年齢にしては幼いが、さらに幼く見える寝顔をしばらく眺めてから、レントはベッドのそばを離れた。


リビングへ入ると、彼はその秀麗な顔を盛大に歪めた。

大柄な同室者が、筋力トレーニングに勤しんでいたのである。ソファに足を上げた状態で固定しながら、上体を起こす運動を繰り返している。胸に抱えているのは、重しだろう。


「ちょっと、ガジャ丸。ここでやらないでよ。暑苦しい」

ガジャルは、少し動きを止め、ちらりとレントを見たが、また無言で運動を再開する。

「うっわ、ムカつく。てか、本当に汗臭いからさあ……」

どれくらいの時間やっているのだろうか、彼の着ているTシャツの一部は汗で色が変わっている。いや、色が変わっていないところのほうが一部分のようだ。


「寝室で、やったら、千波が、起きるだろう」

運動は止めないまま、ガジャルが言う。

「そりゃそうだけど」


答えて、レントは昨夜、ガジャルともども、くれぐれも寝室で騒がないよう、多喜からくぎを刺されたことを思い出した。後輩に指導されるとは情けない話ではあるが、この四人で暮らし始めた当初からのことなので、残念ながら慣れてしまった。


そもそもレントは規律正しい生活というものが、あまり好きではない。

その気になれば、規則に忠実な生活にも順応できる。

実際、故郷では多喜が聞けば瞠目するであろうほど規律正しい生活を送っていたのだが、その気にならないのだからしかたがない。多喜にいくら小言を言われたところで、改善するつもりはない。


とは言うものの、多喜が本気でうるさく言うのは、いつも他人に迷惑がかからないようにするためのマナーについてだ。レントの自己責任の範囲内の事柄については、彼はそれこそ小言程度であまりしつこくはない。他人に迷惑をかけることは、レントにとっても本意ではないので、結果的に彼の言葉に従うことになる。

その距離感が不快ではないので、多喜のことは比較的気に入っている。


ちなみにガジャルに関しては、丁度良いサンドバック程度にしか思っていない。

それは、ガジャルにしても同様であるが。


「千波は、起きたのか」

満足したのか、サンドバックが運動を止めて足の固定を外しながら問う。

その作業を当然のように邪魔しながら、レントは頷く。

「ちょっとだけ。またすぐ寝たけど」

ガジャルは、邪魔をするレントを邪魔する。

「大丈夫そうなのか」

腕力でまさるガジャルにまんまと邪魔され、レントは軽く舌打ちをしながら答える。

「一応。痛むところはないみたいだから」

「そうか……。おい、それは洒落にならねえだろ」

円形の鉄の重しを無言で持ち上げたレントに、思わず制止の声をかける。

まだ仰向けの状態のガジャルの胸のあたりに狙いをつけている気配がする。

「大丈夫。投げないから。落とすだけだから」

「十分大丈夫じゃねえよ。何キロあると思ってんだ」

「そういわれれば重いかも。あ、腕がもたない」


そう言うと、レントは本当に手を放した。

ガジャルが声をあげながら身体をひねって避ける。床に衝突した鉄の塊は、かなり重量感のある音を響かせた。

思った以上に深い傷が板張りの床につき、これは多喜に怒られるな、と他人事のように内心でつぶやく。


「あー、何で避けるのさ。下の階の人がびっくりするじゃん」

「びっくりなのはこっちだ。俺を殺す気か」

のんびりと言うレントに対し、ガジャルはさすがに声を荒らげながら、身体を跳ね起こす。

「うーん、まあ、あわよくば?」

「マジで殴るぞ、てめえ」

拳を握りしめるガジャルに、レントはへらりといつものように笑いながら、ひらりと身をひるがえす。ついでに手も振ってやりながら、玄関へと軽い身のこなしで向かう。


「じゃ、俺ちょっと出かけるわ。ここ汗臭いし。ガジャ丸お留守番よろしくー」

言うが早いか部屋から出て行ってしまう。

その後ろ姿を見送り、ガジャルは鉄の重しを拾い上げる。ガジャルは片手で簡単に持ち上げるが、千波ならきっと両手でも持ち上げるのに難儀するだろう。

それを片付けながら、軽薄な同室者のことを思い出して、首をひねる。


「あいつ……やけに機嫌悪かったな」


しかし、サンドバックの心中を思いやってやるほど出来た人間ではないので、特に気には止めずに汗ばんだTシャツを脱いだ。

ついでに、たしかに空気が籠っている気がするので、窓を開けて換気する。そのままベランダに出て風に当たろうと考えたところで、上半身裸のままで外に出たら、多喜がうるさいだろうと思いつく。


しかたなく、Tシャツを自分の洗濯かごに放りこみ、着替えを探しに寝室に入った。生活態度に多喜の小言から多少なりとも影響を受けている点で、ガジャルとレントはまぎれもなく似た者同士であった。


期間空いた上に短いですが、ひとまずここまで。

ガジャルとレントをセットにすると

無駄口が増えますね。

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