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初演習5

 次々に放たれる魔法を、千波は純粋に楽しんでいた。

 襲撃の件もあって、魔法には暴力的なイメージがつきまとっていたが、フィオナの魔法は美しかった。


 しかし、フィオナがすべての術式のテストを終えて彼らの立つところへ戻ってきたところで、次は自分が同じことをしなければならないのだと思い出して、思わず胃のあたりをおさえた。


「あら、千波。具合でも悪いの?」

「いや、大丈夫。それより、お疲れさま」

「楽しかったわ」

 腰に手をあてて、にこりと笑う。

 そのフィオナに、柳が身体に違和感がないかと訊ねる。術式で抑えているとはいえ、魔法を連続で使用することは、身体への負担もかかる。

 しかし、元々故郷で魔法に親しんでいたフィオナは、それほど疲労は感じていない。首を横に振ると、柳は軽く頷いた。


 自身のことよりも、すでに千波のことへ、彼女の興味は移っていた。

 千波は不思議な少年だ。

 彼自身は、普通だと思っているらしいが、故郷で多くの魔法使を見てきた彼女には、彼のもつ魔力が到底普通とは言えないもののように見えていた。それがどのような意味で「普通でない」のか、彼女にもわからない。

 ただ、言うなれば、ちぐはぐなのだ。何がどうかみ合っていないのかもわからないが、彼を見ているとちぐはぐで不安定な印象を受けるのである。


 そのよくわからない印象の正体がわかるかもしれない。

 好奇心旺盛な彼女は、琥珀に赤を映した瞳を輝かせて年上の学友を見上げる。

「千波、頑張ってね」

「うん……」

 歯切れの悪い答えに、眉を寄せながら彼の顔を覗き込むと、不安そうな黒い瞳と出会う。フィオナと目が合うと、千波は眉を下げながら笑ってみせる。


 あからさまに緊張している。そういえば、彼は魔法を使ったことがないのだったと思い至り、フィオナは手を伸ばして少しばかり背の高い千波の頭を撫でる。綺麗な黒い髪は、さらりとしている。


 普段、多喜やガジャルによく頭を撫でられている千波であるが、彼女にそうされるのは初めてで、大きな目を瞬かせる。

「大丈夫よ」

 フィオナはそれだけ言うと、千波の背後に回って両手でその背を押した。

 たたらを踏んだ千波は、振り返ると「何するんだよ」と不満げに口を尖らせる。フィオナはそんな彼に向けてただ笑顔で手を振った。


 年下の学友に背を押された千波は、何かを振り切るようにふっと息を吐くと、掌に収まる長方形の機械を握りしめた。

 ホールの中央に歩み出る。視線を上げれば、無数の輝きと、その奥に天使たちが喇叭を吹くフレスコ画。いったいどこの城なんだろう、と現実逃避気味に考える。


「千波、リラックスして。失敗したら、やり直せばいいだけだからな」

 柳が、のんびりとした声で言ってくる。

 その声に意識を引き戻し、わずかに震える左手を握りしめた。


「どれからやる? 一番イメージしやすいものから、やってみよう」

 問われて、先程見たフィオナの魔法を思い出す。

 最も鮮烈に印象に残っているのは、赤。紅の鳥の羽ばたく姿だった。

「赤……炎から、やります」

「オーケー。時間は気にしなくていい。しっかりイメージをつくって発動して。あとは、その機械に入っている術式が導いてくれる」


 液晶に表示された赤いボタンに触れると、術式学で学んだ文字列が画面いっぱいに広がる。

 式はかなり複雑で、千波に理解できるのは、炎を発生させるための式と、出力を調整するための式くらいのものだった。


 理解できない式を見つめていてもらちが明かないので、フィオナにならい、目を閉じる。


 火ならば、何度となく見てきた。

 ろうそくの炎。

 ライターの火。

 キャンプで火起こしをしたこともある。

 キャンプファイアーもした。

 術式学で教師やクラスメイトが放った炎。

 そして、先程のフィオナの炎。


 それらの炎のイメージを塗りつぶすように、大きな炎が燃え上がる。

 目の前が、真っ赤に染まる。

 ごうごうと、

 燃え盛る音まで聞こえてくる気がする。


 胃の少し上のあたりが、熱を帯びる。

 いつの間にか呼吸も忘れていた。

 すっと息を吸い、目を開く。


 どうすれば良いか、なぜだかすべて、わかっていた。


「燃えろ」


 声を発したのをきっかけに、力が放出されて世界にはたらきかけるのがわかった。

 手元の術式が赤い光を帯びる。と、次の瞬間には、千波の足元から数メートル離れた場所で、炎が立ち昇った。

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