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いつもの朝

 寮の建物を出ると、ゆるい斜面を西側に下る道があり、そこを行けば浜辺に出る。夏場には、島に暮らす生徒や職員らが海水浴を楽しんでいるらしいが、プールですらほとんど泳いだことのない千波には、海で泳ぐという行為の魅力は理解できなかった。

 一方、北の方角に上ってゆく道を行けば、学園の本部や学舎、食堂や購買部などが集まる一帯になる。

 寮は第一から第六まであり、こじんまりとした建物が仲良く六つ並ぶ。千波が在籍しているのは、第三寮である。それぞれの寮には、約八十名の学生が生活している。


 ちらほらと、学舎に向かう人影が見える。浜辺側の道に目を向けると、砂浜でトレーニングでもしていたのか、汗をしたたらせながら上ってくる勤勉な学生たちの姿もあった。怠惰な同室者たちを思い起こしながら、殊勝な学生である千波は、学舎のほうへとのんびり歩を進めた。


 学園以外に何もない島は、緑にあふれている。

 温暖な地域らしく、葉を豊かに茂らせた広葉樹が、海風に梢を揺らす。島内の道は舗装されておらず、土がむき出しの状態である。この島に暮らしはじめてからというもの、千波は自動車を見ていない。

 遠くのほうで茂みが揺れているのは、野生の獣だろう。島には、外では見られない生きものもたくさん生息していた。絶えず聞こえる潮騒に、学園に来た当初は落ち着かない気分になったものだが、いまではその音が心地よい。


 千波が学園にやってきたのは、この春のことであった。現在、高校一年生にあたる。

 中高一貫のこの学園においては、高校からの入学者は珍しく、在校生のなかでは千波ただ一人である。しかし、留学生も多い学園内では、珍しがられたのは最初の三日だけだった。


 学園に通う生徒は実に多種多様で、留学生のなかには、明らかに二十歳を越していると思われる人物もいる。彼らは年齢だけでなく、その外見もカラフルだった。

 そんな生徒たちが多く集まる大食堂の景観は、なかなかに見ごたえがある。現に今朝も、入り口を抜けたとたん、千波の視界はさまざまな色に塗りつぶされた。黒や茶色、ブロンドはもちろん、赤や緑、ピンク色なんて髪色の人間もいる。

 制服は一応用意されてはいるが、通常の授業の際には着用の義務はなく、半数以上の生徒は私服姿である。三年間の中学生活で制服に慣れている千波は、基本的には制服を選択して過ごしている。髪も黒いままだ。だが、そろそろシャツにアイロンをかけるのがいやになってきていたので、一週間のうち二日は私服である。今日は制服姿ではあるが、濃紺色のネクタイは省いていた。


 カウンターには、数名の生徒が並んでいた。紫と青と白が混ざった長い髪を結い上げた生徒の後ろに並び、今日のメニューは何かとのぞき見する。

 物資の限られている島、しかも食べざかりの子どもたちを何百人もいっぺんに相手にするのだから、いちいちオーダーなど聞くことはなく、全員に決められたメニューが提供されるのだ。洋食の日もあれば、和食の日もあり、ときにはハワイアンや中華など、バリエーションは実に豊かだが、朝から走り込みをするような学生や、多喜のような大柄な生徒の胃も満足させるべく、ボリュームはいつも満点である。小食な千波は、まだこの量に対応しきれていなかった。


 自分の番が来ると、にっこりと懐っこい笑顔を職員に向ける。

「ご飯少なめでお願いします」

 笑顔を向けられた千波の母と同い年くらいの女性は、「育ちざかりなのに」と心配そうに眉をさげながら、たしかに先ほどの生徒よりは少なめの量でよそってくれた。彼女に礼を言うと、千波は食堂内をざっと見渡して、空いている席を探した。


 この時間は、登校するには少し早く、比較的空いている。千波と同様、登校前らしい生徒のほか、体育会系の面々が、朝のトレーニングのあとらしいウェア姿で、そのまま早めの朝食を摂っている姿も見かけた。

 千波は、寝坊な先輩たちが奇跡的に目を覚ました場合のことを考えて、四人掛けのテーブルに陣取る。朝は満席になることは少ないので、これくらいは迷惑にならないだろう。


 今朝のメニューは和食で、白いごはんにアジの干物、味噌汁、ほうれん草のあえもの、もずく酢、漬物と、理想的な食卓である。

 手を合わせ、粛々と箸を進めはじめてから十分ほどして、千波の向いの席に制服に着替えた多喜が座った。彼はきっちりとネクタイも締めている。そのトレイの上の茶碗には、千波のそれとは対照的にこんもりと白米が山をつくっている。


「多喜くん、相変わらずよく食べるねえ」

 白米の山を見つめながら千波が言うと、多喜が快活に笑う。

「ひとっ走りしてきたからな。それに、朝食っとかねぇと昼までもたない」

「ところで、先輩たちは?」

「レント先輩は、もう少ししたら来ると思う。一応起きてはいたから。ガジャル先輩は、まあ、遅刻はしないだろう」

「あらあ。ガジャ先輩、朝はだめだねぇ」

「夜行性だからな」

 二人の先輩の噂話をするうち、件のレントもやって来てテーブルに加わる。案の定、もう一人は来ないらしい。


 レントは留学生の一人で、今朝は綺麗な鳶色の髪をしている。瞳は明るいグレーだが、光の加減で虹彩の色が変わる。男性ではあるが、美しいという形容が似合う容姿をしていた。

 レントが話に加わるころには、多喜は綺麗に食事を平らげていて、一方の千波はどこまで自力で対処すべきかを考えていた。

「千波、そろそろ食べ終わらないと遅れるぞ」

 見かねて多喜が言えば、そんなことは百も承知とばかりに口元をとがらせる。

「多喜くん、アジ、半分あげる」

 ついに折れて千波が言うと、多喜は呆れながらも、育ち盛りの胃袋が少々さびしかったので、ありがたくいただくことにする。その隣ではレントが、箸はやっぱり難しい、と早々に放りだして、ナイフとフォークで優雅にアジの開きを食べていた。


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