初演習2
校舎からしばらく歩いたところにある演習場の外観は、千波も慣れ親しんでいる学校の体育館そのものであった。
大きさも、普段体育の授業で使うものと同じくらいである。とうてい、数十人の生徒たちが、魔法をどんぱち発動させることなどできそうにない。
「本当に、ここでやるの? いつもの体育館と変わらないじゃん」
千波が首をかしげると、真っ白な髪をショートヘアーにした、長身の女子生徒が軽く頷く。花という名の少女である。身長は多喜とほとんど変わらず、すらりと長い手足が目を引く。
ショートパンツに膝上まで覆うブーツを組み合わせている彼女は、蹴り技が得意だと聞いたことがある。おそらく、彼女の脚を覆う、濃紺色のそれは、千波の知っているブーツよりもだいぶ硬いのだろう。
「そうだよ。もちろん、空間は造り変えるけど」
「造り変える?」
花を見上げながら、千波は首を先ほどとは逆方向に傾ける。
「そう。訓練の目的に合わせて空間を錬成するの。機械と術式を組み合わせた定着型の魔法ね」
「……ふーん」
花の説明にもっともらしく頷いてみせる千波に、多喜が白い目を向ける。
「お前、半分くらい理解できてないだろ」
「失礼な。半分は理解できてるよ」
「威張るな。同じことじゃないか」
「いや。できないことを数えるより、できることを数えるほうが良いって、きっとどこかの偉い人が言っていた気がする」
「そのどこぞの偉い人がどんな人に向けて言ったのかは知らないが、とりあえず、試験対策をするには、できないことを数えるほうがよっぽど建設的だ」
漫才に興じている二人は無視して、花が体育館の扉を開く。
彼女の肩越しに、体育館の中をのぞいた千波は、目を見開いた。
そこに広がっていたのは、予想していたような板張りのだだっ広い空間ではなく、きらびやかなダンスホールであった。
千波は実際に足を踏み入れたことはないが、アニメやゲームで見たことのある、お城そのものの空間である。すぐにでも、王子とプリンセスか、美女と野獣がダンスを披露してくれそうである。
「うわー」
歓声を上げながら、花のわきをすりぬけ、その空間に駆け入る。
足元は、板張りとは違う大理石の固さで、天井は、高さこそいつもとあまり変わらないが、豪奢なシャンデリアが気の遠くなるほど繊細な天井画を照らしている。中二階がある位置には、美麗な細工の施された手すりが見えている。正面には幅の広い、やわらかそうなカーペットの敷かれた大きな階段があり、途中からは左右に分かれてゆるやかなカーブを描いて上へ続く。
「ここ、本当のお城?」
千波がくるりと振り返って訊ねる。
「どうかな。これくらいの規模なら、空間写してるのか?」
「そうじゃない? ここだけじゃなくて、城ひとつまるごと再現してるみたいだし」
「さすがに創造はしてないか」
花と多喜の会話に、尋ねた当人はまったくついていけない。
もの言いたげにしている千波の様子に気づき、多喜が笑って、結論だけを簡潔に伝える。
「ああ、悪い。たぶん、本物の城だ」
「多喜くん、俺が理解できないと思って、だいぶ端折ったでしょ」
「まあ、いずれわかることだからな」
胡乱な眼を向けてくる千波を、多喜は慣れた調子で軽くいなす。
それでも不満げな表情の千波に、花が説明をしてやる。
「さっき、空間を錬成するって言ったでしょ。
この体育館には、空間転写の術式と空間創造の術式が使える装置があるの。転写はもともとある空間の情報を貼って、まったく同じ空間を別の場所に写すことで空間を造り変える術式。創造は文字通り、空間を一から造り出す術式だよ」
「なるほど」
「また、半分くらいの理解?」
「いや。今度は、たぶんイメージできた。つまり、もともとここにあった何もない空間に、このお城の空間をコピー&ペーストしたってこと、だよね。空間の容量が違うとか、つっこみたいことは色々あるけど」
「正解。まあ、イメージできたところで、術式はとんでもなく複雑で、とてもじゃないけど扱えないけどね」
にこりと笑って、花はすでに集まり始めている生徒たちの輪の中にまざっていった。
二人もそれに続こうとしたところで、予想外の衝撃を受けて千波がよろめいた。
「千波っ!」
「フィオナ?」
彼の首に抱きついて名前を呼んだのは、年下の学友だった。
今日もブロンドが美しい彼女は、千波が名前を呼ぶと、満面の笑みを見せた。彼女らしい赤を差し色に使った衣装を身につけ、いつもは下ろすか、複雑なアレンジをしている髪を、編み込みにしてまとめている。
「よかったわ。千波もこのクラスだったのね」
「そうだけど……。どうしてフィオナが?」
フィオナが学園に入学したのは、千波と同時期であった。
途中入学で特例が認められた千波とは違い、魔法を使ったことのある留学生であっても、この授業に参加するのは通常三学期からだと聞いている。
「わたしも、千波と同じなのよ」
「同じって?」
「普通、留学生は四年から六年、学園に通うのだけれど、わたしは故郷の事情で三年間しか在籍できないの」
だから、千波同様に、例外的に早く魔法実践への参加が許可されたのだと言う。
「でも、このクラス、知り合いが一人もいなくて。退屈していたの」
緊張ではなく、退屈と言うあたりが彼女らしい。
機嫌良く千波の腕に抱きつく彼女を、もの珍しげに見る多喜の視線に気づいて、千波は双方を紹介する。
「ああ、多喜くん。彼女はフィオナ。術式基礎とかの授業で一緒になる留学生。フィオナ、あの大きい人が多喜くん。みんなのお母さん」
「よくわからない紹介のしかたはやめろ」
あきれ顔の多喜に、フィオナはくすくすと可憐に笑いながら、軽く膝を折って優雅に挨拶をする。
「はじめまして。フィオナと申します」
「多喜だ。千波の同室。君のことは千波から聞いているよ」
「あら、どんな話かしら。私も千波からあなたのお話はたびたび聞いているのだけれど、本当にお母様みたいだわ。正確には、お兄様かしら?」
「そっちのほうがまだましだ。千波は君にも世話をかけているのじゃないか?」
「ええ、それはもう。けれど、世話を焼きたくなっちゃうのだもの。しかたがないわ」
にこやかに会話を交わす二人の傍らで、槍玉に挙げられている千波は居心地が悪い。
「俺、そんなにダメな子かなあ?」
ぼそりと呟くのを、二人は、視線を交わして気づかぬふりをする。
花ちゃんは、個人的な癖をつめこんだ子です。
そして、以下、切るのが難しくて文字数長めになります。
今回は、千波と多喜が勝手にべらべらしゃべったせいです。




