厳重に警備された一室で
名前のない学園の責任者は、土岐という名の男である。
彼は魔法使ではなかった。
当然のことで、彼が魔法使であれば、学園の外の人間は、だれもうかつに会談などできない。
魔法使は大量の火薬よりも危険な武力を、手ぶらで持ち運ぶことができるのだ。しかも、その武力は没収することもできない。
魔法使を殺さずに無力化するのは、非常に難しい。
次元によっては、魔法は呪文を詠唱したり、術式を実際に書いたりしなくては発動しないと思われているらしく、そうであれば無力化も可能だろう。しかし、実際には詠唱も術式も、イメージを補助するものでしかない。次元は違っても、魔法の根本は同じであり、正しく学びさえすれば、詠唱も術式の記述も必要ないのである。
つまり、喉をつぶそうが、腕をもぎとろうが、魔法は使える。
だからこそ、学園と外とをつなぐ役割が職務の大部分を占める人間は、魔法使であってはならなかった。
学園の存在を知っているのは、世界でもごくかぎられた人間だけである。
彼らは、当然ながら、世界情勢のほとんど中心に立つ者たちである。それも、民衆の気まぐれで結果が変わる選挙で選ばれ、数年で代替わりするような役職に立つ者ではない。自らの能力を証明し、貪欲に数少ない椅子に座るをもぎとってきた者たちである。
そんな彼らは、どの火薬庫よりも危険な学園の動向には、常に最大の関心を寄せていた。
とある国の、厳密に警備された建物の一室で、五人の人間が一つの卓についていた。
定期的に催される、非公式の会談である。
学園を管理する土岐は、この会談で学園や異世界の情勢について、彼らに報告する義務を負っていた。
全員が卓に着くと、いつも世間話の一つもなく、本題に入る。
「不正アクセスにより、ゲートが開いたそうですね」
土岐が報告するまでもなく、落ち着いた声の女性が確認する。
肩に届くくらいの赤毛を、きりっとポニーテールに縛っている。四十も半ばを過ぎた土岐よりも十年は先輩だろうが、その姿勢の良さから、相当に鍛えていることが知れた。
「ええ。ですが、まったく問題ありません」
「対処にあたったのは、学生だったと聞きました」
「ちょうど遠征前の学生らがゲート前に集まっていましたからね。もちろん、周囲は固めていましたから、万に一つも取り逃がしはしませんよ。ご心配にはおよびません」
きっぱりと土岐が答えると、別の声が不満げに言う。
「ゲートが脆すぎはしないかね。ここ数年で、何度こじ開けられている」
声の主は、身体の大きな男である。しかし、その肝が小さいことを、数度の会談を経て土岐は知っていた。彼がこの卓に着けていることが、土岐には不思議だったが、あるいはその臆病さゆえかもしれない。
「重ねて言いますが、心配ありません。ゲートを完全に閉じてしまっては、地球を頼り亡命してきた魔法使を保護することもできません」
「その必要があるのかね。亡命者を受け入れるとなれば、関係が悪化する世界もあるだろう」
「条約を締結しています。異世界の魔法使の側からしても、地球という最後の頼みの綱は貴重です。
我々としても、亡命をしてきた魔法使を受け入れることで得るメリットもある」
「メリット?」
「私自身は、ご存知のとおり魔法使ではありませんから、くわしいところはよくわかりませんが、亡命者は自力でゲートをこじあけるだけの力を持った者です。
彼らに恩を売ることは、十分すぎるメリットでしょう」
「一般に、地球の魔法使は、他の次元に比べて魔力が少ないとも聞くからね。彼らが地球の味方になってくれれば心強い、というわけだ」
頷いたのは、集まりのなかで、土岐の次に若い男である。着込んでいるスーツが軍服に見えるほどに、姿勢がよく、鍛え上げられた身体をしている。
「そのとおりです。我々から干渉はしませんが、自衛はしなければ」
「それでかまわない」
ぶっきらぼうにも聞こえる声で言ったのは、見事な白髪を結い上げた老婦人である。
卓の上に重ねて置かれた手にも、相応の皺がきざまれている。肉の落ちてきているらしい指には、緑色の石の埋め込まれた指輪があった。輝きを発するというより、内に閉じ込めているような石である。
「学園はあくまで学園。砦はあくまで砦。外の世界に面倒を持ち込まなければそれで良い」




