ゲート前で10
「お前、やりすぎ」
呆れたような声を出したのは、むろん松葉である。
「殺してはいません」
さらりと、玲が応える。その頭を通りすがりに軽く小突いて、松葉は床に転がる侵入者のそばに膝をつく。
「あーあ、かわいそうに。肋骨ぐらい折れてんじゃねえか? お前も馬鹿なことしたな。おとなしくつかまってりゃよかったのに。それに、どこに逃げるつもりだったんだよ」
たいして同情してもいないような口調で言うと、近くにいた警備員に指示を出す。
警備員たちは慣れた調子で、すみやかに彼らを連行していった。連行された先は、牢獄か医務室か、それは生徒たちの知るところではなかった。
「ともあれミッション完了、御苦労。あ、メルヴィ、お前は演習終了後、筋トレメニュー追加だからな」
付け加えられた一言に、ゲートの近くから抗議の声があがる。
当然、松葉はそれは無視して、壁際に立ったまま事態を傍観していた二人の一年生の元に戻る。
「お前たちはもう戻れ。千波も、異界行きは今度の機会な。今日はいろいろありすぎた」
半ば呆然としていた千波は、慌てて頷いた。
一月ほど前まで、平凡な日本の中学生であった彼には、目の前で繰り広げられた光景は現実感がなさすぎた。それを言えば、学園のすべてがそうなのであるが、それでも学園での生活は日常の延長線上にあった。
今目の前で展開した、まるでゲームかアニメのような光景は、まるきり非日常で、実感が追いつかない。
「ありがとうございました。千波、戻るぞ」
多喜に声をかけられ、まだ意識が現実から遊離していた千波は、ようやく我に返った。
「ありがとうございました」
それだけ言って頭を下げると、すでに歩きだしていた多喜のあとを追う。
長い階段をのぼり、地上に戻ると、見慣れた学園の風景が広がっていた。
初夏の陽射しは眩しく、太陽の熱に体が温度を取り戻す。
千波は、我知らずほっと息を吐いた。
「緊張したか?」
そんな千波の様子に、多喜が軽く笑いながら尋ねる。
頷きかけて、千波は首を振った。
「緊張っていうか……たぶん、怖かった」
小さな声で、答える。
認めるのは、何となく悔しくもあったが、松葉が言ったように、恐怖という感情は扱いに注意が必要だ。その意味を考えると、見ないふりをするのが一番よくないのではないか、と思い至ったのである。
自然と視線が下に落ちる。その千波の頭を、多喜が少し乱暴に撫でた。
「うあ、やめろよ。髪ぐしゃぐしゃになる」
それほど髪型にこだわってはいないが、多喜の手から逃れるように千波は身をよじる。
少し離れて見上げた多喜の表情は、千波の予想とは少し違っていた。
「多喜くん?」
名を呼ぶと、友人は何も言わずに視線をそらした。表情が逆光に隠れる。
そのシルエットに、また別の不安が頭をもたげそうになるのを感じて、千波は大きく深呼吸をした。
五月の空気には、もうすでに夏の匂いが混ざり始めている。
「戻るぞ。この時間なら、三限に間に合う」
いつもの表情に戻った多喜が、いつものように真面目なことを言う。
「三限って……」
「物理」
「……もうちょっと、のんびりして行こうよ」
「却下」
言い合いながら、校舎へ向かう。
多喜のあとをだらだらと歩きながら、千波はふと立ち止まり、振り返る。何の変哲もない建物が、何でもないような顔をして建っているだけだった。
松葉先生はあんな感じですが、
近接戦闘のスペシャリストです。
でも、魔法だけなら玲のほうが上だったりする。




