ゲート前で9
その体勢のまま、ガジャルが残り四人の侵入者たちに目を向ける。炎や風が荒れ狂うなか、ガジャルの目には、ほとんど勝敗は決しているように見えた。加勢する必要はないらしいと、わずかにがっかりする。
侵入者たちは、魔法を乱発している。魔法の腕に自信があるのだろうから、当然と言えば当然だが、それでは、学園の生徒には到底敵わない。
使いどころを考えろ、とは、魔法を組みこんだ戦闘訓練で最初に教わることである。
あの気だるげな教師でさえも、戦闘の際にはきびきびと動く。
数度、近接戦を挑んだことがあるが、膂力では優に勝るガジャルも、スピードと予測不能の動きに翻弄され、勝てたという実感を得たことがない。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら眺めていると、ガジャルの見込み通り、ほどなく侵入者全員が取り押さえられた。
侵入者らの制圧を確認した教師が、警備員たちに引き渡しの指示をしているときだった。
突如として強い光が発し、短い悲鳴とともに小柄なメルヴィが跳ね飛ばされる。数瞬遅れて、彼が取り押さえていた侵入者が拘束を振り切った。
壁をつくっていた生徒たちが、すぐに逃亡者を取り押さえる構えをとったが、彼らより後方に控えていた玲が、大きくはないが不思議と通る声で一言短く告げる。
「俺がやる」
その言葉に生徒たちは構えを解く。その様子を疑問に思う余裕もないのだろう、逃亡者は一直線に壁を突破する。
玲はことさらに戦闘の体勢をとるでもなく、短く「重力変化」とだけ呟いた。
それとほぼ同時に術式が効力を発揮し、逃亡者が床に倒れ込む。立ち上がろうともがくが、吸いつけられるように床から身体が離れない。
彼の周囲だけ、異常なほど重力が大きくなっているのである。
遠目にその術式を見て、ガジャルは「よくやる」と呆れ半分につぶやいた。玲がたまに見せる術式だが、ガジャルにはなにがどう作用しているのか、まったく理解不能だった。
彼の理解力が不足しているのではない。玲以外に使っている魔法使を見たことがないその術式は、あの曽我部でさえ、解説したがらないのである。
とはいえ、どれだけ珍しい術式だろうが、押さえつけられているほうには関係がない。
逃亡した男は、内蔵がひしゃげ、骨が軋む感覚に悶えながら、どうにか抜け出す術はないか考えているのだろう。必死に自分の体の上を確認しようとする。
しかし、彼をおさえつけるものは、当然ながら見えない。実際には、おさえつけられてなどいないのだから、当然である。そもそも、彼らの世界観のなかには、重力という概念がなかった。だから、玲の放った魔法がどういうものなのか、理解できるはずもなかった。
懸命に考えた逃亡者の出した結論は、自分の上におそろしく重たい風が乗っているのだというものだった。
玲の魔法から逃れるため、彼は風を分散させるための術式を放つ。この状況で、魔法を発動してみせた精神力は、称賛に値するものだった。だが、彼自身を風の刃で傷つけただけだった。
あがく逃亡者のもとへ、ゆっくりと玲が歩み寄る。過大な重力におさえつけられ、さらに自らの術式で傷を負った逃亡者は、すでに意識が遠のいているらしい。
玲は、すっと彼のそばにしゃがみこむと、床に手をつき「形状変化」と呟く。術式は、逃亡者の周囲をきらきらと光ながら一周し、次いで、床の一部がぐにゃりと変化して、彼を拘束する形になる。
同時に重力変化の術式は解除された。




