ゲート前で7
「こっちだ」
そう短く声をかけて千波の手をとったのは、玲だった。彼に手を引かれ、陣形のあいだをぬって、扉から離れる。
教師は広間の壁際に、だらしない様子で立っていた。
学園には当然ながら多くの教師が在籍していて、曽我部のように勤勉な教師もいれば、そうではない教師もいる。
松葉という名のこの教師は、明らかに後者の部類である。少なくとも見かけ上は。
魔法実践という、魔法を織り交ぜた戦闘を学ぶ科目の教師だけあって、背が高く、適度に鍛えられた肉体の持ち主である。彫りの深い顔立ちと相まって黙って立っていれば絵になるはずだが、気だるげな表情と雰囲気をまとい、姿勢も悪いため、どうにもさまにならない。
その横には、多喜がいつものように背筋を伸ばして立っていて、松葉の姿勢の悪さがさらに目立った。
彼らの周囲にもモニターつきの機械があり、ここでもゲートを操作することができるようになっているらしい。
操作盤の画面には、警告を示す赤い文字と、ゲートの接続先などのさまざまな情報が映し出されていた。
「玲先輩、ありがとうございます」
千波の姿を認めて、ほっと息を吐いた多喜が、玲に頭を下げる。
「なんだ、引率がないと、ここにも来れなかったのか?」
多喜とは反対に、教師は呆れたような声音で言いながら千波を見下ろす。
「仕方ないでしょう。千波はまだ戦闘に関する授業には出てないんですから」
「そう言ったってなあ。来学期から、演習始まるぞ? そんなんじゃ、さくっと殺されちまうぞ」
俺の担当じゃないからどうでもいいけど、と、無責任極まりない発言をすると、ポケットから煙草を取り出す。一本取り出したそれをくわえると、指を軽く鳴らして火を点ける。
あまりの言いぐさに、千波はもはや唖然として、返す言葉もない。
教師が吐き出した煙を目で追って、ここって禁煙じゃないのか、などとどうでもいいことが頭をかすめた。
「それで? 玲、お前はいつまでこんなところにいるんだ」
「すぐに戻ります」
「遅い。陣頭指揮はお前の役割だろう」
「前衛の生徒が滞りなく隊列を編成していましたので。それに俺はバックアップでしょう」
「あー。かわいくねぇな、お前ら。こぞって優秀ってのも、かわいげがなくていけない」
「先生が怠惰だから、優秀にならざるをえなかっただけですよ。ところで、侵入者が危険と判断した場合、どこまでの実力行使が許可されますか」
「とりあえず殺すな」
「わかりました」
「そろそろ来るぞ」
教師の言葉に踵を返すと、玲は軽く駆け足で扉のほうへ戻っていく。
恐れも緊張も感じさせない足取りである。
その後ろ姿を見送る千波は、軽く震える自分の手をいまいましく思う。強く握りしめるが、震えは止まらない。
こんなに扉から離れたところにいて、隣には、一応戦闘力だけは信頼できるはずの、教師もついているのに。
「不安か?」
煙草をくゆらせながら、松葉が訊ねてくる。
頷くのは何となく悔しくて、ただ、のんびりとした横顔を睨み上げる。ちらりと千波のほうを見た松葉は、片眉を上げてみせる。
「そんな顔すんなって。別に馬鹿にしてるわけじゃない」
ふうっと息を吐き出すと、ポケットから取り出した携帯灰皿に、灰を落とす。
「恐怖って感情は大切だ。ただし、扱い方が難しい。その点、あいつらは、恐怖の扱い方がうまい。とくに玲とガジャルな」
「扱い方?」
「まあ、見てろ。多分、まだわからんだろうが、そのうち、嫌でもわかる」
そう言ってにやりと笑ってみせると、壁にもたれかかって傍観する体勢に入る。
千波はもちろん、多喜も、このような状況に居合わせるのは初めてのことである。
だが、招かれざる客たちには、そんなことは関係ない。
いざというときには、隣に立つ、戦う術をまだ持たない友人を守らなければならない、といくつかの術式を反芻しながら扉を注視した。




