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サンタクロースのペンダント

作者: 深澄

 えりは、中学受験のために行っている塾を飛び出し、ひとりでバスの薄黒いガラス窓からの景色を眺めていた。十二月中旬、十九時を過ぎてすでに暗いはずの街は、立ち並ぶビルから漏れる光で、キラキラと眩しく輝いている。

「おねえちゃん、サンタさんになにもらうかきめた?」

「私はテディベア!ゆうは?」

「あたしは、きせかえシールもらうの!いっしょにやろうね!」

 小学生になったかならないかくらいの姉妹が、えりのすぐそばで無邪気な声を上げた。近くに立っていた人は皆、眉を顰めて姉妹に一瞥をくれる。しかし、その声を聞いた途端、えりの心臓は跳ね上がった。

 サンタさんを信じてる子がいる…!

 時は二十二世紀、世の中は効率重視の競争社会になり、夢を見たり、空想をしたり、妖精を信じたりという行為は軽蔑されるようになっていた。当然、サンタクロースを信じる人など滅多に出会うことはできない。しかしえりはサンタクロースを信じ続けてきた。

 たった今も、えりは塾で他の生徒たちにサンタクロースを信じていることをバカにされたばかりだった。

 サンタクロースなんていない。

 幼いころから、サンタクロースの名を口にする度に散々言われてきたことだ。だからできるだけサンタクロースの話は人前でしないことにしていたのに、塾生たちがサンタクロースを信じる人をバカにしているのを聞いて、ついかっとなって叫んでしまった。

「サンタさんは本当にいるんだよ!」

 一瞬静まり返った教室は、次の瞬間えりをからかう声と笑いに包まれた。

「お前、バカじゃないの?サンタクロースなんていないぜ?枕もとのプレゼントなんか、親が置いてるに決まってんじゃん」

えりは恥ずかしさでいてもたってもいられなくなり、思わず塾を飛び出してきたのだった。

 サンタさんはやっぱりいないのかも…。

 そう考えると悲しくて、沈んだ気分で家に帰った。夕食を食べていると、母が弾んだ声をあげた。

「もうすぐクリスマスね!お母さん、クリスマスが大好きなのよ。そうだ、えり、今年はサンタさんに何をもらうの?」

「まだ決めてない。…ねぇ、お母さん」

 サンタさんってほんとにいるの?

 こう続けようとしたが、なぁに?と答える母の笑顔を見ると何も言い出せず、えりは、なんでもない、と呟くしかなかった。

 サンタクロースの存在を疑ったことは、今まで一度もなかったので、その気持ちはえりの心をずっしりと重くしてしまった。


 数日後、えりはふと、近くに住む茜おばあちゃんを訪ねてみようと考えた。茜おばあちゃんはえりの母方の祖母で、小さい頃は昔話や妖精の話をよく聞かせてもらっていた。各地でそういった話の講演会も行っている、いわば語り部だ。彼女ならサンタクロースの話も聞いてくれるし、何か素敵な話も聞けるかもしれないと思ったのだ。

 自転車で二〇分ほどで茜おばあちゃんの家に着くと、彼女はいつものようにココアを作ってえりを迎えてくれた。湯気の立つココアには、純白のマシュマロが浮いている。

「えり、いらっしゃい。何かあったのね?」

「さすが茜おばあちゃん。なんでわかったの?」

「えりのことなら何でもわかるわ。話してごらんなさい」

 えりが数日前の塾での出来事と、そのせいでサンタクロースを疑い始めてしまったことを話すのを、茜おばあちゃんは優しく微笑んで聞いてくれた。彼女がうんうん、と頷くのに合わせて、首にかかっている雪の結晶のペンダントが、キラッと光る。

「私にもそういうことがあったわ。私の小さい頃にはもう少し多くの人がサンタさんを信じていたんだけどね、信じている人と信じていない人とで喧嘩になって…。そのあと私もサンタさんを信じられなくなったの。悲しくて、家の裏庭でぼんやりしてたら、不思議なことが起こったのよ」

 茜おばあちゃんはココアを一口飲み、続きを聞きたい?と尋ねた。えりは目を輝かせて頷き、再び話し始めた彼女の声に耳を澄ませる。


 ふと気づくと、私は真っ白な世界の中にいたの。霧かと思ったけど、それは雪だった。でも、なぜか少しも寒くなかったわ。雪の結晶はとっても大きくて、模様がはっきり見えて、本当にきれいだった。手のひらにふわりと乗った結晶を見て、きれいな結晶…って思わず呟いたわ。そうしたらそれはくるくるっと回って、小さな人の姿に変わったの。

 最初は目を疑ったわ。これは夢だ、って思ってあちこちつねってみたら、ふふ、すごく痛かったのよね。夢じゃなかったのはとっても嬉しかった。ずっと会いたかった妖精に会えたんだものね。

 雪の妖精は私の手のひらの上に座ったまま、つぶらな瞳でこちらを見つめていた。とても可愛らしい妖精さんで、私はその子に話しかけてみたわ。

「あなたは雪の妖精なのね?」

 その子はこっくり頷いて、それから、ぱちんと指を鳴らした。その途端、周りに降っていた雪の結晶がいっせいに妖精に姿を変えたの。私は息を呑んだ。

 手のひらの上の妖精さんはふわりと飛び立ち、私を手招きしてたわ。

「ついてこいってこと?」

 その子が再び頷いて、先に立って進みはじめたら、他のたくさんの妖精さんたちも彼女に加わって、私を導いてくれたの。私はわくわくしながら彼女たちを追いかけたわ。

 かなり長い時間歩いたかしら、私たちの行く先に小屋が見えてきた。その小屋は木で作られていて、前には数頭のトナカイと一緒に、立派なソリが停められていたの。


 えりは目をみはった。

「それってもしかして…」

「そうよ、えり」


 妖精たちに促されて、私は扉をノックした。

「お入り」と老人の声が応えてくれたわ。

 深呼吸して小屋に足を踏み入れた私を迎えたのは、温かいココアの匂いと、そして、太ったおじいさんだったの。彼は私の名前を知っていた。

「いらっしゃい、茜」

「こんにちは…。あの、あなたは…もしかして、サンタさんですか?」

「おお、茜、大正解じゃ」

 おじいさん、もとい、サンタさんはほっほっほ、と楽しそうに笑った。典型的な、サンタさんの笑い方ね。ほっとするような、笑い出したくなるような気持ちになったのを、よく覚えてるわ。

「サンタさん、あなたが私をここに呼んだんですよね。なぜなの?」

「理由は後で説明しよう。茜、とにかく座りなさい。温かいココアでも飲みながら、ゆっくり話そう」

 私がいすに座ると、彼はココアを飲み、

「さて茜、君はサンタクロースを信じておるか?」

「え?えっと……」

 信じていています、と答えかけたけど、疑いの気持ちも持っていたから、どう答えたらいいかわからなかった。そうしたら彼は、

「信じていたが疑い始めているんじゃな?」

って、本当に正確に私の気持ちを当てたの。驚いたわ。

「どうしてわかるんですか?」

「わしは子どもたちのことは何でもわかるんじゃ」

 私は彼が本当のサンタさんなんだって確信はできてなかった。だから、聞いてみたの。

「じゃあ、最近サンタさんを信じている人が減ってきているのも知っているんですね?」

「うむ。人びとが夢を失っていくのは嘆かわしいことじゃな」

「あなたを信じている他の子たちも、あなたに会ったことがあるんですか?」

「いいや、ない」

「じゃあこれは夢?」

「現実じゃ」

 そこで一呼吸置いて、彼は言った。

「茜、わしは今日、君にお願いがあってここに呼んだのじゃ。聞いてくれるか?」

「…何ですか?」

「人びとに夢みることを思い出させてやってほしいのじゃよ」

「え?どういうこと…?」

「君はおそらく、誰よりも深くサンタや妖精を信じておる。そして空想好きじゃ。他の人にも、そういうことの楽しさを教えてやって欲しい」

「どうやって?」

「方法は君がいずれ見つけ出すじゃろう」

 私が黙り込むと、彼は、やってくれるか?と真剣な目で私に聞いたの。それで、私は彼が本当にサンタさんなんだって、確信した。そして、やることに決めたの。どうにかして方法を考えて、みんなにもう一度サンタさんや妖精を信じてもらおうって決心した。

「決めてくれたんじゃな。ありがとう。さぁ、もう時間がない。行きなさい。これを君にあげよう。今日のことを思い出すために持っていておくれ。では、またいつか会おう。本当にありがとう、茜」

 サンタさんは私に雪の結晶のペンダントをくれた。


「いつもおばあちゃんがつけているやつだね」

「そう、その通りよ」


 私はお礼を言って、彼の家を出たの。そうしたら…そこは、もとの裏庭だった。やっぱり夢なんだって思って家の中に入ろうとしたけど、私の首にはあのペンダントがかかっていたの。

 大人になって私は、えりもよく知っているように、語り部になった。そして、サンタさんや妖精の話をし続けてきたのよ。


 茜おばあちゃんが言葉を切ると、家の中はしんと静まり返った。

「素敵な話…。おばあちゃんはサンタさんに会ったんだね。やっぱりサンタさんはいるんだ!」

「そうですとも。そして、えり。あなたにお願いがあるわ」

 えりは次にどんな言葉が続くか直感で理解していた。息を詰めて茜おばあちゃんの言葉を聞く。

「あなたに語り部を継いでほしいの」


三年後、中学生になったえりは、中学で出会った、サンタさんを信じる友達と一緒に、語り部の活動を始めた。時に軽蔑の目を向けられることがあっても、決してやめないと決めている。あの雪の結晶のペンダントを胸に。


お読みいただきありがとうございました!評価やブックマーク、感想などいただけると励みになります!


なお、今後1年ほど諸事情により投稿がほぼできなくなります。書きたいものはたくさんあるので、また1年後の投稿をよろしくお願い致します!


それでは、メリークリスマス!

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