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ある都市の寂れた場所にひび割れ薄汚れたコンクリートの廃病院がある。
もう10年も前に潰れた病院だ。
すぐ側に立体交差点があり、その影に隠れる日の当たりの悪い立地で車で入るには一方通行で遠回りをする必要があった。
駐車場脇に生えた桜並木が道路を桃色に染めていた。
高校2年の九十九武は、コスプレ好きの同級生の水龍鏡とホラーゲームを作るための資料を集めていた。
廃病院を舞台に、起きる怪事件と言うコンセプトで制作する事になり、調査を行っていた。
水龍は肩ほどの長さのストレートな黒髪で、巫女服と言う白の服に、赤い袴のコスプレ衣装を来ていた。
武は、Tシャツにスボンと言う普通の格好だ。
「おいおい、何だその格好は?」
水龍は微笑むと、手に持っていたカバンから玉串をだす。
「雰囲気も大切でしょう?
お化けも巫女さんには寄ってこないと思うの」
「いや、逆だろう。寄っくる」
「臆病ね、怯えたふりして抱きついたりしないでね。
さっさと必要な写真をとって帰りましょう」
武はポケットからスマホを取り出し、一枚収める。
(あー、水龍撮っちゃったな、怒るかな)
「私じゃなくて、病院を撮りなさいよ」
病院の玄関は割れたガラスが撒き散らされている。
入り口のガラスドアが割られているのだ。
内部にスプレーで書き込まれた絵が見える。
「ここ、本当に大丈夫か?
やばい奴が居るんじゃないだろうな」
「ここは無人、夜中にたまに明かりが見えるらしいけど。
今は早朝だから居ないと思うわ」
「変なの居たら俺は逃げる」
「ちょっと、私を守ってくれないの?
冗談でも、そういうこと言ったら幻滅しますよ」
「俺は本気なんだけど……。
まあいいや、守ってやるよ」
(絶対、置いて逃げると思うけど)
玄関を抜けるとカウンターがあり、その前が待合室となっている。
椅子は乱暴に破壊されどれも原型を止めていない。
30人ほどが座れる席があったのだろうか。
「本当に酷いね、なんでこんなに破壊したいのか解らない」
「俺に聞かれても、危ないからさっと行こう」
カウンターから左右に道が別れていた。
右は診察室へ行く奥の道に続く、左は階段で病室のある上の階へ続く。
階段の前にエレベーターがあるが電気が止まっていて使えない。
2人は右へ進む。
診察室の扉は外され中は落書きされた机があるだけだ。
「ここはなにもないね」
「壁のアートでも撮っとく?」
「必要ない、こんな派手なの見て誰がホラーを感じるの?」
「うーん、そう言われてもな。
なんにも見つかりませんでしたよりはマシだと思う」
「隣と仕切りで区切ってあるだけで、なんにも残ってないね。
上の階を見てみましょう」
2人は引き返し2階へ上がる。
2階は廊下がまっすぐ続いている。
4人部屋で区切りとなっているカーテンはボロボロで、ベットも切り刻まれ綿がはみ出している。
壁にアートが書かれているのは当たり前で、どこを見ても落ち着いた感じの場所はなさそうだ。
「私が欲しいのはこういう荒らされた絵じゃないの。
自然に当時のままでなんか古くなったのが見たい」
「無茶言うなよ、取り敢えず全部見る?」
「どこも一緒でしょう、他の場所を探すしかないわ」
「一応見て回ろう、何か発見があるかも知れない」
武は首筋に寒気を感じ振り向くが特になにもない。
部屋は5つあり、4番目の部屋は数字が跳んで5号室となっている。
縁起が悪いからだろう。
「ここって、荒らされてない?」
白いカーテンにベットも普通の状態だ。
2人は足を踏み入れると、風が拭き仕切りのカーテンが開き右奥のベットに女の子が寝ているを見つける。
「まさか……」
2人は恐る恐る近づき、おかっぱ頭の少女に触れる。
手がすり抜け、その少女は消えた。
2人は顔を見合わせ言葉にする。
「「今のってお化け?」」
武はスマホで部屋中を撮影する。
「これは凄い、俺達の希望を聞いてくれたんだ」
「死んだ女の幽霊、優しい子で良かった」
2人は盛り上がり、気分が高揚していた。
2人の中では、幽霊の少女が自分たちの為に現れて貴重な体験をさせてくれたのだと解釈したのだ。
暫く撮影した後、上の階へ行こうと部屋を出る。
破裂音と共に天井の電灯が割れ、白い粉とガラスが降ってくる。
水龍の頭に降りかかり髪が白く汚れる。
「古いと爆発するって、どんな欠陥品よ」
「大丈夫か、怪我はなさそうで良かった」
「良くない汚れた、マジでありえない」
「そう怒るなよ、戻って洗うか?」
「帰ったら時間なくなるし、撮影してさっさと帰りましょう」
さっき迄の歓喜は失われ、ぶつぶつと水龍は怒っている。
上の階は個室らしい、そこも荒らされアートが書かれている。
「はぁ、手術室とか、そう言う病院らしい部屋を見たいのに。
なにこれ普通の部屋よね」
「病室って人が寝ているだけの部屋だし、特別な器具とかはないだろう」
「うーん、そうだけど。
治療する部屋がみたいの」
「医療器具は売り払ったとか、だって廃病院だよ。
何も置いてあるわけないじゃないか」
「はぁ、じゃあ病院を見学させてもらう?」
「その格好だと、怒られるかも……。
制服で行けば見せてくれるかも知れないけど」
地面が揺れ2人はお互いの手を掴み合い支える。
一瞬視界が白くなり気づけば蝉の声が聞こえる。
「ん?」
あたりの風景が色鮮やかというより薄く白く見える。
「なんか変じゃない?」
2人は外を見ると桜の木が青々と茂っている。
来た時は桃色に染まっていたが、その面影はない。
水龍は考え事をする時は自分の髪を触る癖がある。
「これって、未来に来たってこと?」
「えっと、いや真ん中の木は枯れてなかったか?
だとすると過去に来たんじゃないか」
スマホで確認すると、水龍の横に映っている桜が1本枯れている。
2人は顔を見合い、うなずく。
「凄い、これで取り放題よね」
個室を開くと黒い塊が蠢いている。
それは人の形をしているが、足に当たる部分が切れて存在しない。
2人に気づき、手で体を引きずりゆっくり近寄ってくる。
「な、なにあれ?」
「君が楽しみにしていた幽霊だよ」
「えっ、幽霊ってふわふわって浮かぶものじゃないの?」
「知らない、あれに捕まるのは良くない気がする逃げよう」
2人は我先にと階段を目指す。
「はぁはぁ……」
「付いて来てないみたいだ。
もう良いだろう帰ろう」
「ちょっと待って撮ったの?
さっきのを見せて」
「えっと、それは逃げるのに夢中で撮ってない」
水龍は武の肩を人差し指で押す。
「戻って撮ってきなさいよ。
何のために来たのか忘れないで」
「……ああ、解ったよ。
一緒に付いて来てくれ、1人で行くのは怖い」
「えっ、男の子でしょう」
「巫女服着ていると幽霊は寄ってこないんだろう?
だったら良いじゃないか」
水龍は顔を膨らませて怒りながらも一緒について行く。
武は振り返り通路を這っている黒いものを撮影する。
「映らない……、幽霊は映らないんだな」
「はぁ、記憶しておきなさいよ」
「えっ……」
「良く見て覚えるの」
水龍は動きを真似してみせる。
(君が覚えてるから俺は忘れても良くないか?)
下の階へ降りると、うめき声が聞こえる。
2人は顔を見合わせ、意見を求めた。
「怖いから止めとこう」
「動き遅いし大丈夫よ。
見ていきましょう」
2人は手をつなぎ、部屋の扉を開いた。
手のない黒い影が、走ってくる。
2人は扉を閉じた。
扉に当たる音が聞こえ扉が揺れる。
静かになったと思うと又、扉に体当たりする音が聞こえる。
「壊れる前に逃げたほうが良くないか?」
「そうね」
2人が背を向け歩みを始めると後ろで扉が吹き飛ぶ。
2人は振り返らずに走り出した。
「「うあぁぁぁぁぁ!!」」
追ってくる足音が聞こえ、全力で階段を駆け下りる。
直ぐに玄関へ走る。
ガラスドアは閉ざされていたが、構わずに突っ込む。
ガラスの割れる音共に外へ出た。
武は息を切らし振り返る。
廃病院は汚い姿を晒している。
ふと、窓に微笑む少女の姿が見えた気がしたが誰も居ない。
「何だったんだ……」
武は成果を確認しようとスマホを見る。
見覚えのない巫女姿の女が映っている。
「うわっ、巫女の幽霊が映っている。
これが噂の巫女が出る病院か……、やっぱ出るんだな」
武は写した映像を見ながら家へ帰る。
この日から女の影を見るように成る。
武を呼ぶ声が時折聞こえ、耳を塞ぎ布団で丸くなる。
「もう止めてくれ!」
「武……武……」
「祟られたんだ。
巫女の幽霊にああぁぁぁ」
武は不眠になり、家の階段を踏み外し転落する。
近くの病院に運ばれ、頭をうち足を骨折する怪我で入院となった。
「なんか足首を誰かに掴まれた気がする」
そこは4人部屋で隣におかっぱの少女が居た。
「ふーん、それで後ろにいる彼女は?」
少女の言葉に武は辺りを見回すが誰も居ない。
「何言ってるんだ。
誰も居ないだろう」
「そう……、私の勘違いみたいね。
その病院には桜の木は見える?」
武は松葉杖を付き、窓の外を見る。
「ああ……、見える」
武は窓に腰掛けスマホを手に取り、水龍に電話する。
「やっと気づいてくれたのね。
早く戻ってきて、そこは現実じゃない」
「解った、今戻る」
武は窓の外へ身を投げた。
少女に突き落とされたのだ。
「うわわぁぁぁ」
武が気づくと知らない世界に立っていた。
空に見たこともない鳥が飛んでいる。
知らない植物に、動物まで……。
「これって異世界転生じゃね?」
武の冒険が始まる。