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第九話「あの人は何処へいった」

 

【さくら視点】


 泣いたら少しスッキリした。

 いや、少しじゃないな。

 例えるなら、雲ひとつない青空の下、透明な冷たい空気を感じながら凛とそびえる雪化粧の芦別岳あしべつだけを眺めている時のような気分。

 え? 例えがローカルすぎ? それ以前に例えベタ?


 もう。要は「超気持ちいい!」のちょっと控えめな感じ!


 それにしても春臣さんの気づかいは嬉しかった。

 急に変な事を言って取り乱したにもかかわらず、そんな私に優しい言葉をかけてくれた。

 何より、その後は詮索する事もなく他愛もない話で私を和ませてくれたし。

 つい感情的になって口にしてしまったけど、あまり思い出したくない事だからね……。


 そう言えば春臣さん、お団子の時だって笑って私の妄想に付き合ってくれたな。

 私も春臣さんみたいな人とお付き合いすれば上手く行くのかしらね?

 春臣さん、優しくてイケメンだし。

 でも、ストートでいるのかな、あんな人。


 いないな……。


 いや、もう決めたんだ。

 私はずっと独りでいいって決めたんだもん。

 それよりもお仕事だ。

 それも人生で初めて本採用されたお仕事。

 正真正銘の本採用を承った初仕事だ。

 私は社会人としての第一歩を踏み出そうといている。

 これからは社会人として、常に自覚して生きて行かなければならない。私は一つ大人の階段を登るのだ。

 空から見ててね、お母さん。


 私、がんばる。


 なんてったって最初から失敗なんてあり得ない。

 厳しい社会では失敗など許されないのだ。


 とにかく、期待に応えるべくがんばるのみ!


 ま、栄養バランスはおいといた失敗しないメニューを選んでるんだけどね……。


 いざ、本番よ!


『さくらちゃん、今日はやけに気合い入ってるねぇ?』

『へへ。ちょっといい事あったんです……』

『いいねぇ。お茶の間もそう言うさくらちゃんが見たいのよ。うん。じゃあこの勢いで本番行っちゃおうか?』

『はい!』

『じゃあ行くよー。本番5秒前! 5、4、3、……』

『さくらの、しゃべくりクッキングーー!!

 という事で始まりましたよー。さくらのしゃべくりクッキング。略してさくしゃべ。今日も元気にしゃべくりながら美味しい料理を作って行きますねー!

 今日のさくしゃべは、お子さまからお爺ちゃんお婆ちゃんまで、みーんなが大好きなカレーライスですよー!

 そしてみなさん、びっくりしないでくださいねー?

 今日はカレーライスと言う事で、超スペシャルなゲストにお越しいただいてます! 先日現役引退を発表したばかりのあのお方。そう、あの世界のサブローさんが今日の超スペシャルゲストですー!

 こんにちは、サブローさん。まさかこのさくしゃべに出演していただけるなんて夢にも思っていませんでした。本当に感激です!』

『こんにちは。僕もまさか自分がさくしゃべに出るなんて夢にも思っていませんでしたよ。しかもオンシーズンですからね? でも、今日はカレーなんですよね? だったらゲストは僕しかいないですよ。既に朝カレーはやめたとは言え、僕のカレーに対する愛は変わる事はなかったですからね。って、あれ? おかしな事言ってます? 僕、大丈夫ですか?』

『だ、大丈夫も大丈夫ですよ! お会い出来ただけでも光栄です!』

『ありがとうございます。実は僕もさくしゃべはアメリカで毎週チェックしてたので、今回はさくらさんにお会い出来て光栄です』

『きゃー、やめてくださいよ、サブローさーん! 全世界にいるサブローさんファンを敵に回しちゃうじゃないですかー! でも嘘でもそんな事を言ってもらえるなんて、もう感無量ですー! じゃあ今日は張り切ってサブローさんのお口に合うカレーライスを作りますねー!

 ところでサブローさんはどんなカレーライスがお好みなんですか?』

『僕は野菜が苦手なんで、野菜は小さめにカットし……』

『ジャガイモやニンジンがゴロゴロ入ってると嬉しくなりますもんね!』

『いや、その逆で……』

『ではサブローさん、早速ニンジンを大きめにカットして行きますよー!』

『えーと。僕、おかしな事言ってます? 大丈夫?』

『大丈夫ですよー。あ、それ以上小さくしなくていいですからねー。はいはい、そう。ジャガイモなんかは本当は丸ごとでもいいくらいなんですから。上手です、はい。やっぱり一流のアスリートは包丁さばきも違いますねー』

『そ、そうですか?』

『では次は玉ねぎを炒めて行きましょうか?』

『下ごしらえはもういいんですか?』

『はい、実はこちらに用意してあります!』

『なるほど……』

『玉ねぎはキツネ色になるまで炒めますよー。その間にこちらでジャガイモとニンジンを茹でて行きますねー。得に小さなお子さまなんかは、お野菜が嫌いな子が多いで……』

『僕も野菜が……』

『…多いですが! 小さなお子さまだからこそ、小さいうちからこうしたお野菜の美味しさを知るのって、とっても大事なんですよねー? それに、お野菜は色どりと言う意味でも料理に色彩を与えてくれますし、茶色っぽくなりがちなカレーを視覚的にも楽しく……』

『いや、丸っと野菜が見えてると逆効果だと……』

『…してくれますよねー! やっぱりサブローさんもそうですか。春臣さんと一緒ですねー?』

『誰ですか春臣さんって……。おかしな事言ってます? 僕、大丈夫ですか?』

『大丈夫ですよー、すっごく上手です! では、そろそろキツネ色になって来ましたので、そこへお肉を入れてきますねー』

『あ、お肉は野菜と違って食べ易い大きさなんですね。牛肉と豚肉。いいですね。僕好みです。あ、僕も手伝うんですね。ごめんなさい。水ですね。それとローリエですか。はい、おろしニンニクもここで入れるんですね……』

『そうです、上手ですサブローさん! そうしましたらこのまま少し煮込んで行きますので、アクを取りながら、恒例の、さくしゃべタイムです!』

『え、このお玉は……? ああ、僕がアク取り係なんですね……』

『サブローさんにはゲイのお友達はいらっしゃいますか?』

『いきなりですね。これ、答えた方が良い? 大丈夫? 僕、答えて大丈夫?』

『答えなくて大丈夫です、私がしゃべりたいだけですから』

『そ、そうでしたね。そう言えば勝手にしゃべりまくるのがさくしゃべでしたね……』

『優しくてイケメンのゲイってずるいですよね? ゲイは一流のアスリートにも多いとは思いますが、やっぱり女子的には残念でなりません!』

『はあ……』

『でもいいんです。恋愛云々とかそう言うの。私、そう言うの、もういいんです』

『えーと、どうすればいいのかな……』

『サブローさんはそのままでいいんです。世界のサブローさんとして聞いてくれればそれでいいんです!』

『はあ……』

『でも私、春臣さんみたいな人だったらもっと違っていたのかなぁって思うんです』

『さっきも出て来ましたが、春臣さんって誰ですか?』

『お母さんのお友達の息子さんです。そんな事よりサブローさんは世界のサブローさんとして、黙って聞いてくれればいいんです!』

『すみません……』

『でも、ストレートであんな人はいないと思うんですよ。サブローさんはストレート派ですか?』

『…………』

『どっちなんですか?』

『ここは答えるんですね……。どっちの話かわかりませんが……そうですね、ストレートだって伸び上がって来るストレー……』

『アク、浮いて来てますよ?』

『あ、はい。すぐ掬います……あ、ここでウスターソースと醤油ですか。あ、知ってます? 隠し味でコーヒーを入れると美味しいんですよ?』

『そうなんですか。じゃあ入れましょう』

『って、良くありましたね、コーヒー』

『さっき春臣さんと飲みましたから』

『またそのお方ですか……』

『でもなかなかストレートであんなハイスペックは人はいないと思うんですよねー』

『あ、まだその話続いてるんですね……』

『続きますよ。むしろ今日のメインテーマですから。あ、もう少し煮込んだらこのカレールーを入れましょう』

『2種類なんですね。えーと、ワーモントカレーとジャバカレーですか……』

『はい。仕上げにカレー粉も入れますよ』

『スパイシーになって美味しそうですね』

『美味しいんです。お兄ちゃんは勿論、千恵さんやスミレちゃん、ヒマワリくんにユリちゃんにも大評判なんです。ルーは甘口にしますけど』

『そ、そうですか。お兄さん以外の繋がりがわかりませんが……』

『お兄ちゃんの家族です。でもそんな事はいいんです、サブローさん。今日は失敗が許されませんよ! 今日はスペシャルな日なんです!』

『そ、それはどうも。しかし話が飛びますね……』

『飛びません。春臣さんとの契約初日なんですから、飛ぶとか不吉な言葉は言わないでくださいね。サブローさんも心してかかってくださいよー!』

『すみません……。って言うか、カレーは僕のためじゃないんですね。いや、こう言うのは自分のためとかじゃないな。ファンの方の存在なしにカレーは美味しくなりませんね。ファンのために作ってこそ、自分も美味しく食べられるんだと思います』

『そうです、春臣さんのために作ってこそです!』

『春臣さん? あれ? 僕、またなんか違う事言った? 大丈夫? 僕、おかしい事言ってない? 本当に大丈夫?』

『大丈夫です! じゃあその間にポテトサラダに取り掛かりましょう。こちらのジャガイモを三分の一ほどこちらのボールへ移してください』

『あ、さっき茹でていたやつですね。って言うか、さっきジャガイモを皮ごと丸々入れてたんで、どうなってしまうのかと心配してたんですよ』

『はい、無駄口叩いてないでさっさと手を動かしてくださいねー』

『あ、すみません……』

『ではこうして手で皮をむいてから潰してってくださいね。その間に私はニンジンとキュウリを切っちゃいますねー』

『ああ、こっちはちゃんと薄切りにするんですね。ちょっと安心しました……』

『口は動かしても手は止めない!』

『す、すみません……』

『じゃあ私はここでニンジンとキュウリにお塩を振って……。サブローさんはホクホクのうちにこのお酢を入れてくださいねー』

『あ、はい……』

『こうしてハムも食べ易い大きさに切ってっと。あ、カレーの方も焦げ付かないようにちゃんと見てくださいよー』

『はいはい……』

『ではこのタイミングでご飯を炊きましょうね。って、あれ? 文化鍋がない? サブローさん、文化鍋何処にあるかわかります?』

『え? 何鍋ですか?』

「文化鍋ですよ、文化鍋!」


「文化鍋ってなんですか?」

「てかサブローさん、文化鍋も知らないんですか?」

「いや、存じ上げないですねぇ。と言うより、サブローさんって誰ですか?」

「へ?」


 サブローさんが春臣さんに変身してる……。

 そしていつの間にかさくしゃべのセットが消えている。

 いや、元よりそんなものは無いんだよね……。


「えーと。誰でしょう?」

「…………」


 春臣さん、超キョトンとしているよ。

 なるよね……。


「もしかして今からお米炊くんですか?」

「え? ああ。はい……」


 その通りよ、春臣さん。

 何でわかるの?

 って、そりゃ研いだお米持ってればわかるか。


「炊飯器はここですよ」

「ほう……」


 オシャレすぎて炊飯器ってわからなかったよ。

 それにしても最近の炊飯器って黒いのもあるのね。全然炊飯器っぽくない。

 ウチは文化鍋派だから知らなかったよ。


「カレー、すごくいい匂いですね?」

「あ、はい。ご飯炊ける頃には出来上がりますので……」


 ん?


 あそこにコーヒーの缶が出てるぞ。


 って事は、私、サブローさんのアドバイスを聞いて、カレーにコーヒーを入れたのかしら?

 準備した時にはコーヒーなんて出さなかったから、きっと入れたんだろうね……。



 あの人は何処へ行ったの?



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