第七話「買い物・遭遇」
途中から【春臣視点】から【さくら視点】に変わります。
変わってから遭遇します……
【春臣視点】
さくらさんがあんなにみたらし団子を喜んでくれるとは思わなかった。
まあ、あそこのは特別美味しいんだけど、やっぱり味には好みがあるからね。
とにかく食の趣味が合うってわかったのは収穫だ。
これからの食事に安心と期待が持てる。
しかし…………。
「大丈夫ですか、さくらさん」
「すみません、もう大丈夫です。でもゆっくりお願いします……」
さくらさんは結局おかみさんに勧められるだけ食べて、最終的には五本もみたらし団子を食べたのだった。
そしてお店から少し歩いたところで、さくらさんはお腹を押さえて蹲ってしまったのだ。
かれこれ十分ほど休憩している。
聞くとさくらさんは朝から何も食べてなかったようで、いきなり五本もみたらし団子を食べたせいで、胃がびっくりしてしまったに違いない。
どうやらほどほどと言うのが分からないのかも知れない……。
「わかりました。急ぐ必要もありませんのでゆっくり行きましょう」
「本当すみません……」
これはあまり寄り道しないで、このままスーパーへ行った方が良さそうだ。
幸い今日は小春日和で気持ちがいい。
こうしてのんびりゆっくりと散歩するにはもってこいの天候だ。
「また苦しくなったら遠慮なく言ってくださいね?」
「ありがとうございます……」
見上げるさくらさんの表情は決して良いとは言えないが、さっきと比べれば大分よく見える。
まあ、ゆっくり歩いていれば直にお腹も落ち着くだろう。
☆☆☆
「ああ、ここのスーパーだったんですね?」
「はい。やっぱりこの辺だと駅の近くが一番近いんですよ。徒歩で買い物ですから、安いからと言ってそんなに遠くへは行けませんしね」
さくらさんは駅からウチまで歩いて来る時にこのスーパーを見たのだろう。
知ってる知ってると音符が出て来そうな顔で見上げて来る。
さくらさんは少し前からお腹がこなれて来たみたいで、今ではすっかり元気を取り戻している。
「では今日の買い物はさくらさんにお任せしますので、よろしくお願いしますね」
「あ……はい。がんばります」
さくらさんは少し緊張した面持ちで小さく拳を握った。
【さくら視点】
「なになになになにー! ちょっと待ってよ、ちょーー偶然ーっ!」
「ひゃっ……」
野菜のコーナーで物色していると、ガタイの良い坊主頭の男の人がハイテンションで駆け寄って来た。
いや、私にではなく春臣さんに。
なんだかグーで手を振ってるし。
「超って事ないでしょ? 先週もここで会ったし……」
「何言ってるのよサキちゃーん。週一の買い物で二週連続で会ったら超なんかじゃなく、ちよーーよ! てか、何この子。サキちゃんに妹なんかいた?」
完全に見てはいけなかったお友達だ、これ。
美冬おばさんとの約束もあるし、どう対応すれば良いのかわからない……。
「ああ。彼女はさくらさんと言って、母さんの友達の娘さん。今日北海道から出て来たところなんだ」
「なんでサキちゃんのお母様のお友達の娘みたいな長ったらしい繋がりの子がサキちゃんと一緒にいるのよっ!
あらららーっ、もしかして裏切りものー?!」
「いや、だからそう言うんじょないんだって。さくらさんは就職する為に東京へ出て来たんだけど、色々事情があって部屋が見つからなかったから、ウチの母さんが僕のところに住む事を決めちゃったんだよ。ウチの母さんの強引な性格、辻くんも知ってるでしょ?」
「ふぅーぅうううん。そうなんだぁあ?」
彼? は、完全に敵を見る目で舐めるように私を見てくる。
リアクションに困るよ……。
それに春臣さんの「僕のところに住む事を決めちゃったんだよ」って言葉がグサリと心に刺さる。
一応採用されてはいるけど、やはり迷惑だった事がありありと伝わってくる。
「ま、町中さくらです。この度は春臣さんにお世話になりますが、あくまでお仕事として住まわせていただくだけですので、どうか誤解なさらずに……よ、よろしくお願いします」
私、何を言ってるんだか。
途中から良くわからなくなってとにかく頭を下げる事にした。
「お仕事ってなによ、サキちゃーん」
彼女はフンって効果音が聞こえて来そうなくらいの首振りを私に見せると、春臣さんの袖をグイグイ引っ張る。
相変わらずリアクションに困るな、この人。
「お仕事って言うか……まあ仕事か。今まで頼んでいたハウスキーパーさんの代わりに、さくらさんに家事をやってもらう事にしたんだ。でもこう言う事、あまりお店とかでは言わないでよ?」
春臣さんは彼女に動じる事なく普通に返している。
やっぱりこう言う人に慣れてるんだな……。
わかってはいたけど、実際に目撃すると少し複雑な思いに駆られる。
「言うに決まってるじゃないのよー。サキちゃんが若い女に走ったなんて聞いたらみんな驚きよー。お酒もグイグイ進むわよー! ボトルばんばんよぉーん」
「全く辻くんは……。僕をネタに商売するのはやめてよ……って、また今度遊びに行くから、今日のとのろはこれくらいにしよっか?」
知らぬ間に私たちの周りに遠巻きながら人だかりが出来ていた。
春臣さんはそれに気づいて話を切り上げようとしたみたい。
そりゃあ、めっちゃイケメンにごっついオネーがしなだれかかってるんだから、当然気になって見てしまうよね?
女子高生だったらスマホでパシャってそうな絵面だもん。
ここが野菜売り場で主婦層多めだったのは、せめてもの救いだったかも……。
「またそんな事言ってー。サキちゃんったらほぉんとイケズーっ」
「いやいや、だからまた近いうちお店へ行くから……」
春臣さんの腕に顔をスリスリさせる彼女。
その頭を慣れた様子でポンポンと優しく叩く春臣さん。
これは見てはいけないものだ。絶対に。
「じゃあ約束だからねーっ」
「約束は出来ないな」
彼女は春臣さんの返しに口を尖らせると、プンスカと効果音を撒き散らしながらプリプリ去って行った。
「ふぅー……」
「驚いた?」
思わず大きな溜息が漏れてしまった。
春臣さんはそんな私を可笑しそうに見てくる。
「ま、まあ、驚かないと言えば嘘になりますかね……」
「そうですね……。彼は辻くんと言って、元同じ職場の同僚だったんですよ。今は二丁目で自分のお店をやってるんです。凄いでしょ?」
「そ、そうですね……」
とにかく同意してみせる。
凄いの意味がどっちなのかわからないけど。
「同じ職場にいた時から二人で二丁目に飲みに行ったりしてたんだけど、まさか自分でお店を始めるとは思いませんでしたよ。しかも結構はやってるんですよ?」
「そうなんですね……」
軽いカミングアウト?
こうやって徐々に知ってもらおうと思ってる?
「自分でお店やるなんて尊敬するよ、本当。そうだ、普通に女の子も来るお店だから今度一緒に行ってみますか?」
「え? は、はい……。でも私、お酒あまり飲めないんで……」
これは完全にあれだよね?
こうして自然にわからせようとしている作戦だよね?
もしかして私の口から何気なく美冬おばさんへ伝えて欲しいのかな……?
「いや、ああ言うお店は飲めなくても十分楽しめるから大丈夫ですよ。さっき近いうち遊びに行くって言っちゃいましたし、一緒に行ってみましょう。うん。明日にでも仕事の予定を確認してみます」
これって、もう行く事になったのかな?
仕事の上司からの誘いは断っちゃいけないんだっけ?
今時は許されるよね?
上司を通り越して雇い主だとまた違うのかな……?
なんだか既にディープな世界に一歩足を踏み入れた気分だよ。
春臣さんがゲイバーでどんな風になるのか、見たいような見たくないような……。
見たいかも……。
お読みくださりありがとうございました。
大丈夫でしたかね、あのキャラ……。
また明日、お昼の12時に更新します。