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第四話「相当がんばらないと」

 


【さくら視点】


 春臣さんが自分の部屋からノートパソコンを持ってきた。

 私の雇用契約書を作るらしい。

 こう言う事はビジネスとしてはっきりさせておいた方が受け入れ易いし、後々の事を考えてもその方が上手く行くんだとか。


 そう言う訳で、てっきり不採用かと思ってたけど、まさかの採用。


 採用。


 夢のような響き。

 自分が必要とされているって実感する。

 君は社会に貢献出来る、と確約されたようなものだもんね。

 本当の就職ではないにもかかわらず、こんなに嬉しい気持ちになるのだ。

 正式に就職活動してもらう採用通知は、どれだけの威力を発揮すると言うのだろう。

 その時の事を考えると少し怖いくらいだ。


 採用さん、万歳。


 雇用主の春臣さんには感謝しなきゃね、本当。

 32回の不採用を経験したからこその感謝の気持ち。

 私はこの感謝の気持ちを忘れず、実務でその期待に応えてみせる。


「えー、来週は今のハウスキーパーさんがキャンセル出来ないと思うので、火木土の三日間でいいですかね?」

「はい?」

「あ、失礼。町中さんは僕の状況知りませんでしたね……。

 現在、月水金の週3日でハウスキーパーさんに来てもらってるんですよ。なので町中さんにも最低週3日の勤務をしていただく事になります。一日凡そ2時間の労働時間だと思ってください。勿論前もって言っていただければ融通は利かせるつもりで……」

「ちょっと待ってください」

「はい、どうぞ。ちなみに次からは挙手なしで大丈夫ですよ」


 思わず手を挙げていたよ……。

 それにしてもハウスキーパーなんか頼んでいたんだ、春臣さん。

 家事は全部自分で完璧にこなしているんだとばかり思ってたよ。

 容姿端麗で頭も良さそうだし、それで家事まで完璧にこなされたら隙が無さすぎて怖いくらいだから、これを聞いてちょっと安心したかも。


「私は毎日家事をするつもりでしたので、来週のハウスキーパーさんが来る日は別として、私、再来週からは毎日家事をやります」

「そ、そうですか。毎日、ですか……」


 意気込んで言うも、春臣さんは困ったような声で小さく呟く。

 そしておもむろにスマホをいじり始めた。


「うーん。ちょっと僕の経済力ではこのくらいが限度ですかね……。こんなものでは如何でしょうか?」

「え?」


 春臣さんが済まなそうにかざしたスマホは電卓アプリになっていた。

 その画面には[156,000]との数字。

 十五万六千円って事……?


「日曜日は基本休んでいただいての月給の目安です。勿論食費や日用品などの費用の立て替えは不要で、それは前もって別途お渡しします」

「…………」


 この人、本気で言ってるのかしら?

 北海道でバイトしてた時ですら月十万そこそこだったのに……。


「あ……そうか、これだと赤日も休みにしないと、いくらなんでも囲いの仕事としては安すぎですよね。まあ、今年のゴールデンウィークは10連休ですからそこは要相談として……。では、日曜日と赤日をお休みしての月給でお願いします」

「いえ、安いとかじゃなくて逆にもらいすぎですよ。元々家賃の代わりに家事をお手伝いする話でしたし。だったら少しでも家賃を入れないと申し訳ないです」

「そうなんですか?」

「そうです」

「まあ、それもそうですね、仕事ですし。では社宅代として月一万五千円を給料から差し引かせていただきます。他に何かご要望などありますか?」

「ご要望と言われましても……」

「なんでもいいんですよ。例えば僕は基本的に食に関しては好き嫌いはありませんが、もしかしたら町中さんがどうしても食べられないものが僕の好物かも知れないですよね? そう言った場合はどう対処するのかとか……。これは洗濯石鹸やシャンプーと言った、日用品の趣味の違いを何処まで分けるのかとも共通して言えますね?

 まあ、食に関して言えば、町中さんは栄養士の勉強をなさる訳ですから、そう好き嫌いがあるとも思えませんし、栄養バランスを考えて作ってくれるのでしょうから、僕的には出されたものを食べるだけの事ですので問題ないと思います。日用品に関してはそれぞれ分けていただいて構いませんし、なんなら町中さんに合わせてもらっても構わないと思っています。とにかく、僕の方でこれはと言うものは予めお伝えしますので、それ以外は町中さんの采配に任せます」

「はぁ……」


 なんだろ、この人。

 仕事として割り切ったからなのか、凄く饒舌になっている。

 とにかく、条件を良くしようとしてくれているのだから、私を雇う事に前向きなのは確かみたい。


「まあ、実際にやってみない事にはこれと言った要望も見えて来ないかも知れませんね。学校の事もありますし。そうしましたら月に一度、月末にでもそれらを話し合うミーティングを開きましょう」


 カチャカチャとキーボードを叩きながら話す春臣さん。

 イケメンはこれだけでも絵になるよな。

 しかしゲイなんだよなぁ、春臣さん。

 もったいないと言うのかなんと言うのか……。


 残念。


 いやいや、雇い主なんだからそんな風に考えちゃダメだ。

 期待に応えられるようにがんばらなきゃ!


「ん? どうぞ。挙手はしなくてもいいですよ?」

「…………」


 またやっちゃってたよ……。

 どうも歳上の人を前にすると、先生に見えて来ちゃうんだよな……。


「えー、要望と言いますか、とりあえず春臣さんの好きなものを教えてもらえますか?」

「ああ、そうですよね。そう言った基本的な情報は後で資料にまとめてお渡ししますね」

「お、お願いします……」


 資料ですか……。

 まあ、口頭で聞いても覚えきれないかも知れないし、そうしてくれた方がいいんだけど。


「それと…………」

「なんでしょう?」


 私が言いよどんでいると、春臣さんはキーボードをカチャカチャしながら私に優しげな目を向けてくる。

 やっぱりカッコいいわ、この人。

 ゲイにしておくのがもったいない……。


「こんなに良い条件で雇ってもらうのに、町中さんだなんて呼ばれると、立場的に申し訳ないと言うか…………。私は春臣さんに雇われる訳ですし、私の事は部下だと思ってせめて呼び捨てでお願いします」

「ああ、そんな事は気にしなくていいですよ。僕は会社でも下の子に対して敬称を付けて呼んでますので、ここでもそれで構わないでしょう」

「でも…………」


 先生には町中って呼び捨てされてたし……。


「じゃあ、さくらさんって下の名前で呼びますよ。さくらさんも最初から僕の事を下の名前で呼んでいた事ですし、それで良いですよね?」

「…………はい……」


 いや、「はい」じゃないよ。

 こんなイケメンさんに下の名前で呼ばれるだなんて、ちょっとしたホストクラブよりも贅沢よ。

 時給が三割り増しになったみたいで、さっきよりも申し訳ない気持ちになってくる。


 家事、相当がんばらないと……。





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