第三話「同居はビジネス」
【春臣視点】
「……わかったよ、わかった。とにかく話してみるよ」
「本当? それでこそ春くん! あ、じゃあチーズケーキ焼いて送ってあげるからねっ!」
「…………あのねぇ。子供じゃないんだから、チーズケーキで許されるとか思わないでよね。こう言う事は金輪際受け付けないよ?」
「あははは。大丈夫大丈夫。春くんなら大丈夫。じゃあ、また連絡するねー」
えーぇえ?
このタイミングで切る?
しかも「また連絡するねー」って、連絡よこさなかったくせに良く言うよ。
今も電話したの僕の方からだし。
さて。
いない人の事はこの際おいておこう。
今はあのソファに座る人物に集中だ。
町中さくら。23歳。勿論独身。
今聞いた話だと、彼女のお母さんと言うのが例の夕張メロンの母さんの友達だ。
その友達は昨年亡くなった訳で、ウチと同様、父親を早くに亡くしていたそうなので、今の彼女には両親がいない。
ただ、ひとりっ子のウチと違ってお兄さんが一人いるらしい。
そのお兄さんは既に結婚していて子供も三人いるそうだ。
彼女は今までその兄家族と一緒に実家で暮らしていたらしい。
母親が亡くなった今、兄家族の中にいるのが気まずかったのだろうか?
母さんの話では、彼女は大学を卒業したものの北海道では就職が決まらず、母さんの勧めもあって東京で就職活動をする運びになったらしい。
まずは栄養士の資格を取得するそうで、来月から通う専門学校も決まっている。
ただ、年末に母親が亡くなっただけに、東京での部屋探しもままならず、半ば東京行きを諦めかけていたそうで、そこで母さんが世話を焼いたと言う訳だ。
友達の娘の為に世話を焼くのはいいと思う。
いいと思うけど、僕を巻き込まないで欲しかった。
「で、母はどんな話をしていたんですか?」
彼女の成り行きは聞いたものの、条件面など詳しい話を聞く前に電話を切られた。
何がまた連絡するねー、だよ……。
「美冬おばさんは、私の就職が決まって、管理栄養士の資格を取るまでこちらに居ていいって言ってくれましたが、それだと最低でも四年はかかりますし、実際に働いてみてから、管理栄養士の資格を取るかどうか決めようと思っていましたので、私としては専門学校を卒業するまでで十分と言いますか……それでも厚かましいと言いますか……」
「…………」
四年…………?
何考えてんだよ、母さん……。
「いえ、元々一人暮らしするつもりでしたし、部屋が見つかるまででいいんです。それにどうやら春臣さんは聞かされてなかったみたいですし、私、ビジネスホテルにでも泊まりながら部屋を探します。ただ、その間だけこの荷物を預かってくれると助かるのですが……」
町中さんがあたふたと言い募る。
思わず顔に出てしまったのだろう。
「すみません。初耳だったので四年と言う期間に少し驚いてしまっただけです。なにも直ぐに追い出そうなんて思っていませんから、どうか安心してください」
「でも……」
こんな状態で追い返す事なんて出来ない。
そんな事したら母さんは詐欺師と一緒だよ。
「とにかく、ご自分で部屋を探すにしろ、ここには空き部屋がありますから、ビジネスホテルに泊まる必要はありません。それこそお金の無駄ですよ」
「そ、そうなんですが……」
そもそも可哀想な子だ。
大学を卒業したのに就職も決まらず、母親まで亡くなって……。
それに、こんな三十路過ぎのおっさんの家に転がり込んでくるって事は、彼氏なんかもいないんだろうし……って、僕も独りか。そこは可哀想ではないな。
独りが可哀想だなんて論調は馬鹿げてる。うん。
「それに家賃だって家事をするのを引き換えに払わなくっていいって話なんですよ? 春臣さんは何も聞かされてなかったみたいだし、どう考えても迷惑でしかないですよ……」
そんな話になってるの?
家事をやってくれるのは助かる。
今だって月水金の週3でハウスキーパーに来てもらっている。
一日六千円と交通費、なんだかんだ一月八万円程の出費だ。
しかも今のハウスキーパーさんは仕事が雑で、いちいち手直ししなければならない。
「迷惑どころか助かります。それに町中さんがここに住むにしても、元々家賃なんていただくつもりはありませんでしたから、逆に家事の対価はお支払いします。町中さんだって、下手にアルバイトするよりもその方がいいでしょう? 後々ご自分で部屋を借りるのであればお金は必要ですし、学費の事もあるでしょうからお金はあって困らないはずです。何より町中さんは勉強しなければならないですから、家でアルバイトが出来れば、通勤などの無駄な時間も有効に使えます」
「は、はぁ……」
おっと、思わず前のめりに言ってしまったぞ。
町中さん、少し引いてるな……。
しかし、こうして仕事として割り切ってしまえば、あらゆる問題が霧散する。
しかもお互いウインウインの関係だ。
何よりハウスキーパーさんが常駐してると思えば、体裁を気にする事もない。
いや、他人から見たらハウスキーパーかどうかなんてわからないか。
まあ、気分的には楽になる。
「では早速契約しましょう」
「契約……ですか?」
「ええ。契約を交わすのは大切です。この同居は僕らにとってビジネスですから」