第二話「聞いてなかったみたい」
【さくら視点】
どうしよ。
春臣さん、聞いてた以上にカッコいい。
背も高くてスラリとしてるし、何よりオシャレ。
家の中だと言うのにストールなんか巻いてるし。
これが自然なのよ。
女性的な綺麗な顔立ちのせいか全く嫌味な感じがしないのよね。
こんな人と同じ屋根の下で暮らす事を思うと、なんだかドキドキしてしまう。
ただ、この人はゲイなんだよね。
美冬おばさんが言ってた。
だからその点は安心して同居して、と。
直接カミングアウトされてはいないみたいだけど。
春臣さんは今まで家に一度も彼女を連れて来た事がない代わり、男友達は良く遊びに来ていたみたいで、美冬おばさんはある日、春臣さんが部屋で男友達と抱き合っているのを見た事があるんだそう。
当時は困惑したらしいけど、今となっては息子が幸せになってくれれば、男が好きだろうが構わないのだとか。
ただ、美冬おばさんがゲイだと気付いている事は、春臣さんには黙っている約束になっている。
ここまで来たら、自分からカミングアウトしてくれるのを待ちたいんだって。
しかしゲイなだけあって、お部屋も綺麗にしてるなぁ……。
「だからなんでそうなるのさ……。はははじゃないよ、母さん。笑って誤魔化しても……母だからって、あのねぇ……」
春臣さんが部屋の隅で電話をしている。
大きな溜息を吐いてるよ……。
やっぱり本格的に聞いてなかったみたいね……。
美冬おばさんらしいっちゃらしいけど、春臣さんからすれば堪ったものじゃないんだろうなぁ。
私には快く了承してもらったと言ってたんだけどね……。
春臣さん、気の毒すぎる……。
だからと言って、今から部屋を探すにしても直ぐには見つからないしお金もない。
『町中さん、ここは北海道じゃないんですよ? いや、今どき北海道でも3万以下で風呂トイレ別のオートロック付きのマンションなんて見つからないですよ? 事故物件でもあるかないかですよ、本当……』
『そこをなんとかお願いしたくて応募したのですが……』
『うふふ、そうですよね? この番組がなんとかしましょう! この驚愕事故物件24時があなたの願いを叶えます! 敷金礼金は勿論、あなたの恐怖の24時間レポート次第で向こう6か月分の家賃もいただきません!』
『私、がんばります! 恐怖の24時間レポート、がんばります!』
『その意気です! では一緒にタイトルコール行きますよ?』
『はい!』
『驚愕事故物件24時!』「驚愕事故物件24時!」
「どうかされました? 驚愕事故物件24時って何ですか?」
「……なんでもないです…………」
架空のテレビ番組に出演してたよ。
しかも最後は声に出して言っちゃったみたい……。
春臣さんの驚愕の瞳が、タイトルコールで突き上げた拳と私の顔とを行ったり来たりしている。
そうなるよね?
「そ……うですか……。とりあえずコーヒー淹れますね?」
「お、お構いなく……」
春臣さんが首を傾げながらキッチンへ歩いて行く。
肩で携帯電話を挟んで話しながらコーヒーの缶を開けている。
イケメンって、こんな仕草だけでも絵になるな。
ゲイじゃなければ惚れちゃいそうだよ……。
「いや、だから別に冷酷な訳じゃないんだって。町中さんは若い女の子なんだよ? いや、だから大丈夫っておかしいでしょ? いや、興味があるとかそう言う以前に、普通に考えてもおかしいでしょ?」
なんだかお尻がムズムズするよ……。
どう考えても私の事で白熱してるんだもん。
それにしても春臣さんは手際がいい。
白熱しつつもテキパキとコーヒーの準備を進めている。
ゴゴゴゴゴゴって上がっていくタイプのエスプレッソマシーンにコーヒーを詰め、相変わらず携帯電話を肩で挟んだ状態で水を入れて火にかけた。
キッチンも綺麗にしている。
調味料がオシャレに並んでいるのを見る限り、日頃から料理をするのだろうか。
他の部屋にあるのかも知れないけど、ベランダや見える範囲で干しっぱなしの洗濯物なんかもないし、洗濯も完璧にやるのだろう。
家賃は家事を手伝う事で免除との事だったけど……。
果たして私は春臣さんレベルの家事が出来るのだろうか。
春臣さん、絶対に私より女子力が高いでしょ?
『お疲れさまです、さくら選手。いやぁ、それにしても見事な決勝ゴールでした! あのPK戦に突入かと思われたロスタイムギリギリでの劇的なゴール。ゴールの瞬間の気持ちをお聞かせください』
『最高でした! ゴールは春臣さんのゴールと言ってもいいでしょう。私はただ触るだけ、本当、ゴールに流し込むだけでしたから。今日の勝利は春臣さんの完璧な女子力があったからこそです!』
『確かにあの周りを引きつけてからのスルーパスは見事でしたねーっ! あれは完全に女子力の高さを見せつけてました! しかし、さくら選手がゴールを決めたからこそ春臣選手の女子力も光ったとも言えます! 次はいよいよ決勝戦です。日本の為に二人でがんばってください!』
「はい! 絶対に優勝してみせます!」
「何の優勝ですか?」
「……なんでもないです…………」
やったこともないサッカーのインタビューを受けてたよ……。
しかもまた最後は声に出してたみたい……。
春臣さんは私の前にコーヒーを置きながら、私の小さく握った拳へ怯えた瞳を向けている。
完全にアレな女だよね、私……。
「と、とにかくコーヒーどうぞ。砂糖やミルク入れます?」
「はい。両方お願いします……」
何やってんだろ、私。
妄想が止まらないよ。
やっぱり緊張してるのかな。
そう言えば32回受けた面接でも漏れなくやらかしちゃったよな……。
不採用。
きっと春臣さんからも言い渡されるのだろう。