第十二話「余計な嘘」
春臣さんのアレコレが少し晒されます。
【春臣視点】
「春臣、メシ行こメ……え?」
「ああ、ごめん。言うの忘れてたわ……」
雅也だ。
山峰雅也。
僕が唯一敬称もつけずに呼ぶ男。
会社の同僚なのだが、雅也とは専門学校から一緒なのでかれこれ18年の付き合いだ。
「言うの忘れてたって……」
雅也は溜息まじりに言いながら僕の弁当を覗き込む。
「ふぅーん。何これ、自分のだけ? 俺のはないの?」
「いや……」
雅也はかけていたサングラスを頭に載せ、非難の目をさらけ出して僕に顔を寄せてくる。
僕は「いや、昨日からウチの母さんの友達の娘が……」と言いかけてやめた。
雅也にこんな事言ったら変な嫉妬をし兼ねない。
後々面倒な事になるのもごめんだ。
「昨日から新しいハウスキーパーさんになったんだけど、なんだか張り切っちゃって弁当持たせてくれたんだよ……」
まあ、あながち間違ってはいない。
さくらさんとはそう言う契約になっている。
ただ、弁当まで作る契約にはなっていなかったのに、この度の雇用による僕の出費を気にしてお弁当を作ってくれたのだ。
さくらさんは人生初の仕事だとか言って喜んでいたので、まさに張り切っていたとも言える。
「もしかして若い女の子?」
「い、いや……」
「俺に嘘をつくな」
「…………」
相変わらず鋭いな、雅也は。
まあ、長い付き合いだから、こんなしょうもない嘘はバレて当然なのだが。
「気をつけろよ、春臣」
「な、何が?」
雅也が切れ長の目でじっと見つめてくる。
至近距離で真っ直ぐ見つめられると、しょうもない嘘をついたせいか目が泳いでしまう。
「そうやって張り切って余計な事する女はズケズケ来るからな。春臣は優しいから、そう言う女はどんどん付け上がるぞ?
この弁当だって本当は仕事以外の事はするなって、きっぱり断ったっていいんだ。でもお前はそれが出来ない。そしてその女は更に付け上がり、そのうち家に住み着いて女房面し出す……。昔似たような事があっただろ?」
「まあ…………」
確かにあった。
そのせいで今でもトラウマになっている。
もうあれは思い出したくもない。
「とりあえず俺が見てやろうか?」
「何を」
「女だよ女。その新しいハウスキーパーの女」
「ああ。まあ、そのうちな。でも、雅也が心配するような子じゃないから大丈夫だよ」
「本当か?」
「本当、本当。思いのほかいい子だから、あんな事にはならないよ」
「…………」
雅也の僕を見つめる目が細まって行く。
本心で言ってるにもかかわらず、これだけ至近距離だとどうしても目が泳いでしまう。
「まあ、とりあえず飯買ってくるわ。それまで弁当食うなよ?」
「わかったよ……」
お預けか……。
偶には一人で食べればいいのに。
ま、コーヒーでも淹れてくるか……。
「あー、そーゆー事。野咲ちゃんも釣れない事するねー?」
「な、なんの事ですか、坂間部長……」
立ち上がろうとしたところで声をかけられた。
統括部長の坂間さんだ。
坂間さんはバツイチで今年49歳。
ただ、見た目は三十後半くらいにしか見えず、どう見ても来年五十路を迎える歳には見えない。
まあ、僕が36歳なので、自分の歳を考えて見ると三十後半はちょっと厳しい感じもするが、とにかく若く見える。
ちなみに、彼はファッションゲイって事になっているけど、きっと正真正銘のゲイだ。
僕と雅也が付き合ってると思って何も言って来ないが、僕らを見る目は間違いなくあっちの目だ。
バツイチだと言う話も本当はどうなのかわからない。
だから僕は「何の事ですか」と返しつつも大体の見当はついている。
「山ちゃんが可哀想じゃなーい。なんか不満な顔してると思ったら、こーゆー事だったのねー」
坂間さんは大袈裟に両手を使って僕の弁当をクイクイと指差す。
「良くないわよー、野咲ちゃん。野咲ちゃんがアトリエのホープなら山ちゃんはプレスのホープなんだからねー? そんな二人がお別れしちゃったら会社もギクシャクしちゃうでしょー? ま、そうなったらそうなったで、私が二人まとめて癒しちゃって会社も上手く回すんだけどねー?」
「いや、別に別れるとかそう言うんじゃないですから……」
「わかってるわよ、そんな事ー。冗談よう、ジョ、ウ、ダ、ン。刺激が欲しいからって意地悪しちゃダメだぞ、って言いたいだけよー」
「いや、別にそう言う訳でも……ッ!!」
ぐいっと、いきなり坂間さんに肩を抱かれる。
「なんかあったらいつでも相談にのるわよ?」
耳元で囁かれてゾクリとした。
無駄に吐息をかけるの、やめて欲しい。
「わ、わかりました。でもご心配なく。雅也との関係はいたって良好ですから……」
「もう、野咲ちゃんたらイケズー。ま、私が不幸せでも会社のみんなが幸せならいいんだけどね?」
「ま、まあ……。いや、坂間部長も幸せになってくださいよ?」
「また可愛い事言ってー」
「…………」
ふう。去った……。
坂間さんは投げキッスをして自席へ帰っていった。
悪い人ではないんだけど絡みが濃厚なんだよな、あの人。
坂間さんは女子社員にもああやってコミニケーションを取っている。
女の子達は同性感覚で接しているので、特にセクハラとかの騒ぎにはならない。
ただ、僕に対してはかなり濃厚なんだよ。セクハラだよ、あれは。
でも、きっと本当は僕より雅也狙いなんだと思う。
なんだかそんな気がする。
ここまでのやり取りでわかるように、僕と雅也は付き合っている。
よって二人とも社内では暗黙の了解でゲイだと認知されている。
ただ、僕と雅也が付き合っているのには事情があり、付き合っている事になっている、と言うのが本当のところだ。
それに、雅也とは本当にキス以上の肉体的な関係はない。
雅也の方は半分くらい本気なのかも知れないが、僕はどう考えても本気になれない。
雅也は僕から見ても切れ長の目が魅力的な男前なので、当然と言うべきか女性からも同性からもモテる。
そして、雅也は僕には隠しているが、おそらくバイだ。
僕に隠れて女の子と遊んでるって話を聞いた事がある。
まあ、それは別にいいとして、要は遊び人って訳だ。
ただ、遊び人と言っても仕事場でそう言う関係になるのは面倒なようで、仕事場では僕と付き合っている事にして、社内の男女から言い寄られない為の予防線を張っているのだ。
そのくらい雅也はモテる。
僕も雅也みたいに遊ぶ為って訳ではないが、社内でのそう言う面倒ごとに対しての利害が一致している事もあり、彼の提案を受け入れたのだ。
ただ、雅也は他所で遊んでるくせに、偶に本気で僕に言い寄ってくるのが困りものなんだが……。
言わせてもらえば、本気で付き合いたいなら一切遊ぶなって話だよ。
まあ、まず遊び人の雅也とはそうなる事は無いけど。
「あ、野咲さん。午後一で生地フィックス出来ますんで、よろしくお願いします」
「もうスワッチ切ったんだ。わかった、後で社長と一緒に行くよ」
去年入社してきた僕のアシスタントの池谷さんだ。
僕の会社はパリコレにも出展しているデザイナーズブランドで、僕は企画チーフをやらせてもらっている。
社長と言うのはデザイナーだ。
今日の夕方からデザイン画と生地とをフィックスさせて行く予定になっている。
ただ、頑張って用意してくれた池谷さんには悪いけど、おそらく社長は現れないだろう。
ギリギリまで悩みたいのだ。
もしかしたらこっそり夜中に出てくるのかも知れないが、みんなが居る時間には現れないだろう。
まあ、彼女も凡そ一年働いてきているので、それは暗黙の了解でわかっているはずだ。
大抵は僕が社長の代わりにフィックスするので、少しでも早く準備をしてくれたんだと思う。
最初は社長のアシスタントととして一緒にやっていたものだけど、ここ数年は面倒になったのか、それともある程度は任せられると思ってくれているのか、社長は僕がフィックスしたものを最終チェックして手直しするのが通例なのだ。
時に大幅な変更もあるが、とにかく社長が来た時にはその状態にしておかなければならない。
そうした裏事情もあって、彼女は僕の為にも準備を早めてくれたに違いない。
ありがたいことだ。
「なんだ、本当に食べずに待っててくれてたんだ?」
「それどころか、コーヒーまで淹れて待ってたんだけど? ってやめろよっ」
平然と言ってのける雅也に嫌味たっぷりな口調で言い返すと、嬉しそうに笑って頭をガシガシ撫でてきた。
「あ、ありがとう……」
「い、いえ……」
さっきの池谷さんが絵型表を持ってきた。
顔には「いつも仲がいいんですね」と書いてあるようで、余所余所しい笑顔とともに頭を下げると足早に去って行った。
まあ、いいんだけど。
「それより俺決めたから」
「なんだよ急に」
袋からサンドイッチを取り出しながら言う雅也。
本当いつも主語もなく唐突だ。
「いや、だから新しいハウスキーパーの女だよ。俺の方が女を見る目があるし、俺と春臣が付き合ってるってわかれば、その女も変な気持たないで済むだろ?」
「いや、だからさっきも行ったように、思いのほかいい子だから大丈夫なんだって。それに必要だったら僕の方から頼むから、そんな事の為にわざわざ来る事ないって……」
「いや俺もう決めたから大丈夫」
「………………」
もうこれは言っても聞かない系だな。
どうしよ。
今更同居してるだなんて言い辛い。
こんな事なら変な嫉妬を恐れて嘘なんかつかなきゃよかった。
余計な嘘だったわ、本当……。
お読みいただきありがとうございました。
今日中に推敲出来るか微妙なので、次話は明日更新とだけさせてください……。
ちなみにこれも眠すぎて推敲途中で予約しましたm(_ _)m




