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第十話「僕が出来る事」

 


【春臣視点】


 人には触れられたくない過去や介入して欲しくない悩みがある。

 それは楽しい思い出や幸せな出来事で上塗りする事など出来ない。

 そうした人の過去や悩みは、そのくらい強烈にその人の心へと刻み込まれてしまうものなんだ。

 物理的な暴力は勿論、心無い言葉の暴力などは愛情の欠如から生まれる産物なのだろう。


 さくらさんに何があったかはわからない。


 人前であんなに泣くって事は相当辛い思いをしたのだろう。

 ただ、なんとなくは想像が出来る。

 どうせ相手の気持ちなど慮らずにカジュアルに発せられた言葉だろう。

 そんなものに人生を左右されてはいけない。

 ただ、人は弱い生き物で、そうした言葉の暴力にどうしても屈してしまうし、頑なに自分の殻に閉じこもってしまう。

 何より僕自身がそうだ。

 でも、だからこそ人の助けが必要なのを理解している。

 それに助けの無理強いが禁物なのも重々承知している。

 でも、僕がそうだったように必ず助けてもらいたい時はある。

 だから、その時の微かなサインを見逃さないのが肝要だ。


 もしさくらさんがそんなサインを出したら迷いなく手を差し伸べよう。

 僕が出来る事なんて高が知れている。

 でも、同じような痛みを知る者として何かが出来るだろう。


「えーと、春臣さん?」

「え?」


 怪訝な顔のさくらさんが僕を見ていた。

 さくらさんがいるのにもかかわらず、目を閉じて考えに耽っていたよ。

 ついいつもの癖が出てしまった。


「食べないんですか、カレーライス」

「ああ……。あれこれ考えてて気づきませんでした……。食べますよ、食べます……」


 それにしても良かった。

 さくらさんは家に着いた時にはすっかり笑顔になっていた。

 最初の仕事なんだし、楽しい食事にしたいとの思いからなのかも知れない。

 その証拠に本当に物凄く楽しそうに料理をしていた。

 ま、楽しそうにブツブツ言いながら妙な名前で僕を呼んだりしてたんだけど……。


 しかし、だからこそ無理をしているようにも見えて、色々と考えてしまったんだろうな。


 でももう終わりだ。

 さくらさんがこんなに楽しそうにしてるのだ。

 僕も純粋に楽しもう。


「へぇー。コクがあるって言うか、これ、隠し味のコーヒーが効いてるんですかね。とても美味しいです」

「よ、良くわかりましたね……コーヒー」

「いや、入れるところ見てたので」

「やっぱり入れてましたか……」


 ん? 入れた覚えないの?

 まあ、楽しそうにブツブツ言ってたから、また何処かへ行ってたのかも知れないか……。


「このポテトサラダも美味しいです。粒マスタードを入れるとパンチが出るんですね?」

「はい。このツブツブがジャブがのように効いてくるんです。春臣さんのお口に合って良かったです」


 そう言ってさくらさんはフニャリと嬉しそうに笑う。

 それにしても凄い無防備すぎるフニャリ笑いだ。

 あまり同世代の異性に見せない方がいいな。


 もう少し仲良くなったら助言しよう……。


「そう言えば、春臣さんってお友達からはサキちゃんって呼ばれてるんですね?」

「ああ。そう呼ぶのは辻くんくらいですよ。辻くん、僕が良く人に野サキと濁らない事を指摘しているのが可笑しかったみたいで、それを推奨する為にもサキちゃんって呼ぶ、とか言って呼び始めたんですけど、別に濁らせて野ザキって呼ぶ人が減る訳でもなく…………でも辻くんは何が気に入ったのか今もサキちゃんって呼ぶんです。誰って感じですよね?」

「誰って感じと言うか……。強烈でした……」


 さくらさんはスーパーでの辻くんを思い出したのか、パッと顔を伏せるとぷぷぷぷっと吹き出した。

 わからなくはないけど辻くんに失礼だよ、さくらさん……。


「ごめんなさい。でも、辻さんみたいな人はテレビでしか見た事なかったので、あんなに近くで見たら圧倒されたといいますか……」

「強烈でしたか……」


 ぷひゃっと破裂音を出してお腹を抱えるさくらさん。

 笑い声が音になってから笑ってないとしておこう……。


 まあ、確かに辻くんはお店やってるだけあって他の友達より強烈かも知れない。顔も体もごつめだし。

 しょうがないね、辻くん。これはしょうがないよ。うん。


「ごめんなさい。なんだか芸能人を見てる気になってましたが、春臣さんのお友達ですもんね? 春臣さんのお友達だからきっといい人なんですよね。笑ったりしてごめんなさい……」

「い、いや、いいんですよ。辻くんだって半分笑って欲しくてやってる事だし」


 辻くん、ごめん。

 でも、さくらさんはわかってくれてるみたいだし、ここはしょうがないよ。うん。

 しかし素直でいい子だよな、さくらさんは。

 つくづく良かったと思うよ、さくらさんで。

 なんせ同居する子が性格悪いとか最悪だし。


 母さんもこう言うところを見て世話を焼いちゃったんだろう。


「それに、お店に行ったらもっと笑わせてくれますよ?」

「そ、そうなんですね……た、楽しみです。と、ところで春臣さんと辻さんは元同僚って言ってましたが、春臣さんはどんなお仕事をされてるんですか?」

「ああ……僕の仕事ですか……」


 話を逸らされたみたいだよ、辻くん。

 まあ、そのうち絶対にお店へ連れて行くから。

 それだけは約束する。


 だだ僕が出来る手助けはそこまで。


 辻くんは自分の力で挽回するんだ。



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