キヨウの依頼2
突進してきたそれは大きさが5メートル程の巨大猪だ。当たり前だがこの魔獣は本来こんな所にはいない。全身は黒い毛に覆われていて怒っているのかそれが逆立っている。口元からは鋭い牙が見え隠れし目も赤く血走っていて当然威嚇なんて効きそうにもない
「所詮突進するしか能のない獣だろう。星王を使うまでもねぇよ」
草をなぎ倒しながら進んでくる巨大猪の正面にたち両手を大きく広げた。頭を下げてかち上げを入れる気まんまんだが掴みやすい取ってがあるので、その牙を掴みまずは勢いを少し殺す
「俺に突進した褒美に宙返りのやり方を教えてやる。こうやって…!牙を掴んで後ろに放り投げるんだ!!」
そのまま巨大猪は空高く飛んでいく。空中でくるくると回転し首の後ろから地面に叩きつけられ、少し痙攣したあと動かなくなった
「これで終わりか?呆気なさすぎるぞ」
念の為近づいて確認すると完全に息絶えていた。解体しワームホールに放り込んでいく。ユキなら雪魔法で箱を作って持ち運べるが俺の場合は星の空間に繋いでそこに放り込むことしか出来ない。おかげでその中はぐちゃぐちゃになったクローゼット状態だ。あまり保管する場所として適当では無いのが分かる。
さてこれで帰っていいかとはならない。問題の根である何故関係の無い場所の魔獣が出現するのかを突き止めなければならないからだ。もう数発撃ってみるか?とそう考えて歩いていた時、カサッと草を揺らす音が聞こえた。まだ小型の魔獣が残っていたのかと反射的に反応し飛び出ていた尻尾を握りしめる
「ひゃあ!」
「え?」
「し、尻尾握らないでください」
エコルがいた。固まっていた俺が尻尾を握ったままでいると顔を真っ赤にしたエコルが涙目になりながら離してくださいと訴えかけてきた。これは悪いことをしたなとごめんと言い、離してやる。獣人の中では尻尾は尻と同じ…つまり俺は今女の子のお尻を握りしめたことになる
「悪いなエコル。魔獣かと思ったんだ」
「いえ私も屈んで移動していたので……こうすると魔獣に狙われにくいんです」
確かに獣にしか見えないもんな。護身の術としては花丸をあげたいところだ。張り詰めた空気を押し出すように息を吐き近くの木陰に入り座り込んだ。枝葉が日差しを遮ってくれるので少しひんやりとしていた。隣にいるエコルは耳としっぽをピンっと立て警戒しているようだ。よく見ると腰にはナイフを挿していて、服装は動きやすそうなズボンとシャツという格好
「探索か?」
「はい。探索をしつつ魔法の特訓をしようと思って来てたんです。そしたら物凄い爆音が鳴って少しパニックになってしまって」
確かにあの音なら驚くだろう。人が居ないからと思いっきり放ったからな。魔獣が逃げ出すほどの音なら普通の人にとっては心臓が止まるレベルの恐怖に違いない。獣人は耳がいいからな。少し悪いことをしてしまったか
「まあ予想はついてるとは思うけどあれは俺のせいだ」
「…あんな爆発の魔法を何故こんな所で?ここにはスライムジェルなどしか居ないはずですが」
エコルの疑問は最もだ。こんな場所で普通ならネビュラボムを使わない。魔法がなくたってナイフ一本あれば大丈夫だろうといえるほどの場所だ。まあそんな考えが毎年ここでの死者を出しているのだろうが、そう思わせるほどにゆったりとした時間がここには流れている
「さっき巨大猪が出たんだ」
「巨大猪が!?そんな魔獣ここの草原じゃ居ないはずです」
「いやここに居ないはずの魔獣や魔物が最近出るらしい。その調査に俺が来てる。エコルもこの調査が終わるまではここでの特訓は控えた方がいいかもしれないぞ。巨大猪や前見たグリズリーとここで出くわしてもおかしくないからな」
俺の言葉にエコルは少し考え込み、納得したように首を縦に振った。安全と言われていた場所がいきなり危険区域に変わったのだ。わざわざ死地に飛び込むほどエコルも馬鹿ではないだろう
「じゃあ私は戻ります。セイが言っていた通りならここは魔法の練習ができる場所じゃないので」
「そうだな。その方がいい。帰りは大丈夫そうか?」
「見つからないように帰りますから大丈夫です」
そう言って草むらに身を隠すようにエコルは帰って行った。エコルの姿が見えなくなるまで見届けてから立ち上がり巨大猪が現れた方へと足を踏み入れる。踏み倒された草を目印にかなり奥まで来ると魔力の濃度が少し変わった。何かあるな。
調べようと歩き出すと足元に違和感があった。根元をかき分けてみると削られたような後が続いていた。何だこれ一角ラビットが頭を擦りながら歩いたのか?気になるので這うようにその跡を追ってみる。
「いや、これは……」
元いた場所にいつの間にか戻っていた。円形に削られたそれはとても獣がやったものだとは思えない。慌てて周囲の草むらの根元をくまなく調べる
「魔法陣か」
駆け出し冒険者が来るような場所にこんなものを仕掛けるとは悪戯にしても限度ってもんがあるだろ。しかもこれは召喚術式。魔力が続く限り延々と魔獣を呼び出せるものだ。魔族が戦争に使うような魔法だぞ。
しかしバレにくくするためか土を掘って魔力を流しただけの簡素な作りだから破壊するのも簡単だ。軽く地面に右拳を打ち込むと地面がぐらりと揺れ魔法陣はバラバラになった
ちっ…これが何個も仕掛けてあるのか。這うように探してたらそれだけで日が暮れるぞ。探知は得意じゃないがそんなことを言ってる場合じゃない。目を瞑り両手を地面について探り始める。草原はかなり広いがここにはもう魔獣はいないから微弱な魔力を拾えばいいだけだ
見つけた。西に一つと北に二つだな
急いでその場に行き魔法陣を破壊した。どの場所も草によって見つけにくくされていて犯人の狡猾さが分かる
「とりあえずこれで召喚されることは無くなったな。後は魔法陣を書いてる所を抑えられればいいが……」
そこまで考えてため息をついた。この広い草原をしらみつぶしに探し回るなんて時間がかかりすぎる。それならいっそここを潰すか?いや、それで終わりとは限らないし、魔法陣が消えてもまた別のところで同じことが起こるかもしれない。何せそれをすればリューカが怒ることも目に見えている
「原因は分かったしとりあえず帰るか」
犯人は分からなかったが魔物が出る理由は分かったのでキヨウには一応は報告できる形になっただろう。拾った木の板に棒を括りつけて立てかけ星の魔力で焼いていく
「星帝監視中。これで抑止力にはなるだろ」
少し離れた所に同じような物を立てかけておく。まあこれだけじゃ完全に防げる訳じゃないから気休め程度だけどな。さて疲れたし戻るか。日が地平線に隠れちまう
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ギルドに戻りキヨウに事の顛末を伝えた。巨大猪が出て来たことと、それが召喚されていたこと。討伐したことも伝えるとキヨウの顔が…あれ?なんか泣きそうになってないか
「あの…本当に…ありがとうございました。無茶な依頼だとは承知していましたがそれを無理言ってお願いしてしまった形になってしまって」
「駆け出しの人間が行く場所にあんな魔獣が出てきたら大惨事になる。むしろ良かったよ」
そうだ。あの草原が逆に人気がなくて本当に良かった。一人で行った冒険者があの魔獣に遭遇していたら為す術なく殺されていただろう。キヨウが必死にこの依頼をお願いしていたのもきっと若い新人の命を守るためなんだろうな
まあでも聞いた話じゃ今は複数人でチームを組む冒険者が多い。仮に全員初心者だったとしてもイスタ草原を越えてマルマラ樹海まで行くらしいからな。1人で冒険するのはリターンも大きいがリスクもデカい。かつて探索者だった冒険者は消え、多くの利を求める財宝探求者が増えた。そんな時代の潮流にあそこは置いていかれたわけだ。道理でのどかな時間が流れているはずだ。今回はそれに救われた
キヨウは何度も頭を下げながら感謝を伝えてくる。別に気にしてないからと返事をしながら、報酬ですと渡された巾着袋を受け取った。銀貨50枚。雀の涙ほどの依頼料込とはいえ巨大猪一体の買取額としては破格だ。召喚された個体だからだろう
「あの……ところで依頼の報酬の何でも言うことを聞く権利なんですけど……」
キヨウは伏し目がちにしてやけに手を揉んでいるが何かやましいことでもあるのか。なんかまた顔赤くしてるし
「やっぱり……私はその……初めてでして」
そうキヨウが言いかけた時、背中に冷気が走った。鳥肌が立つほどに冷たい空気が俺の身体を冷やしていく。ユキがきた。ユキは俺を見ると笑顔になったがキヨウの顔引きつってるぞ威嚇でもしたのか
「お兄ちゃん。夕飯までに帰ってくる約束は?」
そして俺の腕に抱きついてくるが冷えた俺は固まってしまった。いや怒ってることを察したからだ。ユキを怒らせると怖いのは俺が一番よく知っている。昔は何度も手を焼かされたからな
「すまん」
「さっきの話。依頼報酬を何でも言うこと聞くで引き受けたの?」
「あぁ保留にしたけどそんな感じだ」
「キヨウさん。あまりそれは勧められたものでありません。お兄ちゃんは善人ですが悪人にそのような対価で依頼した場合最悪の結末が訪れます。ギルドの一員ならいくら切羽詰まったとしても金輪際しない方が良いでしょう。そして対価ですが私たちは伝承神話に関する情報提供を求めます。伝承の御子関連の情報でも構いません。何でもの範囲がどこまでかは分かりませんが少なくともお兄ちゃんがかけた労力分の情報がこちらにもたらされることを望みます」
ユキはキヨウに鋭い視線を向けながらそう言い切った。厳しい意見だが俺もまあ雰囲気で伝えようとしていたことを全部言葉にして言ったみたいだ。
対価の件は前のギルドマスターの時も言ったがここは王国の中心ギルドだし少なからず神話の情報があってもおかしくは無いだろう。それに昔の遺物が持ち込まれることだってあるに違いない。その情報提供を急いでくれと言っているのだ。これは図らずも俺が行く前に提案したことと同じになったな
「帰ろうお兄ちゃん」
「まあ待てユキ。キヨウ悪かったな。ユキはこう冷たく言ってるがキヨウの身を案じてもいるんだ」
キヨウはユキが怒っていたことの説明がされてほっとした顔をしていた。しかしユキは納得していないようで頬を膨らましてそっぽを向いてしまった。
依頼にしろ約束にしろ決めた以上は履行する。そしてそれは重い。さっきキヨウに言ってたことが俺にのしかかるようだ。そんな後ろめたさを抱えながらギルドを出た
「俺への罰は?」
「お兄ちゃん敷布団」
明日の朝まで俺はユキの下で寝転がり続けることが確定した。亀みたいに俺の上で寝られることが確定してしまった。ユキは軽いから上にいても苦しいわけじゃないけどお腹が少し冷えるんだよな。腹巻でもして寝るか
ユキと寮まで帰る間少し考えを巡らせる。冷静になって考えてみると犯人の狡猾さやイスタ草原に仕掛ける意味。考えれば考えるほどに疑問は多い。はぁ…知恵熱が出ないようにユキが頭の上で寝てくれると助かるんだけどな




