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6 ワークベンチ

「ふわぁあ」


 今日は寝過ごした。気がついたら、随分と日も高く昇っている。


「ん~……」


 ステラもまだ寝ているようだ。うーん、公園の土管とさして変わらない密閉感の掘っ立て小屋ではあるが、人工的に作られた建物の中っていうのは安心感がぜんぜん違うのかもしれない。土管の中だって入れば落ち着くしな。


 取り敢えず、水汲みをしてくる。毎回カップ一杯の水を沸かすのに火を起こすのも面倒くさいな。とはいえ、煮沸消毒を怠って倒れるわけにも行かない。ヤバめの寄生虫でも貰ったら一発でアウトだ。何とかして改善したい。

 ヤコメの実での簡素な食事、水分摂取といった一通りの補給を終え、まだ寝ているステラの分も用意して置いておく。


「さて、と」


 今、俺の目の前にあるのは複数の丸太と、細木、そして石の道具たちだ。

 コレを使って今からワークベンチを作る。

 ワークベンチ……つまり作業台だ。ていうか、実際の所ただの台。

 ベンチって分かるだろ? 公園とかに置いてある椅子。あれベンチ。

 作業用のベンチだからワークベンチ。つまりアレの机バージョン。どれだけシンプルな物を造ろうとしているか、分かってもらえただろうか。


 だが、ワークベンチはCWにも登場するれっきとした「道具」だ。

 昨日の検証では、作られた「道具」にはCWに登場するような性能が宿るらしい。

 CWはリアルな物理演算を売りにしたゲームではあるが、リアルなサバイバル生活シミュレータではない。なのでゲームとして楽しく遊べるように、作業そのものに関してはかなりデフォルメされている。

 斧の一振りで木を伐り倒せたり、原始的な道具だけでも(それなりの時間はかかるとはいえ)山一つを切り崩せたりするのだ。


 それが、その性能のまま現実に現れたらどうなるか……はっきり言って、オーバースペックだ。ゲームと違ってあらゆる科学研究に手を出すわけでもなければ、宇宙を目指すわけでもない。

 言ってしまえば、今持っている石斧一本だけでもサバイバル生活的にはありがたすぎる代物だ。これがあったおかげで、着の身着のままで遭難した俺たちが二日目にして建築物の中で寝られたわけだからな。


 という訳で、CWに登場するワークベンチも当然ただの作業台ではない。

 ワークベンチは基本的な道具を作成することが出来、また、素材を加工する際にも必要となる「道具」だ。

 つまりワークベンチさえあれば「紐」「棒」といった素材があっという間に作れたり、石斧以外の石系ツールが作成できたりするのではないか、と思った訳だ。


 早速、ワークベンチの作成に入ろう。よーし頑張るぞ。

 まずは丸太を二本用意し、適当な高さで揃える。それから、側面を削いで断面が長方形になるように加工する。

 これが台の脚だ。斧で一発作成できた。

 次に、天板となる丸太を用意し、ド真ん中真っ二つに縦割りする。これを2つ並べて割った面を上にして置けば、天板になる。

 ただ、下側は木の丸みがそのままなので、このまま脚の上に置いても不安定で仕方がない。

 そこで、石ノミを使って丸太の一部に溝を掘る。幅は脚になる木と同じサイズだ。この時、全体のフォルムが少し台形っぽくなるように斜めにささるようにする。この方が安定するからだ。

 接合部に適当に穴を開け、細木で作ったコマを打ち込んでずれないように固定する。コマというのは、アレだ。本棚の高さを決める時に穴に差し込む、小さな木の棒のようなパーツ。溝に沿って噛み合わせただけの木材がズレたり外れたりしづらくなる、釘のような役割をしてくれる。


「出来た!」


 うむ、完成。

 天板に脚をつけただけの、簡単なワークベンチだ。

 長方形に切り出した脚を斜めに差し込んでいるので、接地面がガタガタしている。適当に斧で揃えて、しっかりと安定するようにした。

 グッグッと押し込んだり揺らしたりしてみるが、ガタついたりはしない。


「思ったよりしっかりしてる。広さもちょうどいいな、悪くないんじゃないか」


 これはいいな。立った時にちょうどいい感じになるような高さにしているから少し高いかもしれないが、今度からメシもこの台で食おうか。


 さて、そんな事よりも実験だ。ワークベンチは、「道具」としての性能を発揮してくれるのかどうか。




 俺は、蔓を確保してワークベンチの前に戻ってきた、

 これはただの蔓だ。石で叩いてほぐしてもいないし、煮てもいない。ただ生えていたのを引きちぎって持ってきた。


「さて、どんな感じで加工すりゃいいんだろうな」


 木を切る、という行為は分かる。斧を木に叩きつけるだけだ。本来なら100回も200回も繰り返すところが、数回で済む。これが「道具」の力だ。

 しかし、ワークベンチというのは多種多彩な使い方ができる道具だ。……いや、そう言うとどうなんだ? これ、ただ物を乗せてるだけだし。使い方もクソもあるのだろうか。蔓を紐に加工するには、石で叩いて繊維をほぐし、ほぐれた繊維をより合わせて、最終的にねじりながら編む事で「紐」になる。


「よく分からんから、とりあえずワークベンチの上で作業するだけしてみるか」


 考えるのが面倒くさくなった俺は、適当に作業をしてみる事にする。

 多分、石で叩いたら一発で繊維がほぐれたり、ちょっと編んだだけで紐になったりするんじゃないだろうか。

 そう思って、ワークベンチに乗せた蔓を石で叩いた瞬間だった。ポンッ! と音を立てたと思ったら、ワークベンチの上には綺麗に編まれた頑丈そうな紐が乗っていた。


「……マジ?」


 想像してたんと違う。思ってたより10倍くらい楽だった……。

 まさかと思いながらも、目星をつけていた石をワークベンチに載せ、同じように石を叩きつける。似たような音が鳴り、幅広で丸刃の斧頭が姿を表した。

 うん、確かにこういうのを作ろうと考えながら叩いたけれど……これ本当に石か? シルエットはでこぼこしているとはいえ、表面が金属みたいにつやつや光ってるんだけど……。指で弾いたらキン、と硬質な音がした。さすがに刃はナマクラだったけれども。


「素材加工は……やばいな。捗るってもんじゃないぞこれは」


 なんだか楽しくなってきて、手持ちの素材をガンガン加工していく。あれも欲しい、これも欲しいと石でいくつかの部品を作ったり、ひたすら蔓を集めて紐にしたり。

 そういえば、このあいだの夜に紐や斧頭を作っていた時は、石で蔓の繊維をほぐしていた訳だけれど、あの時は「道具」によるブーストは効いていなかった。ただの石では道具扱いにはならず、ワークベンチで扱ったから「道具」としての効果が発揮されたのだろう。

 なるほど、だんだん分かってきたぞ。


 大量に集まった素材を使って、ワークベンチで道具を作る。

 これも拍子抜けするくらいあっさり上手くいった。完成形を思い浮かべながら、必要な素材を手に取るだけであっというまに道具として組み上がるのだ。

 俺の作った道具は(はつ)り石斧、片刃のピックアクス、木のシャベルの3つ。

 他に、実験的に「超小型の石斧」なんてものも作ってみた。道具としての能力サポートがあれば、道具自体は軽量、小型にしても問題ないのではないか、と思ったからだ。

 結果は失敗。さすがにちょっとナメすぎだったか。道具の見た目からは分不相応な傷が樹の表皮につきはしたが、それだけだった。


 さて、新たな道具で出来るようになる筈の事。

 それは「製材」「石切」「土集め」だ。


 まずは製材。さっき、俺が丸太の表面を斧で削って角材に仕上げていた事を覚えているだろうか。あの作業を「(はつ)る」と言い、その作業専用に使う斧の事を斫り斧と呼んだりする。西洋だとブロードアックスになるのかな。


 一応、今持っている石斧でもできなくはない、というよりはやったんだけれど、ちょっと制御が難しかったんだよな。ぶった斬る事に特化しすぎていて、細かい調整が効かなかったために削りすぎてしまう事があった。


 そこで、専用の道具を作ってみることにした。石斧が「木を切る」という作業に特化した道具なのであれば、「製材する」という目的に特化した道具を作れば、そういった方向性で道具補正が効いてくれるのではないか……という目論見だ。


 これは、道具補正がどういう方向性の現象なのかを検証する目的でもある。これが上手く行けば、道具補正はただ道具の性能を強化するだけではなく、「道具の本質」のようなものを強化する現象であると言えるだろう。


 次に石のピックアクス。これはそんなに大きなものではなく、道路工事に使われるようなツルハシというよりは登山で使うピッケルを一回り大きくしたくらいの物だ。

 これも目的に特化したタイプの道具だ。石で石を削るのは出来なくはないが、ワークベンチの補助があっても(はつ)り斧の斧頭は「いかにも」な打製石器の見た目をしていた。

 別の目的もあって石をブロック状に加工したかったんだが、出来上がったのは表面がボコボコの塊だった。石垣にするにはいいかもしれないが、もうちょっと何とかなってほしい。

 という訳で作ったのがコレだ。CWのピックアクスは、鉄製の物になれば岩山だって掘り崩せる。しかしまだ鉄はないから、石製だ。

 石製のピックアクスではせいぜい石や岩を崩すくらいしかできない(それでも十分すぎるスペックだ)が、それができるという事は石を加工するのにも使えるだろう、と踏んだ訳だ。


 シャベルは土集めに使おうと思っている。

 土は、意外と重要な素材だ。土壁や竈、簡易的な炉、目地材など用途は多岐にわたる。道具があれば簡単に集まるが、手で掘って集めようとするとかなり大変な事になる。

 あとは、できれば粘土が採集できればいいな。もし可能であれば砂鉄か、鉄を含んだ泥や石も欲しい。今後の技術発展には、鉄が絶対に必要だ。本来の加工難度を考えれば、次のステップは銅なんだろうけど……「道具」がある現状、鉄にステップアップしても問題ないと思う。


 ついでに、石斧と石ノミ、木槌をワークベンチの上で部品を取り替えてから再組立した。その結果、さっきまでの状態よりはるかにできの良いものに変化した。こりゃ便利。




 さて、作った道具の試運転といこう。

 転がしてあった丸太の側面に、斫り斧を振り下ろす。ゴトン、と音を立てて丸太の側面が落ちた。


「うお、すごいなこれは」


 断面は真っ平ら。カンナで整えられたようにフラットになっていて、ささくれもない。

 そのまま縦にスパスパっと細切りになるような感じで切ったら、立派な板材が出来上がった。なんか、きゅうりでも切ってるみたいな感覚だな。


 次に、ピックアクス。これはワークベンチの上で使う。

 ピックアクスで軽く削り、素材となった大きめの石を拾ってきてワークベンチに載せる。その石の断面を削ぐようなイメージでピックアクスを当てるとカキン、と硬質な音が鳴り、先程の丸太と同じように側面が滑り落ちた。断面は見事なフラット。うん、完璧だ。

 そのまま上下左右を削ぎ落とすと、綺麗な長方形の石ブロックが完成した。


 一番おかしな挙動をしたのはシャベルだった。


「なにこれ。土浮いてるじゃん」


 木シャベルの掘る部分はそんなに大きくない。せいぜい20x30cm程度だ。

 そのシャベルの先端をザクッ、とその辺の土に差し込み、持ち上げると……目の前の1m四方の土が盛り上がって浮かんだ。

 まるで見えない1メートル四方の先端が付いたシャベルを持ち上げたかのように、だ。ついでに言えば、重さは全く感じない。

 そう言えば、刃の短い石斧で木を切っていた時も刃のサイズ以上の切込みが入ったりしたな。何かそういう法則ががあるのかもしれない。


 不可視の1メートル四方のシャベル先端は、土に対しては常に効果を発揮するらしい。掘るだけでなく、ペシペシと叩いて固めるのにも使えた。

 更に、不可視の部分は土以外の物には干渉できないらしい。細木の切り株の周りをシャベルで掘り返したところ、土がごっそり掘り返された穴の中に、根っこだけが転がっている状態になった。


「これ凄いな。整地メチャクチャ楽じゃん」


 試運転とは何だったのか。

 楽しくなってしまった俺は、周囲にある木をガンガン伐採し、シャベルで根っこを掘り返し、地面を(なら)していった。




「おとーさん」


 昼も過ぎた頃、ようやくステラが目を覚まして起きてきた。


「ああステラか、おはよう」


「おはよ!」


 ステラは周りを見回すと、不思議そうな顔をしている。そりゃそうだ、昨日までここは林の中の一角だったのに、目を覚ましたら家の前がちょっとした運動場みたいになってるんだからな。

 ついでに言えば、伐採された丸太たちはログハウスの裏に山のように積まれている。当面建材には困らんな。


「きのう、こんなんだっけ?」


「いや、昨日は森だった。木ぃ切って、地面掘り返して、適当に均したんだよ」


「おとーさんがやったの?」


「ああ」


「おとーさん、すごい……やっぱり、まほうつかいなの?」


 ステラの目がキラキラしている。なんだ、この世界では普通の事なんじゃないのか?


「魔法とはちょっと違うな、ステラも見てただろ? 道具を使ったんだよ。ステラもやってみるか?」


 斧とかはちょっと危ないかもしれないが、シャベルなら別に大丈夫だろう。

 そう思った俺は、シャベルをステラに差し出してみた。


「いいの!?」


 ……メッチャテンション高い。そりゃそうだ、ステラは今日に至るまでほとんど俺の後ろを付いてきて、ワラやヤコメの実を集めるくらいの事しかしていない。

 なにか新しいことが出来るとなれば、テンションも上がるだろう。


「いいぞ。とりあえず練習で、その辺の土を掘り返したりしてみたらいいんじゃないか」


「うん! どうやるの?」


 あー、シャベルの使い方がわからないのか。それもそうか。


「まずシャベルはこうやって持つ。んで、この先端の部分を土に当てて、こう……グッと差し込んでだな。ささらなかったらここ、踏んでも良いぞ。そしたらこうやって土を持ち上げて、おしまい」


「やる! やってみる!」


 目の前で実演すると、ステラがぴょんぴょん俺のスコップに飛びついてくるので、渡してやった。


「んしょっ……んしょ。わあ、わああ」


 小柄なステラが苦もなくスコップを土にぶっ差して、土を持ち上げている。やっぱこの世界の「道具」は凄いな。


「ねえねえ、おとーさん」


「ん? なんだ」


「わたしも、おとーさんみたいに、ぶわってやりたい。どうやるの?」


「ぶわっ……て、何が?」


「おとーさんがやると、つちが、ぶわってなるでしょ! わたしも、やりたい」


「んん……?」


 首を傾げた俺だったが、よく見てみるとステラの言いたいことが分かった。

 どうやら、ステラがシャベルを振っている間は例の不可視の先端部分が発生していないらしい。

 それでも十分だけどな。木製シャベルなのに、幼女がでガンガン土を掘り返せるだけのスペックがあるとか、普通はありえんだろ。


「何でだろうな。俺も分からん。今はそれで我慢しとけ」


「う~……」


 ちょっと不満そうだが、それでも土を盛って何かを作って遊んでいるようだ。

 とりあえず、放って置いても大丈夫だろう。


 さて、うっかり整地厨っぷりを発揮して時間を潰してしまったが、住環境が揃った今、次に目指すべきは食の充実だ。ここ3日、俺たちは蛋白質を摂取していない。

 ヤコメの実は十分腹の足しになるし美味いが、必要な栄養素を全て兼ね備えているかといえば残念ながら全く足りていない。

 そろそろ、何らかの動物を狩る必要があるだろう。

 とはいえ、自ら動物に攻撃をして狩る事ができるかと言われれば不安が残る。しかし、この世の中には便利な――しかも今の俺にとっては都合のいい――「道具」がある。


 つまり、俺の次の目標は、動物の痕跡か動物そのものを発見し、罠を仕掛ける事だ。




これまでは推敲したり文章表現等を調整しながら投稿していたのですが、そのへんで詰まってなかなか進まないことが増えてきたので、勢いに任せて投稿して後で調整するスタイルで進行してみようと思います。

話の流れそのものを変化させるつもりはありませんが、読み味や細かい表現は今後、初稿からちょこちょこ手直しが入っていく可能性があります。ご了承ください。(その際には活動報告などで調整内容をご報告します)

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