5 家を建てよう
伐採を始めてから小一時間程が経過して、俺の前には小山のようになった木材が積み上げられていた。
「……はっ!?」
我に返ってみると、周囲の細木で良さそうなカタをしている物は粗方伐り倒してしまっていた。ある程度の長さ、太さで揃えられた握りこぶし程度の直径を持つ丸太たちは、軽く見積もっても100本以上ある。
「いかん……何となく黙々とやってしまった……!」
俺の悪い癖だ。CWでも何となく一日中木こりをして木を集め、何となく一日中地面を均し、何となく一日中石畳を敷き続けるという作業が好きだった。殆ど労力もかからず、ただただ集まってくる木材に何かのスイッチが入ってしまったようだ。
「おとーさん、いわれたとおりに、わら、いっぱいあつめたよ!」
ステラもまた、自分の身長より高く積まれたワラを前にドヤ顔をしている。そんな事頼んだか……? いや、そういえば頼んだな。細木が伐採されて無駄に見晴らしが良くなったこの近辺で、何かやりたそうにしていたステラにワラ集めを頼んでいたんだった。
「たくさん集めたな、偉いぞ」
「えへへー!」
仕事をしてきたので褒めてやると、ステラは嬉しそうに微笑みながら抱き付いてきた。軽く頭をくしゃくしゃと撫でてやると、くすぐったそうにしながらも頭を擦り付けてくる。うーむ。
謎のやたら切れる石斧だが、しばらく使い続けても壊れたり斬れ味が落ちるといった事もなく、相変わらずスパスパと細木を伐り倒し続けた。まるでゲームのように、だ。
(ここはゲームの世界なのか? けど……それなら素手で木を伐り倒せないのは何でなんだ)
疑問に思った俺は、改めて木を素手で伐り倒そうとしてみたり、メニューを開こうと念じてみたり、「メニュー画面オープン!」と言ってみたり、それっぽい事をいろいろ試してみたが全て空振りだった。しかもステラに変な目で見られた。変なポーズまで取る必要はなかったのかもしれない。
ここがゲーム世界でないのであれば、一体この石斧はなんなんだろう。いくらなんでもこの性能はありえない。何故この石斧だけが特別なのだろうか。
(原理はわからんが、取り敢えず便利であることは確かだ)
いずれ調べる必要はあるだろうが、今は「何故か便利な石斧がある」とだけ思うことにしてやるべき事をやることにした。実際、10日以上はかかると思っていた木材集めが小一時間で終了したのだ。ラッキーだったとだけ思う事にして、細かいことは後で考えよう。
「あったあった、ここだ」
あらかじめ目を付けていた場所は、仮拠点の岩場と川の中間、あまり植生の濃くない林の中にあった。
地面が平らで、周りより少しだけ高くなっていて、同じような高さに太い枝を付けている2本の木が、いい感じの距離感で生えている。理想的だ。使いそうな木材をある程度近くに運び込んでおく。
建築、などと大仰な言葉を使ってはいるが実際は秘密基地造りのような粗末なものだ。一日もあればある程度、形にはなるだろう。
俺が想定しているのは、建築物というよりはテントのような物だ。木と木の間に梁を渡し、そこに柱を立て掛けることによって三角形の空間を確保する骨組みを作る。
それらを筋交いなどで強化しつつ、追加の柱を立てたら、屋根となる部分に紐で網を張る。その上に大きな葉っぱなどで下地を張ってから、束ねたワラを下から順番に積んでいき、藁葺き屋根をふく。
あとは適当に余った木材で壁を組んで、隙間を土壁で埋めれば完成。
屋根に木材を使わないのは、骨格自体が貧弱なので上に乗る物はできるだけ軽量化するためと、万が一崩れた場合に潰されない様にするためだ。
ハコが出来たらあとは枕木を敷き、その上に木材を紐でくくった板状のものを置くだけでベッドの完成だ。
電車のレールのような組み方をイメージしてほしい。そうやって設置すれば、わざわざ紐やら何やらを駆使してベッドの骨組みを作らなくても地面から浮いた床が作れる。多少ゴツゴツしたものになるだろうが、上にワラをたっぷり敷けば何とかなるだろう。
決して快適とは言えないだろうが、屋外で寝起きするよりは遥かにマシになるだろう。サバイバルにおいてはどんなにちっぽけな"家"でも、あるのとないのとでは天と地ほどの差がある。快適さは二の次でもいい。とりあえず雨風をしのげ、何より安心して眠りにつける"巣"を作ること。これが基本なのだ。
「よし、やるぞ!」
「がんばろー!」
気合を入れた俺は、早速家造りに取り掛かった。
そして数時間が過ぎ、日が暮れる頃……それは完成した。
「――そうして一日かけて完成したのが、この小さいながらもなかなか住みやすそうなツリーハウス風ログハウスです」
「おとーさんすごい!」
「……ってなんでやねん!!」
ステラがツッコミを入れてくれないので、自分でつっこむしかなかった。いや問題はそこじゃない。
なんでこんな、訳の分からない建築物ができているのか。
それは、家造りを始めたわずか5分後に起きた出来事から始まった。
それは出来心のようなものだったのかもしれない。
俺が最初にしたことは、例の石斧を直径が50cmはある針葉樹に向かって振っただけだ。あまりにも細木があっさりと伐り倒せるものだから、どの程度まで行けるのか、そんな程度の気持ちだったように思う。
結果として、俺の振り下ろした石斧は、針葉樹の幹に直径の四分の一ほどまで達する切れ目を入れる事となった。
「拝啓、田舎のお父様お母様。お元気でしょうか。私は今、石斧でごっつい木を伐り倒そうとしています」
「おとーさん、なにいってるの?」
ありえない現象を前に、思わず元の世界の両親に向かって報告をしてしまったのも仕方がないと思う。だからそんな目で見ないで欲しい。頭のおかしい奴扱いならまだしも、心底不思議に思っているような純粋な目で見られるとさすがに辛い。
取り繕うように真面目な顔に戻して切れ目を調べる。
細木をあっさり伐り倒せる事もそうだが、この現象はあきらかにおかしい。なにせ、幹についた切り口が石斧の刃部分のサイズと明確に一致していない。
この石斧がどれだけ斬れ味鋭いオーパーツだろうと、形状は先だって説明した通りピッケルに近い。穴が空いたり食い込むのであれば分かるが、こんな――鋼鉄製の大きな斧を叩きつけたかのような――切り口には絶対にならない。
「おとーさん、これはまほうなの?」
「いや、魔法じゃない……はずだ」
ステラも不思議そうに見ている。この世界ではこういう事が起こるのが当たり前、という訳ではないらしい。
首を傾げながらもそのまま前後に段違いになるような切り口を作り、更に刃を突き立てると針葉樹は狙った方向に向けてきっちりと倒れた。
折角なのでついでに枝を払ってみる。当然のように、石斧で軽く薙ぎ払っただけで枝が落とせたのにはあまり驚かなくなったが……。ともあれ、作業を終えた俺の前には立派な丸太が転がっていた。
「なんとなく整えてしまったけど、こんな丸太あってもな……」
「これでおうちつくるの?」
「いや無理だろ、重すぎるからこんなの運べないし」
「そっかぁ……」
ステラが残念そうな顔をするが、さすがにこんなものは使えない。なんせ生木の丸太だ。このマジカル石斧を使って適当な柱サイズに分けたとしても、数百キロにはなるだろう。うまく転がして運べる可能性がなくはないが、運んだ所で起こすことも出来ない柱に何の意味があるだろうか。
「とか言いつつも、それっぽいサイズに切り分けてしまうんだよなあ、俺という奴は」
これはもう、条件反射のような物だ。材木を伐り倒したらそれっぽく等間隔の木材に加工したい。どうせマジカル石斧のおかげで大した労力ではないのだ。持っていた紐をメジャー代わりにして、だいたい3メートルくらいに切り揃える。うむ。立派な建材になりそうだ。だから何だというのだ、と言われればどうしようもないが……。
「これを運んだり持ち上げたりできればログハウスでも作れるんだけどなあ」
「おとーさんがんばって!!」
ログハウスという単語に何かを刺激されたのか、ステラのテンションが急に上がった。
「いやいや、さすがに無理だろ……」
「ステラもがんばるよ?」
「頑張っても無理なもんは無理だ」
「わかんないよ! んしょっ……!」
一本の丸太にしがみついて持ち上げようとしているが、当然のごとくビクともしない。そりゃそうだ。本来は水に浮かべて船で引っ張ったり、クレーンで吊ってトラックに載せて運ぶような物だ。
巨木の丸太という訳ではないから、小脇に抱えることもできなくはない太さではある。が、薪に使うような短さであればともかく、身長よりも長い丸太を小脇に抱えて歩くなんて……丸太を武器に戦う漫画の中でしか見たことがない。
「そうそう、こんな感じで小脇に抱えてな。丸太は持ったか、って」
「おとーさん……すごい! ちからもち……!」
「ん?」
丸太、持ってた。
「え、いや、何だこれ……軽っ!?」
一瞬持ち上げたことに気が付かなかったのは、全く重さを感じなかったからだ。軽い……というよりは、重さがない。まるで綿を持ち上げているかのような感覚だ。
慌てて手を離すと、バゴン! という重たい音をさせて地面に転がった。綿のように軽い木材が立てる音ではない。
再び持ち上げてみると、やはり軽く持ち上がる。端を無造作に掴んでいるのに全く重くない。このまま木刀のように振り回しさえできそうだ。
「なんだ、どうなってる……? 」
脇にある、そこそこ大きな石の塊を持ち上げようとしてみるが、全く持ち上がらない。思いっきり踏ん張ってみたらわずかに動いたが、それだけだ。俺が力持ちになったわけではないらしい。
改めて、丸太を持ち上げてみる。片手で無造作に掴んだ丸太は簡単に持ち上がった。
「どういうことだ、この石と丸太で何が違う……あっ、そういうことか!?」
脳内に閃きが走り、近くにある自然にそうなったであろう倒木を持ち上げようとしてみる。重くて持ち上がらない。
その倒木に石斧を振り下ろし、適当な所で切断した。切断した所で、普通なら持ち上げられる筈もない重さに見えるその倒木は……果たして、簡単に持ち上げることができた。
「……これ、素材化したってことか?」
一つの可能性が頭をよぎる。石斧の挙動、丸太の重さのなさ。これらについて、よく考えてみれば見覚えがある。
CWでは全ての挙動が高度な物理演算のもとで動いており、ほぼ現実世界と変わらないとまで言われたエンジンを使用していた。
が、醍醐味であった建築・製造部分においてはそれらの制約は一切なく、積み木感覚で自由なものを創造する事ができる。
また、現実的な物理エンジンとはかけ離れた挙動をするのは道具も同じだ。岩が豆腐のように削れるツルハシなんかは最序盤で作成できる。性能の良い道具であれば、一振りで10m四方を掘り返すシャベルや、刃を打ち込むだけで望みの寸法の木材が仕上がる斧なんて物もある。
そして、石斧は素手に比べて遥かに高効率で木を切ることの出来る道具としてCW上に存在している。
「……つまり、道具を作って素材を集めて技術を発展させて、新たな道具を作る。CWの基本的なサイクルが出来るってことか」
そうと決まれば実験だ。昨日いくつか拾っておいた、石斧の斧頭候補にしていた長方形の石。これと、細木を一本途中まで縦に割り、間に太い枝を挟んで紐でぐるぐる巻きにしたL字型の木槌を用意する。
「これで石ノミと木槌になる……かな?」
石ノミを丸太に当てて木槌を振り下ろすと、スコン! と小気味良い音を立てて穴が空いた。
「マジか……マジか!」
仮説は正しかった。思わず震える。
「おとーさん、たのしそう!」
笑顔を向けてくるステラの頭を思わずわしわしと撫でて、俺は爛々と目を輝かせながら作業に取り掛かった。
「なんつうか、やりすぎたよね……」
そうしてできあがったのが、このツリーハウス風ログハウス。
ツリーハウス風と言っても、高い位置にあるわけではない。家が倒れないように、木に寄りかからせる構造にしてあるだけだ。
構造はシンプルだ。石斧と石ノミしかなかったので、殆ど製材することはできなかった。丸太に対してできた加工は、石ノミで削る事と、石斧で縦真っ二つに割ることくらいだ。
家の基本的な構造は井桁組みのようなものだ。キャンプファイヤー用に組まれた丸太を思い出して欲しい。あのままでは壁がスカスカになるし不安定なので、石ノミを使って丸太が交差する部分に切込みを入れ、ピッタリ噛み合ってはまるようにした。
床になる部分には半分に割った丸太を敷き詰めた。もちろん、地面からは浮かせてある。
様々な接合部分には石ノミで穴を開け、細木で作った楔を打ち込んだので簡単にズレることもない。かなりしっかりした構造になっている。屋根は太い梁を軸に細木を並べて紐で編んだ、片流れの屋根だ。そのままでは所詮棒を並べて紐で固定しただけなので、盛大に雨漏りする。今はその上に大きな葉っぱを下の方から重なるように並べることで、雨が入らないようにした。
内部には、半分に割った丸太で組んだベッドが一つ。上にはワラが大量に敷かれている。鶏小屋みたいだが、ここが俺たちの寝床になる。ベッドを二つ造ろうとしたところ、ステラに泣かれてしまったので仕方なくこうなった。
ここまでの所要時間、半日。
こうして、俺達は無人島サバイバルには過分なほどの「住」を手に入れることが出来た。