2 食べられる物を探そう
(17/08/22)1章1話と2話を大幅に改稿し、話の流れが変わっています。
「あぁぁ゛ーーーーん! うわぁ゛ぁーーん!!」
号泣。そう表現する以外にない程、少女は盛大に泣いていた。
「じぃーーー!! どこいったのーー……っ゛!? やだよぉ……ひとりにしないでよぉ……っ!!」
俺達が漂着した海岸で少女は座り込んで、海に向かって泣き叫んでいた。
「おいてがないでぇ……いいこでいるからぁ……!!」
さすがに胸が痛くなってきた。俺はなにをやっているんだろう。見捨てる事ができないなら、助けてやったって良いじゃないか。
しかし、ここで助けてしまったらもう後戻りはできなくなる。……見殺しにはできなくなる。そのせいで俺は助からないかもしれない。分水嶺に、俺は立っている。
そんな思考が頭をぐるぐると巡っていた時。
「おとーざぁん……!!」
その叫びに、思い出してしまった。昨日の夜、海の上で掴んだ少女の重み。しがみつかれた時の感触。呟くように絞り出された、親を呼ぶ哀れな少女の声を。
「……クソッ」
――気の迷い、だったんだと思う。
生き延びるために必要な事だ――そんな事は、頭から吹き飛んでいた。ふらふらと少女の方に向かって歩いて行く。
ある程度近づいた所で、砂を踏む足音に気付いた少女がこちらを振り向いて固まった。
あーあ、涙と鼻水で顔がグッシャグシャになっている。幼いなりに可愛い顔をしているのに、台無しだ。
「……ぇ? あ……ぅ……」
「……よ、よぉ」
何となく姿を見せただけで、その後の事を何も考えていなかった。目が合ったので、取り敢えず手を上げて挨拶してみたが……少女は動かない。
敵意がない事をアピールしようと笑顔を見せてみる。ニコッ。少女は動かない。
手を振ってみた。声には出さないが、怖くないよ~……と念じてみた。少女は動かない。どうしろっていうんだ。
しばらくそのままあれこれアピールを続けていると、少女は急にこちらに駆け寄ってきて、俺にタックルを仕掛けるようにして抱き付いてきた。
「うおっ!?」
「うわぁぁあああーーん……!! おと……おどーざ……うあぁぁん……!!」
再び号泣を始めた少女に戸惑い、俺は戸惑いながら少女の頭を撫でてやる事しかできなかった。子供のあやし方なんてそれくらいしか知らないからしょうがない。
少女はたっぷり10分は泣き続けた。
「落ち着いたか?」
「うん……」
ようやく泣き止んだ少女にチタンカップの水を差し出してやると、凄い勢いで飲み干してしまった。そりゃそうだ、あの状況で泣いたりなんかしたから随分と水分を失っただろう。
「大丈夫か?」
「……? う、うん……」
取り敢えずコミュニケーションを試みてみる。
妙な間が気になるが、大丈夫なようだ。
「そういえば、俺の言葉ってちゃんと通じてるか?」
「ぇ? ……うん、ことば、わかる」
日本語は通じるらしい。どう見ても日本人……どころか普通の人間ですらないが、どういう事だろうか。
「あー、何があったかは……覚えてるか?」
「……」
訪ねてから、しまったと思った。まだ早かったかもしれない。案の定、少女はぽろぽろと涙を流して再び泣き始めてしまった。
「す、すまん! その、悪かった」
「ふ、ふぇぇ……っ」
「ごめん、その……ああ、こういう時どうすりゃいいんだ」
子供をあやす経験なんて、兄貴の家のチビどもを相手にした時くらいしかない。しかもあいつらはまだ2歳前で、真っ当な言語を解さない宇宙人だ。
「……ちが、ちがうの……わるく、なくて……うえぇん……」
困った俺は、しゃがみこんで頭を撫でてやった。にわか仕込みの知識だけれど、目線を合わせることで子供を安心させられるとかいう話を思い出したからだ。
「こわかった、の」
暫くして感情の波が穏やかになったらしい少女は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「おふねの中、みんな、ないたり、おこったりしてて……じぃたち、みんな、落ちちゃった……うみ、まっくらで……こわくて……しんじゃうって、おもった」
「ああ……」
そうだ。この娘は嵐に遭って沈没する船の中にいた。あれだけの海難事故だ、恐ろしい経験をしたのだろう。命の危機もあった。怖くなかった訳がない。
実際、彼女が俺のすぐ近くに落ちてきていなかったら……死んでいたかもしれなかった。
まだ昨日の出来事で、味わった恐怖は鮮明に覚えている事だろう。その記憶をほじくり返してしまったのは迂闊だったな。
「あの……あのね……」
「ん?」
「おちたとき、しんじゃうって、おもった。うみのうえで、たすけてくれて、すごく、うれしかったの……」
うつむいて、ぽつぽつと語っていた少女が顔を上げて俺の目を見た。
「……ありがと!」
そう言って、ニッコリと笑った。
……可愛い。変な意味ではなく。心がほっこり温かくなるタイプの可愛らしさだ。
その無垢な笑顔が、この子を見捨てようと思っていた俺の心にちくちくと刺さる。いや、今でも助けられるとは思っていない。何となく拾ってしまった形になるが、結局のところ面倒をみてやれる保証なんてないのだ。捨て猫を拾ってくる小学生と何も変わらない。そんな俺に、この子の笑顔は綺麗すぎた。
思わず目を背けながら、誤魔化すように頭をぐりぐりと撫でてやったら、そのまま抱きつかれてしまった。
何というか、俺の事を全く警戒していない。昨日助けられたからなのかもしれないが、この警戒心のなさ、大丈夫なのだろうか。
「……おとーさん」
「ん?」
何か呟いていたような気がしたけれど、よく聞こえなかった。
「なあお前、名前何て言うんだ」
「ステラです! 6さいです! 」
何となく流れで名前を尋ねたら、即座に返事が返ってきた。
元気がいい。良い事だ。エルフだからもっと歳を取っているかと思ったが、どうやら見た目通りの年齢らしい。いや、年齢にしては少し幼いかな? どうだろうか?
「そっか、ステラか。俺の名前は佐伯拓人だよ」
「サエキタクト?」
「そう。佐伯が名字で、名前が拓人」
名乗られて名乗りを返さないのは失礼なので、俺も自己紹介をする。俺の名乗りを聞いて、ステラが表情を変えた。
「家名? あっ……」
急に何かに気付いたような顔をして、そわそわとし始めている。
「ん? どうした?」
「あの……ステラ……です。トロンの森の……えっと、ヴィルを父にもち……? えっと……」
急にかしこまった感じで、もじもじしながら口上を述べはじめたが、一体どうしたんだろう。
「? ……ああ」
あ、分かった。なんか、エルフの間での正式な名乗り……みたいなヤツか。俺に名字があると知って、それで正式な名乗りを上げようとしてるのかな?
家名があると偉い人、みたいな時代なのかもしれない。
「俺は別に偉い人とかそんなんじゃなくて、ただの一般市民だ」
「……?」
「名字は気にしなくていい。拓人って呼んでくれればいい」
「タクト……」
噛みしめるように俺の名を呟くステラ。なんだか恥ずかしそうにもじもじしている。
なんだ? もしかしてこの世界だと卑猥な意味だったりするのだろうか? エロマンガ島みたいな感じで。そうだったらショックだぞ。
下らない事を考えていたら、ステラが上目遣いでこちらを見ていた。
「あの……あのね……」
「なんだ?」
「おねがいがあります……」
「いいぞ」
「えっ?」
いかん、即答してしまった。ステラもちょっと驚いている。後輩のヤツに適当に返事をする感覚に慣れすぎてしまって、雑な事を言ってしまった。アホな事をするのはやめよう。
「すまんすまん。で、何だ?」
「えっと、あの……お、おとーさんって呼んでも……いい?」
おとーさん。嵐の海でステラが呼んだ相手だ。どういう事だ? あの時は俺を父親と勘違いしたんじゃなかったのか?
「……それはステラのお父さんに悪いな。本物のお父さんも、俺のことをお父さんって呼んでるステラを見たら悲しむだろ」
やばい。なつかれ始めている。何というか……流れに逆らえず、だらだらとコミュニケーションを取ってしまっているが、俺はこの子と深く関わり合いになるつもりはない。
大体、俺まだお父さんって呼ばれるような歳じゃない……よな? いや、同級生の早い奴はもう子供がいるけど、早い奴だから……だよな? 歳の離れたお兄さんでもまだ通用するんじゃないか?
そんなどうでもいい事を考えていたが、返ってきた答えは思いの外重かった。
「ほんもののおとーさん……、いない……会ったこと、ない。わたしがうまれてすぐ、森にかえったって、じぃが」
森に帰る……どういう事だろう。ステラを置いて帰った……って、そんな訳はないか。独特の言い回しか何かだろうか。
とすると、"かえる"は……還る、だろうか。 森に還った? 言葉の雰囲気としては、亡くなったのだろうか。
だとすると……会ったことがないという事は、ステラが物心つく頃にはもう亡くなっていたのかもしれない。
「他に家族はいないのか?」
「わかんない……じぃと、ずっとおうちにいたから……」
「ふむ……」
「たまに、窓からおそとをみてたの。わたしとおんなじくらいの子が、おとーさん、おかーさんってよんで、なかよくしてたの。いいなあって、ずっとおもってて……」
俺に対する無警戒さも、もしかしたら箱入りで育ったお嬢様だからゆえ、なのかもしれないな。
別に呼び方くらい好きにさせてやってもいいだろう。
「何でもいい。好きに呼んでくれ」
「ほんと!?」
「ああ」
俺がそう言うと、ステラはばっと顔を上げて満面の笑みを浮かべた。花が一気に開いたかのようだ。
「おとーさん……おとーさん!!」
「うぉっ」
おとーさん、とひたすら繰り返しながら抱きつくステラ。その純真な笑顔を見て、俺は大きくため息を付いた。
面倒なことになった。この状況はあまり良くない。本当に命の危機が迫った時、俺がこの子を切り捨てられなくなるからだ。情が移る事によって。
生存確率を考えれば、この子は切り捨てた方がいい。分業による作業の効率化を考えれば人数が居たほうが安定はしそうだが、それは対等な作業を割り当てられる相手であればの話。この子はどう見てもお荷物だ。
いずれ切り捨てるのであれば、最初からこの子の姿を前に出さなければ良かった。そんな事は分かりきっていた。しかし、俺にはそれができなかった。結局のところ、俺は直前まで死が忍び寄らないと生死に対してシビアになれない日本人で、自分のために泣いている子供を見殺しに出来ない甘ちゃんだったのだ。
……本当に、面倒なことになった。
ヤケクソ気味に沢山頭をなでてやったら、くすぐったそうにしながらも嬉しそうに微笑んでいた。
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やってしまったことは仕方がないので、現状の確認に戻ろう。
差し当たった水の問題は何とかなった。とは言え、この小さなカップでずっと 煮炊きを続ける訳にも行かないので、いずれは湧き水や源流を探す必要があるだろう。
次に直面する問題は、食料だ。人間は食料がなければ生きていけない。
しかも、今の状況は通常のサバイバルとは違う。救助を待つ間なんとか凌ぐ、というだけでは済まない。……ここが日本どころか、地球かどうかすら分からない。エルフや獣人が全員コスプレだったら希望も持てたのだが、ステラの長耳は本物だった。ここが異世界である可能性を否定できない。
ここが異世界だったとして、この世界の文化レベルは、救助なんて物を望めるのだろうか。最悪、ここで暮らしていくために安定した生活基盤を構築する必要がある。食料の安定供給は絶対に必要だ。
幸い、この島は結構広いように見える。しっかりとした確認はできていないが砂浜の感じを見るに、徒歩で島を一周するのには数時間で済むようなサイズではなさそうだ。
「むむむ……」
「どうしたの、おとーさん?」
「ああ……いや、困ったな、何だこれ」
しかし、問題もあった。植生が日本とは全く違う。
ここが日本の森であれば、ある程度食べられる山菜や果実を判別できる。しかし、さっきから日本で見たことのある野草や樹木を全く見ない。本当に異世界なのかもしれない。
少なくとも俺の野草知識は役に立たない。このままでは何が食べられるかも分からずに、いずれ体当たりで毒味をしなければならなくなるだろう……。
「なあステラ、この草ちょっとかじってみないか」
「やだ!」
速攻で拒否された。そりゃそうだよな、ただの草だもん。ノビルっぽい見た目してるから運が良ければ食えるかな、と思ったけれど、そもそもノビルだって調味料無しの生でムシャムシャ食う訳じゃない。味噌があれば美味しく食えるけど。
そんな心温まる(?)やり取りをしながら海岸沿いの林を軽く捜索する。あまり深くは入れない。バイクの運転に耐える皮ブーツを履いてはいるが、何が出てくるか分からないからだ。蛇や犬だったらまだいい。猫耳やエルフ、有翼人なんかがいる世界だ。うっかりドラゴンでも出てきたら間違いなく死ぬ。
ステラは俺のすぐ後ろをトコトコ歩いてついてきていた。
「俺の歩いた所しか歩かない。急に変な所に行かない。何かに気付いたら必ず俺に声をかける。迂闊にものに触らない、口に入れない。生水は飲まない。守れるか?」
「まもれる!」
元気よく返事をしたステラを、俺は連れて行くことにした。
川辺に置いていこうかとも思ったが、ステラが離れたがらなかった。仕方なく面倒事にならないように約束事を決めて、着いてこさせることにした。今のところ俺の邪魔をする事もなく、物珍しそうにしながら林の中を歩いている。
子供にわざとキツい思いをさせようと考えるほど俺も冷血ではない。ステラが歩けないような場所をある程度避けるようにして動くように、何となく意識している。結果的に、無理のない範囲から逸脱しない動きがスムーズに出来ている。ふむ、俺達は良いチームのようだ。
「ステラが居ると安心して探検ができるな」
「ほんと!?」
俺が褒めると、目を見開いて嬉しそうな顔をする。キラキラしたエフェクトが見えるようだ。
適当な事を言ったつもりだったが、滅茶苦茶喜ばれてしまった。素直すぎるだろこいつ。
調査を続けているうちに、ある事に気付いた。最初は気のせいだと思っていたが、あまりにも自分の記憶と一致する状況に、戸惑いながら確認を続けていく。
(これ、ヤコメの実だよな?)
赤い艶のある実。野いちごの粒をプチトマトくらいのサイズにして、5,6個まとまって実をつけているような形だ。
俺の知識が正しければ、これは食べられるはずだ。
それだけなら偶然かもしれなかった。しかしあまりにも似ている物が多すぎる。
例えばこれ。枝が特定の方向にしか伸びていない、特徴的な枝ぶりの木。足元に落ちていた鋭い石片で幹を傷つけると、粘土の高い樹液が染み出してきた。これは通称"ネバネバの木"だ。正式名称は知らないが、この樹液は乾くと硬化して水を弾くようになる。燃えやすい性質もあり、道具の補修、接着から着火剤にまで大活躍の素材だ。
「おとーさん、あそこになにかある」
そう言われて目を向けた先には、綿毛が転がっていた。いや、あれは綿毛じゃない。動物だ。
モフ。もふもふのモブという愛称がそのまま正式名称になったという経緯のある生物。見た目はほとんど毛玉。本体は見た目に対してかなり小さい。毛が長く、可食部が少ないために他の獣から捕食されることも殆どないため動きはのろく、手でも簡単に捕まえられる。綿毛や、少ないながらも肉を手軽に手に入れられる序盤のお助けキャラとも言える生物だ。
そう、俺はこれらの動植物を知っている。それもかなり詳しく。当然だ。俺は何年間もそれらの素材を採集し続けてきたのだから。
(これ……クラフティングワールドの生態系……だよな?)
クラフティングワールド。俺がはまっていたリアル系のクラフト系ゲーム。
着の身着のまま広大な大地に放り出されて、狩猟、採集、建造などを行い生活基盤を築きながら、様々なものを制作していくという内容のものだ。
プレイヤーはゲーム世界の様々な要素にアクセスでき、その対象は地形、生物、材料と多岐にわたる。遠景に見えている山を自らの手で平らにすることもできれば、海を埋め立てることも出来る。生物は(表現にある程度の規制があるとは言え)解体して肉にする事もできるし、機械や道具はバラしたり改造することも出来る。
自分好みの家や街、景観を思い通りに作成する事もできるし、技術をどんどん進歩させていって便利な道具や施設を作っていく事もできる。タウン管理機能もあるので、最終的には宇宙ステーションを建造して星間飛行船による貿易なんて事までできるらしい。俺はそこまでやりこんではいないけれど。
どういうわけか、この島に生えている草木や風景はクラフティングワールドで見た物と同じように見える。もちろん、ゲームではもっと粗いポリゴンだったし、食感や匂いなんてものはゲーム内の設定テキストで書かれていた以上の事は知らないんだけれど。
「なあステラ、これ食べてみるか?」
冗談でステラにヤコメの実らしき物体を差し出してみた所、ステラはものすごい勢いでそれを口に入れてしまった。
「バカ!!」
ヤバい、と思った時には飲み込んでしまっていた。
「おいしー!」
ステラは単純に喜んでいるが、俺はそれどころじゃない。
「大丈夫か? なんか苦かったり、変に酸っぱかったり、舌がしびれたりはしないか!?」
「えっ、だ、だいじょうぶだよ。すっごくおいしいよ、これ! ありがとう、おとーさん」
一応、大丈夫のようだ。即効性の危険はないらしい。
ため息を付いて、ヤコメの実らしき果実を見る。
結局、植生がまったく未知な場所に置かれている現状、これ――食べて確認する行動――は、いずれやる必要のある事だ。それならば、仮説が正しければ食べられるはずのコレで試すのが一番マシなように思える。
かといって、ステラに毒味をさせるのはさすがに違うだろう。偶然とは言え、だ。この子が素直すぎて警戒心の欠片もない事は分かっていたのに、言っていい冗談じゃなかった。
全くもって非効率的で、意味のない行動ではあるが……意を決して俺もヤコメの実(?)を食べてみることにする。一口齧ってみたところ、プルプルしていてゼラチン質の果肉が甘酸っぱい。……かなり美味しい。
ついでに言えばステラの言うとおり、舌がビリビリしたり、吐き気を催すというような即効性の問題はないようだ。
「おとーさん、もう一つたべていい?」
ステラが可愛らしく手を伸ばしておねだりをしてきたが、その手をやんわり押し返して断る。
「ちょっと待て。30分くらいでいいかな、本当は1日くらい様子を見たいんだが……」
「なんで? おとーさん、わたしおなかすいた……」
悲しそうな顔で抗議するステラ。いじわるで言っているのではないので、そんな顔をされてもダメなものはダメだ。
「毒でもあったらどうするんだ。弱い毒でも沢山食ったら死ぬかもしれないんだぞ。っていうか、得体のしれない物を食べるなよ」
注意するが、ステラは何のことか分からないという風に首を傾げる。
「……おとーさんが食べるか? っていったよ?」
俺が渡したから警戒しなかったらしい。ステラの無垢な眼差しが俺の良心にチクチクと刺さる。
「……すまん。冗談のつもりだったから俺もびっくりした。もうああいう事はしない」
「? わかった!」
あんまりわかってない顔でステラが頷く。俺は一つ溜息をついてから、ヤコメの実を5,6個もいでもと来た道を戻った。
しばらく経っても身体に異変は見られなかったので、滝のふもとに戻ってからヤコメの実をステラと一緒に食べた。
川の水でよく冷やしたヤコメの実はとてもうまい。味は薄い野いちごのような感じだが、ぷるぷるとした食感が心地よい。疲れた心と身体に、ほのかな甘味と酸味が染み渡っていった。
本当に食べて大丈夫な果実だったのか、まだ若干の不安はある。しかし、大丈夫だという確信が心にはある。もしかしたら、それは"大丈夫であって欲しい"という願望なのかもしれないが。
もしこれが本当にヤコメの実で、この世界がクラフティングワールドに似た世界だというなら……この世界で生きていくことは"可能"を通り越して"余裕"になるかもしれない。実際の野草や狩猟の知識はにわか仕込み、聞きかじり程度のレベルの俺だが、クラフティングワールドの世界の知識であれば、序~中盤のものに限るとはいえ、ほぼ全て頭の中に入っている。
もちろん、クラフティングワールドの世界とこの世界の違いも多く確認している。あのゲームで最初にやることは素手で木を伐り倒すことだ。そこから様々な道具を作っていくのだが、もちろん俺には素手で木を伐り倒す力なんてない。試しに適当な木の幹を殴ってみても、手が痛くなっただけだった。しかもステラに変な物を見る目で見られた。恥ずかしい。
それでも食べられる物、動植物の種類、動物の性質など、そういった知識が使えるだけで十二分に役に立つ。
子供を一人抱えてしまったサバイバル生活。漠然とした不安に、先々のことには目を向けないようにしていたが、これならばなんとかなるかもしれない。あくまでこの仮説が、正しければ……だが。
最低限の水と食料。これを手に入れて、少なくとも当面は生きていくことが出来そうに思える。その間に俺の持つ知識がどの程度使えるのか、この世界の動植物が本当にクラフティングワールドと同じなのか……この生命線となる要素を、一つずつ検証していこう。