12 レッツクラフト・後
「はふはふ、はむはむ」
「……落ち着いて食え、誰も取らないから」
目の前にいるのは、ほっぺたをいっぱいにして幸せそうにしているステラ。
その前に鎮座しているのは焼成、冷却が終わって試運転の真っ最中になる土鍋だ。中にはモフ肉、ネギ、芋がごろごろと入っている。
昨日の夜、一晩かけて土器の焼成と冷却を行った。
窯というか竈というか……微妙な設備による野焼きに毛が生えたような焼成方法や、ワークベンチ上での促成乾燥など不安要素もあったが、作った土器は殆どが綺麗に焼き上がってくれていた。
明らかに通常の工程よりも期間、手間共に短縮されているにも関わらず立派に焼き上がってくれた事で、ワークベンチによる乾燥や練り作業の補助は働いたと見て間違いないだろう。それと同時に、その補正は必ずしも完璧ではないという事も分かった。
ワークベンチの補正が完全に効いている道具作りに関しては、本当に素材を揃えて工具を一振りするだけで出来上がる。それに対し、レシピ外のものである土器や粘土については用途が合っていれば効果は発揮されるが、ある程度の補正に留まると見るべきか。このあたりは今後も検証していく必要があるだろう。
そして、完成したこの鍋が「素焼きの鍋」としての効果を発揮するかどうかも確認してみなければならない。
本来のCWでの「素焼きの鍋」はそもそも製法が違う。ある程度の精密作業ができるようになり、設備を整えると様々な「木型」が作れるようになる。そこで「鍋の木型」と「粘土」を組み合わせて出来る「素焼きの鍋(焼成前)」を窯で焼く。
もしくはワークベンチの派生設備である「陶芸台」で原型を作って焼く。この二種類だ。
なので俺の作った土鍋は本来の手順を踏んでいない、いわばグリッチ的手法によって結果だけ似せた道具にあたるわけだ。これがこの世界から「素焼きの鍋」であると認識されるのかどうか。
似たような手法で成果が得られた例は既にある。最初に作った石斧だ。ただ、石斧に関してはCW上でも木の棒、紐、石の欠片があればプレイヤー単体で作成できるものだ。先日考察したとおり、CWのプレイヤーと今の俺には能力差があるせいか一瞬で作成できるという事はなかったが、あれはあれで一応CWの手順に正式に則ってはいるものなのだ。
なので、完全にCWの手順から逸脱した製法で同じような道具を作った時にも効果が得られるのかどうかは、使ってみないと分からなかった。
が、そんな俺の心配を他所に、無造作に焚き火に放り込まれた土鍋は全く割れたりする事もなくグラグラと湯を沸かし始めてくれた。
何度か湯を沸かしてみたり、それどころか軽く空焚きした土鍋に水をぶっかけてみたりしても全く割れない。なにこれ。無駄にハイスペックだな。
これはもう「道具」として機能していると考えても問題ないだろう。これでようやくまともに煮炊きができるようになった訳だ。
「というわけで、折角念願の調理器具が手に入ったのだし、手持ちの食材もそんなに長持ちしそうにないという事で急遽鍋パーティを開催しようと思います」
「なべぱーてぃ!?」
俺の唐突な鍋パ開幕宣言だったが、ステラのテンションは鰻登りだ。
期待に応えるため、軒下に吊るしてあった焼干しモフ肉の中から一番大きいものを手に取る。
「そうだ。今日はモフ肉祭りだ」
「もふにく……まつり……!」
「今日の飯はうまいぞ、ごちそうだ」
「やった~~~!!」
やっぱりヤコメの実生活にはステラにも思う所があったのかもしれない。ぴょんぴょんとジャンプしてはしゃいでいる。
この島に流れ着いてからまともに調理された食事を取るのはこれが初めてだ。昨日や一昨日はワイルドに焼いたモフ肉も追加されていたが、調理したと胸を張って言えるような物じゃないしな。気合を入れて作ろう。
土鍋が安定するように石を調整して囲炉裏に火を熾したら、海水を湧き水で割った塩水でネギの青い部分と一緒に焼干してあったモフ肉を炊く。ある程度熱が入ったら一旦肉を上げて、その出汁で皮を剥いた芋を煮る。
芋は別口で皮ごと下茹でしておいて、湯から上げたら皮はつるんと剥けた。サイズや形はじゃがいもっぽいのに、見た目は里芋のようだったので試してみたが、どうやら正解だったようだ。
ネギはまんま葱そのもので、違いと言えば青い部分が小ねぎのように細かくなっているところくらいだろうか。逆に使いやすくて便利だな。
芋に火が通ったら肉とネギを戻し、塩加減を整えたら完成だ。料理名は「ネギと芋のモフ塩スープ鍋」といったところだろうか。
「器出してくれ」
「はーい!」
片手間に木片から作ってあった箸とスプーンを取り出す。箸は自分用でスプーンはステラ用だ。石ナイフとワークベンチではあまり細かい細工ができないので、大まかに切り出した木片を十徳ナイフでちまちまと削って作った。
十徳ナイフにも「道具」の補正が効かないかな? と思って試してみたが駄目だったようだ。地球産の道具だから駄目なのかもしれない。
あ、おたまがない。仕方ないのでチタンカップで鍋の具材を器によそう。
ステラはもう待ちきれないようだ。
「よし、食べるか」
「うん!」
そして冒頭のシーンである。ちっちゃな口いっぱいにほおばるのはいいが、喉を詰まらせないか少し心配になる。
「おいしいねぇ~」
ステラはほっぺたをいっぱいにして幸せそうだ。
かくいう俺の顔も緩んでいる気がするな。いやあ、肉も美味いがほこほこの芋がたまらない。ヤコメの実も栄養満点だったんだろうが、やはり炭水化物と脂質の暴力には敵わない。味も素っ気もない塩スープだが、脳が「これが欲しかったんだよ!」と大合唱しているせいですごく幸せな味に感じる。
塩の代わりに海水を使ったので生臭くならないか心配だったが、全くそんな事もなく無駄に上品な味に仕上がった。
いやあ、鍋は良いな。
モフ肉はまだあるし、獲ろうと思えばそんなに苦労もなく獲れる。作成した石のクワで家の前にちょっとした畑を作り、ネギと芋を移設したので上手く行けば安定して収穫することもできるだろう。
原始的とはいえ久々に"料理"を味わった俺とステラは大満足だ。
さて、今日からは本格に"攻略"をしていこうと思う。
これまでに行っていた事は基本的には生活の安定のための技術開発だ。住居の確保や食事の確保。煮炊きの調理器具についても、QoLの向上だけが目当てな訳ではない。飲料水や食事の安全性を確保するには加熱調理が必須だ。
つまり、これまでは生きるための作業に全力を注いでいた事になる。無人島に身一つで流されたのだから当たり前の話ではあるのだが。
ただ、ここ数日の作業や探索の結果、生活そのものは安定してきた。
なので、今後の事を考えて技術水準そのものを上げる為の技術開発をしていこうと考えている。
CWというゲームを改めて説明すると、CWはとにかく生き残るために技術を発展させていくゲームだ。
生活を安定させるために道具を作り、新しく作った道具で新しい素材や加工品を入手し、それで更に高度な道具を作っていく。その繰り返しによって出来る事をどんどん増やしていく。
CW上には様々な脅威が存在するため、ぼんやりと原始生活を謳歌していると対処できない問題に直面した時に詰んでしまうのだ。
ところでCWにはストラテジーゲーム的な側面もある、と説明した事を覚えているだろうか。
ゲームが進行していくと次第に要求される素材量が膨大になったり、希少な素材を大量に浪費したりするようになる。
しかしプレイヤー一人で収集できる素材には限りがあるため、それ以上のステップに進むには単独での狩猟採集&開発というスタイルから次第に脱却していかなければならない。
その方法としては色々ある。その中にはひたすらに技術を高めて全ての作業をオートメーション化するといった変態的な方法もあるが、一般的にはある程度の段階で誕生する人類を導いて繁栄させ、彼らを支配して働かせたり、交易したりする事で賄う事が多い。
具体的にゲーム内で分かれている訳ではないが、だいたいプレイヤー自身が素材を調達したり狩猟採集を行っている段階を序盤、文明と交易したり隷属化したりして間接的に素材を得て、道具作りもライン化したりオートメーション化したりしはじめたあたりからが中盤。宇宙に進出して異星の文明と接触し始めた辺りからを終盤と呼ぶ。
そもそも終盤とされている宇宙進出は拡張版のSFパック以降にあたる要素なので、クリア後の要素と捉えることもできる。しかしそのコンテンツ量はあまりにも膨大で、「宇宙に進出してからが本番」と言われてすらいる。
なので名前はともかく、純粋なクラフト要素で進行する段階、内政や外交といった要素が絡み始める段階、宇宙に進出して無限の探索や開拓を行う段階、という段階ごとにゲーム性が大きく変わるのは間違っていない。
少し話が逸れてしまうが、俺は中盤のフェーズが大好きだ。ある程度人類が繁栄すると様々な国が興り、それぞれの利益や思惑が複雑に絡み合った国際社会が生まれる。
そんな中様々な勢力と接触して、技術を供与したり資源の活用法を与えたりして全体のバランスを調整しつつ、その見返りに必要な素材を安く入手するといった「世界の調停役」を気取ったプレイが気に入っていた。効率はあまり良くないけどな。
宇宙進出RTAでは国を立ち上げて世界制覇するのが一番早いと思います。
話を戻そう。
今は序盤の中でも更に序盤の「木と石の時代」またの名を「石器時代」と呼ばれる段階になる。何もない場所に放り出されたプレイヤーが、生活の拠点となる場所を作り原始的な道具を作る段階だ。
この時期はゲーム的な補正が効いているとは言え、木と石だけでは高度な道具を作ることはできないので出来ることもまだ限られている。
実際のところ石器時代にしては随分とイージーモードに感じるものの、細かい作業には全く手を出せていない。噛み合わせた木材を目釘で留める程度の工作が限界で、車輪や歯車にはまだまだ手を出せる気がしない程度のものだ。
この状態で他文明と接触した時、ステラを守るどころか自分自身の身を守ることすらできるだろうか。難しいと思う。
少なくとも他文明は木製の帆船を建造し、海路を拓いている程度の技術は保持している。その事を思えば、いつまでも石器時代に甘んじている訳にはいかないのだ。
石器時代からの脱却には金属、出来れば鉄が必要だ。
鉄を加工できるようになると技術レベルと道具の性能は一気に上昇する。今はできない歯車や車輪の加工も可能になるだろうし、加工できる素材も大幅に増える。
そうやって道具の性能が上昇していけば狩猟採集だけでなく大規模な農耕や酪農に手を出すことが出来るようになるし、装備が充実するので危険な地域の探索や希少素材の捜索も可能になるだろう。生活がより安定し、世界が広がっていく「鉄の時代」の到来だ。
CW上でも鉄の時代になると人類も誕生し、発展し始めるので軍事力や外交力がある程度必要になってくる時期だ。敵対的な他文明に接触してしまう可能性を考えると、最低でもこの段階までは早めに到達しておきたい。
そして鉄の時代の次は産業革命だ。燃料による動力、機械化された単純作業などによりモノの生産効率が劇的に上昇し、それまでには考えられなかった技術がどんどんと解禁されていく。
ここまで来ると「生きる残る」という意味合いが変化してくる。原始時代の脅威は敵対的な生物や気候、天変地異などが主なものだ。しかしこの時期になるとその辺りの要素は脅威たりえない。その代わりに台頭した人類が文明を築いていたりする。
時には敵対的になるしかない勢力が興ることもあり、戦う意志がなかったとしても防衛のための戦力、それに繋がる技術開発を意識しなければならなくなってくる。そうなってきたら、中盤と呼ばれる段階に差し掛かったと考えても問題ないだろう。
CWの道具性能が発揮できるのであれば、一人でも産業革命の時代くらいまでには到達できるだろう。ひとり産業革命だ。
ただ、資源的な問題もある。この島だけでそこまで到達できるだろうか。ステラの話や目撃した帆船を見るに、他文明が近代レベルまで進歩しているとはとても思えない。やはり他文明との接触までに目指すべきは鉄の時代だろうか。
他にも、この世界には魔法が存在するので魔導パックの内容にも触れていきたい。内容は把握しているが実際にプレイをしていないので、中盤以降の外交などに魔法がどの程度影響するのかは分からないが、まったく無視もできないだろうな。
いやはや、やる事は盛り沢山だ。しかし直近の危機は対処できたと思うし、懸念している他文明との接触も今日明日すぐに問題になるという事はさすがにないだろう。
さてさて、何から手を付けようか。金属用の精錬炉、それ用の耐火レンガ造り、そもそもの金属鉱石の発見。生活をもう少し充実させてもいいかもしれない。栽培できる野菜や穀物を探して畑を拡張すれば食生活はもっと安定するし、栄養面の不安を取り除ける。ああ、漁をするのもいいな、せっかく海が近いのに海産物を活用しないのは勿体無い。釣りはまだ難しいかもしれないが、素潜りくらいなら明日にでもやれる。
こうなると、クラフターとしての性が首をもたげてくる。
俺は使いやすさに無駄にこだわるタイプで、スイッチ操作で欲しいアイテムの入った保管ボックスが家の前までトロッコで運ばれてくるシステムや、パスワード認証で開く鉄の時代の扉、投げ込んだ素材が光学認証で自動的に倉庫に振り分けられるシステム……そういうものをいかにスマートに実装するか、そういう部分にひたすらこだわるのが好きだ。
現状でやれる事はあまり多くはなさそうだが、湧き水から拠点まで水道を引いてみてもいいかもしれない。
あとは整地。既にやってしまっているのだが、家の周りは既に綺麗に均されている。引っかかった木の根もきっちり掘り返してあり、それはそれは綺麗なものだ。
なんでだろうな。なんとなく、綺麗に整地してあると「開拓した」感があるからだろうか。後は何かが作りたくなった時にすぐ使える土地があると便利なので、手が空くと整地してしまうのかもしれない。
家の周りはもっと整地してしまってもいいかもしれないな。いずれ畑を広げることも考えると今の倍くらいは土地があっても持て余すことはなさそうだ。
「おとーさん、なんだかたのしそう」
「そうか?」
ステラに言われて気付いたが、どうも結構だらしなくニヤけてしまっていたらしい。クラフト系ゲーム序盤の"これから色々な事ができる感"に年甲斐もなくワクワクしてしまっていたようだ。
いかんいかん、CWによく似ているとはいえこの世界はゲームではないのだ。少なくとも俺の主観では、だが。気を付けないとな。
差し当たり、食料を確保する段取りをつけるとしよう。塩も確保できるようになった事だし、燻製でも作るか。
その日、俺は森に行って罠を仕掛け、簡単な燻製小屋を作り、海水を煮詰めて塩を作った。
一通りの作業が終わった頃には日が暮れかけていたので、水瓶に水を満たしたり水浴びをしたりして、明日の準備をしてからステラと星を眺めて夜を過ごす。
明日は早朝に出かけて罠の回収をしながら軽く資源捜索をしよう。
「なあステラ、明日の朝早くにちょっと森に行ってこようと思うんだが留守番はできるか? この間みたいに寂しくなって泣いたりしないか?」
森の中は茂みも多く、身長の低いステラを連れているとどうしても移動速度が遅くなる。
危険も無いわけではないので出来れば一人で行動したいのだが、ステラは大丈夫だろうか。そう思って聞いた俺に、ステラは笑顔で言った。
「だいじょうぶだよ。おとーさんは、かえってきてくれるもん」
ステラがそう言うので、何となく頭を撫でてやったらとても嬉しそうにしていた。
これなら大丈夫そうだ。明日は罠を見回ってから軽く探索もして、新しい資源が無いか調べてみよう。楽しみだな。
そんな事を考えながらステラと一緒にベッドに潜り込み、穏やかな眠りに落ちていった。
後にして思えば、この時の俺は気が緩んでいたんだろう。
生存すら絶望的と思えた無人島漂流、しかも異世界。
詰んだかと思った矢先に発覚したCW準拠のルール。
手に入ったのは原始的な癖に便利すぎる道具たち。
あっさりと確保できた住居と食料。
島に流れ着いた時に持っていた緊張感、危機感がいつしか薄れてしまっていた。
だからこそ先々の事を考えて浮かれてしまっていたのだろう。
浮足立っている時こそ、最も足元に注意をしなければならない時だというのに。
この世界にはCWに似通った不思議なルールがある。そんな事は分かっている筈だった。
しかし、CWプレイヤーなら誰もが理解している要素……それも致命的なものをすっかり忘れていた事実に俺が気付いたのは、翌朝、森の中に出かけた後の事だった。
ステラを一人、家に置いたままで。
気がついたらブックマークが1,000を超え……いや、1,800近くになっていて驚きました。何が、何が起きた……。ありがとうございます。




