11 レッツクラフト・前
「土器を作るぞ!!」
「どき?」
「鍋とか、お皿とか、そういうやつだ」
「おなべ? おなべつくるの!? おさらも!?」
「上手くいくかは分からんけどな、まずはチャレンジだ!」
木のシャベルを担いで森の中に入る。罠を仕掛けていて見かけた断層に、粘土層がある事を覚えていたからだ。
やるべき事は色々あるが、初めに着手したのは調理器具となる土器造りだ。
俺が欲しいのは鍋だ。現状、煮炊きできる調理器具はチタンカップしかないので水を沸騰させるだけでも効率が非常に悪い。川の生水は飲まないようにしていて、湧き水は一応飲用にしている現状だができれば全て煮沸消毒したい。
素焼きの土鍋があれば煮沸消毒も楽になるし、料理もできるようになる。
更に、出来れば海水を煮詰めて塩を作りたい。
昨日ゲットしたモフ肉は当然ではあるが一日では食いきれなかった。余ったものは海水に漬け込んでから遠火でじっくり焼き干して、水分を丁寧に飛ばしてから陰干ししてある。これで多少は保つだろうが、それでも2,3日が限界だろうな。やはり擦り込めるような塩が欲しい。
しかし問題があって、土器は基本的には直火にかけることができない。内部に含まれた空気や温められた素材そのものが膨張して割れてしまうからだ。
土鍋や耐火レンガが熱を入れても割れないのは様々な素材を混ぜ込んでそういう素材にしてあるからであり、普通の土器や陶器は直火にかけられる物ではないのだ。あくまで基本的には、だが。数回で壊れる消耗品と割り切って量産しつつ、長生きする個体を選別していくのはアリだが、少々効率が悪い。
似たような理由で、石材から切り出した器も火にはかけられない。最悪、爆発する危険性がある。
そういった理由から、これまでは土鍋を作って活用するという発想に至らなかった。ところが、CWには「素焼きの鍋」というアイテムが存在する。見た目はまんま土鍋だ。
素焼きの鍋は、普通に加熱調理用の調理器具として使用できる。さすがに炒め物はできないが、ポトフや鍋物といった料理は技術が進歩した世界でも土鍋で作ることが多かった。その方が趣があるからな。
という事は、素焼きの鍋を作ることさえ出来れば「道具」の補正によって普通に直火OKな土鍋になるのではないか? そう考えた。
「おりゃ!」
粘土質の層にシャベルを差し込み、ブロック状に切り出したものを掘り出す。
木のシャベルの上には、およそ1m立方の粘土の塊が鎮座しているが、重量は全く感じない。普通なら腰を痛めるどころか、そもそもシャベルが折れてしまうだろうに。
「おとーさん、ちからもち!」
ステラが尊敬のまなざしを向けてくるが、うん、違うんだわ。これ、なんでかわからんけどそうなってるだけで、俺の力が強い訳じゃない。
素直な視線のおかげでなんか微妙に後ろめたい。いや、別に俺悪くないよなこれ。
「任せろ、なんだったらステラも一緒にに運んでやるぞ」
「ほんと!?」
調子に乗った。粘土の塊の上によじ登るステラを見てやべえ、と思ったが相変わらず重さは感じない。どうなってんだこれ。
ともかく、これだけの量があれば十分すぎるくらいだろう。ステラが乗った粘土の塊を持って拠点に帰り、土器作りを始めることにする。
戻ってきた俺は一塊の粘土を切り出し、ワークベンチの上に置いた。これからこの粘土を練って練って練って練って練って練って練って練って練りまくるのだ。
「うっし、やるか。……ふっ、ふっ」
手のひらで捻り込むようにしつつ、粘土全体を少しずつ回すことで全体を均一に練る。いわゆる菊練りという奴だ。
「おとーさん、これはなにしてるの?」
「粘土の中にある空気を追い出してるんだ。土の中に空気があると、火にかけた時に割れるから。あとはよく練ることで全体が均質化されてなめらかになる」
「へぇー……?」
一応説明したが、ステラはあんまりわかっていないようだ。
粘土の中に空気が含まれていると、焼いた時や火にかけた時に空気が膨張して割れてしまう。「道具」の性能を信じるならばある程度は無視してもいいのかもしれないが、無駄に失敗する要素を抱える必要もない。どうせ時間は有り余っているのだ、気合を入れて練ろう。
結構な重労働ではあるが、少しずつ空気が抜けてなめらかになっていく粘土の塊を見ているのは結構楽しい。
……いや、ちょっと待て。さすがに変化が早すぎないか?
「すごい、つるつるしてる。さっきまでぽそぽそしてたのに」
「そ、そうだな」
「これ、まほう?」
「うーん……魔法ではない……と思うんだが」
ステラは魔法が好きだな。そのうち初歩の魔術研究をして覚えさせてやってもいいかもしれない。どういう形で身につくのか全然わからないけど……。
そもそも魔法結晶のスロットって身体のどこに存在するんだろうか。CWではインベントリの中にあったが、そもそもインベントリ自体開けないし。
それはさておき、練り上がった(?)粘土を手に取ってみる。うん、すごくキメ細やかだ。まだ5分も練っていないというのに……。地元の陶芸教室で出てきた、機械であらかじめ練った土よりもなめらかになっている。
もしかすると、これもワークベンチの効果なのかもしれない。ワークベンチに粘土を練る機能はなかった筈だし、CWではそもそも粘土を練って土器に適した土にするなんていう工程もなかったが……。
まあいいや、嬉しい誤算だと思っておくことにしよう。
できた土を紐状にして、渦巻き状の円を作って均していく。
「おとーさん、なにつくってるの?」
「鍋だよ。今できたのは底の部分」
「なんでそれはそうやってるの?」
ステラが指差したのは、粘土紐を積み上げて出来はじめた鍋の側面に当たる部分だ。
「厚さをなるべく同じにするためだ。なんていうかな……形を作りながら、同時に同じ厚さにするのって難しいんだよ。こうやって太さを整えた紐を作ってから積み上げていけば、だいたい全部同じ厚さになるだろ?」
「へぇ~……」
わかったけどよくわからん、みたいなリアクションだ。
「厚さがバラバラだと焼いた時に割れたり、完成しても脆かったりするかもしれないんだよ。だからこうやって丁寧にやんの」
「なるほど~」
他にも、厚さをコントロールできるってメリットもある。底は他の部分より少しぶ厚めにしたいので、紐の太さをすこし他の部分より太くした。こういう成形をなんとなくの勘でやると、形は歪だわ厚さは均一じゃないわ、のひどい物ができあがる。
ろくろがあればろくろ成形でもいいんだけどな。あれはあれで結構難しいし、そもそもろくろ台がない。蹴ろくろ……つまり、台を足で回すタイプのろくろ台くらいなら作れるかもしれないが……そのうち時間が余ったら作ってみてもいいかもしれないな。
そんな事を思いながら積み上げた粘土紐の隙間を均していくと、鍋の基本型が完成した。
直径は拡げた手のひらより少し小さい程度。そのかわり底は少し深めにしてある。
小さい寸胴のようなスタイルだが、サイズ的に……あれだ。一人でラーメン作る時に使う片手鍋を少し深くした感じ。
両側に取っ手をつけて持ち運びやすくして、さらに鍋のフチに段差をつけて蓋を乗せやすい形にする。これで鍋になった。
鍋底と同じプロセスで円形の板を作り、真ん中にぽっち型の取っ手を付ける。これは鍋蓋だ。鍋の上辺につけた段差にサイズを合わせ、完成。
あとは同じものを数個作る。焼成が全部うまくいくとも限らないからな。
そういえばステラがやけにおとなしい。
ふと顔を上げてみると、やけに真剣な表情で俺の作業を眺めている。
「どうした?」
「えっと……」
もじもじしている。これは何か言いたいのに、遠慮して言い出せない感じか。
育った環境のせいもあるかもしれないが、基本的にステラは引っ込み思案なのかもしれない。この間までは割とグイグイ来てたと思うんだが、あれはステラなりに必死だったんだろう。
「よしステラ、ひとつ決め事をしよう」
「きめごと?」
俺の唐突な提案に、ステラはきょとんとした顔で首を傾げる。
「なにかやりたい事とか、してほしい事があればちゃんと言おうな。駄目だって言う事もあるかもしれないが、そもそも言わないと良いか駄目かも分からないんだから。そういう事があっても言わずにやめちゃうのは、これからは出来るだけ無しだ」
「おとーさん……」
ステラはもう少しわがままを言ってもいい。以前の状況なら手がかからなくて助かると思っていただろうが、これからは親子になるんだ。もっとこういうコミュニケーションを取っていかないとな。
「あのね、わたしもこれやりたい」
そうやってステラが指差したのは粘土の塊だ。
どうやら器作りをやってみたいらしい。粘土遊びに見えて興味を惹かれたのかもしれないな。実際やってて楽しいし。
ただ粘土を渡して遊ばせてもいいが、何か作ったほうが面白いだろう。
「いいぞ。じゃあ、ステラには皿でも作ってもらうか」
「おさら?」
「ああ。皿と、あと茶碗みたいなのも欲しいな。スープを飲める器みたいなやつ」
「どうやってつくればいいのかな……」
「簡単だよ。俺と一緒に作ろう」
「うん!」
皿はただ粘土紐を渦状にしたものを均すだけ。器はそこに少しずつ広がる形で壁を作るだけの簡単なものだ。サイズもそんなに大きくする必要はないので、ステラでも作ることができると思う。
「……」
しかし、ステラさんの目がマジだ。水を少しつけた手で撫で付け、微妙な凹凸を均し続けている。絶対凹凸許さないマンだ。
「ステラは意外と職人気質なのかもしれんな」
「わたし、しょくにんさんじゃないよ?」
「仕事が丁寧だってことだよ」
「そうかな? えへへ~」
褒めるとくすぐったそうに身を捩って喜んでいた。褒められ慣れてないせいか、ステラはちょっと褒めると物凄く喜ぶ。いかんな、このままではチョロい子に育ってしまう。今のうちから褒めまくって慣らしておかないとな。
そうやってステラといくつかの食器を作った。数枚の皿と器、ついでにコップも作った。
このあたりは加熱調理用ではないので、焼成にさえ耐えられれば問題ない。ステラの作った多少歪な器も、焼き上がりさえすればちゃんと使えるだろう。
あとはじっくり乾燥させて、それから焼成だ。手持ちの木材からもう一つワークベンチを作って、仕上がった物を並べて乾燥させる。多少なりとも何らかの補正が効かないか、という下心だ。効果があったら儲けものくらいの期待だけどな。
器を乾燥させている間に焼成用の窯を作る。と言っても、たいした物じゃない。穴を掘ってそこに器と燃料を放り込み、焚き上げる程度でも問題はないのだが、一応簡単な窯を作った。
土に水を混ぜて泥を作り、直径50cm、高さ1mくらいの円筒状の窯を作る。下部にいくつか空気穴を開けたら完成だ。穴で焼くよりもこのほうが安定して全体に熱が入ると思う。煙突効果で火力もそれなりには確保できるはずだ。
暇になってしまったので、家の周りの整地を進めることにした。
木をガンガン伐採して素材化しつつ、地面を均していく。
うーん、こうなると今の拠点がちょっとみすぼらしい気がするな。木材は大量にあるので、せっかくだから改築するか。
今ある部屋を寝室とし、その横にリビングを増築する。素材はあるので無駄に12畳くらいの広さにしてみた。
更になんとなく思い立って真ん中に枠を用意して砂を詰め、囲炉裏もどきを作ってみた。鍋を吊るすフックがないので、整形した石を並べた竈が置かれている。これなら雨が降っていても火を使うことができるだろう。火事が怖いので囲炉裏のサイズは少し大きめだ。
建築をしながら踏み台やはしご、脚立、その他細々とした石製の加工用品などを適宜ワークベンチで作成している。足りない道具を速攻で自作できるってのは便利だな。DIYの極みだ。
そして簡単なドアを作って入り口に設置する。内側からは閂がかかるようにしたので防犯もバッチリだ。なかなかいいんじゃないか?
「すごい、おうちおっきくなったねぇ」
板の間(正確には半分に割った丸太の間だが)をステラが嬉しそうに歩き回っている。うんうん、悪くない光景だ。
昼飯にヤコメの実とモフ肉を食べてから土器の様子を見に行くと、かなり乾燥していた。指で弾くとコンコン、といい音がする。明らかに普通のスピードじゃないな……。普通は一週間くらいかけて乾燥させるが、この状態は乾燥させて4日目くらいなんじゃないだろうか。これなら夕方には焼きに入れそうだ。
昼からは森林を探索。すると、野生のネギと芋が自生しているのを発見した。微妙に地球の物とは形が違うが、CW状では普通に料理の素材として使われていたし、この二つに類似する毒草などはなかったと思うので大丈夫だろう。特に芋を見つけられたのは大きい。現状では貴重な炭水化物だ、何とか栽培できないかな。
しかし、CW状ではランダムポップする資源扱いだったので全く気にしていなかったとは言え、食用に適する野菜類が虫害や獣害にも遭わず普通に自生しているのって、目のあたりにすると妙な違和感があるな……。
思わぬ収穫にほくほくしながら拠点に戻ってくると、土器類は完全に乾燥しきっていた。よし、焼きに入ろう。
どうやら日刊ランキングに乗っていたようで、ブックマークが400件を超えていました。ありがとうございます。
ゆったりとしたペースでの更新ではありますが、のんびりと楽しんでいただけると嬉しいです。




